バクテン!!
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「……亘理、待って。……出掛けるの…」
寒さが染みる冬の夜。男子新体操部寮の玄関から、控えめな引き戸の音がした。古い建物の為 建て付けが悪く、静かに手を掛けたとしても どうしたって無音となる訳にはいかない。
「ねえ、亘理ってば…」
ダウンジャケットとマフラーを身に着けた彼が振り返えると 冷たい視線が重なる。その瞳の奥には 未だ悲しみを引きずる様子が伺え、瞬間、胸が苦しくなった。
『…………キャプテン、辞めていいんだってよ…』
ぽつり、静かに呟かれたのは 今日の部活帰りに美里から言われた言葉だ。主軸となっていた三年生が引退し、残されたのは 中学でエースだった美里と 高校から新体操を始めた双葉。そして、新キャプテンとなった彼。キャプテンになってからの彼が どことなく表情を曇らせていた事は 以前から気付いていた。
「そんなの…美里くんだって、本心じゃない……。亘理も、先輩で………キャプテンなら…分かるでしょ…」
『――っ……簡単にキャプテンとか言うな…!…』
「…」
絞り出した声の 語尾が震えている。気持ちは痛い程分かる。入部からこれまで、彼の隣で 彼の成長を一番近くで見て来た。そうして絞り出した 震える言葉に、どれだけの重みがあるか。…分ってしまうから、尚更辛い。
三年掛けて叶えた初出場のインターハイ。彼の鹿倒立のバランスが肘から崩れた事により、三年の先輩たちと 志田監督の夢は、季節外れの儚い桜のように ひらひらと散っていった。
『俺が…俺が。先輩たちと、志田監督の…三年間を壊した』
「…違う…、それは絶対違う…」
『違わねえ…!……三年の先輩たちが抜けて、志田監督も辞めちまう。…お前だって、インハイを駄目にした俺がキャプテンなんて、おかしいと思わねえのかよ…!』
「…そんな風に……言わないでよ…」
鼻の奥につんと痛みが走り、無意識にも瞳に熱が籠もる。美里も きっと本心じゃない。美里だって 三年の先輩が居なくなる事、志田監督が辞める事、その両方が辛いに決まっている。不安が募り、ついあんな言い方をしてしまったに違いないのだ。それでも、今の彼に 美里の言葉を受け止めてやる余裕など どこにもなくて。
『ここから離れたら、どんだけ楽かって…インハイからそればっか』
「お願い、もうやめて…」
『…向いてなかったんだ、初めから』
「ねえってば…」
『…美里の言う通り、俺なんか。辞めちまった方がいい』
「……――っ……光太郎!…」
私の涙声に 彼の肩がびくりと反応した。部内や校内では 互いに名字で呼び合うが、恋人同士。二人きりの時はそう呼んでいて。ふと、最後に彼を下の名前で呼んだのはいつだろうと考える。インターハイを目前にしていた過酷な練習で、いつの間にか二人で過ごす時間さえなくなっていた。私は 本当に彼の理解者で居てあげられただろうか。本当に、瞳の奥に浮かぶ 痛みに寄り添えて居たのだろうか。
「光太郎の気持ち、全部分ってあげられないのも、代わってあげられないのも、全部辛いし…全部しんどい。……最近 二人で話す時間もなくて尚更…」
『……名前…』
「でも、向いてなくても…“キャプテン”が重くっても……それでも。光太郎が壊しただなんて、そんな事…誰も思ってない…!…だから、そんな言い方しないでよ…」
泣きたいのはきっと彼で、苦しんでるのも彼のはずなのに。それなのに、瞬 きする度 涙が溢れて止まらない。鼻をすすると、玄関の隙間風が冬の冷たさを招いき入れ 鼻奥に鈍い痛みを走らせた。そうして次に瞬きをする手前、玄関先に向いていた彼の爪先がこちらへ向けられると 勢い良く伸びて来た腕で抱きしめれる。……久しく近くで香る彼の匂いに またもや涙が溢れ出す。短い髪の毛が頬に当たり、こそばゆい。
「……そんな言い方……しないで…」
『………………すまん』
少し間 の空いてからの短い答え。インターハイでのミス、キャプテンという重圧、後輩に背中を見せなければと言う責任感、三年生や監督が去るという事実。全てが込められている気がした。抱きしめ 熱く触れた所から、彼の抱える苦しさが 少しでも私に流れれば良い。彼の胸を締め付ける悲しさを共有して、半分こにしてしまいたい。私は彼の背中に手を伸ばし、同じように力いっぱい抱きしめ返す。
「……大丈夫……鹿倒立の一つや二つ、三つ四つ、崩れたくらいで。簡単に皆の心がバラバラに壊れたりしないよ」
『…………それ 余裕で十点は減点されてんぞ…』
先程の緊迫した声色は、いつの間にか優しく滲んで、耳元に低く苦笑した声が響いた。
――いつもの光太郎だ。
「ね。行こうよ、青森」
ふいの言葉に彼は抱きしめていた両手を離し、私の瞳を凝視した。
『お前っ…なんでその事…』
真冬にも関わらず、焦りの所為 なのか 額にはしっとり汗をかいていて。
「シロ高の 高瀬さんに、会いに行くんでしょう?」
『…いつから気付いてた?』
美里にあんな事を言われた帰り道。岩沼駅で 彼がこっそり新幹線の切符を買っている姿を目にしたのだ。何となく察しが付いて、彼が駅を離れた次。周りに目を配りながら 私も同じように切符を買っていた訳で。いつもの細い目を 珍しく丸くする彼に 少し悪戯気に微笑んで見せた。
「……当てれたら キスしてあげよっか」
『……いらねえよ。…ば、馬鹿じゃねえの』
そうして頭を乱暴にガシガシと掻き、少し考えたあと。私の瞳を ちらと覗いて。
『……格好悪い所、見せるだけだぞ。敵に頭下げ行くんだ。見てて気持ち良いもんじゃねえ』
「光太郎の格好悪い所なんて、見飽きてるから平気」
『お前なあ…』
眉を八の字にした彼は、巻いていたマフラーを外し 私の首元へと掛ける。温もりが、なんて心地良い。外見とは似つかなく、『きつくねえか』なんて丁寧にマフラーを巻いてくれて。
『しょうがねえや、行くぞ』
顎で靴を履くよう促される。私は首を縦に振り、滑り止めの付いたムートンブーツを履く。玄関を開けば、ちらちらと粉雪が待っていた。きっと青森は これよりもうんと寒いに違いない。それでも、繋いだ手から伝わる熱さは、そんな事など感じさせない程。
『来年のインハイは。………さすがに格好良い所、見せねえとな』
「格好悪い光太郎も好きだから、大丈夫だよ」
『……物好きな奴』
駅に向かう途中。皆に心配を掛けないよう、悴 んだ指で七ヶ浜先輩にメールを打って置くことにした。
『おい、名前。手袋無いなら、指出すな。……携帯なんか弄 ってねえでポケットに閉まっとけ』
「うん。ねえ、自販機でココア買っていい?」
『アイス?』
「ホット!」
声を大にした私の反応に、彼はいつもの表情を覗かせ 笑いながら自販機に百円玉を入れた。
寒さが染みる冬の夜。男子新体操部寮の玄関から、控えめな引き戸の音がした。古い建物の為 建て付けが悪く、静かに手を掛けたとしても どうしたって無音となる訳にはいかない。
「ねえ、亘理ってば…」
ダウンジャケットとマフラーを身に着けた彼が振り返えると 冷たい視線が重なる。その瞳の奥には 未だ悲しみを引きずる様子が伺え、瞬間、胸が苦しくなった。
『…………キャプテン、辞めていいんだってよ…』
ぽつり、静かに呟かれたのは 今日の部活帰りに美里から言われた言葉だ。主軸となっていた三年生が引退し、残されたのは 中学でエースだった美里と 高校から新体操を始めた双葉。そして、新キャプテンとなった彼。キャプテンになってからの彼が どことなく表情を曇らせていた事は 以前から気付いていた。
「そんなの…美里くんだって、本心じゃない……。亘理も、先輩で………キャプテンなら…分かるでしょ…」
『――っ……簡単にキャプテンとか言うな…!…』
「…」
絞り出した声の 語尾が震えている。気持ちは痛い程分かる。入部からこれまで、彼の隣で 彼の成長を一番近くで見て来た。そうして絞り出した 震える言葉に、どれだけの重みがあるか。…分ってしまうから、尚更辛い。
三年掛けて叶えた初出場のインターハイ。彼の鹿倒立のバランスが肘から崩れた事により、三年の先輩たちと 志田監督の夢は、季節外れの儚い桜のように ひらひらと散っていった。
『俺が…俺が。先輩たちと、志田監督の…三年間を壊した』
「…違う…、それは絶対違う…」
『違わねえ…!……三年の先輩たちが抜けて、志田監督も辞めちまう。…お前だって、インハイを駄目にした俺がキャプテンなんて、おかしいと思わねえのかよ…!』
「…そんな風に……言わないでよ…」
鼻の奥につんと痛みが走り、無意識にも瞳に熱が籠もる。美里も きっと本心じゃない。美里だって 三年の先輩が居なくなる事、志田監督が辞める事、その両方が辛いに決まっている。不安が募り、ついあんな言い方をしてしまったに違いないのだ。それでも、今の彼に 美里の言葉を受け止めてやる余裕など どこにもなくて。
『ここから離れたら、どんだけ楽かって…インハイからそればっか』
「お願い、もうやめて…」
『…向いてなかったんだ、初めから』
「ねえってば…」
『…美里の言う通り、俺なんか。辞めちまった方がいい』
「……――っ……光太郎!…」
私の涙声に 彼の肩がびくりと反応した。部内や校内では 互いに名字で呼び合うが、恋人同士。二人きりの時はそう呼んでいて。ふと、最後に彼を下の名前で呼んだのはいつだろうと考える。インターハイを目前にしていた過酷な練習で、いつの間にか二人で過ごす時間さえなくなっていた。私は 本当に彼の理解者で居てあげられただろうか。本当に、瞳の奥に浮かぶ 痛みに寄り添えて居たのだろうか。
「光太郎の気持ち、全部分ってあげられないのも、代わってあげられないのも、全部辛いし…全部しんどい。……最近 二人で話す時間もなくて尚更…」
『……名前…』
「でも、向いてなくても…“キャプテン”が重くっても……それでも。光太郎が壊しただなんて、そんな事…誰も思ってない…!…だから、そんな言い方しないでよ…」
泣きたいのはきっと彼で、苦しんでるのも彼のはずなのに。それなのに、
「……そんな言い方……しないで…」
『………………すまん』
少し
「……大丈夫……鹿倒立の一つや二つ、三つ四つ、崩れたくらいで。簡単に皆の心がバラバラに壊れたりしないよ」
『…………それ 余裕で十点は減点されてんぞ…』
先程の緊迫した声色は、いつの間にか優しく滲んで、耳元に低く苦笑した声が響いた。
――いつもの光太郎だ。
「ね。行こうよ、青森」
ふいの言葉に彼は抱きしめていた両手を離し、私の瞳を凝視した。
『お前っ…なんでその事…』
真冬にも関わらず、焦りの
「シロ高の 高瀬さんに、会いに行くんでしょう?」
『…いつから気付いてた?』
美里にあんな事を言われた帰り道。岩沼駅で 彼がこっそり新幹線の切符を買っている姿を目にしたのだ。何となく察しが付いて、彼が駅を離れた次。周りに目を配りながら 私も同じように切符を買っていた訳で。いつもの細い目を 珍しく丸くする彼に 少し悪戯気に微笑んで見せた。
「……当てれたら キスしてあげよっか」
『……いらねえよ。…ば、馬鹿じゃねえの』
そうして頭を乱暴にガシガシと掻き、少し考えたあと。私の瞳を ちらと覗いて。
『……格好悪い所、見せるだけだぞ。敵に頭下げ行くんだ。見てて気持ち良いもんじゃねえ』
「光太郎の格好悪い所なんて、見飽きてるから平気」
『お前なあ…』
眉を八の字にした彼は、巻いていたマフラーを外し 私の首元へと掛ける。温もりが、なんて心地良い。外見とは似つかなく、『きつくねえか』なんて丁寧にマフラーを巻いてくれて。
『しょうがねえや、行くぞ』
顎で靴を履くよう促される。私は首を縦に振り、滑り止めの付いたムートンブーツを履く。玄関を開けば、ちらちらと粉雪が待っていた。きっと青森は これよりもうんと寒いに違いない。それでも、繋いだ手から伝わる熱さは、そんな事など感じさせない程。
『来年のインハイは。………さすがに格好良い所、見せねえとな』
「格好悪い光太郎も好きだから、大丈夫だよ」
『……物好きな奴』
駅に向かう途中。皆に心配を掛けないよう、
『おい、名前。手袋無いなら、指出すな。……携帯なんか
「うん。ねえ、自販機でココア買っていい?」
『アイス?』
「ホット!」
声を大にした私の反応に、彼はいつもの表情を覗かせ 笑いながら自販機に百円玉を入れた。