弱虫ペダル
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“ご乗車ありがとうございます、まもなく板橋見附、板橋見附、お出口は右側です”。――…足元に規則的な揺れを感じていると、途中。カーブなのか、線路のそれか定かでない、膝が押されるよう体勢が崩れると 床に着く片足が浮いてしまった。咄嗟に吊り革を掴もうと腕を伸ばす手前、しまった、行きとは違い 両手が塞がっている事を忘れていた。そう後ろに髪が流れた時、瞬間と背中へ感じる力強い感触は、私の崩れ掛かった身体をいとも
「……は、やと」
背中に充たる、温かく大きな掌は。カーブが過ぎた
『大丈夫かい』
体幹が良いのだろう、不思議な程 彼は芯から不動としていて、その身を揺るがす事はなかった。きっと、乗り心地不安定な自転車を 日々、乗り
「ごめんね、ありがとう」
『いや、俺が手荷物、増やしちまったから』
「ううん、私が欲しかったの」
この日の休日。久しく部活が午前で終わった事から、彼に誘われ小田原周辺へデートへと出掛けていた。せっかく午前で終わったし、少しは身体を休めたらと提案したのだが、言い出したら割と頑ななのだ。そうして、部活後の疲労など特に感じさせず、素早く自転車を走らせたと思えば。汗だくのユニフォームから私服へ着替え、最寄りの駅で待ち合わせをしたのが丁度昼頃。陽が暮れ掛けたのを合図に、時間通りに来た帰りの電車へ乗車し 今に至っている。
「取ってくれてありがとう、大切にするね」
『なんだっけ、そいつ』
「ペダポンよ、ペダポン。“凡ペダ”に出てくるキャラ」
『ああ』
腕に空きがないのは、デート用の小洒落た小さなハンドバッグ。それと、以前からハマっているアニメのぬいぐるみを抱いている為。駅前のゲームセンターでプリクラを撮ったあと、彼がUFOキャッチャーに気付き。財布の小銭をいくら注ぎ込んだかは聞かずとするが、やっとの思いで取ってくれたプレゼントだ。丁度腕にすっぽり収まるサイズなので、夜寝る際は 抱き枕として活用しようと思う。
『危なく帰りの切符が買えなくなる所だったぜ』
「嘘、いくら使ったの」
驚きと共 声にすると、彼はただ苦笑を漏らしては ジェスチャーで“内緒”とするのであった。思い掛けず高価なプレゼントを貰ってしまった、と少し申し訳なくなるも ずっと欲しかった物だ。いくつ夜を共にすれば元が取れるか分からないが、今日から十分、飽きる程抱いて寝なければ。
「ね、そろそろ平気よ」
きっとまだ、頬の赤は引いていないだろう。体勢を崩して暫く経つが、力強い腕は 私を傍に抱いている。
『いいだろ、減るもんじゃないし』
「それは…そうなんだけど」
『嫌』
いつもそうだ、私が決して首を横に振らないような聞き方をする。校舎内だと言うのに、密にキスを迫ってくる時、肌を合わせる日 奥へ身を置かんとする時、果てたあと、すぐにもう一度と滾りを寄せる時。その度にずるい、と訴えるのだが、熱い視線に捕らわれたが最後、応える以外、出来た試しがないのも事実。
「嫌じゃ、ない」
『なら このままで』
「…ん」
そうして、太く逞しい腕と 盛り上がる胸板に挟まれそのまま揺られていく。車窓の外は、既に陽が沈んで暗くなっていた。一人なら寂しく思う この時間帯も、彼が傍に居てくれるなら、ただに愛しい時間へと変わっていく。そんな愛しい時間、愛しい彼であるが、今日は一つ。ずっと気になっている事があって。
「ね、隼人」
『どした』
聞いて良いのか分からない。しかし、普段なら見慣れない姿なのだ、時間が経てば聞きづらくなってしまう事もある。電車を降りて、家へ送ってもらい、彼と別れるまで。胸の内に掛る
「今日、ずっと携帯見てるよね」
『……そ、……んなこと、ないぜ…』
「そんな事あるわよ」
そうなのだ。普段、デートや二人きりで居る時は極力 携帯を触らないで居てくれる。勿論、緊急の時は別だが 今日は特に急を要す姿とも見えない。だとしたら何故、と小さな不安が積み重なり…あまり良くない想像が、頭の中で独り歩きをしてしまう。私が向けた眉間の窪みに、あくまで、彼にとっては
『気の所為さ』
「……」
『な?』
「……」
世辞なしで言える事、彼はモテる。愛車のcerveloを走らせれば、あっという間 黄色い声に囲われるなんて常。疑っている訳じゃない、そうじゃないのに――…。財布の中身を無くす勢いでプレゼントしてくれたぬいぐるみ。
『名前…悪い、謝るよ。だから、そんな顔はなしだ』
「
『
声に被せるよう きっぱり否定されると、その真剣な瞳が 正真正銘、嘘はないと言い切る。そして、唇から細いため息が出た矢先。ふわふわの髪の毛を乱暴に掻いた手は、私の抱くぬいぐるみを取り上げる。離れたぬいぐるみの代わり、半ば無理矢理 預けられたのは、彼が今の今まで握り締めていた携帯そのもの。不思議に思い、首を傾いで見せると 微かに頬を染める恋人と瞳が重なった。人の携帯を覗くなんて、そう
「………これ」
それは、メモ帳代わりに使っているのか、新規メールの作成画面だ。ずらり横に連なった文字を追えば明白と驚きが押し寄せる。――…“電車でちょっと遠出、カフェでミルクティ、うさぎカフェ行く、プリクラ撮る、ペダなんとかってぬいぐるみ欲しい”。
「これ、私が前に」
覚えがある。彼と二人きりで居る時だろうか、何となしに こんな事をしたい、こんな物が欲しいと、独り言同様に。
「…したいって、言った事」
――…そうだ、今日のデートコース。電車で少し遠出したあと、女子が憧れるお洒落なカフェでミルクティを飲んで。うさぎカフェでくりくりした可愛い目の兎を撫でたあと、プリクラを撮りにゲームセンターへ行ったのだ。少し駆け足のデートだったが、全部、全部。それは、私のしたい事を叶える為の事。そうして自然と合致する、今日彼が、
『…俺さ、殆ど部活漬けだろ。空いてる時間でしか、おめさんのやりたい事、叶えてやれねえんだ』
もう必死だよ、と染めた頬に苦笑を乗せている。思えば、午前で部活が終わったあと 物凄い勢いで出掛ける準備をしていたのは この為だったのだろう。『巻でデートしたから、急がせちまった、ごめんな』と付け加えられる。この日私は、初めて首を横に振った。
『ひとまず、完遂だな』
恐らくは、また。私が何気なく発した言葉をこうしてメモに残し、空いた時間を使っては 今日のよう 巻でも叶えてくれるだろう。なんだか嬉しいのか、おかしいのか、自分でも良く分からないが 安堵を含んだ小さな笑いが溢れてしまう。――改めて、携帯とぬいぐるみを交換しようとした時だ、電車がカーブに差し掛かる。
「隼人、私ね。もう一つ、ここに追加して欲しい事があったの、忘れてた」
車輪とレールが擦れる音に、消え入れば、それまで。それでも、もしも、もしも届いたならば。彼は私の言葉を 同じよう携帯にメモをして、例え時間が掛かろうとも、それを叶えてくれるだろうか。
――……隼人の、お嫁さんになりたいな。
最寄り駅まで、あと二十分。変わらず私の背を支える手は、未だ在るまま。掌の熱は、伝わり、響いて、鼓動を躍動とさせる。先の言葉は、どうやら聞き逃される事などなかったよう。彼は、直線を走る
『オーケー、最速で迎えに行く』
携帯にメモなど不要と、それはジーンズのポケットへと消えて行くのだ。