トリコ
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丁度良い柔らかな風が吹くと、晴れた空からひらり、桜の
『はー、喰った、喰った』
ブルーシートに広げた重箱へ、時折落ちてくる花弁を摘み避けながら。彼は、私が早起きをして
『この美容弁当、
「あなた専用の偏食弁当が口に合って良かったわ」
『偏食じゃねえし、
「ごめん、ごめん」
現に偏食弁当と言わず何と言えばいいのか。彼の嫌いな食べ物は二千九百四十一にも上るのだ。それ以外に食べられる、さらに美容に良い食材で作った弁当なら、さながら“偏食弁当”と名付けたい所。意地を張る彼の横で小さく吹き出すと、あからさまに唇を尖らせる物だから、見ていて飽きない。
「あ、そうだ、デザートにキューティクルベリーもあるの。食べる」
『ンー、今は、いいや』
すると、一つに束ねていた髪ゴムを外しては 長い艶やかなその毛を空気に触れさせて。そうして何故か周りをちらと確認した後だ、崩した私の膝上に 彼の頭が落ちて来る。
「デザートよりお膝が良かった」
『……っせ。つうか、周り誰も居ねえよな』
「居ないわよ」
花見の場所に選んだのは、グルメ界付近にある静寂な場所。余程の猛者や実力者でなければ、わざわざここへ場所取りに来る者も居ないだろう。彼が辺りを気にした理由は大概想像に容易い。有名な花見スポットなら、良い大人である四天王が女の膝上に寝転がってる、なんてたちまち噂が広まり。果ては知られたくもない他四天王へと繋がり茶化される事。家でなら当たり前に取るスキンシップも、外では彼の美に反するに違いないのだ。
「それにしても、本当に綺麗ね」
見渡せば、川沿いに咲く約八千本のソメイヨシノが、揺ら揺ら気持ち良さそうと身を流している。水のせせらぎが 人しれぬ静かなこの場に響いては、時間の進みを穏やかにさせる物。私達を連れてくれたクインと言えば、着くなり早速水浴びを愉しんでいるようで、暫く戻って来ていない。きっと、帰って来る頃には乾燥した皮膚へ、十分な潤いを纏っている事だろう。
「連れて来てくれてありがとうって、クインに言わなきゃ」
『
「勿論よ、ありがとう」
『ン』
膝に乗った頭。綺麗に散らばる髪の毛をこの手に
『
「ね、本当。桜って何だか特別よね」
『違えよ、お前が』
「私?」
『……キレーだっつってんの、名前の事』
「…………ありがとう、嬉しい」
ベッドの時なら、蛇口を捻った水みたいに、するする愛を口にしてくれる癖。以外では、必死に選んだ言葉をぎこちなく伝えてくれる所も堪らなく好きだ。こうしたギャップに、幾度ときめきを与えられた事だろう。数え始めたら切りが無い。
『ほら、日に焼けるからコイツでも被っとけ』
「ん、」
逞しい腕と共、頭へ被せられたのは、彼が暑いと言って外した先の帽子。当たり前にサイズはぶかぶかだが、こう言った不器用で些細な優しさも、彼らしくて良い。
「ねえ、まだ桜が散らないうちに、もう一度来ない」
『花見?』
「うん、今度は夜桜。きっと、凄く綺麗だと思うの」
快晴の夜、出来れば満月の日。煌々と照った月が淡色の桜を映し出せば、さぞ幻想的だろう。昼間の花見も愉しんで置きながら、欲張りかとも思うが、こちらは彼専用の偏食弁当を試行錯誤で作ったのだ。我儘の一つくらい言ってみたくもなる。想像したのは『メンドクセー』だの、『一回で十分だろ』だの、私の提案を軽くあしらうような応えと思っていたのに。どうやら、まだ。私は彼への理解に乏しかったよう。
『ホテル取ってるけど』
「え…」
見上げていた桜から目を反らし、咄嗟、膝元へ寝転がる彼と視線を絡める。長い睫毛を
『夜桜も、なんて言うんじゃねえかなって思ってよ。部屋の窓から桜が見えるホテル予約した。ちな、客室露天付きの最上階な』
どうしよう、胸の淡い痛みが増していく。私の思考を先回りをし、プライズで準備を進めてくれていたと思うと、常、彼への理解は 毎回想像を越えていく。私が朝、早起きして弁当を拵えている間、彼もまた。私の為に良い部屋を探して予約してくれていた事実は、愛以外に例えようがない。
「何だか、偏食弁当と割に合わなくなっちゃった」
『何の話してんだ』
「こっちの話」
『意味分かんネ。てか今更聞くけど、…行く?』
「ホテルでしょう、行くわよ。ありがとう、夜桜も愉しめるなんて夢みたい」
『大袈裟かよ、馬あ鹿』
すると、小さく苦笑した彼の、繊細な指先が頬を辿るのだ。宝物を扱うよう、優しく触れる手、愛おしそうに向けられる熱い瞳に、芯が焦がれそうになる。ふと、頬を撫でていた指に髪を
「サニー…」
『俺は別に。お前と居れんなら、場所なんて、どこでも良いけどよ』
「……」
『でもやっぱ。自分の女が喜んでくれるってんならさ、頑張っちまうよな』
「………ねえ、もう一回」
『ア?』
「キスしたい」
『何回でも、いいよ』
『滑って、ダンスでも踊りてえの』
「あなたがエスコートしてくれるんでしょう」
『そりゃ、まあ。軽く、一生涯は』
片膝を着いた彼の様子は、さながらプロポーズそのもの。“夢みたい”と呟けば、また。大袈裟かよ、そう返されるだろうか。