ケンガンアシュラ
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二月十四日。日々、仕合等で多忙にする彼を 浮き足立った世間一般のイベントへ誘う勇気は無くて。ラッピングを終えたガトーショコラは、形が崩れぬよう包装した
『名前、お待たせ』
まるでスタッカート。独特のマフラー音の中に籠もる聞き慣れた声へ振り返ると、思わず瞳が丸くなる。待ち合わせに指定されたのは、都内にあるメイク・ヘアメイクが併合された一目と解る高級ブティック。前日、詳細なアクセスを確認する為ウェブで検索すると、何でも拳願会会員御用達だと言う。いかにも高級そうと思ったが、通りで合致がいった。
「さわ……沢田、」
未だ驚きが続く
『驚かせてごめんね、これ、パーキングに停めて来るから、もう少し待ってて』
首を縦に振るのも忘れ、空いた口をそのままにしていると 彼は小さく吹き出してはハンドルを緩やかに切った。重音を轟かせるその高級車は、記憶が定かであればランボルギーニの中でも最上級、モデル・アベンタドールである。カーボンで軽量化された車体の本体価格は
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「ねえ、そろそろ説明してよ」
白の車をパーキングに停めた彼は、装いも上下 白色のスーツ。下半身が異様に発達しているが為、恐らくフルオーダー仕立てに相違ない。自身だけそんなにも煌々に整わせ待ち合わせなど、不公平もいい所だ。対し私は、昨日彼から受けた電話通り『素っぴんで来てね』との言伝を真に受け、隣に立つ事すら恥ずかしい装いだと言うのに。本来ならコンシーラーで隠したい染みも、目の下に浮かぶ くすみだって、どうにかしたくて仕方がない。
『むくれないでよ、もう』
苦笑する彼に背を押され入ったブティックはウェブで見た画像通り、おしとやかな物から華やかな物まで何百種のドレスが並んでいた。光沢な空間に、思わず息を飲む。すると、唖然と固まった私の肩を彼の大きな掌で覆われるのだった。
『さ、好きなドレスを選びなさい、そのあとは飛び切りのメイクよ』
「だから、説明してってば。私たちこれから何処へ行くの」
力で勝てる訳はなく。押された身はプロのアドバイザーが居るフィッティングルームへ。『お着替えとメイクが終わったら教えてあげるわ』とウインクされるが、それでは増々気になるばかり。しかし、忙しい身で せっかくこの日を空けてくれた事だ、今は二人の時間を大切にしたい。それに、元々郵送で送る予定のガトーショコラも渡す機会に恵まれたのだ、それだけで十分ではないか。
――…どうした事か。思いの外、楽しくて。気付けば時間を忘れ、彩られゆく自身の姿に心踊っていた。選んだドレスは 彼も車も純白だった為、色を差すようワインレッドに。ロング丈でも、高めのヒールを履けば
「沢田、お待たせ」
だいぶ待たせてしまった申し訳なさに、控えめな声でフィッティングルームから顔を出すと、椅子に座っていた彼は勢い良くと立ち上がり、その声を大にする。
『やだあ! 可愛い、凄いわ、名前、ドレスもメイクもお似合いよ! 嗚呼、もう何なの、私の恋人ったら最高じゃない!』
「ねえ、沢田」
『あ、ちょっと何枚か写真撮らせて、ベストショットを引き伸ばして部屋の天井に飾るから』
「もう、沢田ってば、話し聞いて」
恥ずかしさで頬が熱くなる。きっと、このドレスと同色に 頬は赤面している事だ。私の二度目の問いかけに、ようやく我に返った彼は『やだ、私ったら』と笑みを覗かせ。そうして、これから向かう“特別な場所”をこの耳へ告げるのだった。
『ホテルを貸し切りで予約してあるの、ロイヤルスイートよ』
「――…」
手招きされ、ドレスの
『今日ってバレンタインでしょう、別に女が男にプレゼントするって決まりはないし』
私から貴女へのプレゼントよ、と二度目のウインクに胸がきつくなった。こんな素敵な場所を貸し切りで連れるには、相当手間が掛かった事だろうし、何より。いくら稼ぎがあるからとは言え、金額面での負担は計り知れない。全て、全て私の為に。――…しかし、手放しで喜べないのは何故だろう、そう、ふと頭に
「ありがとう沢田、こんな素敵な場所へ行くの初めて、凄く嬉しい。………私が、…私が用意したバレンタインのチョコなんて……霞んじゃうくらい」
煌々した華やかな場所である事もそうだが。プライベートシェフが手掛けるスイーツビュッフェと、ただ家庭のキッチンで作った物。どちらが舌を喜々させるか等、ほとほと明らかで。――駄目だ、せっかく普段行けない高級なホテルへ連れて貰えるのに、卑屈を言って困らせてはいけない。前言を撤回しようと、言葉を紡ごうとした時だ。
『名前、ちょっと待ってなさい』
私の言葉を待たずして、彼は椅子から立ち上がり、携帯を耳に充て何処かへ電話をしている。少しもしない内に、用が済んだのだろう。戻って来た彼は私のメイクが崩れぬ程度、その逞しい腕を伸ばしては 指先で頬へ触れていく。温かい。
「何処に電話してたの」
『これから行くホテルよ。スイーツビュッフェは無しにして貰ったわ』
「え、どうして、専任のシェフが作ってくれるのよ、そんな貴重で高級なスイーツ、なかなか食べる機会ないじゃない」
きっと、名前も知らない横文字の お洒落なスイーツが沢山並んで。目でも、香りでも、勿論味も完璧に愉しませてくれるのに。慌てる私の姿に、彼は小さく笑ったあと。それは、優しい瞳をくれるのだ。
『ビュッフェには値が付けられるけど、アンタの作るチョコはプライスレスでしょ。どっちが貴重か解らない程、女心に疎くないのよ、私って』
いつもそうだ、欲しい言葉を 欲しい時に、欲しいだけくれる、まるで本当に白馬の王子様みたいに。だから、常、彼を想う気持ちが、弾んで、弾んで、止まらない。
『さ、行きましょ。お姫様』
彼の温かな手に引かれ。爪先は今、真っ白なスーパーカーへ。忘れぬよう、包装したガトーショコラを胸に抱く。