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環境や精神状態にも影響在る所、一番体温が上昇すると言われている夕刻を過ぎた。―――昨晩より身体が重く、微小な関節痛を感じては。何気なく脇下へ挟んだ身の体温は既、三十八℃手前にあり。はっきり数字を視た
「身体は軽くなったけれど、どうかしら」
恐る恐る枕元へ置いた体温計を手、脇に差し込む。これでまた高温の数字を叩き出せば、とうとう明日は病院を受診した方がいいかも知れない。解熱剤でどうにもならないのなら、ただの流行り風邪や疲れではない。長引かせない為にもきちんと診て貰うが吉と言える。頼りない電子音の末、脇から抜いた体温計。やはり自身の感覚は正しいかった、と深い溜息と共 安堵した。
「下がってる」
体温の高くなる夕刻に熱を計ったのだ。油断は禁物だが、関節に走る痛みと背筋の悪寒はほぼ消えている。このまま快方に向かえば、明日は仕事へも行けるだろう。そう心緩び肩を落とせば、次は自然と空腹が蘇る。昨晩小さなゼリーを一口食べたきり、手洗い以外は一日中ベッドで過して居たのだ、それは腹も減る。食欲が出て来たのなら、思いの
「そうだ…、何も無いんだった」
熱で朦朧としていたのか、冷蔵庫が空である事実を すっかり忘れていた。仕方がない、幸い身体は動くのだ。近くのコンビニへ脚を運ぼう、そう携帯と財布を手に玄関へ向かうと同時。普段鳴らない部屋のインターホンが鳴る。肩が短く揺れた。大概、インターホンを押すのは宅配くらいな物だが、直近で荷物を頼んだ覚えはない。となれば、思い当たる節はただ一人。
『遅くなりすまない、邪魔をする』
「烈……どうしたの」
以前渡した合鍵を使い、姿を現した彼。鍵を預けたのだから、そもそもインターホンを鳴らさずとも そのまま開けてくれて構わないと言うのに。全く、律儀な事だ。玄関先、驚き見上げると、彼の手にはスーパーのビニール袋が握られていて。
『どうしたも何も、風邪を引いたと連絡を貰ったから来たのだ』
「え、誰に」
『他ならぬ君だが、……その様子だと、熱は相当酷いのか』
平行線、まるで噛み合わない会話へ首を傾いでは。眉間に皺を乗せる彼の不安なその様に、
「やだ、ごめんなさい。来てくれてありがとう。熱はもう平気よ」
『食欲は』
「恥ずかしいけど、物凄い腹ぺこ」
『丁度いい、台所を借りる』
_________________________
熱は下がった、と伝えたのに。頑なに寝かせようとするのは何故か。身体は十分軽いし、リビングにあるソファへ腰を掛ければ、彼の調理する様を心弾みに覗けると言うのに、彼と来たら。部屋に上がるや否や、私を抱え、先まで寝転がって居たベッドへと戻すのだ。平気、そう何度伝えるも耳を貸さぬは 芯より心配に及ぶ証拠。しかし、どうにも過保護で仕方がない。それは苦笑が零れる程に。ふと、何かの出汁だろうか、それと優しい葉の香りが鼻を掠めゆく。
『空腹のところ、待たせて申し訳ない』
「わ、ありがとう」
寝て居ろと言われた訳なので、あれ以上ちくちく小言を言われぬよう、今の今まで頭を枕に着けて居た。後、ゆるり起き上がり、彼がトレーに乗せ運んで来てくれた食事に眼を配る。病み上がりの体力も加味され、量は少量。それでも、手の込んだ一汁三菜が 身を起こした膝の上へと乗せられる。空腹の所為、口内の唾液は異常と湧き上がり、それを欲した。
『少林寺に伝わる回復料理だ。数種の薬草を調理してある』
「山椒……みたいな良い香りがする」
『日本じゃ入手出来ない薬草もあって十分ではないが』
「………」
『効果はある』
扱い辛いであろう義足を畳み、ベッド横へと腰を下ろす。視線は、丁度並行になった。―――私を想い駆けつけて、私を想い食事を作り。私と話しやすいよう膝を曲げ、私と瞳を重ねる為に傍に居る。この単純な嬉しさに、またも体温が上がってしまいそうで。懐の温かさが、なんて心地良い。
『さあ、喰うんだ』
「烈、あなたって。本当に優しいったら」
『―――…』
「嬉しくて、また熱が上がっちゃいそう」
『……く、喰うんだッ…!』
照れ隠しなのか、何なのか。頬を僅かと紅にした彼は、重ねていた視線を逸らす。思わず吹き出しそうになるのを堪え、眼の前の食事へ箸を取る。白い湯気が天井へ向かう熱々の料理。その一口を含めば素早く、不足の栄養たちが身体の内側の隅々へと巡って。味は勿論、どれもこれも食べやすく調理。少量だが、身も心をも満たしてくれるのだから、本当に不思議な事だ。
『味の保証はない』
「凄く美味しい、お店開けるわよ、これ」
『
「本当なのに」
病み上がりとは言え、恐らくは未だ身体に風邪のウイルスが残っているはず。傍に居てくれるのは嬉しいが、出来れば移したくなど無い。食事の最中にそう伝えるも、先と同様、まるで聞く耳を持たないのだ。聞き入ってくれたらどれだけ楽だろう。まあ、一度決めたら退かない漢である事は了知。今は自身の回復に務めたい。
「ああ、美味しかった、ご馳走様」
『全部喰えたな。安心しろ、すぐ良くなる』
「ん、」
薬草、薬膳が効いているのか、身体の芯まで温かい。昨晩の悪寒がまるで嘘に思えた。そうして私の膝の上、平らげた食器が乗るトレーを彼が両手にした時である。それは無意識。
「烈、待って」
屈んだ背を伸ばすよう、義足で立ち上がる彼の太い手首を捕まえていた。勿論、隆々の腕から成る手首だ。完全には捉えられない。それでも、ただ触れるように止めた固い皮膚は。私の声でその場を動かんとする。
「助けに来てくれて、ありがとう」
静か引き寄せ、同時。彼も伸ばしたその背筋を柔らかに落とすのだった。懐の温かさと唇の熱は比例する物。彼の燃ゆるような唇が好きだ。常、私を想い目線を合わせてくれる瞳が好きだ。包み込むよう安堵を与えてくれる、大きな掌が好きだ。嫌いな所を挙げてみろ、仮にそう言われたとしても、きっと。何も思い浮かばぬ程に。―――互い、肌までの距離が無くなり、いよいよ唇が重なる所。睫毛を下ろした途中で我に返り、最重要に気付くのだ。
「やだ、いけない、」
瞬間、自身から引き寄せたにも関わらず。彼の厚い胸板を押してみせる。私が押したところで不動とする彼だが、今まさに触れ合う直前であったのだ。驚き、その眼を丸くするのも無理はない。
「駄目ね、移したら大変」
すっかり、自分が病み上がりだと言う事実を忘れていた。いつもの調子、礼と共、唇を合わせてしまう所だった。これでは後、彼も風邪の道連れではないか。火照った身体を醒ます為、溜息を一つ。ふい、押し返した胸板の先を見つめると、彼の視線は此方に向いたままで。暫くの沈黙のあとだ、呟かれるは、何とも力強い、腹からの声。
『構わん』
「駄目ったら」
『私は構わん!』
「きちんと治ってからじゃないと、」
『私はッ! 一向に構わんッ!』
「ちょっと、大きな声出さないで、頭に響くでしょう」
『す、すまん』
そんな真剣たる目線を向けられては、求める熱を純粋に欲してしまう。全く、本当に聞く耳を持たない、仕方のない人だ。けれど、其処もまた、其処がまた、好きなのである。私は、今尚 強い眼差しを送る彼を見上げ、一つ。小さな意地悪をする。好きな人にほど意地悪をしてしまうとは良く在るが、どうぞ幼稚と言って貰って構わない。
「ああ、解ったわ。烈、あなた風邪を引いて、私に看病されたいんじゃない」
『何を馬鹿げた事を』
「甘えて“あーん”をご所望ですか、烈海王」
『私は風邪など引かん』
頬に色の乗る様が、可愛らしいったらない。
「本当、むっつりなんだから」
『誰がむっつりスケベだ』
自覚はあるのね、そう出掛けた声を喉奥へ押し込んで。未だ明後日の方を向く彼の頬へ、軽く。触れるだけのキスをした。