ケンガンアシュラ
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黒色のスポーツカー、マクラーレンGT。カーディーラーで幾度か眼にした程で、乗車は初めてだ。運転席の後ろは、エンジン用のエアインテークが大きく開いた滑らかなボディデザイン。しかしながらスポーティな割、ゴルフバッグを含める荷物が多用に積め、何よりロングドライブを可能とする。迫力ある癖、実用的な所はなんとも彼らしい。乗り込む間際、近くで見ると思った以上に車高が低い事に気付く。気を配らねば頭をぶつけてしまう、とも過ったが。その心配はすぐに無用と散るのだった。
『頭上に気を付けろ』
自宅へ迎えに来てくれた彼と言えば、私がフロントドアに指を掛ける手前。運転席を降りては、助手側のドアを開き導く。低い車高に頭が充たらぬよう、掌は自然とルーフに添えられて居た。
「ありがとう」
『シートベルトを締めて置け』
「ん」
シートへ腰掛け、両脚が完全に車内へ乗り込んだと同時。靡いたロングワンピースの裾を大事と確かめた彼が、慎重にドアを閉めるのだ。
梅雨明けも直前と迫った夏。こうも暑いと何処か涼やかな場所を求める物。つい先日、何気なくそんな話しをした際、彼が海までドライブへ誘ってくれたのだ。確かに都内なら、お洒落なカフェや大きな商業施設があり、室内は十分に効いた冷房が過ごしやすくしてくれるだろう。しかし、喧騒に紛れる涼しさよりも、自然な海風に肌を撫でられた方が、何だか充実感が増す気がして。それに、折角の心地の良い声なのだ、人混みで聞き逃したりなどしたら勿体ない。その為、提案してくれたドライブは最適と思えた。
「蓮、ごめんね」
『何がだ』
運転席に着いた彼は、シートベルトを締めたあと。唐突と謝る私へ首を傾げながら、シフトレバーを引く。瞬間、痺れるようなマフラー音がすると思いきや、非常に静かと動き出すので意外であった。左右を確認し、海沿いに繋がる道を目指す。
「休日なのに運転させちゃって」
『なにを言うと思えば、無用な心配を』
「けれど、」
『お前は俺の耽美な運転姿を。ただ隣に見惚れて居れば良い』
「……」
『どうした、返事が聞こえん』
「解った」
堂々応える物だから、その様子がおかしくて自然と口角が緩んでしまう。たまに斜め上な言行動はあるものの、こうして気を遣わせまいと振る舞う
『寒くはないか。迎えの途中、暑かった物でな、冷房を効かせて置いたのだ』
「ん、まだ平気よ、ありがとう」
『冷える前に言うといい、今回はブランケットの用意もある』
そう言えば、と以前のドライブを思い出す。冷えた車内「少し寒いかも」と控えめに口にすれば、すぐにでも冷房を切ってくれて。それでも車内の冷気が穏やかになるのに時間を要した時である、彼は自身の服を脱ぎ私へそれを預けたのだった。恐らく、対向車は半裸で運転する彼に驚きで眼を奪われた事だろう。思い出しただけで、吹き出してしまいそうになる。
『まあ、俺は脱いだって構わんがな』
「あの戦装束も、殆ど着てないような物だもの、脱ぐ事に抵抗がないったら」
『おい、人を変態扱いするのはよせ』
「ええ、それ、あなたが言うの」
堪えきれなくなった笑いは唇から飛び出して。もうすぐ聴こえて来そうな漣に、熔けて混じって、靡いてゆく―――。心音は、高鳴り帯びるも、まるで穏やかだった。
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車を走らせる事、約一時間半。エンジンを切ったのは、
『陽に焼ける』
「ありがとう」
車を停め、乗り込んだ時と同じよう、彼にドアを開けエスコートをして貰う。先に降りた彼の手には、大きめの日傘が在った。お姫様でも、VIPでも、何でもない、何処にでも居る女性の一人。しかし、ここまで大切に尽くしてくれよう物ならば、その溢れんばかりの愛に。いつかきっと飲み込まれ、溺れてしまうだろう。深海は息苦しいだろうか、否、それもまた、いい。
「綺麗ね」
陽に照らされ
「……蓮」
『お前の方が綺麗だ』
「もう、あなたって本当に」
『“本当に”、何だ』
海風が涼しいのに。日傘で太陽を遮っているのに。体温が上昇し続けるのは、何故だろう。それはきっと、今、眼の前に。私だけの王子様が、私だけを見つめているからに違いない。ふと、先に離れた唇が、もう一度と重なるのだ。情事で交わすような厭らしいそれじゃなく、静か。互いの存在を確かめるような口吻。落として居た睫毛をゆるり上げれば、其処に在るは、ただ直線に。私だけへ注がれる熱い、熱い、視線。―――体温が、上がる。
「んっ、……れ、ん、蓮ってば、…」
『どうした』
「キスは、……終わり」
『成る程、大胆で良い。昼間の野外か、浪漫がある』
「馬鹿、違うわよ、そう言う意味じゃない」
そう厚い胸板を叩いて見せれば、彼は愉しそうに笑うのだった。その様子に連れ笑ってしまうのだから、もうどうしようもない。それにしてもだ、先程のキスで身体がどうも熱いのは事実。いっそ、眼の前の青い海で肌を、せめて脚だけでも冷やせたらいいのに。しかし幾ら脚だけと言えど、今日 身に纏うは長いロングワンピースである。裾を捲ったとして、潮に濡れない保証はない。それに、この日の為と新調した物なのだ、このあともデートは続くだろうし、出来れば砂で汚すような事は避けたい所。そう、揺れる遠くの水面を眺めていた時である。
『名前』
「なに」
『日傘を預ける』
「勿論良いわよ……って、きゃ、ちょっと待っ、れ、蓮、」
彼から日傘を手渡された途端。この身は軽々と、まるで重力など
『折角海へ来たのだ。このまま波打ち際まで行こうではないか、眺めるだけでは勿体なかろう』
「……駄目よ、…あなたが濡れちゃうじゃない」
『構わん。お前が汚れなければ、俺は何だっていい』
―――この人は。
『お前が喜ぶのなら、何だっていい』
―――本当に。
『日傘、落とすなよ』
「…ん、ありがとう」
波の音が、段々に近くなる。支えられ、触れた肌から伝わる心臓の躍動と、拍が重なりゆく。なんて、心地良い。―――海風が涼しいのに。日傘で太陽を遮っているのに。体温が上昇し続けるのは、何故だろう。それはきっと、今、眼の前に。私だけの王子様が、私だけを見つめているから。そうに、違いない。違いないのだ。
「王子様みたい」
ぽつり、小さく呟く。それは、波音にさえ掠れ消えてしまう程、小さな声。それでも彼は、一切を聞き逃す事をしない。白波が徐々、彼の足元を濡らしていった。
『王子か、響きはいいが。やはり俺には“番人”がしっくりくる』
「……」
『何処へ行こうとも、お前を護る
醒ましに来た体温は。まるで冷えを知らなかった。きっと帰りのドライブも。折角と彼が用意してくれたブランケットの出番はなさそうだ。日傘の中で重なった瞳は、次の口吻を求める。―――暑い、暑い、夏が来る。