トリコ
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「……奇麗」
瞳の前、受け取った小さな石を。薄暗の部屋を照らす間接照明の手前で揺らしては。角度を変える度に違った色味を覗かせるそれに、思わず細い ため息が漏れる。暖房の効いた寝室、服を脱ぐ前まで 薄い毛布では頼りないと思ったが。求めた烈しさの最中浮かぶ熱に、すっかり身体の末端、指先までをも温める程。注がれた燃えるような情熱をこの身に受け止めて、上らせた息を落ち着かせたあと。毛布に包まりながら彼の腕枕に頭を寄せていた時だった。
『ルビークラブの殻だ』
――…ルビークラブ。別名を“鉱山蟹”とも呼ばれて居て、名の通り鉱山に棲息するルビーに覆われた蟹だ。捕獲レベルは四十六、非常に難易度が高い捕獲レベルだと思われるが。これは個体の強さではなく、発見の困難さから想定される物らしい。ルビーの殻に覆われた身は、滅多に市場には出回らない高級食材。勿論、殻も宝石としての価値が高く、身同様に高値で取引される程。
「貰っていいの」
『いらねえの』
「ううん、凄く嬉しい、ありがとう、サニー」
『ン』
情事のあと、ふと、彼は何かを思い出したように。ベッドの下へ脱ぎ捨てたシャツの胸ポケットから この赤い光を帯びる宝石を取り出して、私の掌に預けた。それは小さくも、煌めき止まないルビーのイヤリング。大ぶりだと着る服を選んでしまう赤いイヤリングも、流石、彼だ。どんな服にも調和するよう、控え目で小ぶりなデザインは、毎日付けても飽きないだろう。聞けば、以前の任務で。ルビークラブの捕獲の為、ヘビーボールへ向かった時があったようだ。その際、殻をリペア工房へ持ち込み、アクセサリーにしてくれたらしい。
「今日から、毎日肌身離さず付けるね、宝物にする」
『大袈裟じゃね』
「そんな事ないわよ。サニーも私も仕事があって、毎日一緒に居れる訳じゃないんだし」
『……』
「身に付けてると、逢えない日も。何だかあなたを傍に感じられる」
温もりが広がるベッドの上で、情事の前に外れた下着を充てがってから。先、彼から受け取った赤赤とするルビーのイヤリングを両耳に付ける。ベッドに身を預ける彼は、私が嬉しそうと耳元を光らせる様子に、
『ドストレートな口説き文句』
「どう、似合うかな」
耳元から指を離す。鏡を見た訳ではないが、きっと。小ぶりの奇麗なルビー色が、この肌を彩っているはずだ。すると、静寂な寝室で、シーツの擦れる音。横に成って居た彼がその身を起こし、白く、逞しい腕が私の頬を
『似合ってる』
――…熱い。
『凄え、似合ってるよ』
そうして、どちらかともなく寄せられた唇は。心地良い優しさのあるキスから、次第。互いを抱き締め合うよう濃厚な物になっていく。今、この身を置くベッドで、少し前に彼と肌を絡ませたはずなのに。舌が合わさり、余裕のない息遣いが耳に響けば、それは無意思と。下腹部に違和感を走らせる。きつく、きつく抱き締められると、感じる、彼の熱の膨張。久しぶりの情事で、余る程出し切ったと思えたそれは、どうやら。注ぎ足りなかったらしい。
「…サニ、…っ、…待って、駄目」
『………解ってる』
互いの
『だあ、もう、ホントあり得ねえ。何っで、この
言葉とは裏腹。押し返した胸板が戻って来る事はなく、彼は真面目とその肌に。手荷物として持って来た、ピンク色の見慣れた戦闘服へ袖を通していく。今夜は元々、一龍会長からの命で、夜中から任務へ行く事になっており。それを話す様子は、眉間に皺を寄せる
「仕方がないわよ、ほら、行ってらっしゃい」
『…はあ、…しゃあねえ、行くか。そだ、明け方また来くるわ』
「朝ご飯は」
『要る』
「気をつけてね」
服に袖を通せば、ベッドで横になっていた時とは別の。美食屋としての顔。引き締まった表情に、自然と胸の躍動は揺れていく。風の音もない静かな夜に、窓硝子が小刻みと鳴れば、流石はパートナーと、思わず関心してしまう。
「クインね」
『ソ』
そうして、まだ。温かなベッドで
『んじゃな、名前。肌荒れしねえように、早めに寝ろよ』
「ありがとう、また朝にね」
言葉だけで見送ると、締まった扉の外で。クインの地を這う音が聞こえる。早々と、彼が鱗のあるその背に身を預けたのだろう。途端、空気が冷えた気がした。二人で居れば温かい部屋も、一人になった瞬間、何故だろう、エアコンも充分効いているはずなのに。
「でも、その為の これだものね」
私は耳元に揺れるイヤリングに指を絡ませ、先、彼と交わった時を思い出しては、毛布に身を包んでベッドの中。離れて居ても、傍に感じる温かな色は、寂しさを少しばかり拭ってくれる物。早く、早く朝になって、登ったその陽で、このルビーを赤赤と照らして欲しい。きっと、また違った色を愉しめるだろう。柔らかな毛布の中、一人そんな事を頭に巡らせている時だった。
「地鳴り……」
先程、クインが彼を迎えに来た時同様のその音に、慌て。急いで部屋着を身に着ける。どうしよう、暗い夜道で既、人間界で猛威を振るう猛獣にでも傷付けられていたら。彼に限ってそんな事はないと解ってはいるも、心臓の駆け足は収まらない。窓を小刻みと揺らす音を合図にスリッパを履き、嫌な汗を掌に滲ませながら扉を開けた。
「サニー…!…」
『うお、びびった、寝てろっつったろ』
「どうしたの、急に戻ってきて、怪我…、…どこか怪我したの」
青い顔で焦る私を
『忘れ
「わすれ、物」
そんな物、どこに。とりあえず、怪我をしている訳ではなく安堵するも、彼の言う忘れ物とやらは、記憶に捕まらない。部屋へ来る時だって、極極最小限の荷物で来ているのだ、慌てて取りに来るような忘れ物など、想像も付かないが。すると、彼は先の情事で肌から離した自身のシャツを手に取る。そうして、僅か、頬を染めながら 胸ポケットにあるハンカチを取り出すのだった。――…瞬間、忘れ物の正体に気付く。
「嘘、それ、私がずっと前にあげた…」
『
そう、口を尖らせる彼の姿に、胸が熱くなって仕方がない。彼の手に在るハンカチは、既に年季が入り、よれかけて居るどこにでもあるような白色のハンカチ。何年前の誕生日になるだろう、プレゼントは要らないと言われた日の事だ。どうしても何かをあげたかった私は、白色のハンカチにピンクのクインを刺繍して手渡した事を思い出す。当時は短く『ありがとな』と、言われたきり、特に表情に変化すらなかった。美しい彼にとって、不出来な作りだったのもあり、気に入らなかったと思っていのだが。まさか、何年も、何年も手元にあるなんて、思っても見なかった。瞳を大きくする私に、彼はまた背を向け。クインが待つ外へと向っていく。
『お前の付けてるイヤリングと同じ理屈だ』
「…え」
『貰った日から、肌身離さずずっと持ち歩いてる』
「………初めて、知った」
『言ってねえし』
唖然とする私を背。よれた刺繍入りのハンカチを戦闘服にしまい込む。そんなに気に入ってくれていたのなら、また、新しく作り直そう。ハンカチだって消耗品、使うなら、張りのある奇麗な物が良いだろう。
「ねえ、それ。新調しようか、よれてるじゃない」
『馬あ鹿』
その言葉に、彼は振り返る事なく、扉を跨ぐのだ。そうしてそれは、クインの地を滑る音と共。静かな夜へ響き届く。
『
――…早く、早く朝になって。夢かも知れないそんな言葉を 帰って来た彼からもう一度 今度は瞳を合わせて言って欲しい。