弱虫ペダル
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『食う?』
テーブルに運ばれて来た真っ白な皿。店員の手を離れた皿の上には、作り立てで 湯気のあがった料理。運ばれる前から既に箸を構えていた彼は、目の前に座る私に当たり前かのよう問うのだった。
「……えっと…、まず、これ一体何なの」
食べると決まった訳ではないが、一応手元にある おしぼりで手を拭いてみる。料理を前に言葉を詰まらせた私へ 彼は垂れた瞳を大きく見開いた。
『何って、チョコバナナ餃子だろ』
そんな誰もが知る主食です、みたいな顔で言われても困る。完全なる初見なのだ、そもそもチョコなのか、バナナなのか、餃子なのか…ごちゃ混ぜにせず どれか一つにして欲しい。
この日私は、部活帰りの新開から唐突と言って良い程、しかしそれは非常に軽く。『腹減ったな、何か食って帰ろうぜ』と、帰り際の背中を呼び止められた。初めは私ではなく、近くにいた荒北辺りへ掛けた言葉と思っていたのだが。『無視はさすがに傷付くぜ』という声に ふと振り返れば、しっかり視線が重なっていた訳で。
「新開くんは、何度か食べた事あるんだ」
何故、彼は私を誘ったのか。きっと私に声を掛けるよりずっと前に、部内の皆へ誘いを掛けたはず。しかし荒北は決まって福富以外の頼みは綺麗に流すだろうし、東堂を誘えば「バランスよく食え」とちくちく説教が始まる事だ。考えを巡らせるに、私は断られた先の消去法、という所が良い線だろう。
『ああ、ここの定食屋、この前 靖友と一緒に来てさ。旨いから“こいつ”を勧めたよ』
「へえ。それで、荒北くんはなんて?」
意外だ。てっきり荒北の事だから、連れなく断ると思っていたのだが。私が問うと同時、彼は湯気の立つ熱々の餃子を持ち上げると、躊躇なくその大口へ放り込み。
『…はっ、…あっづ』
当たり前だ。冷ましもせずにフライパンから飛び出したばかりの餃子、ましてや中身はチョコレート。蕩けたチョコレートがどれだけ熱を持っているかなんて、この前来たなら分かっているはずなのに。
『…確か……そうだ。何も言ってなかったな、悲しい事にノーコメントだったぜ』
眉を八の字にしたあと 旨いのにな、と その荒北がノーコメントを決めたチョコバナナ餃子を喉奥へごくりと流し込む。熱い物を食べている所為 か、はたまた店内の空調が高めなのか。ふと目を配れば 上下に動いた喉仏がしっとり汗ばんでいて。なんだか色気のあるそれに、途端に恥ずかしさを覚え 視線を反らしてしまう。
――瞬間、頭を過った。近づいた唇を重ねたあと、貪られるような烈 しさを含むキス。どちらの唾液かなんて分からない程、纏わりついた体液を舌なめずりをして。そうして飲み込んだ時、汗ばんだ喉仏が上下するその様 。
「…――っ………」
浮かんだ情景。無意識に赤面した顔をはたはた仰ぎ、慌てて空想を掻き消した。何を考えているのだ、別に彼は 私をそんな目で見てなどいない。男子を誘う時と同じような軽い口調で呼び止められた、それがその証拠だ。たまたま近くに私が居て、たまたま声を掛けた、それだけなのだ。もっとも、気になる女子を誘うなら定食屋じゃなく 少し小洒落たカフェにでも誘う事だろう。逸 る気持ちを落ち着かせ、一息ついた矢先。目の前に座る彼にもう一度問われた。
『で。おめさんは、食う?』
「え…」
顔を上げれば、彼は皿の上のチョコバナナ餃子、私、と交互に視線を送っていて。
『まあ、靖友はノーコメントだったけど。食べなきゃ分かんないだろ。どうだ、一口』
遠慮しようかな、と答えようと思ったが。
『騙されたと思って、な』
そう小さく首を傾げる彼に、しっかり騙されてみる事としよう。何も 虫や下手物じゃない、解体してバラバラにしてしまえば、ただの甘いチョコレートに甘いバナナなのだ。
「そうだね、じゃあ 一口だけ」
そうして 前の割り箸に手を伸ばした途端。視界の真ん前に 湯気立つ熱々のチョコバナナ餃子がドアップで映り込む。瞬間ピントが揺らいたが その先を辿れば。
「……新開くん……」
『ほら』
餃子を摘んだ彼の箸が、私の口元のすぐそこにあって。それは、今の今まで彼自身が使っていた物。食べるのは簡単だ、ただ口を開ければ良い。しかし…それ口に含むという事は。
「……新開くんて、こういうの 気にしないタイプ?」
『こういうのって』
「…………」
そうか、やはり。彼は私をそんな目で 見てなどいない。何だかはっきり分かった所為 で、落胆なのか 安堵なのか肩が落ちる。新開の事だ、女子を落とそうと少し本気を出せば容易。そして ここはただの定食屋で、小洒落たカフェでも何でもない。ロマンスもへったくれもないこんな場所じゃ、二人の間に何かが生まれるなんて。
「有り得ないもんね」
『何が?』
「こっちの話。いただきます」
そうして、目の前に差し出された熱々のチョコバナナ餃子を口にする。パリパリした皮の中から甘いチョコレートと、溶けたバナナ。熱して酸味掛かったバナナは 甘いチョコレートと相性が良い。何だ、案外美味しい。彼の言う通り、食べて見なければ分からない物もある。味わい、ごくり飲み込んだあと。
「意外に美味しいかも」
ご馳走様、と呟けば。静かに箸を引っ込める彼が みるみる赤面していく様子にどうも納得出来ない。意識してない筈の女子と間接キスをした程度で、あの新開が……。がたいの良い身体を縮こませる姿に 何だかおかしくなり、私はからかい口調で顔を覗き混む。
「新開くん、顔 真っ赤だよ。火傷でもした」
『してねえよ。……口の中は、火傷した』
一口目に頬ったあれか、増々おかしいったら。私はテーブル手前に置かれた自分の割り箸を手に取り、熱さもだいぶ和らいだ餃子をもう一つ摘もうと先を伸ばした。明日 荒北と会ったら、あれ案外美味しかったよね、なんて話題にするのも面白い。
『なあ、話を少し前に戻していいか』
「少し前って、どのくらい前」
二口目の餃子を頬張った時、彼の視線は私の口元に向けられていた。
『……俺も、“こういうの、気にするタイプ”だ』
「……」
あと少し遅ければ、危うく餃子が喉に詰まっていた所だ。理解が追いつかない頭をフル回転させるも、頭と身体がバラバラになったみたいに なかなか言う事を聞いてくれない。沈黙の中。定食屋のガヤが飛び交う騒がしいテーブル席で、赤面したままの彼が小さく繋げた。
『案外鈍いんだな。こう見えて、結構必死なんだぜ、俺』
どうしたって、こんな分かりにくいロマンス。気付く訳がない。乾いた喉から やっと声が出るようになった。カフェでも、レストランでも、夜景の見える展望台でもなくて。お世辞にも綺麗とは言えない定食屋。最初に運ばれた氷の入った水は、暑さで水滴を纏 わせ 底からテーブルを濡らしている。どうしたものか。今、これ以外に私の身体を冷やしてくれる物など どこにもないと言うのに。
「私も、火傷したかも」
テーブルに運ばれて来た真っ白な皿。店員の手を離れた皿の上には、作り立てで 湯気のあがった料理。運ばれる前から既に箸を構えていた彼は、目の前に座る私に当たり前かのよう問うのだった。
「……えっと…、まず、これ一体何なの」
食べると決まった訳ではないが、一応手元にある おしぼりで手を拭いてみる。料理を前に言葉を詰まらせた私へ 彼は垂れた瞳を大きく見開いた。
『何って、チョコバナナ餃子だろ』
そんな誰もが知る主食です、みたいな顔で言われても困る。完全なる初見なのだ、そもそもチョコなのか、バナナなのか、餃子なのか…ごちゃ混ぜにせず どれか一つにして欲しい。
この日私は、部活帰りの新開から唐突と言って良い程、しかしそれは非常に軽く。『腹減ったな、何か食って帰ろうぜ』と、帰り際の背中を呼び止められた。初めは私ではなく、近くにいた荒北辺りへ掛けた言葉と思っていたのだが。『無視はさすがに傷付くぜ』という声に ふと振り返れば、しっかり視線が重なっていた訳で。
「新開くんは、何度か食べた事あるんだ」
何故、彼は私を誘ったのか。きっと私に声を掛けるよりずっと前に、部内の皆へ誘いを掛けたはず。しかし荒北は決まって福富以外の頼みは綺麗に流すだろうし、東堂を誘えば「バランスよく食え」とちくちく説教が始まる事だ。考えを巡らせるに、私は断られた先の消去法、という所が良い線だろう。
『ああ、ここの定食屋、この前 靖友と一緒に来てさ。旨いから“こいつ”を勧めたよ』
「へえ。それで、荒北くんはなんて?」
意外だ。てっきり荒北の事だから、連れなく断ると思っていたのだが。私が問うと同時、彼は湯気の立つ熱々の餃子を持ち上げると、躊躇なくその大口へ放り込み。
『…はっ、…あっづ』
当たり前だ。冷ましもせずにフライパンから飛び出したばかりの餃子、ましてや中身はチョコレート。蕩けたチョコレートがどれだけ熱を持っているかなんて、この前来たなら分かっているはずなのに。
『…確か……そうだ。何も言ってなかったな、悲しい事にノーコメントだったぜ』
眉を八の字にしたあと 旨いのにな、と その荒北がノーコメントを決めたチョコバナナ餃子を喉奥へごくりと流し込む。熱い物を食べている
――瞬間、頭を過った。近づいた唇を重ねたあと、貪られるような
「…――っ………」
浮かんだ情景。無意識に赤面した顔をはたはた仰ぎ、慌てて空想を掻き消した。何を考えているのだ、別に彼は 私をそんな目で見てなどいない。男子を誘う時と同じような軽い口調で呼び止められた、それがその証拠だ。たまたま近くに私が居て、たまたま声を掛けた、それだけなのだ。もっとも、気になる女子を誘うなら定食屋じゃなく 少し小洒落たカフェにでも誘う事だろう。
『で。おめさんは、食う?』
「え…」
顔を上げれば、彼は皿の上のチョコバナナ餃子、私、と交互に視線を送っていて。
『まあ、靖友はノーコメントだったけど。食べなきゃ分かんないだろ。どうだ、一口』
遠慮しようかな、と答えようと思ったが。
『騙されたと思って、な』
そう小さく首を傾げる彼に、しっかり騙されてみる事としよう。何も 虫や下手物じゃない、解体してバラバラにしてしまえば、ただの甘いチョコレートに甘いバナナなのだ。
「そうだね、じゃあ 一口だけ」
そうして 前の割り箸に手を伸ばした途端。視界の真ん前に 湯気立つ熱々のチョコバナナ餃子がドアップで映り込む。瞬間ピントが揺らいたが その先を辿れば。
「……新開くん……」
『ほら』
餃子を摘んだ彼の箸が、私の口元のすぐそこにあって。それは、今の今まで彼自身が使っていた物。食べるのは簡単だ、ただ口を開ければ良い。しかし…それ口に含むという事は。
「……新開くんて、こういうの 気にしないタイプ?」
『こういうのって』
「…………」
そうか、やはり。彼は私をそんな目で 見てなどいない。何だかはっきり分かった
「有り得ないもんね」
『何が?』
「こっちの話。いただきます」
そうして、目の前に差し出された熱々のチョコバナナ餃子を口にする。パリパリした皮の中から甘いチョコレートと、溶けたバナナ。熱して酸味掛かったバナナは 甘いチョコレートと相性が良い。何だ、案外美味しい。彼の言う通り、食べて見なければ分からない物もある。味わい、ごくり飲み込んだあと。
「意外に美味しいかも」
ご馳走様、と呟けば。静かに箸を引っ込める彼が みるみる赤面していく様子にどうも納得出来ない。意識してない筈の女子と間接キスをした程度で、あの新開が……。がたいの良い身体を縮こませる姿に 何だかおかしくなり、私はからかい口調で顔を覗き混む。
「新開くん、顔 真っ赤だよ。火傷でもした」
『してねえよ。……口の中は、火傷した』
一口目に頬ったあれか、増々おかしいったら。私はテーブル手前に置かれた自分の割り箸を手に取り、熱さもだいぶ和らいだ餃子をもう一つ摘もうと先を伸ばした。明日 荒北と会ったら、あれ案外美味しかったよね、なんて話題にするのも面白い。
『なあ、話を少し前に戻していいか』
「少し前って、どのくらい前」
二口目の餃子を頬張った時、彼の視線は私の口元に向けられていた。
『……俺も、“こういうの、気にするタイプ”だ』
「……」
あと少し遅ければ、危うく餃子が喉に詰まっていた所だ。理解が追いつかない頭をフル回転させるも、頭と身体がバラバラになったみたいに なかなか言う事を聞いてくれない。沈黙の中。定食屋のガヤが飛び交う騒がしいテーブル席で、赤面したままの彼が小さく繋げた。
『案外鈍いんだな。こう見えて、結構必死なんだぜ、俺』
どうしたって、こんな分かりにくいロマンス。気付く訳がない。乾いた喉から やっと声が出るようになった。カフェでも、レストランでも、夜景の見える展望台でもなくて。お世辞にも綺麗とは言えない定食屋。最初に運ばれた氷の入った水は、暑さで水滴を
「私も、火傷したかも」