ケンガンアシュラ
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『ちょ待てよ』
「何それ、俳優気取り? ギャグのつもりなら全く笑えないんだけれど」
『そ、そう言うんじゃねえって、なあ名前ちゃん、マジで勘違いだぜ』
体内にアルコールが程よく染みた夜。籠もった熱を心地良い風へ晒しながら、足取り軽く帰途へ着く。勿論、浮足立つのは酒の
「これのどこが勘違いなのよ、どう見たって、女の髪の毛じゃない」
『だからよ、こりゃ金田のなんだって…! あいつと飲みに行くって連絡したじゃねえか』
この日、久方ぶりに金田と夜に予定が合った。同所属の闘技者と言えど、顔を合わせる機会は案外少ない。数えて見れば、あの拳願絶命トーナメントから片手で指折り足りる程度である。互いに積もる話もある事から、義伊國屋グループが出資するバー、大宇宙をクローズした
「言い訳なんて幾らでも出来るでしょう、もう知らない、出てってよ」
気付いたのは、そろそろ帰途へ着こうと促した時である。金田の頬から、アルコールではない、何か風邪のような熱のそれが表れて。段々に息苦しさを見せる様子に夜間病院を勧めたのだが、断固、首を横へ振られた。代わり、道端でタクシーを拾っては、少し多めに金を渡し、車内まで奴を担ぎ見送った訳だが。恐らくはその際、金田の細長い髪の毛が、この白いシャツの胸元へ張り付いたのだろう。それが現状、言い合いの種となっている。
『待て待て待てって! マジで待って、頼むから! つうか出てけって、俺ここ以外どこ行きゃいいんだよ』
「その長い髪の女の所にでも行けば、この浮気者!」
“おかえりなさい”、日常に溢れる言葉がまるで、幻のよう泡となり消えていく。脳内に咲いた花畑もまた、一輪残らず刈払機で散り。挙げ句は、火を投げられ焼け野原になった気分だった。呼び止めも虚しく、彼女の小さな後ろ姿と共。帰ったばかりで開けたドアは、勢い良くと閉められゆくのだ。これはもう、水や肥料を変えたとして。再び花は咲くのだろうか。
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ギブソンを静か、唇へ寄せる。汚れ一つないカクテルグラスはいつ見ても綺麗だ。自身で手入れしている事から、尚更そう感じるのかも知れない。
「……
怒り心頭の彼女から追い出されたあと、行く宛のない身は、消去法を使うまでもなく、自然と大宇宙へ向かっていた。配合ミスで異様に辛くなった二口目のギブソンを口へ含むと。痺れた舌先は、脳内の神経を刺激して。巡った回路は、あらゆる感情を掘り起こし、急激な苛々を湧かせてゆく。怒りの矛先に宛所はない。だからこそ、落ち着かない。無意識に貧乏揺すりが始まると同時、ポケットから携帯を取り出すや否や、発信先は勿論、奴である。
「もしもし」
『おい、てめえ金田、有り難く思え。丸刈りか角刈り、どっちか選ばせてやるよ』
「………なんて?」
金田はやはり、熱で寝込んでいた。奴の事だから、恋人には心配を掛けぬようと連絡はしない事と踏み、
「これはこれは、失敬」
『熱下がって元通りになったら見てろよ、てめえの髪の毛、丸刈りにしてやるからな』
「おや、二択の角刈りは何処へ行ったんでしょうねえ」
『るっせえ! 絶ッ対え、スキンヘッドにしてやるぜ! じゃあな、せいぜい大事にしろよ!』
何か言いかけていたが、そんな物は知るか。一方的に通話を切り、残りのギブソンを一気に喉奥へと流し込む。やはり、ベルガモットが多過ぎたようで。脳が痺れる鈍痛に、思わず歯を食い縛る。―――好きで、好きで、堪らなく好きで。遠くない未来、勝手に結婚したい、だなんて思って居たのに。同棲そうそう追い出される始末だ。弁解の余地すら与えられなかった事もあり、どうしたら良いか全く以て皆目検討付かない。深い溜息を着いたのち、今度こそ旨いカクテルを作ろうと席を立った所だ。通話を切ったばかりの携帯が鳴っている。先程、金田が何か言い掛けていた気がしたが、その事だろうか。振動を繰り返す携帯を乱暴と手に、この耳へ充てがった。
『
大になった声が、バー全体へ響き渡る。客一人居ないのだ、これくらいは自由にさせて欲しい。収まり利かず、募るばかりの苛立ちをぶつけると、どうした事か、電話口からは静か。頼りなく、か細い声が、昂った神経へ抑制を掛けていくのだった。
「……り、涼…私よ、さっきは、その……ごめんなさい」
『え、名前ちゃん…!』
慌て、携帯の画面を覗けば、着信は彼女からで。怒りに任せ、金田からと思い込んでいた所為、なんの確認もなく電話に出たが、まさか彼女だったとは。弁解の余地すらないと肩を落としていたが、またとない機会だ、ここは兎に角、誤解である事の証明がしたい。アルコールを含んだ為か、緊張か、喉が乾いて声が震える、情けない。
『名前ちゃん、もう一度話しをさせてくれ、あれは本当に金田の髪の毛なんだ』
「…涼、あのね」
『どうしたら解って貰える、俺、名前ちゃん一筋だぜ、絶対浮気なんてしねえ』
「だからね、」
『背中! 背中一面に“名前命”って、でっかくタトゥー彫るよ、だから頼む、信じてくれ』
「なに言ってるのよ、もう、話し訊いてってば」
俺に負けじと声を張る彼女に、混沌としていた脳内のシナプスが整列する。目の前には、静まり返った 本来在るべきバーの姿がそこには在って。少しの沈黙のあと、彼女の落ち着いた声色が優しく鼓膜を刺激した。
「あのね、さっき金田さんから連絡を貰ったの。あなたの胸元に付いていた髪は、自分の物だって」
『………』
「涼、凄くモテるから。私、あなたが浮気したんじゃないかって動揺しちゃって。勢い任せに酷い事言っちゃった…本当に、ごめんなさい」
『いや、俺の方こそ、信用なくてごめん』
「そ、そんな事ないわ、疑った私の所為よ」
『やっぱ背中にタトゥー彫るよ』
「…もう、…馬鹿なんだから」
小さく吹き出した彼女。苛々は、気付けば何処か遠くへ消えていて。代わりに在るのは、柔らかで、穏やかな、二人だけに流るる時。二杯目のギブソンを作ろうとしたが、今度こそ帰途へ着こう。そうして彼女が待つドアを開けたなら、ぎこちなくも、“おかえりなさい”、そう言って欲しい。
『あ、そうだ。明日、花屋にでも行かない』
「良いわね、ダイニングテーブルに何か飾りたいなって思ってた所なの」
『何色がいい』
「あなたの好きな色がいいな」
緑の葉に、細かな