トリコ
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氷の破片が煌々、煌々と。風に乗って流れては、小さな星のよう 柔らかに舞っている。崩れ掛けのグルメショーウィンドウと、鋭い氷山が幾つも
「鉄平」
センチュリースープ争奪となった、美食會副料理長 トミーロッドとの激闘。それにより、トリコの“フォーク”である左腕が損傷した。本人は元気そうとしているが、何より事態は重篤。肩から先が無いトリコの治療の為、アイスヘルへ迎えに来てくれた節乃が所有するリムジンクラゲに乗り、先を急いでいる最中である。行き先は、――癒やしの国ライフ。彼の師匠であり、異名“血まみれの与作”が待つ世界でも唯一の自然医療機関だ。
『“最後は、食材の赴くままに”…よく師匠が言っててさ、これで良いんだ』
「強いのね」
リムジンクラゲの中。アイスヘルのその地が 点になるまで、ずっと。彼は窓からその身を離そうとはしなかった。後ろ髪を引かれる想いに在る事は了知、しかし、傷心に浸る程の余裕はなくて。今は、負傷したトリコ等をライフに連れて治療するのが最優先、彼もまた、再生屋として一番に理解している事だろう。ライフに辿り着けば、国のシンボルでもある食の宿屋、療樹マザーウッドがある。百名以上の腕の在る再生屋たちが宿を構えているのもあり、負傷した者たちの治療も捗るはずだ。
『強く成らざるを得なかったんだよ、ほら、うちの師匠スパルタだから』
先まで悲しい瞳を浮べていた彼だが、恐らく隣で様子を伺う私を気遣っての事だろう。明るな声で、窓を背に寄り掛かる。昔から、器用なのか不器用なのか摑み所がない性格は変わっていないようだった。
「与作さん容赦ないものね」
『そうそう。ま、腕は確かなんだけど』
続く言葉は、堪らず愚痴になるとも思ったが。彼自身、口は災いの元、そう想い出したのか、我に返っては飛び出し掛けた声の先を 掌で塞いで見せる。そんな茶目っ気ある様子がおかしくて、小さく吹き出してしまった。暫く笑ったあとだ、彼がふと、記憶を遡るよう
『そう言えば、最後に名前に会ったのって、ガキの頃以来だっけ』
「………多分…十年以上前になるかしら」
『まさか、こんな所で再会するとはね。さながら同窓会だ』
「本当、変わらず元気そうで安心した」
元々、国際グルメ機構IGOの職員を父に持つ自身。片手で数える程度だが、幼少の頃に第0ビオトープの職員等と面識を合わせた事があって。ビオトープ職員の与作が 弟子である彼を連れて来た事もあり、トリコ含めた皆たちとは少なからず顔馴染なのだ。自身もまた、父の後を追う形でIGOにて職務を全うしている。今回は、節乃が従えるキャンピングモンスター。リムジンクラゲの生態調査を任されており、こうした彼との再会はまさに偶然そのもの。
『……』
「え……どうしたの、急に黙っちゃって。もしかして、何処か怪我でもした」
『喋れば喋るほど、信用を失う恐れがある』
「それ、シーン違いだと思うけど」
やはり、そんな所も相も変わらず。彼らしさが健在な事に
「鉄平も、ライフに着くまで少し休んだら」
『え、ああ』
「ほら、私はあくまで調査でここに居るし。けど、鉄平は到着したらすぐ与作さんとトリコの治療するでしょう」
また、いつ何処で美食會と遭遇するか解らない。日食の日も、刻一刻と迫って居るのだ、GOD争奪戦ともなれば こんな悠長に休息なんて取れやしない。ふい、見上げて視線を配る。時に想うのだ、十年という月日の長さを。彼はいつの間か、私の知らない男の大人の人になっていて。体躯も、声変わりしたその声も、生業の技術だって、その殆どが。私の知らない彼へと成長を遂げていた。
『俺はいいよ』
寂しさと言うよりも、むず痒さが勝る。ある日、背丈も声色も変わらぬ男の子が、こうも様変わりしては 変に意識さえしてしまう物。途端、首を横に振る。意識するも何も、相手は誰でもない彼なのだ。やんちゃで、摑み所が無くて、悪戯好きな、ただの幼少からの顔馴染み。それ以上でも、それ以下でもない、それなのに。
「どうして」
静かと投げ掛けた問いに、彼は。先程まで、その目に焼き付けるよう充てて居た アイスヘルを眺める
『もうちょっとだけ、お前の事、見てたいなって』
「……」
瞬間、空を飛行するリムジンクラゲが大きく揺れた。きっと、上空に発生した積乱雲に胴体が
『…っぶね、』
「ご、…めんなさい……ありがと…」
厚く盛り上がった胸板に、きつく抱き締められる。幼少の頃でさえこんな間近と、身体を擦り寄せた記憶などないのだ。リムジンクラゲが揺れた事より、今在る距離の方が 幾分焦りを覚える物。次第、揺れは落ち着き、平衡感覚も取り戻していく。もう、背に回されたきつく固まる腕は解いて貰って構わない事だ。
「鉄平、もう平気よ」
『ん、あれ、さっきの聞いてなかった』
「……え」
服の擦れる感覚に、妙に緊張してしまう。腕は、未だきつく肌に在るがまま。私は、眼の前に映る厚い厚い胸板から目線を上げて、こちらを見下ろす彼と瞳を絡める。
『もうちょっと、見てたいんだけど』
「どうして」
『そりゃあ、イイ女になったからね、俺好みの』
駄目だ、これ程まで近くに居たら。例え服越しであっても 心臓の躍動が伝わり兼ねない。それでも、一つ気付いてしまった事は。頬を寄せた彼の胸板、その肌に埋まる心臓が、私の物より足早と駆ける事実。――…全く、器用なのか不器用なのか、まるで解った物じゃない。