ケンガンアシュラ
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『茶の替わりを所望する』
「プーアール茶と、烏龍茶があるけれど、どっちがいい」
『烏龍茶、ホットがいい』
「ん、沸かすから少し待っててね」
まるで自身の城のよう。彼が存在するその場は、何処であっても一つの城になるので不思議だ。用意された控室、簡易なソファで寛ぐ
「ねえ、最終仕合、VIP席へ呼ばれてたでしょう、折角なら良い席で観戦したらよかったのに」
会場内が大いに湧き上がった、耳を
『話した事ない奴しか居なかったら、気不味いだろう』
続き加えられた『それならお前と居た方がいい』と言う後者の声に。思わず口角が緩んでしまいそうな唇を
「蓮、これからどうするの」
『…これからとは』
天狼衆は速水の下、このトーナメント会場であるドーム内へ爆弾を設置していた。しかし、二回戦全戦が終了と成る頃だ。速水が彼等をテロの実行犯として切り捨てる事実を耳にした事で、謀反の意を示し。後、設置した爆弾を解除、速水を失墜させたのである。使い物にならなくなった雇い主は彼にとって用無しで。その為、新た、自身を欲する雇い主を探さねばならなかった。彼はソファに身を委ねながら、少しばかり考えたあと。
『そうだな、雇用主については後に考える。取り敢えずこの島を離れたら、俺は台湾へ向かうぞ』
「台湾、」
『今後の拠点にしたいと考えて居てな。どうだ、お前も旅行かねがね下見へ行くか』
「いいの」
『ああ、久しく構ってやれんかったからな。その旅行で埋め合わせとさせて貰おう』
「嬉しい、ありがとう」
願流島へ脚を運んだのも、元は彼より声を掛けられた事がきっかけであった。滅多に乗船出来ない高級、優雅な船旅は。目的はどうであれ、彼との貴重な時間に変わりはないのに。願流島で熱心に仕合の観戦をする私の傍、『つまらなくはないか』『飽きてないか』と常、気に掛けてくれていた。前述、“一緒に居たい” そんな胸が嬉々する言葉と、観戦中の気遣いだけで十分なはずなのに。埋め合わせがしたい、など律儀な事だ。
『今のうちに食いたいものでも考えて置く事だな』
「そうね」
私は、熱々に沸かした湯気立つ烏龍茶をカップへ注ぎ、彼へ手渡すのだった。ついで、彼の座るソファへ腰を下ろす。
食べたい物をと言われるも、旅先は美味な物が多過ぎて、すぐに思い付つかない事だ。巡るよう頭を捻らせた時、ふと過ったのは―――“奶凍捲”というパンナコッタロールケーキである。台湾、宜蘭県の名物となるそれは、パンナコッタと柔らかなロールケーキが組み合わさるデザートで。ミルクが豊かに香るパンナコッタは、温暖な台湾ではアイスにさえ引けを取らない夏を愉しむスイーツの一つと言える。きっと現地は蒸し蒸しと暑く汗ばむ事だろう、暑気払いと、腹ごなしに最適な気がした。
「奶凍捲とか、どうかしら」
『おお、良いな。向こうは暑い、確かに冷えた物が食いたくなる』
「ね。何だか話していたら、甘い物が食べたくなって来ちゃった」
『食いしん坊め』
彼は烏龍茶を口にしたあと、おかしそうに微笑って見せるのだった。そう言えば、バレンタインやホワイトデーに渡す菓子に意味があるように、ロールケーキにも特別な意味があるのだろうか。そんな何気ない疑問を投げかけようとした矢先。心でも読まれたかのよう、それは私が問うより早く。彼より応えを告げられるのである。
『ロールケーキは形が丸い事から、端がない事、途切れのない事を意としている』
「ずっと続くって事」
『そうだ、まさに俺達の関係のようにな』
歯が浮いてしまう台詞を堂々口に出来るのも、始めは
「蓮、」
『ん』
「私もあなたと一緒に、台湾で過ごしたいな」
『……日本を離れる事になるぞ』
「いいの。
今更どうして愛おしい恋人と離れ暮らせると言うのだ。彼が行くと言うなれば、例え行き先が地獄と解っていようと共にするだろう。先の声が、ただの軽はずみではないそれと悟ったのか。彼は私の髪へキスを落とすのだった。まるで薄い硝子の縁へ唇を充てるような、繊細なそれである。そうして唇が離れる間際、聞き逃してしまいそうな程細い声より、『感謝する』そう耳元へ短か添えられれば。―――胸が、熱くなる。これからも、彼と二人で過ごせるのだ。端のない、途切れのない関係を 幾日も紡いで行けるのだ。考えただけで、甘い匂いが一段と熟れていく気がして。
「ねえ、気の
『何がだ』
「さっきからよ、あなたから甘い匂いがするの」
ロールケーキの話しをしたからか、どうも甘い匂いに鼻が敏感になっているよう。私が二、三度鼻を掠めてみせると、彼は当たり前の如く。今にも例の
『これか』
「……やだ、今、何処から出したの」
『名前は甘味が好きだろう。食事処で残り一つになっていた物を取って置いてやったぞ』
「話し訊いてる?」
彼の体温で少しばかり温まったロールケーキを。『ほら』そう、静かと手渡されるのだ。中に埋まる生クリームは幾分、熔け始めているし。生地も何処かしっとり汗ばんで居るのに。それなのに。
『この輪に
手に乗せられ熔けた甘味が、特別な輪に視えてしまう おかしな女性は、きっと。世界中どこを探したって、私一人だけでいい。