ケンガンアシュラ
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やはり、気の
『ああ、ああ。降って来ちまった』
彼の後をこうして着いて来たばかりに、何だって私も 雨宿りを余儀なくされてしまっている。
『お前さんも災難だねえ。着いて来なけりゃ良かった物を』
冷やかしの視線をちらり送られると、無性に腹が立ってならない。しかし、この日は当然 彼のそばを離れる訳には行かなかったのだ。いや、正しくは「監視」の目が必要だった、と言う方が表現的に近いだろうか。
「仕方がないじゃないですか。私だって一緒に居たくて居る訳じゃありません。会長の命で、あなたを監視しているんです」
『おっかねえ』
異常気象と騒がれた夏、急に気温が落ちたと思えば 今年に入ってから丁度片手を越えた台風の上陸。こちらはまだマシだと言えるが、南の方では既に災害級の台風とニュースが言っていた。学校や会社では、身の安全を考え早めに帰宅早退させる案も多い。そんな当たり前に命を優先する世の中で、今日もまた 当たり前に命を削るが如く、人目を避けてそれは始まる。
「今日は、土地の立ち退きを賭けた仕合なんです。乃木グループにとって大事な決定なんですから、あなたに逃げられては困るんですよ」
『それは分かるけど。普通、便所まで着いてくる』
彼を家まで迎えに行き、タクシーで早めに会場へ向かっている最中の事。窓の外を眺める彼が、ふと何かを思い出したかのように『便所へ行きたい』と声を出し。そうしてたまたま前方へ見えたコンビニで降ろせと言う物だから、渋々こちらも同時に降りた訳なのだが。その前に私が降りる素振りを見せると、『後で追いかけるから、先に行ってろ』なんて片手でひらひら仰がれた。確かに、雨が降りそうな空の下タクシーを降りるのは億劫で、彼の言う通り先に会場へ向かう案も悪くない、しかし 頭に浮かんだ考えは土壇場に
「寝坊が九回、バックレ四回、 ド忘れ二回」
『ぎく』
「何の内訳だなんて、初見さん自身が良くお分かりでしょう」
彼が今まで負けとされた仕合の内訳である。こんな理由で十五回も負けたなど、乃木会長も酷く頭を抱える訳だ。しかし、この粗暴を上回る実力を併せ持つのが彼、初見泉。頭を抱えながらも裏腹に 会長が信頼を置く乃木グループきっての闘技者である事は 不動の事実。
「寝坊と、ド忘れは回避したので。あとは会場までバックレられないよう、連れて行くのが私の仕事です」
ここで逃げられては今後の経営に大きく関わる。彼にはどんな手を使ってでも、今夜行われる拳願仕合へ出場して貰わねば。そうして用を足すと言う彼のあとに続き、運転手へコンビニに寄ると告げれば 何となく怪訝な表情を浮かべられ。振り回れるのは私だけで十分だと、料金を払ってからタクシーには行って貰った。――そんな矢先の土砂降りである。
『会長より、名前の方が余っ程怖えや』
「……。それで、お手洗いは行かないんですか。コンビニの中にありますよ」
『……………』
黙りを決め込む彼を見て ほとほと呆れ溜息が漏れる。どんな手を使ってでも逃さんとす私に対し、彼もまた。どんな手を使ってでも逃げの策を企てていたとは。やはりタクシーを降りてあとを着いて来たのは正解だったと言える。
「全くもう。もう一度、タクシーを呼びます」
コンビニに用はないのだ。雨に濡れぬよう 外付けの頼りない屋根に身を寄せてから、ショルダーバッグにある携帯を取り出す。この間にも逃げられるんじゃ、そう思うと 特注の首輪でも付けてやりたい気分になった。
『あれ、そういや車は』
「え…」
『いつも
例の如く遅刻しそうになった彼を仕合会場へ運ぶ為 一度と乗せたきりなのに。大事な仕合は忘れる癖、どうでも良い事ばかり覚えている物だ。
「車検中なんです」
『代車は』
「空きがないって、借りれなくて」
ふうん、と興味のそがれた返事のあと 私は再度携帯に触れ、先程と同じ番号へ掛けようとした。同じ運転手なら、また嫌な顔をされるだろうが 仕合に遅れず着けるなら何でも良い。小さな雫の乗った携帯は 濡れて感度が悪いのか中々反応が遅れるらしい。ハンカチを出すのも面倒で 掌で荒く拭って見せれば。瞬間に伸びて来た彼の手が私の腕を掴まえる。本来なら三秒後には鳴るはずのコール音。その代わりは地を叩くよう強い雨音に掻き消されていた。
「初見さん、タクシー呼ぶから。離して」
何故か瞳を覗かれるのが恥ずかしくなって、掴まれた腕の先へ視線を上げれずにいる。触れた手から段々に熱を感じると、途端に緊張を覚え身体が強張り始めた。
『なあ』
上から届く声に 無意識に肩が揺れる。そうして雨音に消されてしまう程、低く。気を抜いてしまえば、取りこぼすだろう繊細な言葉が落ちて来た。
『“雨、やみませんね”』
果たして意を知ってか知らずか。前者なら相当な策士である。短い一言は 私の身体の体温を上げるに十分過ぎて。恐る恐る、掴まれた手の先を見上げ視線を配ると 優しさの中に燃える、意地の悪い瞳がこちらを覗いていた。よく見れば、長い睫毛には 跳ねた雨がが霧のように乗っている。瞬間、考えるより先に唇が動いて。
「………“私も、そう思ってました”」
何故かふいに口から飛び出した言葉。いっそ、届くより前に 雨に掻き消されてしまえばいい。胸に思うも、彼の耳はそう簡単に逃してくれるはずもなく。
『温めてやろうか、身体で』
「セクハラはやめてください」
赤面した私を茶化す彼から目を反らす。黒い瞳で覗かれると、全てを見通される気がして、これ以上視線を絡める勇気は出なかったのだ。しかし、ここは 関係者の誰一人として居ないただの道端のコンビニ。誰が見てる訳でもない。
「でも、少し冷えたので」
そう思えばやけに素直になれる物。
「肩を温めてくれると、助かります」
『いいぜ、
お前から言ったんだ、今度はセクハラなんて言うなよ、と。台詞よりも遠慮がちに回されたその手は、気の所為じゃなければ少し震えていて。
――浮雲。名の通り、掴めない男だ。自信満々に言葉を浴びせて置きながら、触れてくる手は怯えを含んでいるのだから。
しかし、今更。一度振り回されたなら、もう何度振り回されても同じ事。どうせ仕合には間に合うのだ、タクシーを呼ぶのは 少し先でいいだろう。
※「雨、やみませんね」…もう少し一緒に居ませんか。