みどりいろのくも
name change
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「えっ…マネージャー?」
突然の出来事に、口をぽかんと開けていると、すかさず手嶋は両手を合わせて頼んできた。
「頼むよ、5日間だけでいいんだ。今度の箱根でやる合宿にマネージャーが必要なんだよ」
聞くと、インハイへの強化合宿として、5日間限定のマネージャーを務めて欲しいと言う事だ。
「マネージャーって…1年生の子が今も務めてるじゃない」
「いや、寒咲マネージャーはその日都合が合わなくて、どうしても来れないみたいなんだ」
頼むよ、と苦笑しながら手嶋は頭を下げる。
「で、でも私、自転車のじの字も知らないのよ、足手まといになるだけじゃない」
「大丈夫 大丈夫!ちょっとした雑用とか、飲みもの作ったり部員のサポートしてくれるだけでいいんだ!な!?」
度々手嶋にお願い事をされる事はあるが、なぜだろう、今回はやけに必死な気がした。
「もう、しょうがないな。分かったわよ」
「まじ!?やった、ありがとう!」
手嶋は小さな子供のように明るい笑顔を見せた。
「だって幼馴染が困ってるんだもん、5日位なら とりあえず頑張ってみる」
「サンキュー名前!あ、じゃあ早速金城さんに伝えてくる!あと、部活始まる前に顔合わせの時間作っとくから、夕方ちょっと顔出してくれよな!」
「…あ、うん!」
用件を受けた途端、足早に手嶋はその場をあとにした。一体何をそんな必死に…。
窓の外がオレンジに色になっている事に気づいた。陽が沈みかけているのだ。
「あ、いけない。じゅんちゃんが夕方顔合わせって言ってたし。そろそろ部室に行かなきゃ」
帰宅部の私は、この時間たいてい家へと帰ってしまっている。この時間に学校に残っているのは不思議な気分だ。
男子との顔合わせのせいか、少し緊張する。
男の人…とは、手嶋くらいしか まともに話した事がないからだ。
私は ふ、と息をつき、緊張を抑え込みながら教室をあとにした。
部室に向かう途中、腕時計を見ると、思ったより時間が過ぎている。
「あれ…本読んでたらいつの間にか時間忘れてた…少し急がなくちゃ」
渡り廊下をパタパタと小走していると、丁度曲がり角に差し掛かった時。
「きゃ…!」
私はスラリと背の高い男の人にぶつかった。
よろけて後ろに転びそうになった瞬間、長い腕が伸びてきて、手首をつかまれた。
「あ、す、すみません…!前見てなくて」
鼻をさすりながら、慌てて謝る。
その時初めて自分の腕をつかんでいる男の人を見上げた。
その人は玉虫色の長いサラサラな髪をして
細い目でこっちを見ている。
ーーとても綺麗な髪色だった。
緑色の髪に釘づけになっていると、黙っている私を見兼ねた彼は 恐る恐る話しかけてきた。
『だ、大丈夫かい?』
「…え、あ……。はい、すいません 髪がすごい綺麗だなって……やだ、違う!あの、こちらこそ ぶつかってしまい ごめんなさい」
玉虫色の髪の彼は 細い目をして優しく笑った。
『クハッ、何ショそれ、』
ふと見せた優しい顔に なぜか私の心臓が跳ねた。
『今度はちゃんと 前見て歩けよ』
名前も知らない玉虫色の髪の彼は私の腕をゆっくり離し、細い背中を向けその場を去っていった。
「(……名前、聞き忘れちゃった)」
心臓の鼓動は、まだトクトクと鳴り止まない。顔合わせの緊張とはまた違った胸の高鳴りを感じた。
_________
総北男子 自転車競技部の部室のドアをノックし、緊張がほぐれないまま、「失礼します」と声をかけ ドアを開けた。
「名前!」
「じゅんちゃん」
部室のドアを開けると、幼馴染の手嶋が笑顔で待っていた。
彼を見て一気に安心したのか、安堵の溜息が漏れる。
「ごめんなさい、少し遅れちゃって…」
「いや、大丈夫だよ。名前、こちらは部長の金城さん」
すると、紹介をうけたサングラスの部長は
礼儀正しくお辞儀をした。
「主将の金城真護だ、この度は無理を言って申し訳ない」
「あ、いえ。じゅんちゃ……手嶋君とは長い付き合いで、私も彼に色々お世話になってますし。雑用でよければ力になれればと思います」
「ああ、助かるよ」
怖い人かと思った主将の金城さんは以外にも優しそうなひとだった。
すると、
「ガハハハ!」
という笑い声と共に、がたいの良い3年生の先輩と、クラスメイトの青八木君が部室に入ってきた。
「おっ!5日間の限定マネージャーか!俺は田所迅だ、よろしくな!ガハハ!」
「はい、名前と言います。一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします」
「ああ、まあ、そんなにキバるな!重い荷物持てとか無理な事は言わねぇからよ!」
「(…この人も良い人そうでよかった)」
次に、1年生の子が部室に入ってきた。
一人は背の高い子、もう一人は赤い髪の少し小さい子、そしてもう一人は…あまり運動部感を感じさせない眼鏡の子。
「コーラ、スカシ!お前今度の合宿箱根やし、九十九折のごっつキツい山でワイと勝負や!」
「は、苦手な山で勝負を挑もうなんざ、お前の不利なんじゃないのか」
「ぬかしおってスカシが!ワイにはインハイに向けた必殺技があるんじゃ!」
「フッ、そりゃぁ見物だな、でもその前に山なら小野田が前へ出るな」
「えっ、いやいや!僕は今泉君と鳴子君に頑張ってついていければなって思うよ」
名前は一年生に挨拶しようとするも、3人は合宿が楽しみなのか、中々話しが止まらない。
金城さんは、3人に声をかけた。
「今泉、鳴子、小野田」
「はい!」
「彼女、今度の合宿限定でマネージャー及び雑用を手伝ってくれる、手嶋の幼馴染で2年の名前さんだ」
「名前です。えっと…。今泉君に…鳴子君…。それに小野田くん、ですね…?よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「よろしゅうたのんますー」
「あ、よろよろ、よろしくお願いします!」
眼鏡の子、小野田くんは、何かに気付いたのか急にそわそわし始めた。
「あの、金城さん」
「何だ」
「えと、巻島さんは今日お休みですか?」
「いや、確かに来るはずだ。巻島も今日は小野田と峰ヶ山を登れる事を楽しみにしてた様子だったからな」
「そ、そうですか!よかったぁー」
ふと 小野田が口にした〈マキシマさん〉という人が気になり、部長の金城に聞いてみる。
「あの、金城さん、巻島さん?って…」
「あぁ、俺と田所と同じく3年で総北屈指のクライマーだ」
ーークライマー。
幼馴染の手嶋がロードレースをしているから少しだけ知っているが、クライマーとは坂を登る事を得意とする選手の事らしい。
総北屈指のクライマー…どんなすごい人なんだろうと。
「(…怖い人じゃないといいな)」
「む、もうすぐに来るはずだ」
金城は時計に目をやる。
瞬間、部室の扉が開き、見たことのある髪の色の男の人が現れた。
『悪りぃ、遅れたッショ』
現れた彼は緑の長い髪をなびかせていた。
「いや、巻島。時間内だ、問題ない」
金城の言葉に驚きが隠せない。
「え、ま、まきしま…この人が、まきしまさん…?」
次第に自分の頬が染まるのを感じた。なぜだろう、熱い。
「紹介しよう、彼がクライマーの巻島裕介だ」
彼は、間違いなくさっき渡り廊下でぶつかった人だった。一度見たら忘れるはずがない その玉虫色の綺麗な髪。
名前を聞き忘れてしまった、そう思った矢先の出来事。
しかも…まさか、自転車競技部で今度一緒に合宿に行く人だったなんて。
『…よろしくッショ』