みどりいろのくも
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合宿4日目。
3日目である昨日からは、去年のインターハイの王者、箱根学園の自転車競技部との合同練習会が始まっていた。
さすが、去年の王者というのが頷ける。部員全員が力強く、驚異的な速さだった。
また、水色のカチューシャをつけているクライマー東堂。彼と巻島は以前からのライバルで、 今までの勝敗は 7勝7負だとか。
今度、最後のインターハイで決着を着ける、と互いに闘志を燃やしている。
この日も 私の目には東堂の隣にいる巻島が写っていた。無意識に目で追い、いつの間にか走るその姿に見とれていたのだ。
すると。
「 ……名前、名前! 」
自分を呼ぶ声にハッと我に返り、声の方を振り返る。
「じゅ、じゅんちゃん!」
そこには、幼馴染みの手嶋の姿があった 。
「 名前、大丈夫か。具合悪い? 」
巻島を目で追うばかり、手嶋の声にすぐに反応できなかった。
「ううん、大丈夫、ごめんね。 どうしたの、タオル?それともドリンク?」
「……」
「じゅんちゃん?」
「 …………名前もしかしてさ 」
「ん?」
「…巻島さんの事、好き?」
突然、心の中を覗かれたような気がして、あっけにとられてしまった。
何と返そう、と頭をフル回転させるが…。
「…幼馴染みには、なんでもお見通しよね」
彼に嘘をつく事は出来なかった。きっと嘘を言っても すぐに見破られてしまう。
私の答えに、手嶋はパッと明るい笑顔を見せる。
「やっぱりかー!だと思ったんだよ」
「わ、私ってそんなに分かりやすいのかな、恥ずかしいよ」
「大丈夫、大丈夫!」
何が大丈夫か分からないが、手嶋に見破られてしまい、途端に顔が熱くなる。
「どうしよう、じゅんちゃん…… 」
「ん?」
「私、こんな気持ちになったの初めてだから…どうしたらいいか」
すると手嶋は自慢気に胸を叩いた。
「よし、それなら任せろ!」
「えっ…」
「俺が協力する」
いつもながら本当に心強い幼馴染だ。困っていると全力で何とかしようとしてくれる。
私は そんな彼に甘え、思い切って あるお願いをした。
その夜。
私は喉の渇きを潤すため、食堂付近の自販機に水を買いに部屋を出た。
すると、食堂の中に2人の影が見える。
「(じゅんちゃんと、巻島さん……)」
咄嗟に自販機の影に隠れた。中からは、小さな声で自分の名前が聞こえる。
「(……私の話し?)」
私は日中、手嶋にした お願いを思い出した。
ーー自分の事をどう思っているのか聞いて欲しい。
しかし まさかこのタイミングで 2人に出くわすなんて。ここから離れないと、巻島からの答えを直接聞いてしまう事になる。
自室へ戻ろうとするも、なぜか足が動かない。
そんな事をしているうちに、中から手嶋の声が細く響いてきた。
「……ぶっちゃけ。どうですか名前…… 」
嫌な予感がする。早く、ここを離れなければ。早く…。
瞬間、巻島のため息と 短い答えが返ってきた。
『…………無理ッショ』
胸を何かで叩かれたような傷みが走る。頭が真っ白になった。
動けず、その場で立ち尽くしていると、後ろから小野田に話しかけられた。
「あれ、 名前さんも、飲み物買いに来たんですね」
奇遇ですねと、小野田は笑っている。
小野田が発した「 名前 」という名前に食堂の中の二人は ぎょっとしている。
そして、ふいに巻島と視線が重なった。
「……あ。立ち聞きするつもりは…なくて、その。ごめんなさい…!」
居ても立っても居られなくなり 私は飲み物を買うはずの小銭を握りしめ、その場から走り去ろうとする。
『待つッショ!』
後ろから追いかけてきた巻島は、あの日 渡り廊下で出会った時のように、 私の腕を掴んだ。
『待つッショ、これにはわけが!』
「………」
『…ッ!…』
いつの間にか、大粒の涙が頬をつたっている。私の様子を見た巻島は、握っていた手を離した。
『……ごめん。泣かせて…。俺…』
巻島の次の言葉を待たず、私は溢れた涙を拭いながら 彼に背を向け、自室へと戻った。
__________
自室で携帯がバイブと共に光る。着信は手嶋からだった。
「……も、もしもし…」
「あ、名前? 」
「じゅんちゃん……」
手嶋の声を聞くや否や、さっきやっと止まった涙がまた溢れ出してきた。
巻島からの返事を聞いてしまった あの後、私は逃げるように彼の元を去り、暗い自室にこもっていた。
「じゅんちゃん……ごめんね。折角協力してくれるって言ってくれたのに。フラれちゃった……」
「名前…… 」
「でも明日は、いつも通りの態度で頑張れるようにするから…大丈夫だよ…今はごめん。泣きたい気分…」
手嶋の声が聞こえない。電波でも悪いのだろうか。
「…じゅんちゃん?」
「…… 名前。あのさ、ちょっと今から話せないか。そうだな、3分くらい?」
「……今はちょっと…。それに さっき巻島さんから直接聞いちゃったし。同じ答えをまた じゅんちゃんから聞いたら…明日まで立ち直れないよ…」
すると手嶋は 少し考えたあと。
「百円」
「……え?」
「さっき飲み物買いに来た時、小銭百円落としたろ?ロビーで待ってるから。今、取りに来て」
どうしても手嶋は、私を自室から出るよう促したいらしい。
「……分かった」
ため息を付き、 私は重い腰を上げ 手嶋の待つロビーへ向かう準備をした。
「…腫れた目、冷やしてたら少し遅くなっちゃった……」
パタパタと廊下を走り、曲がり角を曲がる。
瞬間、誰かにぶつかってしまった。
「きゃ…ご、ごめんなさい!前見てなくて…」
ふと、前にも こんな事があったのを思いだした。まさかと思い、ふと見上げると。
「ま、巻島さん……」
そこには百円を握りしめている巻島の姿があった。
『……よお。これ、さっき手嶋から預かったッショ』
巻島は 私が落とした百円を優しく手渡した。
「拾って頂きありがとうございます…お休みなさい…!」
そう言ってまた 逃げるように巻島の元を去ろうとした時。
『待つッショ!』
と、先程とは違う 少し強い力で私の手首を掴み引き留めた。
『とりあえず、話聞けって!』
「今は無理です…離してください!」
『それは俺が無理ッショ!』
「な、なんでですか…。だって巻島さん私の事、嫌いじゃないですか。また同じ答えを聞いて2回もフラれたくありません」
もう耳を塞いでしまいたい。そう思った矢先、彼から意外な言葉が飛び出した。
『違う!今度のことは全部、俺が手嶋に頼んだことだったんショ!』
「……え?」
訳が分からず 目を丸くしていると、巻島がぽつり、と話し初めた。
『……いつかの渡り廊下でぶつかった時の事、覚えてるか?』
「はい…」
『お前にとって。あれが俺を知ったきっかけだったと思う……」
彼は けど、と続けた。
『俺は 名前が俺を知るより前から 、ずっと……気になってたッショ……」
「……え……」
『それから、2年に気になる子がいるって手嶋に相談して話してくうちに、それが…… 手嶋の幼馴染みの名前だって知った……」
驚きで、言葉が出てこない。
「それで手嶋が この合宿があるのに気付いて……あいつが監督と金城、それに寒咲マネージャーに頼んで……合宿の5日間限定で、名前 をマネージャーとして連れてきたんショ…」
「……」
『全部、俺が…… 名前との距離埋めたくて……手嶋に頼んでやった事だ 」
「……うそ、私……絶対巻島さんに嫌われてるって……」
『嫌いなんて言ってないッショ』
「だって、さっきじゅんちゃんと食堂で話してた時、ハッキリ無理って聞こえましたもん……」
『あぁ、違う違う。それは、手嶋に、この合宿中に告白できそうかって聞かれたんだ。でも合宿中はとてもじゃないが、無理って……そう言っただけッショ』
さっき拭ったばかりの涙がまた溢れようとしている。
「…そんなの言ってくれなきゃ……分からないです……」
巻島は、 緑の頭を掻きながら苦笑した。
『だよな……こんな風に泣かちまうなら、初めから遠回りしないで、直接言っておくべきだったッショ……』
そう言うと、巻島の細い腕が伸びて ふわりと私を抱き締めた。
「ま、巻島さん……」
彼の胸にすっぽりと収まると、巻島の胸から私と同じくらい早い 鼓動を感じた。
「…心臓、同じくらい早いです」
『…言うなよ…恥ずいから…。名前いいか。一度しか言わないから、よく聞いとけ……』
「はい……」
『俺は名前が好きだ』
私は 恐る恐る両手で、巻島の背中に手を回した。とても薄い…。けど、逞しい。ゴツゴツして男らしい背中。
ずっと憧れのように眺めていた彼の 今、一番近くにいる事が 夢のようで。
なぜだろう、不思議と伝えたい言葉が簡単に口に出来てしまう。
「私も 巻島さんが大好きです」
彼の腕に力が入り、私をキツく抱きしめた。
玉虫色の綺麗な髪が頬に触れてくすぐったい。けど、それが今は とても心地良い。