ケンガンアシュラ
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勢い良く捻 った蛇口から、刺すような水圧の熱い湯を浴びる。日々欠かす事のないトレーニングにも、たまの休みは必要だろう。足の古傷もだいぶ癒えたとは言え、無理をすれば“滅堂の牙”と対峙するまでに壊れる可能性だってある。――爆芯。対滅堂の牙用に編み出したあの技が どこまで奴に通用するかは未知数。拳願仕合に向け、出来る限り制度を上げると同時、身体を調整しなければ。
熱いシャワーのあと、バスタオルで無造作に髪を拭う。久しぶりの休みとは言え少々寝すぎたと ついでに反省した。時計は既に昼食時まで進んでいて。
『さすがに寝過ぎたか。さて、飯をどうするかだな』
超空腹の今、胃に物を詰め込めば もたれるのは必至。悩みながら下着を履いたあと、とりあえず着替える為 クローゼットから適当にジャージを見繕う。すると、すぐそばに置いてあった携帯が揺れている事に気が付いた。履きかけの下ジャージを腰まで上げ、携帯に手を伸ばすと。
『もしもし』
電話の先は とある仕合から何度も顔を合わせるようになり、いつの間にか連絡先を交換していた名前からだった。アプリで連絡先を交換する方法が分からない、と言ったら驚きの表情のあと 笑いながら彼女が操作してくれたのを思い出す。
「若槻さん。今、平気」
『ああ、今日は休みなもんで今起きてな、平気だよ。………どうした、急いでそうだな』
電話の向こうから聞こえるのは切羽詰まった冷えた声。良く耳をすまし周りの音を拾えば ガヤや車の音がする。まさか出先かどこかで、変な奴に絡まれたりしているのではないだろうか。
『おい 名前、近くにポリ署はあるか、なけりゃ大声で助けを呼べ』
「え…」
『俺も今すぐ家を出る、場所はどこだ。相手は一人か』
携帯を耳と肩の間で上手く留め、すかさず上のジャージに袖を通す。相手が何人だろうが怪我をするのは奴らの方だが、人数が多ければ彼女が危ない。足首にテーピングを巻こうと思ったが、恐らく一般人相手。難しい技など使う事無く、あるいは 彼女の前に立ちはだかるだけで状況は解決するに違いない。ふと、耳に掠 れるような吐息混じりの笑い声がして。
「待って待って。私、襲われたりなんてしてないから、一旦落ち着いて」
『…なんだ、脅かすなよ』
「脅かしてないでしょう。若槻さんが早とちりしただけ」
途端に沸き、臨戦状態だった神経が次第に和らいでいく。無意識に肩を下ろすと なんだか一層空腹感が増した気がした。焦る必要もなくなった俺は、壁付けにしたベッドへ腰を下ろす。相変わらずスプリングが悲鳴を上げるが、聞かなかった事としよう。
「でもね、来て欲しいのは本当なの」
彼女の一言が、ぴくり身体を反応させた。ベッドのスプリングは やはり悲鳴を上げていて、近いうちに新調を余儀なくされそうだ。
『聞こうか』
皆目検討も付かない彼女の用件とは 一体何だのだ。せめて休みの一日で済ませられる程の物であって欲しいのだが。そうやって問うと耳元で ぽつり呟かれたのは。
「うん、実は友達が風邪を引いちゃって」
『……………は?』
思わず間抜けな声が出てしまった事に自分でも驚く。しかし、どういう事だ。
「今日、友達と焼き肉を食べに行く約束をしてたんだけどね。待ち合わせ場所に着くちょっと前に 熱が出たって連絡が来て」
『そうか、残念だったな昼飯時に。これから どうするんだ』
ふと、自分で言葉にしたのも束の間。少し前に彼女が言った“来て欲しいのは本当なの”と繋がるような気がしてならない。そうして次に耳に届いた声は 俺の予想をぴたりと当てて。
「そう。だから若槻さん、今から来れないかな」
急でごめんね、と続けた電話の向こうでは苦笑している彼女が目に浮かぶ。正直、浮かれていないと言ったら嘘になる。隣で話せば居心地が良いし、会話も弾む。それに、笑った時の愛嬌なんかは 年甲斐もなく心揺さぶられる時もあり。あまり期待するのも良くないが、一つ気になる事を聞いてみる。
『ちなみに、その。友達ってのは、野郎だったのか』
「まさか、違うよ。女の子よ、女の子」
『……そうか、良かった』
「どうして」
『あ。いや、こっちの話』
思わず安堵し、胸を撫で下ろす自分がいる。浮かれた所に 他の男の代わりでした、なんて言われてみろ。割りと立ち直るのに時間を要す事だし、彼女の交友のすぐ近くに 男が居ると思うとちくちく胸が落ち着かなくなる。
『それじゃあ、着替えて今から出るよ』
「いいの、ありがとう。場所は携帯にURL送ったね。見方分かる?」
『あのなあ…。さすがにそれくらいは分かる。なあ、少し待たせるけど大丈夫か。二十分あれば着けると思うが』
「平気、急に誘ったのは私だから。若槻さんはゆっくり支度して来て、お肉は逃げないんだし。じゃ、待ってるね」
一方的に掛かって来たと思えば それはまた一方的に切られて。ふと、鏡に写った自分の姿を瞳に映す。上下黒のトレーニングジャージに、スタイリング無しの散らけた髪、ちょっと生え始めた短い髭たち。
『――って、駄目じゃねえか…!…』
慌てて、先程腕を通したジャージを脱ぎ捨てる。あくまで彼女と“二人”……いわばこれはデート同然。焼いた肉の油が跳ねる、それがどうした。洒落たシャツの一枚や二枚、どうって事ない、喜んで犠牲にしてくれる。
『……決め過ぎか、否』
着るシチュエーションが無いにも関わらず、先日の仕合のファイトマネーで柄にもなく服屋へ寄り。俺の身体に合う服など 市販品ではとても無理がある為 オーダーメイドでカジュアルなセットアップを購入していた。単に焼き肉を食べに行くだけだが………これはデートだ。髪もポマードでややきつめにセットして、光るシルバーの腕時計を手首にはめる。
『……………こりゃ、焼き肉じゃあ……ねえな』
出来上がった自分の姿はまるで。片膝を付いては 手を伸ばし、愛を口述するような様 。彼女を待たせている事は了知の上 少し悩んだあと、一方的に切られた携帯を今度はこちらから繋げる。しばらく流れたコールを待つと、心地良く柔らかな声が耳に響いた。
「もしもし、若槻さん。どうしたの、場所 やっぱり分からない?」
『いや。名前さ、お前今日 どんな服着てる』
せっかく きっちりと洒落込んでみたのだ。焼き肉なんて、野郎同士でいつでも行ける。
「今日?……今日はね、この前 新調した水色のワンピース。焼き肉なのにね、どうしても着たくて。汚れちゃうかな」
『なら、丁度いい。あと十分だけ待てるか』
「え…」
どうせデートにするのなら、とことんデートっぽくしようじゃないか。明け透けに浮かれた様子が 格好悪いなんてのは百も承知。ただにこれは、奥手な俺が彼女に手を伸ばせる またとない時節。掴んだら離すなとは良く言った物。
『フレンチを予約する。車で迎えに行こう』
今度は俺が、一方的に電話を切った。
熱いシャワーのあと、バスタオルで無造作に髪を拭う。久しぶりの休みとは言え少々寝すぎたと ついでに反省した。時計は既に昼食時まで進んでいて。
『さすがに寝過ぎたか。さて、飯をどうするかだな』
超空腹の今、胃に物を詰め込めば もたれるのは必至。悩みながら下着を履いたあと、とりあえず着替える為 クローゼットから適当にジャージを見繕う。すると、すぐそばに置いてあった携帯が揺れている事に気が付いた。履きかけの下ジャージを腰まで上げ、携帯に手を伸ばすと。
『もしもし』
電話の先は とある仕合から何度も顔を合わせるようになり、いつの間にか連絡先を交換していた名前からだった。アプリで連絡先を交換する方法が分からない、と言ったら驚きの表情のあと 笑いながら彼女が操作してくれたのを思い出す。
「若槻さん。今、平気」
『ああ、今日は休みなもんで今起きてな、平気だよ。………どうした、急いでそうだな』
電話の向こうから聞こえるのは切羽詰まった冷えた声。良く耳をすまし周りの音を拾えば ガヤや車の音がする。まさか出先かどこかで、変な奴に絡まれたりしているのではないだろうか。
『おい 名前、近くにポリ署はあるか、なけりゃ大声で助けを呼べ』
「え…」
『俺も今すぐ家を出る、場所はどこだ。相手は一人か』
携帯を耳と肩の間で上手く留め、すかさず上のジャージに袖を通す。相手が何人だろうが怪我をするのは奴らの方だが、人数が多ければ彼女が危ない。足首にテーピングを巻こうと思ったが、恐らく一般人相手。難しい技など使う事無く、あるいは 彼女の前に立ちはだかるだけで状況は解決するに違いない。ふと、耳に
「待って待って。私、襲われたりなんてしてないから、一旦落ち着いて」
『…なんだ、脅かすなよ』
「脅かしてないでしょう。若槻さんが早とちりしただけ」
途端に沸き、臨戦状態だった神経が次第に和らいでいく。無意識に肩を下ろすと なんだか一層空腹感が増した気がした。焦る必要もなくなった俺は、壁付けにしたベッドへ腰を下ろす。相変わらずスプリングが悲鳴を上げるが、聞かなかった事としよう。
「でもね、来て欲しいのは本当なの」
彼女の一言が、ぴくり身体を反応させた。ベッドのスプリングは やはり悲鳴を上げていて、近いうちに新調を余儀なくされそうだ。
『聞こうか』
皆目検討も付かない彼女の用件とは 一体何だのだ。せめて休みの一日で済ませられる程の物であって欲しいのだが。そうやって問うと耳元で ぽつり呟かれたのは。
「うん、実は友達が風邪を引いちゃって」
『……………は?』
思わず間抜けな声が出てしまった事に自分でも驚く。しかし、どういう事だ。
「今日、友達と焼き肉を食べに行く約束をしてたんだけどね。待ち合わせ場所に着くちょっと前に 熱が出たって連絡が来て」
『そうか、残念だったな昼飯時に。これから どうするんだ』
ふと、自分で言葉にしたのも束の間。少し前に彼女が言った“来て欲しいのは本当なの”と繋がるような気がしてならない。そうして次に耳に届いた声は 俺の予想をぴたりと当てて。
「そう。だから若槻さん、今から来れないかな」
急でごめんね、と続けた電話の向こうでは苦笑している彼女が目に浮かぶ。正直、浮かれていないと言ったら嘘になる。隣で話せば居心地が良いし、会話も弾む。それに、笑った時の愛嬌なんかは 年甲斐もなく心揺さぶられる時もあり。あまり期待するのも良くないが、一つ気になる事を聞いてみる。
『ちなみに、その。友達ってのは、野郎だったのか』
「まさか、違うよ。女の子よ、女の子」
『……そうか、良かった』
「どうして」
『あ。いや、こっちの話』
思わず安堵し、胸を撫で下ろす自分がいる。浮かれた所に 他の男の代わりでした、なんて言われてみろ。割りと立ち直るのに時間を要す事だし、彼女の交友のすぐ近くに 男が居ると思うとちくちく胸が落ち着かなくなる。
『それじゃあ、着替えて今から出るよ』
「いいの、ありがとう。場所は携帯にURL送ったね。見方分かる?」
『あのなあ…。さすがにそれくらいは分かる。なあ、少し待たせるけど大丈夫か。二十分あれば着けると思うが』
「平気、急に誘ったのは私だから。若槻さんはゆっくり支度して来て、お肉は逃げないんだし。じゃ、待ってるね」
一方的に掛かって来たと思えば それはまた一方的に切られて。ふと、鏡に写った自分の姿を瞳に映す。上下黒のトレーニングジャージに、スタイリング無しの散らけた髪、ちょっと生え始めた短い髭たち。
『――って、駄目じゃねえか…!…』
慌てて、先程腕を通したジャージを脱ぎ捨てる。あくまで彼女と“二人”……いわばこれはデート同然。焼いた肉の油が跳ねる、それがどうした。洒落たシャツの一枚や二枚、どうって事ない、喜んで犠牲にしてくれる。
『……決め過ぎか、否』
着るシチュエーションが無いにも関わらず、先日の仕合のファイトマネーで柄にもなく服屋へ寄り。俺の身体に合う服など 市販品ではとても無理がある為 オーダーメイドでカジュアルなセットアップを購入していた。単に焼き肉を食べに行くだけだが………これはデートだ。髪もポマードでややきつめにセットして、光るシルバーの腕時計を手首にはめる。
『……………こりゃ、焼き肉じゃあ……ねえな』
出来上がった自分の姿はまるで。片膝を付いては 手を伸ばし、愛を口述するような
「もしもし、若槻さん。どうしたの、場所 やっぱり分からない?」
『いや。名前さ、お前今日 どんな服着てる』
せっかく きっちりと洒落込んでみたのだ。焼き肉なんて、野郎同士でいつでも行ける。
「今日?……今日はね、この前 新調した水色のワンピース。焼き肉なのにね、どうしても着たくて。汚れちゃうかな」
『なら、丁度いい。あと十分だけ待てるか』
「え…」
どうせデートにするのなら、とことんデートっぽくしようじゃないか。明け透けに浮かれた様子が 格好悪いなんてのは百も承知。ただにこれは、奥手な俺が彼女に手を伸ばせる またとない時節。掴んだら離すなとは良く言った物。
『フレンチを予約する。車で迎えに行こう』
今度は俺が、一方的に電話を切った。