ケンガンアシュラ
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無意識に転がった溜息は、隣。既、眠りに付いたと思っていた彼女に
『起きていたのか』
彼女の瞳は、まるで即席の小宇宙に思えた。丸い黒黒とした銀河に集う、反射で
「ん、なんだかね、寝付けなくて。食後の珈琲がいけなかったかしら」
『そうかもな』
菓子と共、珈琲を嗜む彼女だが、それに関しては自業自得と云えよう。夕食後に自らカフェインを身体へ流したのは他でもない、彼女自身なのだ。しかしだ、俺に限っては
「でも、甘い物を食べたあとって、珈琲が欲しくならない」
前述、甘味の正体は何かと云えば。幾度か口にした事、ポッキーである。それは日付が変わる前なので、十一月十一日。流行りには疎いが為に良く解らぬが、どうも下らん遊びへ巻き込まれた訳で。詳細には、ポッキーを互い、端と端で咥えながら喰っていく、と云う非常にちんけな物だった。———ふい、蘇る記憶は
「やだ、ごめんなさい、思い出し笑いしちゃった」
『貴様と云う奴は……全く』
薄暗の中でも解るほど、記憶に
「ガオラン…何処へ行くの」
『眠れんなら、何処へ居ても同じだ』
「………私も行ってもいい? あなたと同じで、うまく眠れないのよ」
『好きにしろ』
“あなたと同じ”と云うのが、どうも引っ掛かって仕方がない。お前は自業自得だが、断じて俺は違う、被害者だ、そう声を挟もうとしたのだが。また思い出し笑いされても困るので、すぐそこまで出掛けた言葉は直前、喉奥へ押し込んだ。このまま寝たらきっと、例によって蘇った悪夢を視るに違いない。
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十一月上旬から中旬に掛け、おうし座南、おうし座北流星群が、真夜の黒に駆けると云う。はっきりとした極大の無い流星群だそうだが、南群は五日頃、北群は丁度。十二日頃が極大と視られて居るらしく、特別日付を意識していなければ、こうして辿れぬ事だったろう。
めっきり冷え込んだ冬空の証。星灯りが、幾らも霞む事なく落ちて来る。『上着を着て行け』と掛けた声はまるで無視し。愉しそうと、一人ベランダへ飛び出した彼女は、案の定、冬の洗礼を受けるのだ。恐らく、予想以上の寒さだったのだろう。当たり前だ、寝巻き一枚で風に充たる奴が何処にいる。そうして身を震わせては、慌て。上着を取りにリビングへ戻る様が、なんと騒々しい。だから云う事を訊けと云っているではないか。それに夜なのだから、もう少し落ち着けと云いたい所。まあ、昼間も大して変わらぬ姿を思い出しては、彼女の死角で苦笑を零した物だ。
「奇麗ね……」
『そうだな』
一層冷え込みが増す真夜。空気が澄んでいるお陰で、星灯りが眩しい。眠気も飛んだ事もあり、この眩しさの中では、時間感覚も揺らいでしまいそうなほどに。ただ、美しかった。隣、長い丈の上着を羽織って居る彼女だが、どうやらその細い指先は、既に
「星は視えるのに、流星群……なかなか視えないわね」
『運が良ければ、一時間に二つ程度は視えるだろう』
「…え、少な過ぎない。もっとこう、何処を視たら良いのか解らないくらい、沢山流れる物だと思ってた」
長い
『そう甘くは無い。……凍える前に部屋へ戻って居ろ、風邪を引く』
「ガオランは」
『俺はもう少しだけ、此処で待つ』
「なら、私も」
既に鼻頭まで、冷たい風に晒され赤くなった彼女は。自身へきつく、身を寄せる。手はまだ、繋いだままに在った。寒いのに、何故か温かい。———見上げれば、ただ。星が煌々と濡れていた。
「
静かなその声に、途端。俺は見上げていた視線を彼女に下ろす。相変わらず、奇麗な黒い瞳は、即席の小宇宙を創り出していた。一時間で最大二つ視る事の出来る流星群。けれど、眼を配べた小宇宙には。ペルセウス座流星群にすら負けない、眩し過ぎる耀りが、ただ傍に、ただ。傍に在った。俺を映すその黒色が、いつも、いつでも、いつまでも。燐きに満ちて居る事を知る。———俺は、これと出逢う為に、これを視る為に、これを抱き締める為に。嗚呼、多分、そうだ。
「私ね、あなたと出逢う為に生まれて来たんじゃないかって、思うの」
『………』
「広い宇宙でね、何億の人が居る中で、あなたと出逢えた」
驚いた。脳内を読まれたと錯覚してしまった。まさか同じよう想いで居るなど、誰が想像できよう。そうして段々に、心臓がきつく締め付けられるのだ。可怪しな事、広い宇宙で、たった一人の
『名前、』
気付けばもう、空を見上げる事をやめて居た。代わり、手を伸ばせばすぐ傍に在る、俺だけの宇宙を抱き締めるのだ。上着を羽織って居るのに、こんなに冷たくなって。それでも、馬鹿みたいに、こうして隣に居てくれる。なんて、愛おしい。———二人に言葉は要らず。視線を絡めたあとは、互い。距離を縮めるだけ。目一杯、背伸びをする彼女に合わせ、自身も目一杯。背を屈める。そうして、風に晒され冷たくなったであろう唇に、皮膚を重ねようとした矢先。眼を瞑る直前、彼女は濡れた瞳で、静か、声を響かせるのだ。
「ガオラン、愛しているわ」
『嗚呼』
その黒色の中。一瞬、ほんの一瞬だけ。耀りが弧を描いて、過ぎて行くのを。俺は、見逃さなかった。多分、広い空で視るよりも、この小さな宇宙で視るからこそ、美しいのだと。本当に、そう、思った。
『選んだ事。後悔はさせん』
「もう、十分、幸せなんだけどな」
———“好いている”。奇怪な確率で出逢った奇跡を思う度、俺は。同じ事を伝えるに違いない。だって伝えなければ、吐き出さなければ。言葉の海に溺れて、息が詰まってしまいそうな。そんな気がするのだ。それは、宇宙の真空より。遥か、息苦しい事だろう。