ケンガンアシュラ
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地が割れてしまうのでは、そう錯覚せざるを得ない雨音は、雨音と言うには全く以て可愛過ぎて。パズルに
『どんな凶器だよ』
流石に大袈裟な例えだった。たかだか灰色のスコールくらいで肉が避けなどしたら、日常を送る事すら困難である。隣を駆ける彼が土砂降りに紛れた私の声を耳に、苦笑を通り越しては大口で笑ったので、私も。自分で例えて置きながら なんて可笑しいのだろう、と連れ吹き出すのだった。
『それにしても、凄え雨。名前ちゃん、悪いけど あと少しだけ走れる』
「平気よ、向こうにチェーンのカフェがあるものね」
ひとまず屋根があり壁があればそれでいい、雨宿りにお洒落さは求めていない。本来は、以前より気になっていた小洒落たカフェへ脚を運ぶ予定としていた。いつの日だろう、彼がバーテンを務める大宇宙で、アルコールを嗜んだ帰り道。近々オープンするという新しいカフェを偶然 視線の端に捉えたのだった。オープン当日の気持ち良く晴れたこの日、季節に合せたトマトのセイボリーケーキを彼と向かい、愉しく会話を弾ませようと思っていたのに。
『いや、カフェは無し』
「どうして」
青色の空へ、もくもくと立ち昇った入道雲が一つ、二つと増えて行き。気付いた頃には辺り一面を灰色で覆っていったのだ。雷さえ巡る曇天は今尚、この身に烈しな雨粒を振り落とす。歩き易いようヒールのないパンプスを履いたのが仇となり、走る度に湿り気持ちが悪い。折り畳み傘では防ぎ用の無い豪雨。ここは取り敢えず、何処でもいいから屋内へ避難したい所。そう思い、目と鼻の先であるチェーン店のカフェを名に上げたのだが、直ぐ様却下するとは一体どう言う事だろう。すると彼は、自身が羽織って居る薄いジャケットから袖を抜き、私に預けるのだった。
『前、これで隠して。雨に濡れて透けてる』
「…嘘、……、ありがとう」
『こんな恋人のサービスカット、他の野郎に見せて堪るかよ』
「サービスしてないわよ、不可抗力なんだから」
『十分サービスだろ、黒のレースなんて』
「やだ、もう、馬鹿」
雨音に掻き消されぬよう声を大にすれば、彼はまたも愉し気に笑って。私は、彼の匂いが染みたジャケットを胸に、チェーン店のカフェを通り過ぎる。
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煌々、煌々。ネオンや硝子張りの風呂など、一般的に視覚から情欲を掻き立てるような造りが多い、謂わばそう言う類いのホテル。日本独自に発展したこの文化に、ずぶ濡れで駆け込んだのは初めてで、まさかこんな所で助けられようなど思ってもみなかった。
『ここならランドリーも付いてるし、服も暫くすれば乾くっしょ』
流石に靴は無理だけど、と苦笑を浮かべた彼は既、肌触りの良いバスローブに袖を通していた。チェーンカフェを横目に過ぎ、此処へ来たのは正解だったと言える。雨宿りが出来たとして、服をどうにかしてくれるサービスはカフェに無いし、せいぜい温かな飲み物を口に出来る程度。濡れたシャツから下着が透けていた事への配慮も含め、良く気が利く事だ。
「本当よね、お陰で温かいシャワーも浴びれたし」
『座って。髪乾かすよ』
「ありがとう」
シャワールームを後、バスローブを身に纏うと、彼の手にはドライヤーが収まっていた。ドレッサーの前に腰掛ければ、固い指を櫛代わり、柔らかな風で優しくこの髪を
「ねえ、涼。………ところで何なの、この部屋」
『まあまあ、空いてる部屋がここしか無かったんだから、仕方ねえじゃん。あ、断じて俺の趣味とかじゃないぜ』
駆け込んだホテルで、服や下着を預け乾かせるのはいい。しかし何なのだ、この部屋は。想像していた場と まるで違う。―――これじゃ、いかにも。どこからどう見ても“学校”ではないか。
「別に涼の趣味でも何でもいいけれど、なんか凄いわね……本物の教室みたい」
『凄えよな、作った奴AVの見過ぎだろ……っと、ん゙ん゙…何でもない、今のナシ』
焦り、口を濁した彼だが本当にその通りである。今や多種多様な設備を施し、進化し続けるラブホテル。洒落た物からハードな物まで、様々な層が愉しめるよう工夫を凝らしているようだが。これは一体、どの層を狙っているのだろうか。黒板、勉強机、律儀に揃えられた教室にあるであろう小物たち。まあ、一定層に需要があるから造られた事に相違ない、兎に角今は、雨に濡れた服がランドリーで乾けばそれでいいのだ。そう、物珍しさに辺りを見渡して居れば、ふと、よく再現されたスクールバッグを収納するロッカーに学生服がある事に気付く。
「ねえ、見て。学ランもあるわよ」
『お、マジだ。着てみようか』
「ええ、涼の学ラン姿が見れるの嬉しいかも」
『オッケー、十年くらい若返ってくるわ』
彼もまた物珍しさに嬉々としている。私の髪の毛を丁寧に乾かしてくれた後、彼はバスローブを肌から離しては黒色の学ランに袖を通すのであった。当たり前にも隣のロッカーへは、セーラー服の用意があって。一度首を横へ振るも、生憎、濡れた服が乾くまでまだ時間を要するらしい。誰が視てる訳でもない、たまにはふざけて見るのも良いだろう。そうして私も彼に
『…………名前ちゃん、無理だ、可愛過ぎる』
「この歳でセーラー服はアウトよ、可愛くなんて無いったら」
『いや、可愛いよ、凄え……可愛い』
「涼は 格好良いわよ、何だかヤンキー感があるけれど」
『嘘、清楚系イケると思ってた』
「なにそれ、変なの」
セーラー服はぴたり身体に合った。けれど彼の学ランと来たら、やはり少し小さめなよう。鍛えられた隆々の胸板にボタンが閉まらず、前面すっかり開いている。―――不思議だった。服を変えただけなのに、まるで学生時代に戻ったよう。見たこともないその姿が、眼のにあるこの情景は。青春のそれ。
『名前ちゃん』
「……ん、」
先まで私の髪の毛を優しく乾かして居てくれた彼の指先が、この頬をなぞる。いつもくれる温かさは、少しばかり熱が籠もっている気がした。そうして奇麗な瞳を見上げると、次第、躍動は早まる。もし、もしも。彼と同じ時を同じ場所で過していたら、こんな感じだったろうか。否、過去で出会えて居なくとも今。こうして傍に居られればいい。それでも、もし。あの時代、あの瞬間、彼と出会っていたのなら、きっと。
『次の授業、一緒にフケねえ』
「いいわよ、何処にいく」
『名前ちゃんが行きたい所。俺が、どこだって連れてくよ』
「そうね、じゃあ」
―――未来に連れてって。
きっと、そう言って。十年後も、変わらず。隣に居る事を約束したに違いない。そうして晴れた日に、もう一度。小洒落たカフェで、トマトのセイボリーケーキを食すのだ。