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長きにわたる闘いに、ようやく終止符が打たれた。どれだけ待ち望んだ事だろう、どれだけ祈った事だろう。果てしない混沌の世へ、幾度なく絶望を噛み締めて来た日々に。ようやく、今日を以って別れを告げる。―――永遠に。
『これはこれは、名前
きっと此処に居るだろう、そう思って向かったバーガーショップに、やはり彼は居て。窓に並ぶカウンター席には、世界を護り抜いて来た大きな背が平和の象徴のよう、星芒の如くに在る。彼を視つけてすぐ、私がその後ろ姿に声を掛けようとした矢先の事。まるで、身体そこら中に眼でもあるのか、なんて思わせる程に早く。何故か私が口を開くより先に、彼はこちらを振り向きもせず応えるのだから驚きだ。
「凄いわ、足音だけで解るなんて」
『随分、聞き慣れた物さ。耳が覚えてる』
「そう」
関心のあと、彼の座るカウンター席を隣。空いている椅子へと目配せすれば、特段返事は無し。しかしその太い腕で、空の椅子を引いては。それは穏やかな眼を以って、『どうぞ』と瞳を流される。私は静か、彼の隣へ腰を下ろした。
「ついに明日ね、締結式」
『嗚呼、まさかこんな日が来るなんてな、少し前までは考えもしなかった』
そう、何処か懐かし気に想いを馳せるは、激動とした世の歩み。目まぐるしい混沌の中にも、奇麗な思い出は在る。遠くの空を見つめる彼の視線の先には、恐らく。もうこの地球には居ない、けれども、唯一無二の好敵手である“彼”。それを鮮明に映し出して居る事だろう。
「そうね。ねえ、テリーが飲んでるのって、アメリカンコーヒー」
『そうだが』
「なら、私も同じ物にするわ」
『君の好きな物を頼んだらいい、甘いのだってある』
「あなたと同じがいいのよ」
『……オーケー』
彼は片手を上げたのち、オーダーを取りに来たショップスタッフへアメリカンコーヒーを二つと、大きめのテキサスバーガーを頼んだ。ふと、キッチンからだろう。前の客がオーダーしたのか、珈琲豆を挽く音と、香ばしい匂いが漂う。なんて穏やかな空間なのだ、これが、彼らが命を懸け闘った証と言うのなら。オーダーするのは珈琲ではなく、景気良くアルコールにすべきだったのかも知れない。グラスとグラスを鳴らし合って、この世界に訪れた幸福に
『二人にも明日、久しぶりに逢えるな』
「アシュラマンと、ネプチューンマンね」
ついに明日に控えた不可侵条約の締結式。真の平和の象徴として条約を交わすべく、正義超人代表は彼、悪魔超人代表にアシュラマン、完璧超人代表にネプチューンマンの三者を代表とし、盛大に執り行われる運びとなっている。本来、彼の位置には最も就くべき適役が居た、しかし、その人はもう。―――時折、昔の記憶を引っ張り出しては、悦びと寂しさを交互と覗かていたが、代理としての役目をしっかり果たすと口にした時は、委員長もそれは安堵した事だろう。
『締結式が終わったら、本当の平和が訪れる』
「テリー」
『ん』
「待ち望んだ事よ、そう寂しい顔しないで」
『……ミーが? 寂しい顔なんて、これっぽっちもしてないさ、ほら』
「そうかしら」
『そうさ、君の眼は節穴だ、それも穴だらけ』
「まあ、酷いったら」
『ごめん、嘘をついた。本音を言うと、やっぱり少し寂しい』
「……」
『もう一度リングで闘いたいし、もう一度、奴とタッグを組んで暴れたい』
もう一度、もう一度、もう一度。それは、過去を華やかに飾った記憶が在るからこその言葉である。彼の言う“もう一度”は、恐らく叶わないだろう。それが、人類が、超人たちが望んだ事なのだから。それでも視線の先の彼は、平和を天秤にかけ、過去の光を覗いている。瞳が、なんて奇麗な事。―――彼が欲する“もう一度”を私は叶える事は出来ない、でも、新たな“もう一度”は作れる。作っていける。光に包まれる過去となる日を作っていけばいい。そう、出来たらいい。
「ねえ、テリー。“もう一度”ここで逢いましょうよ、私たち、毎日」
『毎日、ここで?』
突拍子もない提案に、彼の声は勿論ひっくり返った。思わず笑ってしまいたくなる間の抜けた声だったが、ここはひとつ、笑いは堪える事とする。そのあと私は、湯気立つ珈琲を唇に寄せ、意地の悪い笑みを送って見せるのだ。
「ここじゃなくたって良いわよ、なんならホテルだっていいわ」
『おいおい、
「誂ってなんていないわ、本気よ」
やはり、挽きたての珈琲は美味しい。良い香りに、良い甘み。身体に染み込んで、心が安らぐ。彼にとってそんな存在になりたい、そう伝えたら、どんな反応をするだろう。ふいに視線を横に向ければ、彼の白色の頬がよくよく赤に染まっていくものだから、先の言葉をすぐにでも重ねてしまいたくなる。すると、彼は一度長い溜息を着いてから、大きく咳払いをするのだ。
『一旦、バーガーを食べて、気を落ち着かせても』
「どうぞ、心ゆくまで」
瞳で合図を促すと、彼は大口を開けてはバーガーを手前。しかし何故だろう、それは唇に辿り着くまでにまだ、時間を要するようで。
『困ったな、せっかく頼んだって言うのに、喉を通らないじゃないか』
「あら、なんだか悪い事しちゃったみたい」
『かのテキサスブロンコも、女の前じゃただの子鹿って訳だ。全く、参ったな』
苦笑を零した彼は、眉を八の字。後、なにか吹っ切れたよう、カウンター越しの硝子窓から視える遠い空に別れを告げるのだった。―――気持ち良いほどの快晴。締結式も、こんな空下ならいい。彼のシューズの紐が切れない限り、この世の平和は続いていく。
『でもサンキュー名前、なんだか寂しさが埋まってくよ』
「お腹は満たされないのにね」
『………ユーって奴は本当に、酷い女だ』
「悪魔に視える」
『いや、天使かな』
―――シューズの紐が、切れない限り。