ケンガンアシュラ
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先まで身体に染みていたアルコールは、少しの緊張の
『風呂はそこ、便所はあっちな』
彼もまた、頬に薄い紅潮を上らせるも、
『悪いな、まさか終電逃しちまうとは思わなかったぜ』
「ううん、私の方こそ押し掛けてごめんなさい。よりによって、近場のホテルが全部埋まってるだなんて」
積もる話しに、思わず時を忘れていた。特に、彼が大事とするプロレスへの熱や、師や兄弟子の話し。幾ら時間が経とうも色褪せぬそれは、輝き帯びた新鮮そのもの。心地良く耳を傾けていたので、彼も恐らく時を忘れた事だろう。あっという間、終電さえ見送った私は、近辺のホテルの空き状況を携帯で探しはしたものの。休日という事もあり、何処もすっかり埋まって居たと言う訳である。
『いいさ、誘ったのは俺だ。あ、冷蔵庫に水入ってるから、適当に開けて飲んでいいからな』
「ありがとう」
初めて訪れた彼の家は、特別綺麗に片付いている事も、足の踏み場もない程 汚れている訳でもなかった。それでも月間、週刊プロレス誌だけは、大事と並べてある様子に 屋台で訊いた熱を思い起こす。胸に、温かい波が湧いた。ふと、彼が眼の前でティーシャツの首襟を掴み 肌を晒ける
『おい、穴空ける気か』
「……ご、めん」
瞬間に眼を背けると、早々と着替えを済ませた彼が 何やらクローゼットを探って。すると、まだ透明のビニールに入った新品のティーシャツを開けては、私の前に差し出すのであった。
『まだ新品だ。生憎、女物のパジャマなんて置いて無いもんでな、こいつ着とけ』
受け取った規格外なティーシャツは、充てがわずとも解る。袖を通せばワンピース丈になる程の大きさ。彼は未だクローゼットを見渡しているようだが、恐らくは下に履く物を見繕っている事だろう。しかし、受け取ったティーシャツの丈で十分事足りるのだ、余計な手間を掛けさせまいと、彼の背に問い掛ける。
「ありがとう。ねえ、関さんのティーシャツ凄く大きいから下は要らないわよ。どうせワンピースみたいになるのも」
軽い気で「ね?」と付け加えれば。振り返り
『馬鹿野郎…それじゃお前、パン……下着が丸見えだろうが』
「十分隠れると思うけど」
『あのな、一応、野郎と二人きりって事、自覚しとけ』
「関さんだもの、問題ないでしょう」
『………』
街で軟派な男性に声を掛けられた時、向けられるあの不愉快な眼。見え透いた下心に満ちた特有の厭らしさは嫌悪そのものである。しかし、静寂な夜に二人きり。彼の瞳に浮かぶ色は相も変わらず いつも通り。そもそもだ、外見とは裏腹。がさつに見え、硬派であるのは 過ごす付き合いの中で解る物。酒を煽ったからと言って、軽んじた行動を取るような人では無いなど了知。だからこそ、問題ないと言い切れるのだが。
『……兎に角。俺はもうシャワーは明日にして寝る。名前は風呂入って、俺のベッド使え』
「え、関さんは何処で寝るの」
『フローリングに決まってんだろ』
「身体痛くなるわよ。私、極力ベッドの端に寄るから、そしたらあなたもベッドで寝れると思うけれど」
言葉の最後に被せるよう、彼の深い溜息が。少しのアルコールの匂いを纏い この耳へ届く。ふと、視線が合わされば、何故だろう。普段温厚なその瞳に、小さな苛立ちが浮いている。―――解らない、どうしても、解らない。すると、それは静かに。確かな憤りを以て声とするのだった。
『名前、悪いが、俺もその辺に居る野郎と一緒だぜ』
「……」
『酒の抜けねえ状態で無自覚に煽られて、平気で居られる程、紳士は やってねえ』
瞳に映るは、まだ私の知らない彼の熱情。触れられた訳でもないのに、皮膚が、芯が、熱くなるのは。果たしてアルコールの所為だろうか。それとも、今。彼が私をそう言う対象として見ている事が明らかとなったからだろうか。きっと、この場合は前述、両方に違いない。
『次、同じ事言ってみな。こっちも都合良く解釈するぜ』
「…せ…関さん、あの、私」
『早く、風呂入って来い』
「……解った」
向けられた広い背は、私がこの場を去るまで、ただそのままに在った。
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髪や肌。屋台で付いた匂いを洗い落とし、
下着は、勿論換えなど持ち合わせがなかった為、彼の部屋へ着く前に コンビニでカップ付きのキャミソールとショーツを購入している。衣類店に寄らずとも、今やこうして何でもコンビニで揃ってしまうのだから、便利な事だ。
「……あ、シャツ」
彼がクローゼットから引っ張りだした 新品のティーシャツへ袖を通す。規格外の大きさのそれは、丁度膝へ被る程の丈。屈んでもショーツが見える心配はないのだが。先、彼が少しの怒りと共に口にした言葉を思い起こす。―――この身体の熱は、シャワーの所為だろうか、それとも、別の何かか。
既に消灯されたリビング。床には転がるようにして、自身の腕を頭に敷く彼の姿がそこには在った。寝室のベッドを使うようにと言われたが。その前にどうしても、この肌に埋まる躍動の正体を確かめたい。そうして静か、深い眠りの息を溢す彼に近付いて。冷たなフローリングに腰を下ろしては、そっと。息の行先を辿ってゆく。
「関さん、やっぱり。身体痛くなるから……ベッドへ行かない」
深い、深い眠り。例え声に出したとして、その耳に届いてはないだろう。ただ、一つだけ解ってしまった事は。自身に募る熱が、アルコールでも、シャワーでも、ただの気の所為ではなかったと言う事実。途端、暗がりである事に安堵した。明るな場であれば、この火照りが
『言ったよな』
「……起、きてたの、」
無意識に跳ねた肩は、床に転がっている彼の伸びた腕に捉えられる。心臓が、痛い程に、良く動く。暗闇に眼が慣れるには、然程時間を要さなかった。きっと、この火照りある肌も、彼の瞳には明け透けとなっているに違いない。私が喉奥から、次の言葉を詰まらせていると。下から巡る低い声が、時計の秒針を搔き消して、そうして止めた。
『都合良く解釈するぜ』
預けられたティーシャツごと、きつく、きつく抱かれる。陽が登る頃、このティーシャツからは新品特有のそれも消え、彼の匂いに成っている事だろう。コンビニで買った下着と言う所がナンセンスだが、薄暗がきっと。どうにかしてくれるはず。