弱虫ペダル
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
額へ貼った、熱を冷ます為のシート。いつの間に剥がしたのだろう、まだ貼って間もない冷えたシートは、代わりに落ちた床を意味なく冷やしている。――…部活中、いつもと変わらぬ様子かと思えた彼だったが、どうにも愛車であるTIMEのブレーキの効きが浅い気がした。周回コースを二周した頃だ、流れるように三周目へ突入しようとした姿を校門で呼び止めれば、触れた肌の熱に驚く。慌てて自転車を止めさせ、保健室へ連れて来たのは良いものの。簡易的なベッドに無理矢理に寝かせた矢先、冷蔵庫で見つけたシートを額へ貼ったのも束の間だった。
「…ゆ、…裕介、」
額に乗せた冷えたシートは、彼の手により
「ねえ裕介、熱、測ってないけど。凄く熱いよ、もう一度冷えたシート貼ろう、解熱剤も探せばあるから、ね」
『ん』
「金城くんには私から言っておくから、今日はもう、このまま部活早退するって」
腕を引かれ、自然と抱き寄せられた身体。触れる所々が熱に溢れいた。きっと、先程よりも体温が上がって来ているに違いない。季節の変わり目だ、風邪を引く事だってある。こういう時は早めに薬を飲んで休まなければ、あとになってぶり返してしまう物。幸い、彼の家へは何度も足を運んでいて、以前、一番近い帰路を教えて貰っていた事を思い出す。恋人となった事は 何となく部内へは未だ秘密としてあった。金城へは何か良い理由を説明し、彼を家まで送り届けたいものである。包まれた腕を解き、ベッドへ腰掛けると。
『…名前、どこ行くッショ……』
「薬取ってくるだけ」
『………なあ…傍、居てくれ』
「ちょっと待っててね」
『………無理だ…離れたくねえ』
「――……」
熱に浮かされいるのだろうか。いつもは声にする事のない言葉がするする出てくるその唇に、思わず心臓がぴくりと跳ねた。そうして一つの深呼吸のあと、後ろ髪を引かれる思いにベッドから腰を上げ、解熱剤が入っているであろう薬箱に手を掛ける。すぐ手前にあった解熱剤の箱には、丁寧に何歳からは何錠を、と記されていた。規定通り二錠取り出しては、先程TIMEのドリンクホルダーから引っ張り出して来たボトルを手に 彼の元へと戻る。
「ちょっとだけ起きれる」
『……んん』
「薬飲んだら、私、金城くんに声掛けてくるから。そしたら一緒に帰ろう、ね」
二錠の薬とボトルを目の前に差し出すが、依然として起き上がる様子がない。相当熱があるのだろうか、身体を起こすのも辛いだなんて。しかし、どうもこうも、熱があるからには薬を飲む事一択。病院でも何でもない、ただの学校の保健室で出来る事などたかが知れている。応急処置はこれが精一杯なのだ。解熱剤を飲ませ、暫く様子見のあと 彼宅へと連れて帰る、あとは適切な対応を家族がしてくれるはずだ。
「ほら、頑張って薬だけは飲もう」
矢先。私の言葉を遮るよう、彼の細い声が耳へと届く。
『――口移し』
「……え」
危うく手に在るボトルを落とす所だった。滑らぬよう握り直したボトルは、汗の
『飲まして』
「……な、にを」
『解熱剤、お前が俺に』
本当に熱などあるのだろうか。調子の悪い振りをして、ただに
「――そんなの…」
『誰も見てねえだろ』
「そういう問題じゃなくて…」
言いかけた先。どこからそんな力が湧くのだろう。起き上がる事も嫌がっていた彼の長い腕が伸びては、それは私の腰に回されて。小さな悲鳴を漏らした時には、既。横になる彼の胸元へと引き寄せられていた。
「……裕、介。危ないったら」
頬に息が当たる距離。体勢を崩さないよう、彼の胸元に当てた手。薄いユニフォームから伝わるは、いつもより少し早い、心臓の躍動。
『………やべ。案外、熱、上がってきちまうの早えな』
すると耳元に聞こえるのは、吐息混じりの弱い声と、ジッパーの擦れる音。慌てて胸元に視線を配れば 細い指先がジッパーを摘み、ユニフォームの表を露わにしていて。――忘れていた、そうだ、ユニフォームの下は。
「や、やだ。脱がないでよ」
『脱いでねえだろ、熱ちいから開けただけだ、お前がいつまで経っても飲ませてくんねえから。つうか、こんなんで恥ずかしがんな』
「……だって…」
『それに』
ふいに瞳を
『この前だって見たろ、散々』
苦笑の次、熱に浮かされながらも意地の悪い瞳を覗かせる。さすれば、ふと何かを思い出したかのよう、ジッパーを開けた胸元を少しとばかり引っ張り、
『着替える時なんか、スリル満点だ』
「………バカ」
口を尖らせれば、やはり熱の所為なのか。機嫌の良い笑みで覗かれた。何度目か、次第と髪を掬う その細く綺麗な指先は、私の肌を離れていく。眠ってしまう前に、解熱剤を飲ませねば。枕へ頭を乗せた彼の瞳が、今にも閉じようと成った時。
「……また、下手くそだなんて言わないでよね」
聞こえているか定かでないが、小声で呟き。
浮き出た喉仏が、控えめに上下する様子に 安堵し肩を落とす。これで、幾分か楽になれるだろうか。長い睫毛が下りたあと、一定の呼吸音だけが空間に響いていた。
「早く良くなってね、裕介」
事を金城へと伝える為、ベッドを離れる間際。ふと、静かな寝息を立てる彼の胸元へ、指を伸ばす。瞳に映るは 先の情事で私が付けた、赤い跡。そうして白に浮かぶ 消えかけのそれに、もう一度と。今度はきつく跡を落とす。瞳の端で彼に視線を送るが、眉すら動かない所を見るに 完全に夢の中なのだろう。私は何事もなかったかのよう、開けたジッパーを上げ 彼に薄手の毛布を掛けてやる。
「金城くんに伝えてくるから」
小声のまま。足音を立てまいと、静かに保健室をあとにする。ドアを閉めるにも、今日一番の神経を使う所だ。――…熱が下がり身体が戻ったら。また、あの玉虫色の綺麗な髪を
『………クハッ、……やっぱ、下手くそ』