ケンガンアシュラ
name change
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憂鬱な一週間の始まりも、過去の自分が書き込んだスケジュール帳に眼を配るだけで、不思議と愉しみが募るもの。繰り返す日常は多忙の連続で、週末に向け蓄積される疲労感もこれ以上は無視出来ない。それでも朝一、ドリンクタイプの栄養剤をこの身に流し込んでは、
「折角愉しみにしてたのに」
『仕方ないだろ。台風の
休日の朝、鋭い雨粒が、窓を叩く音で目を醒ました。耳から得る情報だけで全てを察したが、一応カーテンを開けて見る。そうして視界に広がる黒い雲に肩を落としたのは言うまでもない。夜間に通過すると言われた台風だが、その勢いだけを遥かに強め、嫌がらせと言わんばかり。停滞、前進を繰り返しながら、未だのろのろ横断しているらしい。
「だって、若槻さんと水族館行くのを愉しみに今週頑張ったのよ」
『別に建物が潰れた訳じゃない、また次の休みに行きゃあいいさ』
「………それはそうだけれど、なんだかその言い方、あなたはそんなに愉しみじゃなかったように訊こえるわ」
彼の言う通りだ、次の週に愉しみが持ち越しになったと思えばいい。それに、水族館の代替えで何処か別な所へ行くのも、この暴風雨では危険だろう。ニュースでは多数、交通状況の悪化や不要な外出を控えるようにと警告までしている。勿論、この環境下でわざわざ目的地を変え出掛けようとは思わない。それでも、誰の所為でもない気象に予定が狂った事から彼に厭な態度を取ってしまう私は、恋人失格だろうか。いけない、いけない、と朝食のバタートーストに蜂蜜を掛けていた手を止め、慌て、ダイニングテーブルの向かいへ腰掛ける彼へ、前言撤回する手前である。
『すまん、そんな風に訊こえたなら謝るよ』
「違うの、私の方こそ、……ごめんなさい」
『気にするな。それに、俺だって愉しみだったんだ、イルカショー』
「じゃあまた来週、一緒に行ってくれる」
『嗚呼、勿論、約束だ』
先に謝られてしまい、なんとも申し訳ない気になる。私は再び蜂蜜を手に取り、いつもより多めに掛ける事とした。糖分が不足しているから苛々するのかも知れない。それを眼の前で見張る彼は、苦笑と共、『流石に掛け過ぎだろう』と可笑しそうに笑うのだった。さて、愉しみが来週へ持ち越しになった今日、折角の休日をどう過ごそう。甘いトーストを食しながら、糖分を頭へ巡らせる。彼もまた、大口を開けトーストを一口。その様子はまるで虎、いや、ライオン。瞬間だった。ふと、何気なく上げた動物の繋がりに、面白い事を
「ねえ、若槻さん」
『どうした』
「“しりとり”しましょうよ」
『飯時になんだ、急な奴だな』
突拍子もないそれに驚いたのか、彼は喉奥へ詰まり掛けたトーストを熱い珈琲で流し込む。こんな雨の日だ、彼と出歩けない分、少しでも浮かれた気で過ごしたい。この甘い甘いトーストのような気分で、曇天を忘れるような一日にしたいものだ。
「ただのしりとりじゃないわよ、“相手の好きな所を言い合う”しりとり」
『……ん゙ん゙っ、』
今度こそ喉に
「それで負けた方が、この朝食の洗い物をするの、どう」
『………成る程。しかし、洗い物なら俺がやろう、だから別に、何もそんな事をしなくたって』
「そっか、若槻さんは私の好きな所、すぐに想い浮かばないのね」
『“可愛い”』
「…………」
『どうした、黙って。名前の番だぞ』
唐突に始まった、食器洗い物を賭けたしりとりは、彼が先手であった。訊けばすぐに応えてくれるので、驚きさる事ながら、なんだか嬉しくも。ダイニングテーブルを挟み真正面から告げられる気恥ずかしさに、互い、頬の熱は上がる。しかし、言い出したのは自身なのだ、今更引くに引けないし、それに折角彼が乗ってくれのだから、この際、好きな所を山程あげる良い機会になればいい。
「い……“いい胸板”」
『“たまにドジ”』
「酷いったら、じ、“自動車の運転が上手い”」
『“いい匂いで俺を
「そんな事してないわよ、もう。“凄く……上手”」
『おい待て、それは、何の話しをしてる』
「き、訊かないでよ」
駄目だ、持ち掛けたのは私なのに、このまま応え続けたら、恥ずかしさで自滅してしまう。彼もまた、珈琲で火傷をしたからではない。その頬に浮かぶ薄い赤色は、互い同様の事柄を連想をしているに違いないのだから。もう、洗い物は私がしてしまおう。そう、先に負け逃げの宣言をする所であった。窓の外に充たる雨音に搔き消されてしまう程、静かな声が、この耳へ届くのは。
『“ずっと俺だけを見てくれてありがとう”』
「―――………」
『……固まるなよ、お前の番なんだ』
「“うん”」
通常のしりとりと同じく、“ん”がつけば負けである。けれど、彼の返しは
「駄目、私の負け、洗い物するわね。あ、その前にもう一杯、珈琲を淹れる
『……“わ”』
すると、曇天をも吹き飛ばすよう張りのある声で、それは私の背中を呼び止める。もう、しりとりは終わったと言うのに。本当に、この人と来たら。まだまだ、幾らの愛を隠している事やら、解った物ではない。
『“若槻武士は、名前にメロメロだ”!』
「え、まだ続く
『“残りの人生、全て捧げる所存”!』
「“ん”、ついたわよ!」
可笑しくて、嬉しくて。二人キッチンに並びながら、皿を洗う休日。たまには雨も、悪くない。この日は大きなソファに詰めるよう腰掛け、イルカショーの動画を片端から眺める事とする。来週が愉しみで仕方がない。