トリコ
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―――緑、黄、赤。それぞれ形も、色づき方もまるで違う。浴びた陽に照らされ、光の角度で視える表情を変えながら。それはさながら、君のようで。君のようだった。
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丁度、夢と現実の
『………名前、』
「マッチ、起きて」
『…おい…待て、揺さぶらなくったって ちゃんと起きる』
自身では解らない物だ。もしかしたら寝起きが悪く、彼女がくれた頬への口吻にも気付かずに、大きな寝息を立てて居たかも知れない。それならば、身体を揺さぶられるのも無理はない。しかしだ、出来ればもう少し優しく起こして欲しい物である。
『そんな寝起き悪かったか』
「違うわよ、ねえ、訊いて」
『どうしたよ、妙に嬉しそうじゃねえか』
横たわるベッドから、まだ醒めない頭を枕から離し、未だ重たさが残る身体を起こしてみせる。ピントはやや霞んで居るが、ベッドの端に腰掛ける彼女と視線を合わせると、どうも嬉しそうに微笑んで居るではないか。一体、何が彼女をそうさせる。
『何だよ、ほら、言ってみろ』
ようやく合った焦点が、彼女をより奇麗に映した。単純だが、彼女が嬉しいと俺も嬉しい。だから、これから耳にする事柄も、この胸を温かにする事だろう。寝起き、まだ力の入らない腕を伸ばしては、彼女の白色の頬へ指先を乗せる。壊れ物を扱うよう指原を流せば、なんて幸せそうにするのだ。早く、早く訊きたい。彼女が嬉々とするその心情を、早く。
「出来たの」
『なにが』
―――焦燥と驚き、それに興奮を併せた胸の高鳴り。瞳を燐かせた彼女の口から告げられたのは、思わず息を飲んでしまう程に。
『…………出来たのか』
寝起きの心拍じゃない。ノーモーションから突然に走り出し、そのまま駆ける様。異常な昂りを魅せる躍動は、止まらず逸り、まるで落ち着く事を忘れたかのよう。例えるなら、雷にでも打たれた、そんな衝撃だった。
「嬉しい、」
嬉々とする彼女の意が伝わり響く。俺だって嬉しい。―――“出来た”。そう言われ真っ先に思い浮かぶのは勿論、その腹に身籠った生命。脈々と力強く、それでいて靭やかに。今もその腹の中で命を灯しているかと思うと、何だか不思議な気持ちになる。俺が、俺が親父になる日が来るなんて思ってもみなかった。いや、正確には、そうなれたらいいと心の何処かでは思って居たのだ。しかし、こんなにも早く願いが叶うとは。人生、何処でなにが起きるか、本当に解らない物である。
『名前、』
「ん」
『ありがとう』
「こちらこそ」
嗚呼、なんて嬉しそうに笑う。―――しかし、だ。一つ
『医者には行ったのか』
互いの関係は恋仲である。職業柄、当たり前だが半端な付き合いはしたくない。故に結婚を前提とした長い付き合いを過して来たつもりだ。そろそろ、彼女へは相応しい場所での言い入れと、両親へ赦しを乞う予定を頭に巡らせてはいたのだが。ここで順番が逆になるとは。まあ、いい。いずれにしろ、奇跡が起きた事に変わりはないのだ。遅いも早いもないだろう。今は、彼女の身体と、腹の子が第一である。すると、何か可笑しな事でも言っただろうか、彼女は俺の問いに首を傾ぐのだった。
「え………行ってないわよ、どうして」
『どうしてって、お前、出来たんだろ』
「それはさっき言ったじゃない、出来たわよって」
『それなら、きちんと診て貰わなきゃいけねえ』
「誰に視て貰うのよ、可笑しいったら。自分で視たら解るでしょう」
医者へ行かずとも子の安否が解るだと。自身の知らぬ間、医療の進化は遥か先へ在るようだ。全くもってついていけない。しかし何故だろう、己の感じる胸の躍動、
『そう言う物なのか。………いや、しかしだな、やっぱり一度医者へ行った方がいい』
「何でそうなるのよ、病気じゃないのに」
『馬鹿野郎、懐胎してんだろ。お前の身体の為にも一度きちんと』
「………え?」
『………あ゙?』
夢か、まだ俺は夢の中にいるのだろうか。この噛み合わない会話、彼女の明らかに軽い反応。―――何かが、おかしい。
「マッチ、懐胎って……」
『名前が言ったんだぜ、“出来た”ってよ』
閉めたカーテンの隙間から朝陽が零れる。昨日の夜は絶えず雨が降っていたが、今日はからりと晴れたようで。きっと、ベランダの花やミニトマトたちも、朝露を浴び気持ち良さそうとしている事だろう。ふと、瞬時に巡った応え。それは、あまりにも出来過ぎた勘違いであると気づく。彼女から言われる間もなく俺は、今までの言動に
「―――ミニトマト、出来たみたい」
嬉々する彼女は、赤面浮かぶ俺に屈託ない笑みを覗かせる。きっと、本当は思い切り笑ってしまいたいだろうが、真摯に堪えていてくれてるのだ。嗚呼、なんて恥ずかしい。このまま二度寝がしたい。
『…なんだ…なんつうか、その。…俺の勘違いだ。気い、悪くさせちまったら、すまん』
「どうして、そんな訳ないじゃない」
彼女の指先が、俺の固い手指に強く絡まる。瞳を覗くと、カーテンの隙間から射す柔らかな陽が、長い睫毛を奇麗に照らしていた。
「もし、そうなったら、こんな風に喜んでくれるんだなって、だから、………だから嬉しい」
俺に連れたか、頬を紅潮させる彼女。その表情は、
「ねえ」
―――緑、黄、赤。それぞれ形も、色づき方もまるで違う。浴びた陽に照らされ、光の角度で視える表情を変えながら。それはさながら、君のようで。君のようだった。
「緑のは まだだけど、赤いトマトを収穫して、朝ご飯にしない」
『賛成だ、パンと卵でも焼くか』
覗いたベランダには、小さなミニトマトが朝露を纏い其処に居た。緑、黄、赤。太陽に照らされた丸い粒は、さながら。煌々のビーズみたいに。