バクテン!!
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
鼻を抜けるスパイスの香りに食欲をそそられ、思わずお腹が鳴ってしまった。隣で包丁を片手に 手際よく玉ねぎを切る彼は、その小さな音を聞き逃そうとはせず。
『腹減ったのか、食いしん坊』
悪戯な瞳を向けられると、途端に恥ずかしくなり顔が熱を持ち始め 思わず口を尖らせた。
「し…しょうがないでしょう…。カレーの匂いって、なんだか凄くお腹 空くんだもん」
その言葉に亘理は『確かに』と吹き出しながら 串切りにした玉ねぎを大鍋へと放った。この日、県大会前にシロ高との合同合宿がアオ高で行われていて、いつもより多めの夕飯を作っていた所だ。いつもは一人で担当する夕飯当番も、人数が多い為に彼と二人で仕込みをしている。
『こう人数が多い時は カレーに限るよな。単価も安いし』
「そうだね。ご飯、足りるかな」
『足りんじゃねえの。五合炊きの炊飯器、二つ炊いてんだ。一升ありゃいいだろ』
炊飯器からは熱い湯気が立ち始め、部屋の中を加湿していく。一升炊いたものの、育ち盛りの男子高校生たちだ。さらにカレーとなると、いつもより白米が欲しくなるのも事実。もしかしたら足りなくなってしまうかも、と一応冷凍庫の中を覗いて見ると、半端に残ったご飯がラップで包まれているのがいくつか見つかった。おかわりが続出し、足りなくなったらこれをチンしてしまえば良い。安堵していると、後ろのシンクから エプロン姿の彼に呼ばれる。
『おい、名前。冷蔵庫 居るついでに 鍋に肉入れてくんねえ』
「あ、はあい」
冷凍庫を閉め、代わりに冷蔵庫に手を伸ばす。そうして昨日買い出しをして置いた 二パックの鶏肉を取り出し、既に玉ねぎの良い匂いを漂わせる鍋の元へ急いだ。パックのビニールを破り、既にカットしてある鶏肉を やや飴色になり掛けている玉ねぎが待つ鍋へと投入する。
『おう、サンキュー。俺が炒めっから、名前はサラダのキュウリ、カットしとけ』
「了解。光太郎って手際いいよね」
『ふふん、まあな。実家がラーメン屋じゃけえの』
「光太郎の実家の 餃子、凄い美味しいよね。私 あれ大好き」
思い出したらまたお腹が鳴りそうだった。彼の実家のラーメン屋には何度か二人で足を運んでいて。店内で挨拶を交わした 寡黙なお父さんと、明るいギャル要素のある元気なお母さん。何度目かに来店した際、一応 私たちが健全にお付き合いしている、という事も報告しており 今では親公認の付き合いとなっている。
『次の休みにでも また行くか。母ちゃんが名前に会いたがってるみてえだしな』
「え、そうなの、嬉しい。じゃあ次のお休みに行こうね」
そう言い、キュウリを切る手を止めてから 彼の目の前に小指を差し出した。
『…あ?』
短く問う彼に 私は突き出した小指を ぐっと近づける。
「指切り。次のお休みに、光太郎の家にラーメン食べに行くって。約束」
『んなの、約束なんかしなくたって いつでも連れてってやっから』
――あ、失敗。ただ彼の肌に触れたかった口実だったのに。
四月になってから、名取四中でエースだった美里と 去年の県大会でアオ高男子新体操部の演技をきっかけに入部した双葉。今まで四人で行って来た演技を 本来の六人で行う練習は 想像以上に大変で。県大会を控えたこの頃は 彼とこうして二人きりになる事も、肌を触れる事さえ 機会が減っていた。今日はこんな風に炊事当番という形だが、思い掛けず二人きりになれた事に浮かれているのは 私だけなのかもしれない。
「……そう…だよね、いつでも連れて行ってくれるもんね」
そう言い、絡む事のなかった指を引っ込めて またサラダのキュウリを切り始める。すると ふと、何かを思い出したかのように彼は口を開いた。
『あ、そうだ。名前って確か…名取四中出身だよな』
「ん?そうだよ」
それがどうかした?と首を傾げると、隣で鍋にカレールーを投入した彼は少し複雑そうな表情を覗かせる。
『…てことは。今日来てる、シロ高の月雪とも面識あるよな。一個下の後輩だろ』
「面識はあんまり。でも月雪くん、結構有名だったから。さすがに名前と顔は知ってたかな」
『…………ふうん』
「ふわふわした可愛い子だよね。と言っても、月雪くん 転校生だったし。私が卒業する少し前に入れ違いで 当時は話す機会なかったよ」
月雪ましろ。中学三年で初めて新体操を始めたと思えば、その年のジュニア大会でいきなり優勝。アオ高のエースと言われる美里も、当時 準優勝という形になっており、実力は月雪の方が少し上なのかもしれない。身体は小さいものの、演技で見せる力強さは誰が見たって群を抜いている。オフの時に見せるマイペースな姿もまた、ギャップがあり女子人気は高そうだ。
「そうだ、今日ってチキンカレーでしょう。月雪くん、もしかしたら“えー、チキン?仙台牛じゃないのお?”とか言うかもね」
出された皿を見てごねる月雪を想像すると、堪 らず吹き出してしまう。
「七ヶ浜キャプテンが用意してくれる、試作品の すり林檎入りカレー味笹かまも。未知の味過ぎて食べるの躊躇 っちゃうけど、月雪くんなら“うまーい”って言って食べちゃいそう、ふふ」
『………』
「…あれ、光太郎。どうしたの」
ふいに隣に視線を送ると、何故か彼は面白くなさそうにしていて。いつもの女川先輩に怖い、怖いと言われている顔が、より険しくなっているような気がした。静かなキッチン。鍋が沸々と煮だつ音だけが響いている。返事のない彼を見つめていると、沈黙のあと静かに呟かれた。
『………すまん。自分で話し振っといて何だがよ。……やっぱ月雪の話しはナシ』
「…え、何で」
面白いのに、そう言葉を続けようとした矢先 彼は分が悪そうな表情で、固い髪をガシガシと掻いた。
『――…なんか…………妬けちまう』
「…っ…」
徐々に赤面していく彼につられ、私の頬も熱を持っていくのが分かる。恥ずかしがり屋で、今までそんな事など一言も口にして来なかった彼が ヤキモチを焼くなんて…なんだか心が落ち着かない。正直 独占欲を顕 にしてくれるのは少し嬉しい。しかし、普段見せる事のない彼の顔つきに 思わず緊張してしまうのも事実で。しっとり汗ばんだ手は、いつの間にか冷えており、気持ちを紛らわせるよう止まっていた腕を動かしてキュウリを切るのに集中した。何とも言えない甘酸っぱい空気が漂う中、突然にそれを叩き割るよう 甲高い声が後ろから響く。
「ああー、カレーだあっ! ねえ、お肉は勿論 仙台牛だよねえ!?」
と、少しの足音もさせる事なく 神出鬼没にキッチンへ現れた月雪。急な大声に驚いた私の肩は無意識にびくりと震え、同士に 包丁を持つ手が揺れた。
「――…痛っ…!…」
震えた手が持つ包丁の先が ほんの少し肌に触れる。掠 っただけにも関わらず、思わず眉を潜めたくなるような鋭い痛みが指に走った。瞬間、隣に居る彼の手が伸びて来て 私の手首を勢い良く掴み取る。
『……っ…馬鹿…!』
そうして 感じるのは熱い感触。
「……………ちょ……光、太郎…っ…!」
『黙っとけ…、止血だ』
掴まれた腕は強く引き寄せられ、切れて血が滲 んだ指先は 彼の唇へと当てられる。そうして ぬるり、舌先が触れると全身が熱で沸き立った。彼に触れたい、そう思っていたのがつい数分前。まさかこんな形で触れる事になるなんて、想像もしていなかった。久しく彼をそばに感じるせいか、なんだか刺激が強すぎるような気がして、どうも頭が回らなくなる。すると、その様子に大きな瞳を丸くしていた月雪が 悪戯気に口を開いて。
「あれ、もしかして。お邪魔だったりしたあ?」
そんなんじゃない、恥ずかしさで 咄嗟に否定しようとした私を制するように 彼はきっぱりと、低い声で言葉にする。
『……――ああ、邪魔だよ。飯出来るまでどっか消えとけや』
彼の棘のある口調に怖気付く事なく、月雪は含んだ笑みを見せた。
「怖あい。何それ、彼氏面?」
『面じゃねえよ、彼氏だ こいつの』
止血した事を確認し、口元から指先がそっと離れる。身体はまだ熱いままだ。彼はまるで牽制するように、その背中で私を隠す。エプロン姿だが、それでも頼もしい背中に、鼓動が高鳴った。
「ええ、名前ちゃんて、趣味悪うい」
『煩 え、ほっとけ。…………なあ、月雪。いつまでここ居るつもりだ、飯までどっか行ってろっつったろ』
「だって面白そうなんだもん」
『てめえの“面白い”に付き合う義理なんざねえんだよ。邪魔すんな。散れ』
しっし、と追い払うように手を突き出すと、月雪は頬を膨らませたあと、にこりと笑う。本当にころころと表情が変わる子だ。
「ちぇ。せめて、ご飯では楽しませてよねえ。せっかく仙台に来たんだから。カレーにチキンやポークだったら許さないから」
「仙台牛だよ、仙台牛」そんな事を口にしながら、楽しそうに廊下をバタバタと掛け行った。――再び静まり返ったキッチンは、もう十分なくらいに煮込まれたカレーが こぽこぽ音を出し、今にも鍋から吹き出しそうになっていて。
「…び…びっくりしたね」
勿論、月雪が現れたのもそうだが、一番は彼の口元で止血された事。きっとその意が伝わったのだろう。彼は照れた顔を見られたくないのか 振り向く事はせず、私にしか聞こえないような小さな声をぽつりと溢した。
『なあ、飯食ったらよ…………少し外に散歩行かねえ』
「……光太郎」
『最近、触 れな過ぎた……なんかこう…。』
二人きりになり、触れたいと感じていたのは どうやら私だけではないらしい。胸を締め付ける嬉しさに、彼の向けた背中へ身体を預けるよう寄り掛かる。…なんて 温かい。背中から、彼の優しい心臓の鼓動が聞こえてきて、良く耳を澄ませば、それが思ったよりも早い物だから 彼の表情が簡単に想像出来てしまい、つい口角が上がってしまう。
『……誰にも邪魔されねえで。…二人っきりに なりてえ』
絞り出しされた震える声に、私もまた照れ隠しの為 思わず「えっち」と呟くと、背中から聞こえる心臓は 一段と駆け足になった。
『腹減ったのか、食いしん坊』
悪戯な瞳を向けられると、途端に恥ずかしくなり顔が熱を持ち始め 思わず口を尖らせた。
「し…しょうがないでしょう…。カレーの匂いって、なんだか凄くお腹 空くんだもん」
その言葉に亘理は『確かに』と吹き出しながら 串切りにした玉ねぎを大鍋へと放った。この日、県大会前にシロ高との合同合宿がアオ高で行われていて、いつもより多めの夕飯を作っていた所だ。いつもは一人で担当する夕飯当番も、人数が多い為に彼と二人で仕込みをしている。
『こう人数が多い時は カレーに限るよな。単価も安いし』
「そうだね。ご飯、足りるかな」
『足りんじゃねえの。五合炊きの炊飯器、二つ炊いてんだ。一升ありゃいいだろ』
炊飯器からは熱い湯気が立ち始め、部屋の中を加湿していく。一升炊いたものの、育ち盛りの男子高校生たちだ。さらにカレーとなると、いつもより白米が欲しくなるのも事実。もしかしたら足りなくなってしまうかも、と一応冷凍庫の中を覗いて見ると、半端に残ったご飯がラップで包まれているのがいくつか見つかった。おかわりが続出し、足りなくなったらこれをチンしてしまえば良い。安堵していると、後ろのシンクから エプロン姿の彼に呼ばれる。
『おい、名前。
「あ、はあい」
冷凍庫を閉め、代わりに冷蔵庫に手を伸ばす。そうして昨日買い出しをして置いた 二パックの鶏肉を取り出し、既に玉ねぎの良い匂いを漂わせる鍋の元へ急いだ。パックのビニールを破り、既にカットしてある鶏肉を やや飴色になり掛けている玉ねぎが待つ鍋へと投入する。
『おう、サンキュー。俺が炒めっから、名前はサラダのキュウリ、カットしとけ』
「了解。光太郎って手際いいよね」
『ふふん、まあな。実家がラーメン屋じゃけえの』
「光太郎の実家の 餃子、凄い美味しいよね。私 あれ大好き」
思い出したらまたお腹が鳴りそうだった。彼の実家のラーメン屋には何度か二人で足を運んでいて。店内で挨拶を交わした 寡黙なお父さんと、明るいギャル要素のある元気なお母さん。何度目かに来店した際、一応 私たちが健全にお付き合いしている、という事も報告しており 今では親公認の付き合いとなっている。
『次の休みにでも また行くか。母ちゃんが名前に会いたがってるみてえだしな』
「え、そうなの、嬉しい。じゃあ次のお休みに行こうね」
そう言い、キュウリを切る手を止めてから 彼の目の前に小指を差し出した。
『…あ?』
短く問う彼に 私は突き出した小指を ぐっと近づける。
「指切り。次のお休みに、光太郎の家にラーメン食べに行くって。約束」
『んなの、約束なんかしなくたって いつでも連れてってやっから』
――あ、失敗。ただ彼の肌に触れたかった口実だったのに。
四月になってから、名取四中でエースだった美里と 去年の県大会でアオ高男子新体操部の演技をきっかけに入部した双葉。今まで四人で行って来た演技を 本来の六人で行う練習は 想像以上に大変で。県大会を控えたこの頃は 彼とこうして二人きりになる事も、肌を触れる事さえ 機会が減っていた。今日はこんな風に炊事当番という形だが、思い掛けず二人きりになれた事に浮かれているのは 私だけなのかもしれない。
「……そう…だよね、いつでも連れて行ってくれるもんね」
そう言い、絡む事のなかった指を引っ込めて またサラダのキュウリを切り始める。すると ふと、何かを思い出したかのように彼は口を開いた。
『あ、そうだ。名前って確か…名取四中出身だよな』
「ん?そうだよ」
それがどうかした?と首を傾げると、隣で鍋にカレールーを投入した彼は少し複雑そうな表情を覗かせる。
『…てことは。今日来てる、シロ高の月雪とも面識あるよな。一個下の後輩だろ』
「面識はあんまり。でも月雪くん、結構有名だったから。さすがに名前と顔は知ってたかな」
『…………ふうん』
「ふわふわした可愛い子だよね。と言っても、月雪くん 転校生だったし。私が卒業する少し前に入れ違いで 当時は話す機会なかったよ」
月雪ましろ。中学三年で初めて新体操を始めたと思えば、その年のジュニア大会でいきなり優勝。アオ高のエースと言われる美里も、当時 準優勝という形になっており、実力は月雪の方が少し上なのかもしれない。身体は小さいものの、演技で見せる力強さは誰が見たって群を抜いている。オフの時に見せるマイペースな姿もまた、ギャップがあり女子人気は高そうだ。
「そうだ、今日ってチキンカレーでしょう。月雪くん、もしかしたら“えー、チキン?仙台牛じゃないのお?”とか言うかもね」
出された皿を見てごねる月雪を想像すると、
「七ヶ浜キャプテンが用意してくれる、試作品の すり林檎入りカレー味笹かまも。未知の味過ぎて食べるの
『………』
「…あれ、光太郎。どうしたの」
ふいに隣に視線を送ると、何故か彼は面白くなさそうにしていて。いつもの女川先輩に怖い、怖いと言われている顔が、より険しくなっているような気がした。静かなキッチン。鍋が沸々と煮だつ音だけが響いている。返事のない彼を見つめていると、沈黙のあと静かに呟かれた。
『………すまん。自分で話し振っといて何だがよ。……やっぱ月雪の話しはナシ』
「…え、何で」
面白いのに、そう言葉を続けようとした矢先 彼は分が悪そうな表情で、固い髪をガシガシと掻いた。
『――…なんか…………妬けちまう』
「…っ…」
徐々に赤面していく彼につられ、私の頬も熱を持っていくのが分かる。恥ずかしがり屋で、今までそんな事など一言も口にして来なかった彼が ヤキモチを焼くなんて…なんだか心が落ち着かない。正直 独占欲を
「ああー、カレーだあっ! ねえ、お肉は勿論 仙台牛だよねえ!?」
と、少しの足音もさせる事なく 神出鬼没にキッチンへ現れた月雪。急な大声に驚いた私の肩は無意識にびくりと震え、同士に 包丁を持つ手が揺れた。
「――…痛っ…!…」
震えた手が持つ包丁の先が ほんの少し肌に触れる。
『……っ…馬鹿…!』
そうして 感じるのは熱い感触。
「……………ちょ……光、太郎…っ…!」
『黙っとけ…、止血だ』
掴まれた腕は強く引き寄せられ、切れて血が
「あれ、もしかして。お邪魔だったりしたあ?」
そんなんじゃない、恥ずかしさで 咄嗟に否定しようとした私を制するように 彼はきっぱりと、低い声で言葉にする。
『……――ああ、邪魔だよ。飯出来るまでどっか消えとけや』
彼の棘のある口調に怖気付く事なく、月雪は含んだ笑みを見せた。
「怖あい。何それ、彼氏面?」
『面じゃねえよ、彼氏だ こいつの』
止血した事を確認し、口元から指先がそっと離れる。身体はまだ熱いままだ。彼はまるで牽制するように、その背中で私を隠す。エプロン姿だが、それでも頼もしい背中に、鼓動が高鳴った。
「ええ、名前ちゃんて、趣味悪うい」
『
「だって面白そうなんだもん」
『てめえの“面白い”に付き合う義理なんざねえんだよ。邪魔すんな。散れ』
しっし、と追い払うように手を突き出すと、月雪は頬を膨らませたあと、にこりと笑う。本当にころころと表情が変わる子だ。
「ちぇ。せめて、ご飯では楽しませてよねえ。せっかく仙台に来たんだから。カレーにチキンやポークだったら許さないから」
「仙台牛だよ、仙台牛」そんな事を口にしながら、楽しそうに廊下をバタバタと掛け行った。――再び静まり返ったキッチンは、もう十分なくらいに煮込まれたカレーが こぽこぽ音を出し、今にも鍋から吹き出しそうになっていて。
「…び…びっくりしたね」
勿論、月雪が現れたのもそうだが、一番は彼の口元で止血された事。きっとその意が伝わったのだろう。彼は照れた顔を見られたくないのか 振り向く事はせず、私にしか聞こえないような小さな声をぽつりと溢した。
『なあ、飯食ったらよ…………少し外に散歩行かねえ』
「……光太郎」
『最近、
二人きりになり、触れたいと感じていたのは どうやら私だけではないらしい。胸を締め付ける嬉しさに、彼の向けた背中へ身体を預けるよう寄り掛かる。…なんて 温かい。背中から、彼の優しい心臓の鼓動が聞こえてきて、良く耳を澄ませば、それが思ったよりも早い物だから 彼の表情が簡単に想像出来てしまい、つい口角が上がってしまう。
『……誰にも邪魔されねえで。…二人っきりに なりてえ』
絞り出しされた震える声に、私もまた照れ隠しの為 思わず「えっち」と呟くと、背中から聞こえる心臓は 一段と駆け足になった。