ケンガンアシュラ
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「ああ、惜しい。やっぱり花山さん、格別に強わね」
粛々と密かに、しかしそれでも確かな熱を以て。地下闘技場戦士と拳願会闘技者、双方のぶつかる闘いが行われていた。
一回戦目は、夜明けの村の闘技者。ミャンマーの伝統武術“ラウェイ”の達人である鎧塚サーパイン。対したのは、若干十五歳で花山組二代目を襲名した“日本一の喧嘩師”であり、素手喧嘩をモットーとする漢、花山薫である。幾分、調子良く思えた鎧塚が、一向攻め切れると思ったのだが。やはり“日本一”は伊達ではないと言う事だ、花山には一歩及ばず惜しくも、序盤より拳願会側は一戦を落とす事となった。そんな一回戦の幕引き後、続く二回戦目へ移行する時である。
「雷庵、どう、身体。温まってる」
『馬あ鹿、そんなんとっくに温まってんよ』
「良かった」
『熱くて、熱くてよオ、今にも燃えちまいそうだ、
どうやらウォーミングアップは既、万全なようだった。暫くすれば、彼の名を呼ぶけたたましいコールが響き、その瞬間。
「あなたの相手、ジャック・ハンマー。彼、相当手強いわよ」
『言ってろ』
カナダ出身のピットファイター、ジャック・ハンマー。相手として不足は無いし、
『つうかよ、』
「ん」
『何であいつらも居んだよ』
彼の黒色の瞳が指す方向は、闘技場入口から視える観客席である。この日、観戦に足を運んでいたのは、関林ジュン、今井コスモ、アダム・ダッドリーにガオラン・ウォンサワット。闘技者である鎧塚と十鬼蛇には、
「何でって、応援よ」
『要らねえだろ、ギャラリーなんざ』
「そう言わないで。あ、ほら、コスモくん気付いてくれたみたい」
『は?』
袖裏から目線を送り続けると、観客席に座る今井がこちらに気付いたようで。私が小さく片手をひらひら泳がせれば、今井は続けて両手を使い大振りに返して来る。
「本当、可愛いったら」
『あ゙?』
大になった声と共、威嚇の如く鋭い眼を配べて尚、煌々の笑顔でこちらに手を振る
「関林さん、相変わらず凄い筋肉」
『あ゙あ゙?』
その腕に何人の人を乗せられるだろう、日々鍛え上げられた身体は、余す事なく繊細に磨かれ一つの無駄もない。すると無意識、二人に連れてか、アダムはその大きな掌を控えめに上げてみせるのだった。
「あれ、アダム、少し雰囲気変わったかしら。クレイシ道場に入門したって聞いたけれど」
『おい』
隣のアダムに肘で突かれたガオランは、手振りすら無いものの、腕組みをしながら首を静か、縦にするのであった。
「そう言えばガオラン、手、怪我してなかった、もう平気なのね」
『なあ、おい』
「良かったわね、雷庵。皆応援してるって」
観客席より距離こそ遠いが、それぞれに応援を貰えた。鎧塚が倒れた今、ここは確実に勝利したい所である。瞬間だった、観客席へ向けひらひら広げていた手が、彼の熱い掌に捕まったのは。
『聞けよ』
かさついた熱い手指が重なって、指の一本一本、纏わるように絡められていく。それは、優しさこそ在るものの、僅かな苛立ちを囲っていた。背に充たる冷たな壁と、彼の絡める熱い指先が中和すれば丁度いいのに。時間が刻一刻と過ぎゆく中、尚も穏やかでない表情がこちらを見下ろしていて。途端、
「ちょっと、ほら、もう仕合始まっちゃうから、そろそろコールされるでしょう」
『話し逸らしてんじゃねえ』
「何の話しよ、そう苛々しないでって、いつも言ってるじゃない」
いつもそうだ。苛々、苛々、青く浮き出た額の血管なんて、もう大概に見慣れた。日々を重ねれば、血の気が多いその様も少しは丸みを帯びて来ると思って居たのに。全くどうして怒りの要素が強く成る。特に仕合前、私が余所見をしていよう物なら、この剣幕である。彼は奥歯を噛み締めているのか、鈍い音を低く響かせるのだった。
『苛々させてんのは、てめえだろうが!』
「どうして私の
間もなく、闘技場から力強い声での呼び込みが空気を割いた。こんな事をしてる場合ではない、早く、明るなライト下へ向かわせねば。対戦相手もまた、今か今かと自身の呼び込みを待っているはず。そう、絡めた指先を振り解こうとした瞬間と、次に彼の唇が開いたのは、ほぼ同時であった。
『
「……」
『他の屑共なんざに愛想振りまくな、馬鹿野郎』
苛々、苛々。苛々して居る理由が、たった訳もない顕示欲から生まれている。そんな事、誰が想像出来るだろう。解き掛けた指先は再度と合わさり、先より熱いその皮膚に、全身が飲み込まれてしまいそうになる。そうして吐き投げられた言葉は、余りにも他愛ない物で、苦笑を呼び起こして、それでいて。胸を窮屈にさせる、確かなる物。
「……ヤキモチ」
『誰がだ、
指先からするり、熱が離れた。彼は視線を逸らした後、その逞しい背を私の瞳に預け、闘技場入口へと脚を運んでいく。呼び込みは今、彼の名を会場全体へ轟かせた所だった。ふい、振り返らずとも。その半身に痛い程の眩しいライトを浴びながら、彼が短く私を呼ぶ物だから、無意識に返事をすると。何故だろう、喧騒なBGMも、力強い呼び込みも、今在る熱気さえをも絡め取っては。常に紛れる苛立ちの声は
『眼え、離すなよ』
「………」
『
背に滲む闘志が、心臓を揺さぶる。直球たる声の先、彼の身体は闘技場の光に熔けていく。声が届かなくなる前に、伝えて置きたい。他愛ない嫉妬心への回答を。光に飲み込まれるその前に。
「平気、私、初めからあなたしか視てないもの」
気の所為だろうか、表情も見えないと言うのに、彼が笑っている気がするのは。対する相手の呼び込みが始まった。ふと、先まで触れていた熱が途端冷える感覚に、私もまた。明らかにしたい事柄をその背に問う。
「ねえ雷庵、あなたもね」
―――歩は止まらず、進み続ける。触れた肌が離れようとも。
「私の事、離さないで居てね」
闘志
『
眩い闘技場へ熔けた彼。彼の応えに安堵したあと、この仕合は脱力成すまま観れる事だろう。だって、苛々、苛々。本当に常、苛々ばかりだが。彼は未だ、私に嘘を付いた事など ただの一度もないのだから。―――今、仕合が始まった。