トリコ
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理性とは何かを考えさせられる。彼女を眼の前に浮き彫りになる情欲を常、平らにする事は、全神経を必要とした。歩幅を合わせ隣を歩く時。細い指が僅か触れる時。いつか唇を重ね、吐息混じりでこの名を呼んで貰えたら、どれだけ幸福かと、考えさせられるのだ。そうして今にも倒れ込みそうな理性を保つ薄い壁は、内側に眠る圧力で。今にも
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「お料理、とても美味しかった」
『まさかフルコースでGODを食べられるなんてね』
陽の暮れた夕刻。淡色のワンピースを身に纏う彼女の隣を 歩幅を合わせ歩いている。ホテルグルメで行われた、それは大規模で、綺羅びやか過ぎる“彼等”の挙式。幼少の頃から育った彼等の華やかな姿を眼にするのは、実に感慨深い物で、
「鈴ちゃん、綺麗だったね」
『そうだね』
穏やかに歩を進める彼女の視線は、手にあるプチギフト。披露宴の終わり、会場外でゲストを見送る送賓の際 新婦に笑顔で手渡されたクッキーである。なんでも、テリークロスを型取った新婦の手作りとの事で。驚き成す所だが、参列者全員分を苦なく準備したと思うと、新婦がどれ程 今日を愉しみに過ごして来たか、よくよく考えなくとも解る事であった。
「トリコ、幸せそうだったね」
『………そうだね』
幼少の頃から共に居る
「何となく、二人は結婚するんだろうなって、思ってた」
『……』
以前より、些細なアプローチを成す彼女であったが、強烈で勢いのあるそれではない。せいぜい、皆に配るバレンタインに紛れ 彼にだけ形の違ったチョコレートを渡すとか。ハントへ向かう際、彼の背が見えなくなるまで見送ったりだとか、余程 感の良い男性で無ければ気付かぬような、控え目なアプローチだった。ふと、夕刻を歩く影が止まる。途端 振り返れば、淡色のドレスを靡かせた彼女が ただそこに立ち止まって居て。いつの間だろう、大きく丸い瞳に、溢れる寸前の、厚い、厚い、涙の膜が張られているのは。
「そう、思ってたけど……、…私、駄目ね、…素直に二人を」
『言わなくていいよ』
「………」
彼女を卑下する言葉など 聞きたくないし、言わせたくなかった。それが他でもない、彼女自身の口からであっても。瞳を丸くした彼女の目尻からは、陽に照らされた橙色の雫が、頬を伝う。この日、幼少時より初めて。彼女の細く、か弱い指先へと手を伸ばし、そうして触れた。それは冷たく、柔らかかった。
『君は駄目なんかじゃない。だから、そんな事は言わなくていい』
「ココはきっと、気付いてたよね」
『……そうだね、君がトリコを見ていたように、僕も君を見ていたから』
「……」
絡んだ冷たな指先に、少しの体温が上る。それは、この告白
「ココ、」
『ごめんね、困らせて』
彼女も繊細なようで何処か鈍感だった。長い長い、片想いも、これだけ続けば勘づかれると思って居たが。恋は盲目とは良く言ったもので、自分自身に寄せられた気へは、案外。一度立ち止まり、周りを見渡さなければ解らない事らしい。続かぬ言葉を探るよう、彼女は慌て、瞳の端を拭ってから、淡色の唇を薄く開ける。―――そうして閉ざすのだ。代わり、未だ体温で繋がれた指先へと、僅か、繋ぎ返された。
「……困ってなんていないわ、ただ、少し驚いただけ」
『返事は要らないよ』
「どうして」
『さっきの式で、君が彼へのけじめを付けたように。僕もただ、そうしたかったんだ』
『
「ごめんね」
先まで橙色の辺りは、陽が落ちて。薄い星が、空から吊り下がるよう揺れていた。パートナーのキッスへは、星が上がるのを合図に自身の元へ迎えに来てくれるよう頼んで置いた。矢先、耳に霞むは、何処からともなく大きな羽根が風を切る音。それは、彼女との別れを意とする風切り羽に聞こえた。
結局困らせてしまったが、長く続いた自分勝手な想いは伝えた。もう、思い残す事なく、この歩を先へ進めたい。
『キッス、ありがとう』
風音と共、黒色の大きな烏は 広い翼を丸め、擦り寄るよう着地した。
『名前ちゃん、送るよ』
「いいの」
『勿論』
触れた指先を 壊れぬ限りの力で強く握る、強く。そうしてドレスを風に靡かせる彼女をキッスの背へ乗せるのだ。“良い毛並み”“ふかふかね”と褒めて貰え、何だかキッスも嬉しそうに瞼を細めている。
「ねえ、ココ」
『どうしたんだい』
『西を見て』
ふい、陽の沈む西を振り返るよう 視線を配るのだ。当たり前に、穏やかと消えて無くなる陽の光は、何処となく淋しくて。先まで繋いでいた彼女の皮膚の温もりさえ、掠め取られてしまいそうな程に。眼に映る情景は、ただに切ない。消え入る陽、決別の意の象徴だろうか、彼女もまた。長く想った彼への気を。沈みかけの陽の下へ、静か、落とそうとしているのかも知れない。しかし、どうだろう。やはり昔から相も変わらず、律儀なんだと思った。彼女は、僕が勝手に放った言葉へ、きちんと。温かな応えをくれるのだから。
「夕日が綺麗ですね」
『月も綺麗でしょう』
沈んだ陽の代わり、黒色の空へは穏やかに月が瞬く。そうして、羽根を広げた烏は、光る其処へと飛んでいくのだ。
※
夕日が綺麗ですね…「あなたの事をもう少し聞かせて」
月も綺麗でしょう…「少し一緒に居てもいいかな」