ケンガンアシュラ
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「思ったんだけれど、光世って」
『ん、』
「案外、気が利くわよね」
秋が近付いて来たからか、いつもより空が高く感じる。本日の天気、晴れ。それも、気持ち良いくらいの快晴で。まるで海の色をそのまま映したよう澄んだ青、何処まで辿っても雲一つ在りはしない。幾ら穏やかでも、海でさえ押して返すを繰り返せば、その青色に白波を立たせると言うのに。今日の空は青一色、小さな雲すら見つからない。そんな晴れた日は、こうして柔らかな風が充たるカフェのテラス席で、濃い目の珈琲を愉しむのがいい。近況報告も兼ね、他愛もない話しを小一時間、焼き上がるパンの甘い匂いに鼻を霞ませるのだ。そう、“他愛もない話し”で。
『“案外”は超余計なんスけど』
「だって、ちゃんと禁煙席選んでくれたでしょう」
『別に、たまたまテラス席が空いてただけっスよ』
普段、道場を営む彼の休憩時間を掴まえては。近場にある少し小洒落たカフェに、半ば強引と呼び出したのが少し前。丁度昼食時のため、何処も混雑するのは眼に視えていたが。到着するや否や、思った以上にカフェの入口で女性客が溢れているものだから、そもそも座れるかと不安が
『それで? また別れちゃったんスか』
「また、とか言わないでよ。それじゃまるで、私が駄目男好きみたいじゃない」
『案外、間違ってないと思うけど』
「………案外は余計だってば」
こうして彼を呼び付けるのも、幾度目になるか。まだ片手で収まっているだけ良しと思わねば、とうとう自己嫌悪で頭が可笑しくなりそうでいけない。―――不思議な事に、いや、面白い程にどうも異性運が良くないらしい。付き合う前にきちんと見極められればいいのだが、なかなかどうして難しく。浮気、ギャンブル、ギャンブル、浮気。仮にだ、もしも次に付き合う相手が居たとして、その相手が浮気かギャンブルをしたとする。すると、ぎりぎりだった“片手に収まる”も、とうとう溢れてしまう訳で。眼の前、当たり前に居てくれる彼を呼ぶ事も、そろそろ控えねばならなくなる。こうして仕事の合間を縫い逢ってくれているのだ、折角の昼休みを潰してしまっている自覚は、まあ、一応、ある。
「どうしていつも、こうなんだろう」
『そりゃあ、名前の』
「視る目がないから」
『全くその通り。だあから、この前も言ったじゃないスか』
話しの途中。挽きたての珈琲と、甘いクロワッサンが運ばれて来た。粗挽きで挽いた豆の、なんと香ばしい事。カップから揺ら揺ら上に登る白い湯気は、秋の快晴に静かと熔けてゆく。後、熱い珈琲はあとにして、昼食時の空腹にクロワッサンを詰めようとした時である。向かいに座る彼がアイスコーヒーを手に呟くのだった。
『俺にしとけって』
以前と同様の風景は、まるで巻き戻しをしたビデオみたいに。その台詞はついこの前訊いたばかりである。私もほとほと異性運に懲りないが、彼もまた、私を誘う事に懲りないようで。もう同じ台詞を四回は訊いた。
「………だって、もしもよ、もし」
『なに』
「光世と付き合って、別れちゃったら。私、友達いなくなるじゃない」
学生から社会人となった今。恋愛相談に乗ってくれる身近な友人は貴重だ。大体、親しい友人なんかは地元に残って居るし、別れた直後に話しを訊いてくれる人となると、本当に彼くらいなのだから。彼とは今の友人関係で丁度いい。それに、仮に恋人同士になったとして、彼に浮気でもされよう。何だか二度と立ち直れなそうな気がするのだ。そうして暫くの沈黙のあとだった、彼が二口目のアイスコーヒーを唇に充てながら、聴き返えすのは。
『別れなきゃいいじゃん』
「別れるわよ」
『なんで』
「…………浮気、とか」
『偏見、エグ』
奇麗な睫毛を
『クロワッサン喰うのに、ナイフとフォークは使わねえ
「え、そうなの」
『そ。左からゆっくり親指サイズに千切って喰うの。そうすりゃパン屑も最小限。ま、一応マナー的な』
カトラリーを使った方がお洒落かと思いきや、なんとも違うらしい。彼の言葉に
「そう言うのを知ってるのも、意外」
『だから偏見エグいって。つうか、話し戻すけど、名前の浮気ボーダーって、どっから』
「そうねえ」
言われてみれば、浮気にギャンブル、ことごとく最低最悪な別れ方であったが。事実、それがクリア出来ればいい、と言うものでもないのだ。私は言われた通り、クロワッサンを親指サイズに千切りながら、その甘い幸せを口へ運んでいく。そう、こんな風に。甘くて、柔らかくて、人を傷つけない優しい人がいい。
「“恋人に内緒で異性と食事にいく”は、ちょっとアウトかしら」
これに関して鮮明なラインは、はっきりしない事だ。人の数だけ考えがあるし、思う気持ちも様々なのだから。例えば、手を繋いだら、口吻をしたら、肉体関係を持ったら、などが上げられるが。出来れば、そのどれもを止して欲しい。なので、黙って異性と食事にいく事が、私なりのボーダーラインである。運悪く引っ掛かっただけで、浮気やギャンブルは
「そう言う光世は?」
『俺スか』
甘いクロワッサンを口に、彼と視線を合わせると。途端、真剣たる深い瞳に、心臓がぴくりと跳ねた。すると彼は、食べかけのカレーライスから、銀色のスプーンを一度を置き。その意外な応えを寄せる。
『―――“携帯に男の連絡先があったら”』
「……………冗談?」
『
「…………」
『されてみる?』
真っ直ぐな瞳は、痛い程によく響く。どうしてか昂ぶる躍動を落ち着かせる為、半分まで食したクロワッサンから手を離し。紙ナプキンで指先を奇麗にしたあと、丁度飲みやすくなった珈琲へ手を伸ばすのだ。一旦、一旦落ち着きたい。―――だってそうだろう。電話をすれば厭な顔ひとつせずカフェで席を取ってくれて。昼休みを削ってこうして逢ってくれるのだ。それに、呼び出すのはいつだって私の方なのに。頑なに財布を開かせない。今まで彼が口にして来た『俺にしとけ』と言う言葉は、慰めからくる冗談か何かと思っていたけれど。果たして、単なる友人に、そこまで食い下がるだろうか、否―――。ぐるぐる、ぐるぐる、混沌する頭の中を。流し込んだ珈琲がどうにかしてくれたらいいのに。焦燥した心情で飲む珈琲は、味など解った物ではない。そうして、私が飲み物に頼り、沈黙を貫く様を視て、彼は細い苦笑を溢すのだった。
『で、どうすんの、このあと』
「え、嗚呼、カフェのあと。ごめんなさい、まだ何も考えてなくて」
『そうじゃなくて、このあと』
『俺にすんのか、しねえのかって、話し』
冷めたはずの珈琲は、何故か熱をぶり返す。まずは、連絡先の見直しを始めた方が良さそうだ。快晴の空模様、テラス席の