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※範馬刃牙 アニメ17話「ただ会いたくて」の時系列
非常に信じ難いニュースであった。激動の中世代を生き抜いて来た野人が、現代へ蘇ったと言うのだ。―――今から約一億九千万年前の地層、岩塩層から巨大なティラノサウルスの死体が発見された。恐竜は当時、地球に落下した隕石より氷河期を迎えた所為 、さながら冷凍保存とでも言えよう、凍りついた状態で発掘されたと言う。しかし、驚くべき事はそれだけに留まらず。なんとティラノサウルスのすぐ傍で、まるでそれと対峙するよう、人間が埋まって居たらしいのだ。よくよく話しを訊くも全く理解出来ないが、野人が現代に蘇った事実は変わらない。彼は岩塩層から発見された事から“塩漬け ”、そう名付けられたと言う。
________________________
彼と恋人同士になり、もうすぐ二年ほど経つ。この日、私は二人の記念を祝う為、彼が好むオムライスとメロンフロートの準備でキッチンに立って居た。まあ、本来の記念日とは日がずれ、前祝いとなるのは致し方無い事。生憎、記念日当日は、東京ドームで拳願会との対抗戦を控えているのだ。対抗戦が決まった際は、それは律儀に謝られた物だが、特に気にしちゃいない。何故ならば、彼は藤木組系花山組の組長。暴力団の組長が、恋人との予定を優先する事自体、甚 だおかしいと言える。そもそも日常がイレギュラーの連続なのだ。一般人のよう一年に一度の記念日を当たり前に二人で過ごせる保証はどこにもない。しかし、それを了知で傍に居る。だから気にしちゃいない。
「………それにしても、ちょっと遅いわね」
夕刻前だった。買い物があると言い、街に出掛けて暫く経つ。夕食時には戻ると言われたのだが、少しばかり時間が押しているよう。壁掛け時計は、刻一刻とその秒針を進ませてゆく。普段なら、どれだけ自身が危険に晒されようとも、二人の間で約束事をした際は、遅れの連絡をくれるマメな人だ。それが今日に限って電話の一つも鳴らないとは、一体何事だろう。大変な事に巻き込まれていなければいいのだけれど。
「オムライスも冷めちゃうし、電話してみようかしら」
仕事の邪魔になりたくなくて、日常であれば こちらから連絡をする事は殆ど無い。しかし、要件を伝えずただの買い物と言って外へ駆けたのだ。仕事じゃないのなら、電話の一本くらい赦されるだろう。それに折角 彼の好物を作ったのだ、冷えたオムライスなんて食べさせたくない。考えを巡らせたのち、私は自身の携帯を取り出しては、彼に繋がる番号へ親指を置こうとした、そんな矢先。玄関の施錠の音と共、聞き慣れた低い声が耳に響く。
『悪い、今、帰った』
「薫さん…」
慌て、発信し掛た携帯をリビングテーブルへ置き。声のする玄関へはたはたと駆ければ。そこに在るのは、思わず眼を丸くしてしまう程。―――散らばった赤が、ひらひら舞って居た。真っ赤に、真っ赤に、それは真っ赤に。ひらひらと、真っ赤に落ちていた。
「……どうしたのよ、それ。兎に角、ほら、中に入って」
体躯の良い彼を玄関先から引っ張り、力一杯、部屋へ上げる。彼の大きな手に握り締められて居た赤、それは。ひらひら花弁 が落ちるまで、きっと奇麗な花束であっただろう、薔薇である。可愛らしい包装紙に身を包んだ薔薇たちは悲しくも。首を折り曲げ下を向き、触らずともその花弁を地に落としていく様。彼の白色のスーツにも、赤い赤い薔薇の花弁が、何枚か張り付いて居た。
『薔薇を買って渡したかったんだが、途中で駄目になっちまった』
すまなかった、と瞳を落とす彼は。どうやら記念に、と街へ花束を買いに足を運んで居たらしい。しかし、その薔薇が散り散りになった理由と、帰路へ遅れた理由は先のニュースでよくよく見知った物と合致するのであった。彼が街へ花束を買いに行った帰り、あの“塩漬け ”と言う恐ろしい生き物と対峙したと言うのだ。名を訊いただけで、身震いする程、なんと恐ろしい事。
「それで、どうしたの」
『どうしたも何もねえ、ただの足止めだ』
「………え」
野人との対峙、それは範馬刃牙が其処へ到着するまでの、謂わば時間稼ぎのそれ。後、未知なる生き物の足止めをした際、真正面から迎え討った所為だろう、奇麗に包装された薔薇たちは、瞬間に散り散り。それで、そんな有り様と言う訳だ。―――いや、何がどうしてこう言う状況に成っているのか、良く解らない。解らないが、仕方がない。仕方がないと割り切る事が、彼と共に歩む私の務めだ。世の中には、自身の理解を超えた世界が幾つも存在する。それを片っ端から噛み砕いて理解しようなんて、何年掛かるか解った物ではない。
「でもまあ、あなたが無事なら何でもいいわ」
『花、すまなかった』
「気にしないでいいったら。さ、オムライス冷めちゃうから早く食べましょう、国旗いる?」
『………要る』
私は彼の大きな掌から、四方に首が曲がった薔薇を預かる。折角買って来てくれたのに申し訳ないが、これだけ多く傷付いてしまったのだ。あとで、ぐしゃぐしゃに潰れていない何輪かを選んで、花瓶へ活けて置くとしよう。
「あれ、おかしいわね、オムライスに刺す用に国旗のピンを買ってたんだけれど」
『無いなら無いでいい』
「ええ、そんな事言わないでよ。ねえ、少しだけ待てる? 戸棚を探したいの」
『嗚呼、時間稼ぎには、都合がいい』
「ん、なに」
『こっちの話しだ』
何故だろう。彼の口角が少しばかり上がっているのは。私は首を傾いで、戸棚の中から国旗付きのピンを探し始めるのだった。確か、食後にメロンフロートを飲む用のストローと一緒くたにしていたはず。買った記憶は定かなのに見つからないとは、いよいよ自身が恐ろしい。厭に冷たい汗をかき始めた時である。ほら、やはり。記憶は正常、正しい場所にそれはあった。
「嗚呼、よかった、あった、あった。薫さん、国旗のピンあったわよ。刺して持っていくわね」
『頼む』
短い応えであるが、随分浮かれた声に訊こえる。本当にどうした事だろう。その意を悟るには難しく、諦めた私はまだ熱の籠もるオムライスの頂上へ、日本国旗のピンを刺した。
「お待たせ、じゃあ、食べよっか」
リビングテーブルへ。そうして向かいに座る彼の眼の前にオムライスを寄せた瞬間である。互い、腕が交差するよう代わりに差し出されたそれは―――真っ赤に、真っ赤に、それは真っ赤に咲く。まるで、花だった。
「……これ」
『薔薇だ、今、作った』
「凄い…」
器用とは知っていたが、まさか。まさか、私がピンを探すほんの数分。数分で折り紙を奇麗な薔薇へ変えてしまうなんて。眼の前に置かれた赤い薔薇は、今度は花弁一枚も欠ける事なく、この手に届いた。しっかりと、奇麗に咲いた一輪の花であった。
『生憎、花束じゃねえがな』
「嬉しい、ありがとう」
―――一輪の、花であった。
「そうだ、薫さん」
『あ?』
「これ、毎年一つずつ作ってくれない」
『………別にいいが』
オムライスを食そうと、銀色のスプーンを片手にした彼が、不思議そうにしているので。私は、なんとなく愉しくなってしまっている。
「そうしたら、いつか花束になるでしょう」
『……堅気なもんだな』
彼は苦笑を零したのち、大口でオムライスを頬張った。
非常に信じ難いニュースであった。激動の中世代を生き抜いて来た野人が、現代へ蘇ったと言うのだ。―――今から約一億九千万年前の地層、岩塩層から巨大なティラノサウルスの死体が発見された。恐竜は当時、地球に落下した隕石より氷河期を迎えた
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彼と恋人同士になり、もうすぐ二年ほど経つ。この日、私は二人の記念を祝う為、彼が好むオムライスとメロンフロートの準備でキッチンに立って居た。まあ、本来の記念日とは日がずれ、前祝いとなるのは致し方無い事。生憎、記念日当日は、東京ドームで拳願会との対抗戦を控えているのだ。対抗戦が決まった際は、それは律儀に謝られた物だが、特に気にしちゃいない。何故ならば、彼は藤木組系花山組の組長。暴力団の組長が、恋人との予定を優先する事自体、
「………それにしても、ちょっと遅いわね」
夕刻前だった。買い物があると言い、街に出掛けて暫く経つ。夕食時には戻ると言われたのだが、少しばかり時間が押しているよう。壁掛け時計は、刻一刻とその秒針を進ませてゆく。普段なら、どれだけ自身が危険に晒されようとも、二人の間で約束事をした際は、遅れの連絡をくれるマメな人だ。それが今日に限って電話の一つも鳴らないとは、一体何事だろう。大変な事に巻き込まれていなければいいのだけれど。
「オムライスも冷めちゃうし、電話してみようかしら」
仕事の邪魔になりたくなくて、日常であれば こちらから連絡をする事は殆ど無い。しかし、要件を伝えずただの買い物と言って外へ駆けたのだ。仕事じゃないのなら、電話の一本くらい赦されるだろう。それに折角 彼の好物を作ったのだ、冷えたオムライスなんて食べさせたくない。考えを巡らせたのち、私は自身の携帯を取り出しては、彼に繋がる番号へ親指を置こうとした、そんな矢先。玄関の施錠の音と共、聞き慣れた低い声が耳に響く。
『悪い、今、帰った』
「薫さん…」
慌て、発信し掛た携帯をリビングテーブルへ置き。声のする玄関へはたはたと駆ければ。そこに在るのは、思わず眼を丸くしてしまう程。―――散らばった赤が、ひらひら舞って居た。真っ赤に、真っ赤に、それは真っ赤に。ひらひらと、真っ赤に落ちていた。
「……どうしたのよ、それ。兎に角、ほら、中に入って」
体躯の良い彼を玄関先から引っ張り、力一杯、部屋へ上げる。彼の大きな手に握り締められて居た赤、それは。ひらひら
『薔薇を買って渡したかったんだが、途中で駄目になっちまった』
すまなかった、と瞳を落とす彼は。どうやら記念に、と街へ花束を買いに足を運んで居たらしい。しかし、その薔薇が散り散りになった理由と、帰路へ遅れた理由は先のニュースでよくよく見知った物と合致するのであった。彼が街へ花束を買いに行った帰り、あの“
「それで、どうしたの」
『どうしたも何もねえ、ただの足止めだ』
「………え」
野人との対峙、それは範馬刃牙が其処へ到着するまでの、謂わば時間稼ぎのそれ。後、未知なる生き物の足止めをした際、真正面から迎え討った所為だろう、奇麗に包装された薔薇たちは、瞬間に散り散り。それで、そんな有り様と言う訳だ。―――いや、何がどうしてこう言う状況に成っているのか、良く解らない。解らないが、仕方がない。仕方がないと割り切る事が、彼と共に歩む私の務めだ。世の中には、自身の理解を超えた世界が幾つも存在する。それを片っ端から噛み砕いて理解しようなんて、何年掛かるか解った物ではない。
「でもまあ、あなたが無事なら何でもいいわ」
『花、すまなかった』
「気にしないでいいったら。さ、オムライス冷めちゃうから早く食べましょう、国旗いる?」
『………要る』
私は彼の大きな掌から、四方に首が曲がった薔薇を預かる。折角買って来てくれたのに申し訳ないが、これだけ多く傷付いてしまったのだ。あとで、ぐしゃぐしゃに潰れていない何輪かを選んで、花瓶へ活けて置くとしよう。
「あれ、おかしいわね、オムライスに刺す用に国旗のピンを買ってたんだけれど」
『無いなら無いでいい』
「ええ、そんな事言わないでよ。ねえ、少しだけ待てる? 戸棚を探したいの」
『嗚呼、時間稼ぎには、都合がいい』
「ん、なに」
『こっちの話しだ』
何故だろう。彼の口角が少しばかり上がっているのは。私は首を傾いで、戸棚の中から国旗付きのピンを探し始めるのだった。確か、食後にメロンフロートを飲む用のストローと一緒くたにしていたはず。買った記憶は定かなのに見つからないとは、いよいよ自身が恐ろしい。厭に冷たい汗をかき始めた時である。ほら、やはり。記憶は正常、正しい場所にそれはあった。
「嗚呼、よかった、あった、あった。薫さん、国旗のピンあったわよ。刺して持っていくわね」
『頼む』
短い応えであるが、随分浮かれた声に訊こえる。本当にどうした事だろう。その意を悟るには難しく、諦めた私はまだ熱の籠もるオムライスの頂上へ、日本国旗のピンを刺した。
「お待たせ、じゃあ、食べよっか」
リビングテーブルへ。そうして向かいに座る彼の眼の前にオムライスを寄せた瞬間である。互い、腕が交差するよう代わりに差し出されたそれは―――真っ赤に、真っ赤に、それは真っ赤に咲く。まるで、花だった。
「……これ」
『薔薇だ、今、作った』
「凄い…」
器用とは知っていたが、まさか。まさか、私がピンを探すほんの数分。数分で折り紙を奇麗な薔薇へ変えてしまうなんて。眼の前に置かれた赤い薔薇は、今度は花弁一枚も欠ける事なく、この手に届いた。しっかりと、奇麗に咲いた一輪の花であった。
『生憎、花束じゃねえがな』
「嬉しい、ありがとう」
―――一輪の、花であった。
「そうだ、薫さん」
『あ?』
「これ、毎年一つずつ作ってくれない」
『………別にいいが』
オムライスを食そうと、銀色のスプーンを片手にした彼が、不思議そうにしているので。私は、なんとなく愉しくなってしまっている。
「そうしたら、いつか花束になるでしょう」
『……堅気なもんだな』
彼は苦笑を零したのち、大口でオムライスを頬張った。