トリコ
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週明けの月曜日。憂鬱だが、土日で休ませた身体と頭のお陰。少し残業で退社が延びたとしても、何とか乗り切る事が出来る。雨の日の火曜日。職場近くにある、雨天限定で安くなるキッチンカーのお陰。昼食でエネルギーは ほぼチャージ。雨上がりの水曜日。週半ばと言う事もあり、この日は大概気合でどうにかなるのだが。問題は今日、木曜日である。明日金曜日となれば、水曜日と同じようなテンションでどうにかタスクを
「あれ…冷蔵庫、何かあったっけ」
定時直前。分厚い社内資料をクリップで止め、パソコンの電源を落とす手前でふと。週末に買い置きをした自宅の冷蔵庫の中身を思い起こすのだ。丁度昨日、傷み始めた野菜の処理に 鍋一杯と熱々のスープを作った所で。生憎、冷蔵庫の中は綺麗さっぱり空っぽである。今日は幸いにも定時退社だが、疲労が蓄積された身体で買い物へ行き、一人分の夕飯を作るには億劫で仕方がない。
「コンビニでいっか」
たまには昼、夜とコンビニご飯に頼る事があったっていい。その為のコンビニなのだ。出来れば、疲れた身体にはバランスの良い食事が最適と理解はしている。しかし、ここで無理に身体へ鞭を打ち自炊をするくらいなら、少し高くついたって外食にした方が 精神的負担も少なく済む事だ。社内の壁掛け時計が定時を指したと同時、重い腰を上げては。春に新調したばかりのヒールを響かせ、夕暮れにこの身を預けていく。
「菓子パンとかじゃなくて、何か栄養が摂れる物がいいわよね」
コンビニでもスーパーでもいい。惣菜の組み合わせ次第では、案外自炊と同様に 満遍なく栄養を摂る事が出来るはず。ふい、風に乗ってか、どこからともなく甘い、それでいて酸味のある香りが鼻を
「オムライス、……良い」
コンビニでなら、出来上がったオムライスがパックに入って売られているし。鶏肉と卵でタンパク質を ライスに混ざった細かい野菜をいっぺんに摂る事が出来るではないか。偶然にケチャップの匂いが鼻を掠めた事で、気分は既、オムライスの口になっている。そうと決まれば、自宅の近くにあるコンビニへ寄り、ついでに温めて貰ってから帰るとしよう。そう、軽い足取りで地面へヒールを響かせた時だった。手持ちの鞄の中で、携帯が揺れている事に気付く。
「やだ、職場かな……」
退社前に提出した分厚い資料に不備があっただろうか。今更戻ってパソコンを立ち上げ、残業をするような真似はしたくない。しかし、疲労が溜まった脳で作った資料だ。もしかしたら、どこかおかしな点があったのかも知れない。恐る恐る、鞄の隙間から携帯を取り出し、薄めで確認すると。
「……スター」
こんな時間に電話が来るなど珍しい。明日は晴れの予報だが、これは大雨になる可能性も出てきた。普段、ハントや任務で多忙な彼だ。私もフルタイムで仕事をする身である為、会える機会はほとほと少ない。メールも電話も、私から発信する事が殆どで、彼からの連絡は至って珍しい物である。それがどうした事だろう、もしかして怪我か、何か大変な急用だろうか。慌て、無意識に震えた手により携帯を耳に充てがえば。
「も…もしもし、」
『ああ、私だ』
「どうしたのよ、急に電話なんて、大丈夫なの、今どこ」
焦りの
『今は、お前の家だが』
「………え、」
突然の声に、足早に駆けていた この脚が止まる。確かに合鍵は渡していたが、彼がそれを使って私の部屋へ来るのは初めての事で。驚きから、次の言葉を喉奥につかえていると、彼はキッチンに立っているのか。コンロから火の上がる音がして。同時、細い溜息が続いて来るのであった。
『メールを見なかったのか』
「……メール? ごめんなさい、全然見てなくて」
『一向に返事が戻って来ないので、こうして電話をしている』
『ご、ごめんね、ちょっと疲れてて。メール確認するの忘れてたみたい』
そもそも、彼からの連絡が貴重過ぎるのだ。その為、メールなんて確認する習慣すらない。
「それで、メールの内容ってどんな? せっかくあなたから電話をくれたんだし、用件を今聞いてもいいかしら」
『…しっかり横着か。まあいい』
彼は二つ目の溜息をついたあと、先に連絡をくれたメールの内容を告げてくれた。何でも、ハントも任務も早めに終わった事から、少しプライベートの時間が取れたそうで。以前、木曜日が一番身体が堪える、と私が愚痴を溢したのを覚えて居たのだろう。食材調達後、合鍵を使っては 私の部屋で手料理を作り待ってくれているらしい。また、それが驚くべき事に 夕飯はオムライスだと言うのだから、瞳を
『そう言う訳だ、早く帰って来る事だな』
「ありがとう、スター。どうしよう、会えると思ってなかったから、凄く嬉しい」
『………浮かれて走って転んでくれるなよ、あとが面倒だ』
「とか言って。本当は私の事、心配なんでしょう」
耳を
『恋人を心配しない男など、居て堪るか物か』
「……………」
『名前、
「スタージュン、冷蔵庫に檸檬ってあったかしら」
『…檸檬?………あるが、それがなんだ』
既にオムライスを作って貰えているだけで、彼に会えるだけで、こんなに嬉しい事はないけれど。この心臓の高鳴り、肌に上った熱を下げるには、冷たいデザートも欲しい所。
「ナティージャも追加で」
『……』
「ビスケットと、チェリーが乗ってるの」
『…………注文が多い奴だな。まあいい、どうせ薄力粉もある。しかし生憎、チェリーはないようだ、コンビニで缶詰の物でも買ってこい』
「はあい」
そうこうしてる間に、自宅付近のコンビニが遠目に見えて来た。家に帰れば、今耳へ響いている心地の良い声が。もっと、ずっと。近くに成るだろう。赤い赤いチェリーを飾って、あなたと向かい合い食べるそれは、きっと。どんな甘味にも負けないはず。
「スター、そろそろ切るわね」
『ああ、そうだ』
「どうしたの」
『折角合鍵を貰っている。木曜は、毎週。こう言った時間を作ろう』
一週間の中。それは、土曜でも、日曜でもなくて。ただの木曜日が、特別な日に変わる瞬間。コンビニで、缶詰のチェリーをこの手に取る。