みどりいろのくも
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爽やかな朝の日、千葉からマイクロバスに揺られ約2時間。
「箱根やー!」
と、1年生の鳴子くんが 隣で寝ている今泉くんをよそに はしゃいでいる。
「見てみい スカシ!着いたで箱根や!」
「うるさいぞ鳴子、見れば分かる」
青々とした山に囲まれた空気は気持ちよい位、澄んでいて観光で来れれば私も鳴子位にはしゃいでいたかも知れない。
バスが止まり、部員たちが5日間お世話になる宿舎へ着いた。
それぞれに荷物を下ろして行く部員たちに続き、それを手伝おうとした瞬間。
「名前」
「じゅんちゃん」
不安そうにしていたのが伝わったのか、手嶋が優しい目をして 私の顔を覗く。
「あんまり緊張しなくていいさ」
「え?」
「慣れない人たちに、初めての場所。気疲れするかもしれないけど、気を抜いてさ。観光しに来た気持ちでいていいよ」
と、大きなバッグを背負いながら言った。
「じゅんちゃん」
「って、まぁ、無理いって連れて来たのは俺なんだけどな」
分が悪いように苦笑した手嶋だが、彼の細かな気遣いに 幼い頃から救われている。
「ううん、そんな事ない、皆がインターハイで頑張れるように私も出来る限りの事をするね。じゅんちゃん、気遣ってくれて ありがとう」
笑顔を見せると、手嶋も安堵したのか、先に重そうな荷物を持ち、宿舎へ向かって行った。
「よし、私もちゃんと皆の役に立たないと」
気を取り直し、バスの中にある まだ運んでいなかった何本かのホイールを持ち出そうとした。
「ん。やっぱり一気に持ってくのは難しいかな」
ホイールを分けて宿舎にもって行こうとしたその時。
またあの時のような細く長い腕が、すらりと伸びて来た。
「…ま、巻島さん」
巻島は私の持とうとしていたホイールを軽々と全て手にする。
「あ…すいません、ありがとうございます」
『あ、イヤ…』
私が話しかけたからだろうか。巻島は何故か少し気まずそうに見える。
あの日。部室での顔合わせで彼の 名前も分かり、自己紹介もして。
今日の合宿まで何度か言葉を交わしたが、他の部員の人たちより なかなか距離が縮まらない。
そんな巻島にどのように接して良いのか、私自身も いまいち距離を測れずにいた。
彼の近くにいると なぜか鼓動が早くなる。その理由を確かめる為、もう少し距離を縮めたい。
そして あわよくば、またあの渡り廊下で見せたような 笑顔を向けて欲しい。
「あ、あの、巻島さん、」
『何ショ』
でも、この距離では無理なのかもしれない。それに、せっかくマネージャーを頼まれたのだ。私情を合宿に持ってくる事は出来なかった。
「ホイール、持ってもらっちゃって すいません。私、自転車の事 無知すぎて最初から迷惑になるかもしれないのに、荷物すら持てなくて」
すると、巻島は、頭をカリカリかいて、何か考えたあと、
ホイールの代わりに小ぶりの救急箱を渡してきた。
「えっ…」
『ホイールじゃなくて こっち持て』
「あ…はい」
『そもそも。ホイールなんて持たなくていいッショ、女の子なんだし』
救急箱を手に 巻島を見上げた。
『代わりに救急箱、持ってってくれ』
「…!…はい…」
気遣ってもらえた事が嬉しく、ふふ、と笑うと 巻島は恥ずかしげにホイールを片手に宿舎へと向かっていく。
その後ろを私は渡された救急箱を持ちながらパタパタと追いかけた。
緑色の背中に追いつく。
「あの、巻島さんって、とても優しいですね」
その言葉に巻島は、驚いた顔をしたが すぐにあの時のよう優しく 細い目をして笑った。
『クハッ、怖いでいいッショ』
緑の髪が風になびいてゆく。勘違いなんかじゃない。
「(どうしよう……私……やっぱり、巻島さんのこと……)」
距離がなんとなく、縮まった気がした合宿初日。
「(…………好き)」
合宿はまだ、始まったばかり。
__________
箱根の山々が夕日を受けてオレンジ色に染まっている。この日、1日目となる合宿は既に終わりを告げていた。
「はあー!風呂も気持ち良かったし、メシや、メシ!」
「ぼ、僕あんまりお腹すいてないな~」
「何言ってんねん小野田くん!ロードレーサーは食べるのも仕事の内やで!ワイなんか昔早食い早飲みのしょうちゃんて呼ばれてたんや!」
1日の練習メニューが終わり、お腹をすかせ、汗を流しながした部員たちは風呂場から食堂へ向かって行く。
「ガハハハハ!そんじゃ俺と勝負するか鳴子!」
「む、オッサンには負けませんて!」
「オッサンじゃねぇ!、よし!早食い競争だ!青八木、スプリンターならお前も混ざれ!」
その言葉に青八木も無言で頷いていた。
「ええ、本当にやるんですか」
心配そうにしている小野田に巻島が肩をたたく。
「小野田。スプリンターなんて、競争心の塊だ、手に負えねェから適当に放っておくッショ」
目線の先には、無意識にも長い髪をなびかせた巻島の後姿が映っていた。
ーー巻島への気持ちを自覚した初日。
合宿前に手嶋や金城の指導の下、言われた通り、飲み物作り、模擬レースの準備や片づけを行った。
そこで初めて見た巻島の異様な走り方。まるで風をも味方にしたかのような綺麗で力強い走りだった。
手嶋からの無理矢理のお願いではあったが、今は 合宿へ来てよかったと感じている。
「金城さん、お疲れ様です」
私は金城にタオルを渡した。
「マネージャー。ご苦労だった。初めての割に 随分と手際が良いように感じた。さ、メシにしよう」
サングラスの中で優しい目がこちらを覗いていた。
「ありがとうございます。でも、先に洗濯物を回してきます」
時計はまだ19時を指している。
宿舎の洗濯機には 乾燥機能も付いているため、今から回せば、明日の朝には畳んだ衣服を部員たちに渡せるはずだ。
「そうか、すまないな。じゃぁ終わったら食堂にこい、一緒にメシにしよう」
「はい」
私は賑やかな食堂を後にして、洗面所へ向かう。
洗濯カゴに溜まった衣類を 洗濯機に入れるが、なかなか量が多い。
宿舎には2台 洗濯機があるようで、分けて衣類を入れる事にした。
すると。
「え、こ、これ」
自分の顔が みるみる熱くなっていくのが分かった。
「ぱ、ぱん…パンツ」
それもそのはず、当たり前だ。部員たちが脱いだ洗濯物にはもちろん 下着も混ざっている。
「あ、当たり前よね……パンツは当たり前、パンツは当たり前」
独り言を言いながら、平常心を保とうとした瞬間、後ろから声がした。
『何してるッショ』
声の方向へ振り返ると、
「まま、巻島さん!何でここに…」
巻島は分が悪いように苦笑している。
『何でって。お前こそ、さっきから俺のパンツ持ちながら…1人でぶつぶつと…』
「…え、“おれの”?」
そう言われて、自分の両手を改めて目にする。手にしているのは緑色の……パンツ。
パンツを握りしめていた私の姿に、巻島は顔を引きつらせていた。
「……えと、あのっ、これは、そのっ! 」
何か喋らなければと、 必死になればなる程 動揺してしまう。
「あの、み、緑のパンツが巻島さんで、パンツが、緑の巻島さんがっ、洗濯カゴから出たので、だから私…あのッ…!」
『分かったから。とりあえず落ち着くッショ!』
恥ずかしすぎて、涙目になってきた。
「うっ、ごめんなさい……」
咄嗟に言葉が出てこず、 赤面したままうつむいた。
巻島は、後ろ髪を掻きながら言った。
『今日、いっぱい雑用して疲れたろ』
「え、いえ。そんな事」
顔をあげると、彼は気恥ずかしそうに目を反らしている。
『…皆助かってるッショ。ありがとな』
「巻島さん…」
『それ、言いに来ただけッショ。俺、先に食堂行ってる。…あと、恥ずいから パンツ早く洗濯機に入れてくれ』
そう言うと、くるりと背を向け、緑の髪を揺るがせた。
「巻島さん」
『何ショ』
「……やっぱり巻島さんて、とっても優しいです」
その言葉に巻島は、
『クハッ、だから何ショそれ。怖いでいいよ』
そう言い、私の元をあとにする。
「(やっぱりあの笑顔……すごい好き……)」
「箱根やー!」
と、1年生の鳴子くんが 隣で寝ている今泉くんをよそに はしゃいでいる。
「見てみい スカシ!着いたで箱根や!」
「うるさいぞ鳴子、見れば分かる」
青々とした山に囲まれた空気は気持ちよい位、澄んでいて観光で来れれば私も鳴子位にはしゃいでいたかも知れない。
バスが止まり、部員たちが5日間お世話になる宿舎へ着いた。
それぞれに荷物を下ろして行く部員たちに続き、それを手伝おうとした瞬間。
「名前」
「じゅんちゃん」
不安そうにしていたのが伝わったのか、手嶋が優しい目をして 私の顔を覗く。
「あんまり緊張しなくていいさ」
「え?」
「慣れない人たちに、初めての場所。気疲れするかもしれないけど、気を抜いてさ。観光しに来た気持ちでいていいよ」
と、大きなバッグを背負いながら言った。
「じゅんちゃん」
「って、まぁ、無理いって連れて来たのは俺なんだけどな」
分が悪いように苦笑した手嶋だが、彼の細かな気遣いに 幼い頃から救われている。
「ううん、そんな事ない、皆がインターハイで頑張れるように私も出来る限りの事をするね。じゅんちゃん、気遣ってくれて ありがとう」
笑顔を見せると、手嶋も安堵したのか、先に重そうな荷物を持ち、宿舎へ向かって行った。
「よし、私もちゃんと皆の役に立たないと」
気を取り直し、バスの中にある まだ運んでいなかった何本かのホイールを持ち出そうとした。
「ん。やっぱり一気に持ってくのは難しいかな」
ホイールを分けて宿舎にもって行こうとしたその時。
またあの時のような細く長い腕が、すらりと伸びて来た。
「…ま、巻島さん」
巻島は私の持とうとしていたホイールを軽々と全て手にする。
「あ…すいません、ありがとうございます」
『あ、イヤ…』
私が話しかけたからだろうか。巻島は何故か少し気まずそうに見える。
あの日。部室での顔合わせで彼の 名前も分かり、自己紹介もして。
今日の合宿まで何度か言葉を交わしたが、他の部員の人たちより なかなか距離が縮まらない。
そんな巻島にどのように接して良いのか、私自身も いまいち距離を測れずにいた。
彼の近くにいると なぜか鼓動が早くなる。その理由を確かめる為、もう少し距離を縮めたい。
そして あわよくば、またあの渡り廊下で見せたような 笑顔を向けて欲しい。
「あ、あの、巻島さん、」
『何ショ』
でも、この距離では無理なのかもしれない。それに、せっかくマネージャーを頼まれたのだ。私情を合宿に持ってくる事は出来なかった。
「ホイール、持ってもらっちゃって すいません。私、自転車の事 無知すぎて最初から迷惑になるかもしれないのに、荷物すら持てなくて」
すると、巻島は、頭をカリカリかいて、何か考えたあと、
ホイールの代わりに小ぶりの救急箱を渡してきた。
「えっ…」
『ホイールじゃなくて こっち持て』
「あ…はい」
『そもそも。ホイールなんて持たなくていいッショ、女の子なんだし』
救急箱を手に 巻島を見上げた。
『代わりに救急箱、持ってってくれ』
「…!…はい…」
気遣ってもらえた事が嬉しく、ふふ、と笑うと 巻島は恥ずかしげにホイールを片手に宿舎へと向かっていく。
その後ろを私は渡された救急箱を持ちながらパタパタと追いかけた。
緑色の背中に追いつく。
「あの、巻島さんって、とても優しいですね」
その言葉に巻島は、驚いた顔をしたが すぐにあの時のよう優しく 細い目をして笑った。
『クハッ、怖いでいいッショ』
緑の髪が風になびいてゆく。勘違いなんかじゃない。
「(どうしよう……私……やっぱり、巻島さんのこと……)」
距離がなんとなく、縮まった気がした合宿初日。
「(…………好き)」
合宿はまだ、始まったばかり。
__________
箱根の山々が夕日を受けてオレンジ色に染まっている。この日、1日目となる合宿は既に終わりを告げていた。
「はあー!風呂も気持ち良かったし、メシや、メシ!」
「ぼ、僕あんまりお腹すいてないな~」
「何言ってんねん小野田くん!ロードレーサーは食べるのも仕事の内やで!ワイなんか昔早食い早飲みのしょうちゃんて呼ばれてたんや!」
1日の練習メニューが終わり、お腹をすかせ、汗を流しながした部員たちは風呂場から食堂へ向かって行く。
「ガハハハハ!そんじゃ俺と勝負するか鳴子!」
「む、オッサンには負けませんて!」
「オッサンじゃねぇ!、よし!早食い競争だ!青八木、スプリンターならお前も混ざれ!」
その言葉に青八木も無言で頷いていた。
「ええ、本当にやるんですか」
心配そうにしている小野田に巻島が肩をたたく。
「小野田。スプリンターなんて、競争心の塊だ、手に負えねェから適当に放っておくッショ」
目線の先には、無意識にも長い髪をなびかせた巻島の後姿が映っていた。
ーー巻島への気持ちを自覚した初日。
合宿前に手嶋や金城の指導の下、言われた通り、飲み物作り、模擬レースの準備や片づけを行った。
そこで初めて見た巻島の異様な走り方。まるで風をも味方にしたかのような綺麗で力強い走りだった。
手嶋からの無理矢理のお願いではあったが、今は 合宿へ来てよかったと感じている。
「金城さん、お疲れ様です」
私は金城にタオルを渡した。
「マネージャー。ご苦労だった。初めての割に 随分と手際が良いように感じた。さ、メシにしよう」
サングラスの中で優しい目がこちらを覗いていた。
「ありがとうございます。でも、先に洗濯物を回してきます」
時計はまだ19時を指している。
宿舎の洗濯機には 乾燥機能も付いているため、今から回せば、明日の朝には畳んだ衣服を部員たちに渡せるはずだ。
「そうか、すまないな。じゃぁ終わったら食堂にこい、一緒にメシにしよう」
「はい」
私は賑やかな食堂を後にして、洗面所へ向かう。
洗濯カゴに溜まった衣類を 洗濯機に入れるが、なかなか量が多い。
宿舎には2台 洗濯機があるようで、分けて衣類を入れる事にした。
すると。
「え、こ、これ」
自分の顔が みるみる熱くなっていくのが分かった。
「ぱ、ぱん…パンツ」
それもそのはず、当たり前だ。部員たちが脱いだ洗濯物にはもちろん 下着も混ざっている。
「あ、当たり前よね……パンツは当たり前、パンツは当たり前」
独り言を言いながら、平常心を保とうとした瞬間、後ろから声がした。
『何してるッショ』
声の方向へ振り返ると、
「まま、巻島さん!何でここに…」
巻島は分が悪いように苦笑している。
『何でって。お前こそ、さっきから俺のパンツ持ちながら…1人でぶつぶつと…』
「…え、“おれの”?」
そう言われて、自分の両手を改めて目にする。手にしているのは緑色の……パンツ。
パンツを握りしめていた私の姿に、巻島は顔を引きつらせていた。
「……えと、あのっ、これは、そのっ! 」
何か喋らなければと、 必死になればなる程 動揺してしまう。
「あの、み、緑のパンツが巻島さんで、パンツが、緑の巻島さんがっ、洗濯カゴから出たので、だから私…あのッ…!」
『分かったから。とりあえず落ち着くッショ!』
恥ずかしすぎて、涙目になってきた。
「うっ、ごめんなさい……」
咄嗟に言葉が出てこず、 赤面したままうつむいた。
巻島は、後ろ髪を掻きながら言った。
『今日、いっぱい雑用して疲れたろ』
「え、いえ。そんな事」
顔をあげると、彼は気恥ずかしそうに目を反らしている。
『…皆助かってるッショ。ありがとな』
「巻島さん…」
『それ、言いに来ただけッショ。俺、先に食堂行ってる。…あと、恥ずいから パンツ早く洗濯機に入れてくれ』
そう言うと、くるりと背を向け、緑の髪を揺るがせた。
「巻島さん」
『何ショ』
「……やっぱり巻島さんて、とっても優しいです」
その言葉に巻島は、
『クハッ、だから何ショそれ。怖いでいいよ』
そう言い、私の元をあとにする。
「(やっぱりあの笑顔……すごい好き……)」