ケンガンアシュラ
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日傘など、種類こそ多くあれど、大概は皆 同じような物。然程、これと言った違いを感じられない。
「じゃあ、私は日傘を見て来るから」
『ああ』
互いの休日が重なった日。前述、彼女の日傘を買い求め脚を運んだ都内。二千年台序盤にオープンした、“最先端と下町文化の融合”をコンセプトに。よくよく日本を感じる事の出来るこの商業施設は、国内のみならず海外からも人気を集める場に在る。また、浅草からも歩いて訪れる事が可能な為、観光と合わせて愉しむ人間も多く。人混みはなるべく避けたいが、さすが休日と言った所だ。
「ガオランは、どうする」
『貴様の買い物が終わるまで、適当にその辺を回る』
「付き合わせちゃってごめんね」
『そう思うなら早く行け』
片手をひらひら仰ぎ見せ、彼女を雑貨屋へ追いやった。別に付いて行っても良かったのだが、店内の様子を見るに殆どが女性客である。それに、柔らかな雰囲気の店だ。強面の大漢が脚を踏み入れようものなら、場違いから好奇と晒されるに違いない。
「すぐ済ませるから」
『構わん』
そう言って見送れば、彼女はやや慌てた様で目星の雑貨屋へと小走りに掛けて行く。小さな背がより小さく店内に埋もれていくと、なんとも頼りない。彼女の事だ、俺へ気を遣い、後に何か馳走するとでも口にするだろう。常、そうだ。そもそも、買い求めの付き合いに気が乗らなければ 自身は家で待つ、ときっぱり言い切っている。それをこう、
『さて、どうした物か』
これだけ広い施設内だ、暇潰しの手段は容易に溢れている。特に欲する物はないにしろ、彼女に連れなければ特段、来る機会などまるで無い場なのだ。折角である、本屋で雑誌か何かを摘んで見るとしよう。裏舞台の強者は拝めなくも、表に立つ格闘家たち。彼等それぞれの活躍ぶりへ眼を配るのも悪くはない。例のトーナメント以来、暫く顔を合わせる機会に巡らず居る所だ、雑誌でもいい。懐かしい面々を思い返す、そうしてあの時の熱の昂りを この胸に蘇らせようではないか。
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大きな書店で、月間のプロレス誌を手に取り捲る。其処には大々と、獄天使 関林ジュンの名が刷り下ろされていた。大口を開け笑う様は、
『俺だ。終わったのか』
案外早かったと感じた。どうも女の買い物は男のそれより長い節がある。しかし、口にすれば何となく面倒事になりそうなので、事実、思っているも、胸に秘めたままにして在る。一度機嫌を損ねると長くなる所もまた。買い物と同義なような気もした。正直、女の機嫌取りほど神経を使う物はない。仕合の方がまだ気が楽に思える。
「それがね、物は選べたんだけど。レジが混んで居て進まないのよ」
『休日だしな、大体、何処もそうだろう』
「あなたの事、待たせちゃうって思ったら、何だかそわそわしちゃって」
電話しちゃった、そう口にした彼女の声色は。察するに額の眉を八の字にしている事だろう。なにも嫌嫌付いて来て居る訳じゃないのだ、好いた人間を待つ時間を苦と感じる漢など居ない。そう言ってしまいたいが、どうも喉奥から出掛かった声は、羞恥からくる咳払いに抑え込まれた。
『先も構わんと言っただろう』
「けれど、」
『貴様の耳は飾りか。それに、俺は退屈などしていない』
「…ん、解ったわ、ありがとう」
瞬間、安堵の吐息が耳を掠める。ふと、電話越しでも解るほど揺れる空気の音に。まだ彼女が口を開く手前であるが、思わずこちらから聞き返した。
『どうした』
「買い物に付き合ってくれたお礼、って言ったらなんだけど、――も近いし――なんてどうかしら」
レジが近付いて来て居るのか、若い女等が愉しげにして居るのか定かでない。ただ、多少電波が悪い事も相まって、肝心な一声を掠め取られてしまった。これだから人混みと言う奴は。
『……すまん、今、』
「――よ、」
『人混みで』
「――、」
『雑音がだな』
この様子だと、彼女の方へはきちんと俺の声が届いているらしい。どうした物か、と細い溜息を付いた矢先。次に届いた言葉より、穴埋めになっていた問題はようやく解答が導き出されるのだった。
「そうそう、ちなみにガオランて、始めは頭からいくタイプ、それとも後ろからいくタイプ」
『頭……後ろ、』
どっちだっけ、そう小気味良く問われた後。この手で捲り掛けの雑誌へ眼を落とす。過った解答、恐らく応えはこうだ。―――“東京ドームも近いし、地下闘技場なんてどうかしら”。
俺の仕合を嬉々と観戦する彼女らしい提案であるし、それならば、穴埋めも十分合致が行く。ただ、なかなかどうして物騒を投げ掛ける、ひやり、背に冷たな汗が浮かんだ。それもそう。相手をノックアウトするには、脳へのダメージが必要不可欠。重たい脳味噌を瞬間的に強く揺るがす事が求められる。ただし、頭蓋骨と言う護りがある以上、軽いジャブでは話にならない。そこで、頭蓋骨と首を繋ぐ顎を打つのだ。さすれば、そこが支点となり“
『そもそも』
“後ろ”はアウトである。背面には腎臓、人間の身体において重要な役割を果たす臓器が在るのだ。腎臓への一打は、
『後ろは有り得ん、キドニーブローは反則だ』
「ん、…何の話し」
『……待て、貴様こそ何の話しをしている』
あれだけ聴こえを妨げていた雑踏が、何故今となってはっきり繋がるのだ。彼女は俺の応えを耳にするや否や、ただ可笑しそうと声を殺して笑う。背に汗が湧いたと思えば、今度は皮膚が熱を帯びていく。なんと騒がしい日だ。聞く所、穴埋めとなっていた彼女からの問いは鯛焼きの話であった。―――浅草も近いし、鯛焼きなんてどうしかしら、と。全くややこしい。日傘の件といい、鯛焼きの聞き間違えといい、今日は噛み合いが良くない。たまにはこんな日もあるだろうが、しかしどうも、身体が疼く。
『そういえば、傘はもう買えたのか』
「あ、お陰様で買えたわよ」
『ならば迎えに行く、店を離れるなよ』
「ありがとう」
心地の良い声は、ここで途切れた。格闘技雑誌を元のラックへ戻し、彼女を迎えに本屋を去る。
迎えへ行けば、久方の再会の如く、嬉々に手を振る彼女が店前に居て。何でも、購入した日傘は、今まで使っていたそれの一回り大きな物らしい。小柄な体格に見合わぬと出掛けた声は、直ぐ様喉奥へと押し込まれるのであった。
―――晴れの日も、あなたと相合い傘をしたかったの。
なんだ、十分噛み合って居るではないか。買ったばかりの傘を解き、歩幅を合わせて陽の道を歩く。それはそうと、彼女もまた。鯛焼きは頭から喰らうようだ。