弱虫ペダル
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テイク・ア・ボディの続きです。
規則的だった寝息の途中。さらさらな髪ごと 俺の腕へ頭を
『少し 眠れたか』
ゆっくりと 長いまつ毛を上にしたと思えば、身体が密着しているこの状況を理解する為 少しの間が空いた。そうして寝起きの脳内は 小一時間前の出来事を突然に思い出したのだろう。太陽光にさらされ熱くなった彼女の身体。ベッドへ横になり ようやく
「………えと……手嶋くん…ごめんね」
『何で名前が謝んだよ』
彼女は控えめに細い手を伸ばしたと思えば、俺の腕にそっと優しく触れて。
「…ずっと、こうしてくれてたんでしょう。私が寝たら部活に行くって言ってたのに…結局、目が覚めるまで甘えちゃった…」
確かに。こんなに長い時間 腕枕をしたのは初めてだった。いくら彼女が軽いとは言え、少しずつ痺れ出した腕筋は きっと、もうそろそろ感覚が無くなりそうな程。始めは彼女が寝付いたら そっと腕を抜き、部活へ合流しようと考えていたのだが。二人きりの空間に流れる 規則的で甘い寝息を耳にしていたら、どうも腕を抜くタイミングを見失ってしまい今に至った訳で。そんな事情をどう説明しよう、と迷って沈黙が続いたのち 彼女はハッと何か思い付いたように瞳を大きく開かせた。
「……も…もしかして、私の頭が重すぎて…腕を 抜こうにも、抜けなかったとか…」
予想外の問いに、思わずおかしくなって吹き出してしまう。
『何だよそれ、どんな重さの頭だよ。そんなんじゃねえって』
つられて苦笑した彼女の髪が、俺の腕にさらりと落ちた。汗でべたついた日の焼けた肌に 綺麗な髪が触れてしまうのは 何となく申し訳ない気がして。それでも今、最も彼女の近くに居るのは自分なのだと考えると、どうしても罪悪感より 優越感に浸ってしまう事実に思わずため息が出てしまう。
『そんで? 少しは楽になったか。顔色は、ぶっ倒れた時よか だいぶマシに見えっけど』
「うん、平気みたい。頭もくらくらしないし、気持ち悪さも落ちついたから」
『はあ…良かったあ。マジでごめんな。こんな暑いならさ、外じゃなくて。最初から涼しい所に居させるべきだったわ』
日本の夏は独特だ。肌に張り付く鬱陶しい湿度が、実際の気温よりも体感温度を上げ より身体を不快にさせる。今年も例外ではないそれは、日本人の四季感覚を大いに鈍らせるに違いない。
「ううん、そんな事ない。こまめに水分を摂ってたら こんな風にならなかったと思う。迷惑掛けてマネージャー失格にならないよう気をつけるね」
ふと視線が重なれば、優しい瞳を送られる。
「助けてくれてありがとう。手嶋くん、なんだかヒーローみたい」
炎天下での練習なんて、嫌と言う程もう慣れた。しかし今はどうだ。こんなにも涼しい部屋で身体を横にしているにも関わらず 体温の上昇を感じている。
『持ち上げたって、
“
「そういえば、手嶋くん。誕生日、九月十一日だよね」
『ん、ああ。まだ先だけどな。って、良く人の誕生日 覚えてんな』
梅雨明け前の七月初旬。夏のインターハイに向け目まぐるしい毎日と共に 必死でペダルを回して来た。他の事など考えず過して来た
「前に教えて貰ったから覚えてるよ。凄く印象的だったから」
『…印象的か?』
「だって、九・一・一って並び。救急の番号でしょう」
『………』
「呼んだらすぐ飛んで駆けつけてくれる警察や救急隊の人みたいに。今日もこうして助けてくれたじゃない。やっぱり、手嶋くんて印象通り。ヒーローだって 思っちゃった」
誰だよ、青春が終わる なんて言った奴は。そんな事を思ってみる。瞳を輝かせて至近距離から見つめてくる彼女の 垂れた髪を指に取り、そっと小さな耳に掛けてやる。
『なあ、インハイ終わったらさ 俺。すぐ誕生日来るだろ』
「そうだね。あ、今日のお礼もしたいから、誕生日、何かプレゼントさせてくれないかな。物でもご飯でも どっちでも」
小一時間前まで具合の悪かった奴とは思えない程 楽し気に話す姿が 俺の心臓をさらに熱くさせた。さらさらの髪を耳に掛けてやったあと、その白く滑らかな頬に触れ。汗でベトべト、おまけに臭いなんて まるで格好付かないが。
『そうだなあ、じゃあ。…………“ヒーローにさせて”くんねえ?』
「…え」
目を丸くする彼女の頬は 次第に熱を持ち始める。
――もっと、ずっと。格好良くジャケットを着こなして、良い匂いの香水でも付けて、髪だって汗だくじゃなくて きちんとセットしていたら。
『さっき俺の事 ヒーローみたいって言ってくれたろ? どんな時でも駆けつける、名前専用のヒーローにさせてくれよ』
――目の前の彼女は、もっと 頬を染めてくれただろうか。…それでも。
『九月十一日、俺の誕生日から。期間は……そうだな』
――等身大の俺を お前がヒーローにしてくれるんなら。
『お前が俺を 要らねえって言うまで』
――俺史上、最大で 最高のプレゼントになんじゃねえ?
「要らない……っていうのは…その…。ない、と思うから。もしかしたら、半永久的になっちゃうかもしれないよ」
消え入りそうな声が耳に響いた瞬間。たった今、最高の誕生日プレゼントまでのカウントダウンが始まった。
『上等』