ケンガンアシュラ
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三十八度五分。締め付けられるような頭痛は、連日続いた二日酔いの
『………寒、』
替えの枕カバーを。そう、ほんの少し布団から脚を出しただけなのに。真冬を思わせよう冷たな空気が肌を刺しては、全身の隅から隅を悪寒が駆けゆく。とてもじゃないが、洗い立ての枕カバーへ取り替えるなど無理に等しい。ベッド横のサイドテーブルに、先での飲み会帰り、自販機で買った水が余っている事が唯一の救いと言っていい。この際 匂いがどうだの、そんな余裕はない。そもそも誰が寝る訳でもなく、自分が寝るのだ。
『…頼むから、朝には何とか回復してくれよ』
生憎、市販の風邪薬や解熱剤も切らしていて。この時間帯に開いている薬局など殆ど数少ないし、何より遠い。せめて歩ける距離に、例えばそう、太宰がモルヒネを求め押し掛けたあの薬屋くらいで良い。そんな歩いて行ける近場に 薬局だの、薬を扱うコンビニがあれば。―――馬鹿か、熱で頭がいかれている証拠だ。替えの枕カバーですら自力で取りに行けない癖、外に出ようなど、とうとうおかしくなり笑いが込み上げて来る程。
『……明日俺、名前さんに会えんのかな、これ』
朝になっても熱が下がらなかったら、取り敢えず彼女へ連絡を入れ謝ろう。携帯のメッセージアプリなんかじゃ駄目だ、電話がいい。
元々、互い予定が合いづらい事は了知の上で交際を始めた。顔を合わせ、指に触れ、肌を重ねる機会は少なく、故に貴重な時間である。明日は丁度、彼女と自身の休日が被った事から、車を出して遠出をしようと約束していたのだが。身体が回復したとしても、これでは近場のカフェくらいが精一杯な気がしてならない。なんて情けない。
『…待て、…流石にドタキャンはまずい』
何とか頭を回転させ、明日の。と言っても日付が変わっているので今日のデートについて連絡を入れて置きたい。因みに、熱が下がっている事が前提だ、遠出じゃなく 近場のデートで良いか聞いて置こう。ふと、携帯へ目を移せば、夜中の二時を回った所だった。向こうは深く眠っているに違いないし、連絡を入れて起こしてしまうのも心苦しい。矛盾と取り留のない考えを巡らせて、頭痛が酷くなって来た頭を抱えた時だった。敏感に反応した耳は、瞬時、玄関へと向く。静かな真夜、不審者がピッキングか何かで鍵を開けようとしている、そんな音。まずい、非常にまずい。役立たずな今の身体では、到底太刀打ちなど出来やしないのに。―――待て待て、待て。頼む、止めてくれ。そうして強く祈った念は
「末吉さん、大丈夫…」
『……随分、上出来な幻ですね』
「じゃ、なさそうね……。合鍵、貰って置いて良かった」
何度瞬きしても消えない幻影に、どうやらそれが本物と気付くまで少しの時間を要した。上がる熱の
『……いや』
「氷室さんがね、末吉さんの様子がおかしかったから、もしかして具合悪いんじゃないかって」
『……おかしいでしょう』
―――駄目だ、抑えろ、嗚呼。駄目だ、苛々する。何で、何でだ。何で、へらへら笑ってられんだよ。
「それで、私。居ても立っても居られなくなって」
瞬時、熱の所為なのか、何なのか。頭に上った血液が、沸騰した天辺で激昂に変わる。呑気に二本目のスポーツドリンクを取り出そうとする彼女の手首を捉えては、乱暴にその身を引き上げるのだ。小さな悲鳴を上げた彼女を、今の今まで自身が寝ていたベッドへ組み敷くなど、容易だった。先程まで 震えの如く感じていた節々の関節痛や悪寒は、飛び散った怒りに上書きされていく。
「す、末吉さっ、…」
仰向け、眼を丸く
『馬鹿野郎! 夜中に一人で出歩いてんじゃねえよ!…何考えてんだ!』
耳をも
「…で、でも…、しんぱ……心、配で、」
解る、解ってる。同じ立場なら俺だってそうする。しかし、彼女は違う。か弱くて、俺が守ると決めた女性なのだ。もしも、大変な目に遭ったとしら、立ち直れる強さなど、持ち合わせがない、俺は弱い人間なのだ。ふい、視線を絡めると 彼女の瞳に張った水の膜が横に流れ、臭い枕に染み込んでいく
『怒鳴って、すみませんでした。でも、こんな弱い男でさえ、女性一人を組み敷くなんて、簡単な事なんです』
「………ん」
『俺には貴女しかいません、大事なんです。もう…こう言う無茶は、二度としないでください』
「………ん」
自身が怯えさせた所為、未だ横流しになる雫を 伸ばした指先で拾い上げる。熱がある皮膚より、ずっと、ずっと熱かった。
『名前さん、俺。貴女に会える日をもっと作ります。仕事が忙しい、なんて言い訳でしか無いですから』
「……違う、私、末吉さんに無理させたい訳じゃ、ただ、ただ会いたくて…」
『俺だって会いたい気持ちは同じです。……寂しい想いをさせないよう、死ぬ気で努力しますから、だから、だから』
熱が上がって来ている気がした。悪寒も、関節痛も増し、仰向けでいる彼女を四つ這いにしているこの視界へも、段々に
『会いたい時は、必ず呼び付けて下さい。風邪でも何でも関係なく。俺がいつだって、貴女の元へ駆けつけますから』
熱風邪で、とうとう頭が霞んでいった。汗臭くて、髪も乱れていて、もう抱き締める力すら ほとほと残ってなくて。それでも、台詞だけは一丁前だと苦笑が漏れる手前。目元が少しと乾いた彼女が、小さく。それは、いつもの柔らかな表情で呟くのであった。
「末吉さん」
『はい』
「凄く、臭い…かも」
『すみません』
おかしくなって、二人笑ったあと。僅かな力を振り絞り、彼女が持って来てくれた解熱剤を スポーツドリンクで喉奥へ流し込む。
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薄く目を開ければ、不思議と頭痛は消えていた。カーテンから差し込む光が、朝だと教えてくれている。ふと、キッチンから 心地の良い音が耳を掠めるのだ。沸々、沸々と、小刻みに土鍋の蓋が揺れる音、それに、米の炊ける良い匂い。眼を擦り、ぼやけた視界を拭うと。そこには後ろ姿の彼女が、持参のエプロンでキッチンに立っていて。
「末吉さん」
『はい、何でしょう』
「ううん、何でもない」
瞬間。朦朧とした混沌の記憶の片隅に、確かな誓いが浮かんでは、この胸を淡く、淡く締め付ける。そう、漢に二言など無い事だ。
―――必ず呼び付けて下さい。いつだって貴女の元へ駆けつけますから。
『今、参ります』
頭痛も関節痛も消えた身体の軽さに驚く。臭い寝間着と枕カバーはすぐに洗濯してしまおう。――キッチンに向かえば、彼女は出来立てのお粥を 味見と称して