弱虫ペダル
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本当なら、珈琲の香り漂う小洒落たカフェで、控え目な街灯がある夜の公園で、細い光芒が降り注ぐ穏やかな海で。そんな場所が良かった。しかし、とてもじゃないが こだわりの場を選んで居られるほど余裕は無くて。この、運動部特有と言うか、何とも形容し難い男臭さが広がる部室内が 明日を分かつ場所となる。緊張と高揚で、酷く乾いた口内は、飲み込む唾すら湧いて来ず。代わりに在るは、
「あのね、」
ようやくと喉奥から出た声は、風邪でも引いた時のよう情けなく
「明日ね、私と……デ、…デートして欲しいの…」
言えた、言えた。言葉の端々は緊張で揺れていたものの、噛まずに口に出来たと言う事は きっと。その意も彼へと伝わったはず。すると、この焼けるような頬の熱を巻き取るが如く、直線に腰掛ける彼が いつも通りと、その声を大にし 堂々応えるのであった。
「勿論いいぜ! 最近、時間無制限で食い放題出来るパン屋を見つけてな! 明日はそこでガッツリデートと洒落込もうじゃねえか!ガッハッハ!」
違う、全然、全然、これっぽっちだって違う。するり、登った肌の熱は引き、緊張で
「おい、その“全然、違う”見てえな顔やめろ、俺だってこれでも精一杯やってんだ」
「…だって、迅くん、全然違うんだもの」
「当ったり前な事言うな、俺は巻島じゃねえんだぞ」
今度は田所の方が、先の私より遥かと深いため息を漏らすのだった。何故、私が田所へ告白の練習を行っているかと言うと。――…明日は誰にでも平等に、一年に一度切り訪れる特別な日、そう誕生日だ。とうとう
「分かってるわよ、……部活前に変な事に付き合わせてごめんね」
不器用で、すぐに緊張してしまう私の頼みへ耳を傾けては、二つ返事で。もうすぐ始まる周回前の部室内、優しくも田所が私の告白の練習に付き合ってくれている。この状況を頭では解っているのだ、有り難い、とても有り難い、と。それでも。
「でも、巻島くんは“ガッハッハ”なんて豪快に笑わないし、食べ放題のパン屋にも行かないと思う、それに」
「分かった、分かった、お前の言いたい事は分かる、あとな」
繋ぎ掛けの言葉を遮られ、ついには どうどう、と
「実際に巻島の奴に言わなきゃ意味ねえだろ、そもそも他人で練習する
「じゃあ、もう一回、練習だ」
「…え」
「何事も練習、鍛錬。俺もちゃんと、巻島に似せるようにするからよ、な」
「…迅くん」
気恥ずかしそうにする彼へ、ありがとうと短く返しては、もう一度。息を吸って、吐いて、深呼吸。大丈夫、伝えられる。混濁した心中を落ち着かせ、瞼を伏せる。脳裏に映すは、この想いを伝えたい本人。玉虫色の髪の毛をゆらゆら
「あのね、お願いがあるの、明日ね、」
――…言える、今なら、言える。睫毛を上げ、目の前に思い浮かべた彼へ。たった一つ、私の欲しい物を。
「私と、デート…してくれないかな」
案外するりと溢れた言葉に、安堵した そんな瞬間だった。田所と二人きりだった男臭漂う部室のドアが、半ば 壊れるよう勢い良く開いては。驚きで丸くした目をそのままに、無意識と扉へ振り返る、そこには。
「ま……きしま、くん」
脳裏に映した、穏やかな彼の姿とはまるで裏腹。慌て走って来たのだろうか、長い奇麗なその髪は、しっとり汗ばんだ頬へ張り付き。薄い唇からは切れ切れの吐息が溢れている。肩で呼吸をするよう胸を上下させては、しきり、白い肌に浮かぶ喉仏を低く鳴らして。驚く私を
「おお、巻島、凄え汗だな、おい」
「巻島くん、どうしたの」
二人同時に声を掛けると、彼は長い前髪を掻き上げ。一、二回の深呼吸を繰り返した
『今の、何の約束だ』
「え…今のって…」
『だから、田所っちと、何の約束してたッショ』
理解が及ばず沈黙と
「ほら、名前、明日誕生日だからよ、デートの約束してたんだ」
『マジ』
「
何が“大マジ”だ、大嘘にも程がある。否定したくも、緊張で枯れた喉から言葉が出るのはもう少し時間を要す事。そんな、未だ沈黙の私へ 彼はその身を返しては 真っ直ぐな視線を配らせる、静か、静かに、熱く。送られる視線が、肌に直接刺さるよう、痛い。ひりつく肌へ、焦りなのか、少しの怒りなのか。そのどちらも含めた物が 押し寄せる波のよう投げ掛けられるのだ。
『なあ、名前、大マジでも そうじゃなくてもよ、それ。田所っちじゃなきゃ駄目なやつ』
「…え」
やっと掠れて出た声は 裏返り、恥ずかしいほど良く響く。しかし、この響いた声に被せるよう、彼の言葉もまた 鼓膜に響いては。思わず疑い、聞き返してしまいそうになる程。――…不器用で、直線で、それでいて、胸を締め付けるには、いとも
『…種類は分かんねえけど、洒落た珈琲飲める店なら知ってる』
――…珈琲の香り漂う小洒落たカフェで、控え目な街灯がある夜の公園で、細い光芒が降り注ぐ穏やかな海で。
『白のペンダントランプがある、珍しい公園だって知ってるし、テトラポットが写真映えする海にも連れてける』
「……巻島、くん」
どうして、どうしてだろう。白い彼の肌が若干と赤に染まっていくのは。明日の為に練習した彼への言葉は、何やら不発で終わりそうな気がして。それでも、定かでないが、誕生日プレゼントの内容に 変わりはないよう思えた。この胸の高鳴りは、期待したら罰が当たるだろうか。欲張ってはいけないだろうか。どうか、締め付ける胸の痛みが、永遠と続けば良いと思って、思って。そんな、誕生日、前日。
『お前の明日、俺に、預からして欲しいッショ』
先の嘘を どう伝えようか。頭をフル回転させたいのに。『あと俺の事も田所っちみてえに ちゃんと“裕介”って呼んでくれ』そう突き付けられた幻のような言葉が 脳内を混沌とさせ。誤解を解こうも、この思考停止気味の頭は暫く。使い物にならなそうで駄目だ。