ケンガンアシュラ
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「沢田……」
寝返りを打った。ダブルベッドも、体躯の良い彼が隣に居れば幾分、窮屈に感じる事も多い。それでも、簡単に温もりが肌に伝わる 少狭な空間は、心に充足と、安堵をくれる物。ふと、いつもならば、少しの寝返りで彼の体温に触れるはずなのだが。何故だろう、腕を伸ばしても、掌に在るは冷たいシーツの感触だけ。情事のあと、火照った身体に毛布は必要ないと言い張ったが、半ば無理矢理と、分厚い毛布を掛けられ 共に瞳を閉じたのに。
「……この香り」
まだ上手く開かない
「コーヒー……」
ベッドから腰を下ろし、彼が丁寧と揃えてくれたであろうスリッパを履く。溢れた光の隙間へ指を掛ければ、明け方特有の肌寒さが、冷たく皮膚を撫でるのだ。ようやく開くようになった瞳を擦り、挽きたての豆の香りがより一層濃くなる向こうへ視線を配ると。
『……名前、やだ、起こしちゃった』
リビングの東側。大きなガラス窓の先のバルコニー。いつかの内見の際、「東向きのバルコニーから太陽が見たい」という私の希望を叶え、彼が契約してくれた事を思い出す。彼は、私の寝起き姿を見るや否や 瞳を大きくさせたあと、申し訳なさそうに眉を八の字にするのだった。
「ううん、寝返り打ったら沢田が居なかったから」
『なあに、寂しくなったの』
「ん」
『……あら、可愛い』
バルコニー元へ近づいて、お揃いのスリッパを脱ぎ、彼の隣へ身を寄せた。そう、この体温だ、いつも私に温もりをくれる、愛しき熱は。隣で触れた肌から心地良く伝わり、私に充足と安堵をくれる。
『あ、ちょっと、上着は。ブランケットとかあったでしょう』
この時間の空気は良く冷える。布団に
「平気よ、沢田が冷えちゃう」
『風邪引いて、ラブラブ看病セックスでもご所望』
悪戯な瞳に覗かれ、思わず首を横に振る。そうして、彼の濃い匂いが付いた厚手のカーディガンに袖を通せば、つい先の情事を思い出し、無意識と体温が上昇するのだった。――…ベッドへ倒れ込む時、力強く支えてくれる逞しい腕。キスの時、息継ぎのタイミングを合わせてくれる優しい唇。繋がった時、欲望を抑え私の善い所だけを探ってくれる少しの余裕。全て、私の為に在るような行為に 若干の不安を感じる事さえある程。そう、私は満たされている、けれど、果たして彼はどうなのだろう。たまにふと、そんな様な事が頭に浮かんでは。コーヒーから立つ湯気のよう、浮かび、浮かんで、消えていく。
「……寝付けなかったの」
コーヒーに唇を付けた彼に問うと、一口。それを喉奥へ流し込んでは、控えめに
『そんなんじゃないわよ、ただ…コーヒーが飲みたくなっただけ。名前もいる?』
何となく、一緒に生活すれば分かる事。前述のそれはきっと嘘。私は勧められたカップを静かに押し返し、明星の空へと。独り言のよう届かせるのだ。
「沢田、無理してない、私と生活」
『…いきなり何よ、どうしたの』
空へ浮かぶ金星が、少しずつ白く、薄くなっていく。もうすぐ、東の空から 今日を知らせる眩しい陽が昇るだろう。彼は、残りのコーヒーを飲み干して。私に羽織らせたカーディガンごと、その大きな手を伸ばし 肩を包み込むのだ。
『ほら、泣きそうな顔しないの。そうね……なら、アンタの目に、私がどう映ってるか、教えてくれない』
咎めるよう、棘のある言い方じゃなくて。言うなれば不安気な表情を浮かべながら。私の瞳に張られた薄い透明の膜を、繊細な指先で拭っていく。――…本当に、優しい人。私は、涙の
「沢田、いつも私に合わせてくれてるから。どこか無理させてるんじゃないかなって」
『例えば』
「……朝にコーヒーが飲みたいって言ったら、その日から毎日 朝一で豆から挽いて淹れてくれるし。この家も、私の我儘を叶えて契約してくれたでしょう」
太陽が、昇り始めた。放射冷却だろうか、羽織っているカーディガン越しに刺さる風が、肌を刺激していく。一瞬の身震いに勘づいたのだろう。彼は包み込む肩を自身へ寄せ ぴたり、互いが離れぬよう、その身から熱を与えてくれて。
『…馬鹿ね、好きな女の言う事は、何だって叶えたくなるのが男なのよ』
嬉しい、嬉しくて堪らない、堪らないのだが。それでも、常、私だけが沢山の優しさを受け取っているようで、それが何とも言葉に出来ない
「も……もっと、沢田の好きにしてよ」
『……』
静かな明け方の空には、大き過ぎる程。突飛な声に、彼は瞳を丸くし言葉を詰まらせた。そんな固まる彼を
「私がくっついて居たいって理由で、ダブルベッドにしたけど、沢田が狭いって思うならクイーンやキングサイズに買い替えたって良いし、…セ…ックスの時だって、私だけ先に善くなって、沢田、ちゃんと出せてない時あるじゃない…」
『…え、ちょ、ちょっと待っ、』
「優しくしてくれるのは凄く嬉しいけど、私、烈しくされたって平気よ、だから我慢しないで ちゃんと最後まで」
『ね、ねえ、待ってったら、名前』
「…」
慌てた声を見上げると、その頬は冷えた空気の為か、それとも違う理由か。普段の白い肌は、酷く紅潮していて。暫くの沈黙のあとだ、彼は頭を抱えるよう俯く。
『コーヒー』
「……え」
『セックスのあと、アンタの寝顔見てるとね、………何だかすぐに落ち着かなくなっちゃうの』
「――……」
『格好悪いんだけど、傍に居るといつも。もっと目茶苦茶にしたいって、自制が利かなくなりそうで。でも、当然。自分任せにはしたくないじゃない』
「…沢田」
『それなら、もういっその事、起きてようかなって、……コーヒーって所が安直だけど』
参ったわね、と恥ずかし気に頭を掻く姿は。今まで見て来た彼とはまた別の。等身大のそれ。何だか上手く説明出来ない嬉しさが込み上げては、隣に在る固く、逞しい身体へ身を預ける。
『なによ………満足した?』
「満足した」
『ちょっと、にやにやするんじゃないわよ、全くもう』
照れ隠しか、白い指先が私の頬を優しく
「ね、沢田。もう一回、しない。ちゃんと、烈しいやつ」
折角、気持ち良く昇った朝日をカーテンで遮り、彼の腕を引いては お揃いのスリッパを履いて。ダブルベッドが待つ寝室へと向かっていく。日課である朝のコーヒーは、もう一度 肌を重ねてから愉しむとしよう。その
『だったら。加減なしに抱いちまうけど、良いんだよな』
離れた唇は、先のコーヒーの味。目覚めのコーヒーは、今日は要らない事とする。