弱虫ペダル
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夏の暑さも和らぎ始めた九月の初旬。日中はまだまだ厳しい残暑が続くものの、朝晩は真夏に比べてずっと過ごしやすくなって来た。そもそも暑さに負けるような身体ではないのだが、朝練の筋トレだって幾分効率が上がっているような気もして。二年に上がって初出場を果たした過酷な夏のインターハイ。総合優勝を逃した意、それは最下位も同然だった。その雪辱を晴らすべく、インターハイ後すぐにメニューを変更し こうして来年に照準を合わせたトレーニングを始めている。
無事 朝のメニューを終え、ダンベルを降ろせば 上腕から垂れたさらさらとした汗が床へ、雫となって落ちていく。その様子を瞳に移した彼女は小馬鹿にしているのか、それもと本心なのか、小さな手を叩き大げさに拍手するのだった。
『…大袈裟です』
「そんな事ない。トレーニングは勿論だけど 毎日欠かさず続ける事自体。本当、凄い」
『あざす』
きっと後者、本心なのだろう。無意識に頬に熱が籠もり、それを隠す為 手を伸ばした先のタオルで額の汗を拭う。一年間使い続けて来たこのタオルは、やはり消耗品の所為 か 毛羽立ちが目立ち始めていて。それでも使用後は他の洗濯物とは別に 少し高めの柔軟剤とアロマボールを入れて洗濯しているお陰か未だに ふわふわした感触が残っていた。
「まだ、使ってくれてるんだね。それ」
“それ”というのは、俺の額の汗で既にびしゃびしゃに濡れたタオルの事。去年の誕生日に彼女がプレゼントしてくれた俺の宝物だ。
『そりゃ使いますよ』
「いつも部室で洗濯する時、他の物と分けて洗ってるもんね」
『………出来るだけ、長持ちさせたいんで』
「自前の柔軟剤と、アロマボール買って置いちゃうくらい?」
――…隠してたのに、何でバレてんだ。
別に長持ちすれば洗剤なんて 何でも良かったのだが。ふいにすれ違った時、風が運んでくれる彼女の髪の香り。抱きしめる時、力加減が分からず「痛い」と笑う 唇に塗られたリップの香り。初めて肌を合わせた時、白い首筋から感じた ほだされるような甘い香り。一つ一つを想い出し、何となく 自分なりにその香りを再現しようと試みた。結果、例の柔軟剤とアロマボールを融合させるに至ったのだが。それを説明するには……さすがに恥ずかし過ぎる。自分でやっておいて あれだが、少々変態っぽくて嫌だ。
『……薬局に行った時 一番先に目に入ったんで…買ったってだけです』
「ふうん…」
いつもそうだ。見透かすような含んだ笑みで、身体の大きな俺を下から覗いてくる。思わず顔を背けてしまうが、正直これが…結構堪 らない。歳下の俺の事なんて何でもお見通し、――そんな表情。からかわれているだけかもしれないが、彼女の瞳が自分だけに向けられる瞬間は 俺にとって特別なのだ。この時だけは、部活の事も、筋トレの事も、飯の事だって一旦忘れて 向けられた黒い瞳にだけ集中していたい。
「そうだ、私ね。銅橋くんにプレゼントがあるんだよ。誕生日でしょう、今日」
期待していなかった訳じゃない。去年もこの日にプレゼントを貰えたのだ。もしかして、どこかのタイミングで 渡して貰えるんじゃ、とそわそわしていた。浮足立つ心を落ち着かせ、半ば平常心を装う。
『…ざす』
短く礼を言えば、彼女はどこに隠して居たのだろう。トレーニングルームのロッカーから青いリボンの包みを取りだして来て。
「お誕生日おめでとう」
彼女の手から渡されたプレゼント。感触は とても柔らかく分厚かった。ふと瞳に目を配れば、“開けて見て”とアイコンタクトされ 俺はプレゼント用にくるくると巻かれたリボンをそっと外す。
『………タオル』
中身は 今まさに大切に使っている、去年彼女からプレゼントされたタオルの色違い。去年も 貰った時はこんな風に厚地でふわふわしていたような気がする。大切に扱っては来たものの、やはり一年も使えば消耗する物だ。
「二枚目、ね」
少し意味深な彼女の言葉を思わず復唱した。
『二枚目?』
それはまるで、今後 二枚目の次は三枚目、四枚目…そう増えて行く事を無意識に連想させる。とすれば必然的に来年、再来年も九月五日は彼女と共に居れる事になるが。真意が読み取れず顔を覗くも、また悪戯な瞳で見つめられてしまい。別にこれからの関係性を明確にしておきたい訳ではない。彼女を縛り付ける権利など俺にはないのだ。しかし、考える間にどうしようもなく気になってしまい、ごくり。生唾を飲んだ喉奥から 声を絞り出す。
『…名前さん』
「ん?」
『俺、これ。あと何枚貰えるんすか』
その問いに、彼女は少し考えたあと ふわり俺の手を取った。温かくて柔らかい。そうして聞き取れるか否か、そんな小さな声で囁くのだった。
「銅橋くんが欲しいだけ」
『――っ……』
「ね、いくつ欲しい?」
耳に響く声は なんて甘く心地良い。しかし、気を抜いてしまえばすぐにでも身体が熱を持ってしまう程。答えを待つ彼女へ 俺は口籠もりながら答えた。
『…控えめに見積もって。……十、とか』
ちらり。反応を確かめるよう彼女に視線を移せば、少し驚いたあと 可笑しそうにくすくす笑い始めて。やはりからかわれているのだと 思わず肩を竦 めてしまう。
「ねえ、思ったんだけど。十だと少ない気がしない?」
『…え?』
慌てて彼女と顔を突き合わせれば、ピンク色の濡れた口元が薄く開き、くすぐるような声で「どう思う?」と投げかけられた。からかわれているのか、本心で聞かれているのか てんで分からない。しかし、一つだけ確かなのは そんな彼女の事が堪 らなく好きだと言う事実。ふと、繋がれて居た手が離れて行く。何とも言えない喪失感を覚えるが、それも束の間。彼女は俺の目の前で、大きく両手を広げ見せるのだ。
「そう言えばね、この前。シャンプーとリップ、香り変えたんだ」
『……そう、すか』
「……嗅ぐ?」
『――っ…。人を変態扱いしないでください…!』
本当にどこまでバレているのだろう。咄嗟に否定してしまったものの。先程 額の汗を拭ったタオルは 俺独自の配合で彼女の匂いを再現した物。新しくプレゼントして貰ったタオルも、いつでも彼女を感じられるよう 出来れば“今の彼女”と同じような香りにしておきたい。
『……でも、少しだけ。その…匂い嗅ぐ、とかじゃなくて…。普通に抱き締めたいです』
「ん」
そうして彼女の広げた腕ごと抱きしめる。いつも抱き締める腕の力加減が及ばず、笑われながら「痛い、痛い」と言われるのだが、今日は 珍しく成功したようだ。胸筋に顔を埋める彼女の髪へ おずおずと手を伸ばし掬 って感触を確かめる。ふいに指の隙間から するりと溢れた髪。瞬間、甘く優しい匂いが空気と一緒に流れた。
『名前さん』
「なあに?」
『やっぱり、タオル。百枚は下さい』
「……ふふ、いいよ」
――これは……近々。柔軟剤とアロマボールの、配合のし直しが必要だ…。
無事 朝のメニューを終え、ダンベルを降ろせば 上腕から垂れたさらさらとした汗が床へ、雫となって落ちていく。その様子を瞳に移した彼女は小馬鹿にしているのか、それもと本心なのか、小さな手を叩き大げさに拍手するのだった。
『…大袈裟です』
「そんな事ない。トレーニングは勿論だけど 毎日欠かさず続ける事自体。本当、凄い」
『あざす』
きっと後者、本心なのだろう。無意識に頬に熱が籠もり、それを隠す為 手を伸ばした先のタオルで額の汗を拭う。一年間使い続けて来たこのタオルは、やはり消耗品の
「まだ、使ってくれてるんだね。それ」
“それ”というのは、俺の額の汗で既にびしゃびしゃに濡れたタオルの事。去年の誕生日に彼女がプレゼントしてくれた俺の宝物だ。
『そりゃ使いますよ』
「いつも部室で洗濯する時、他の物と分けて洗ってるもんね」
『………出来るだけ、長持ちさせたいんで』
「自前の柔軟剤と、アロマボール買って置いちゃうくらい?」
――…隠してたのに、何でバレてんだ。
別に長持ちすれば洗剤なんて 何でも良かったのだが。ふいにすれ違った時、風が運んでくれる彼女の髪の香り。抱きしめる時、力加減が分からず「痛い」と笑う 唇に塗られたリップの香り。初めて肌を合わせた時、白い首筋から感じた ほだされるような甘い香り。一つ一つを想い出し、何となく 自分なりにその香りを再現しようと試みた。結果、例の柔軟剤とアロマボールを融合させるに至ったのだが。それを説明するには……さすがに恥ずかし過ぎる。自分でやっておいて あれだが、少々変態っぽくて嫌だ。
『……薬局に行った時 一番先に目に入ったんで…買ったってだけです』
「ふうん…」
いつもそうだ。見透かすような含んだ笑みで、身体の大きな俺を下から覗いてくる。思わず顔を背けてしまうが、正直これが…結構
「そうだ、私ね。銅橋くんにプレゼントがあるんだよ。誕生日でしょう、今日」
期待していなかった訳じゃない。去年もこの日にプレゼントを貰えたのだ。もしかして、どこかのタイミングで 渡して貰えるんじゃ、とそわそわしていた。浮足立つ心を落ち着かせ、半ば平常心を装う。
『…ざす』
短く礼を言えば、彼女はどこに隠して居たのだろう。トレーニングルームのロッカーから青いリボンの包みを取りだして来て。
「お誕生日おめでとう」
彼女の手から渡されたプレゼント。感触は とても柔らかく分厚かった。ふと瞳に目を配れば、“開けて見て”とアイコンタクトされ 俺はプレゼント用にくるくると巻かれたリボンをそっと外す。
『………タオル』
中身は 今まさに大切に使っている、去年彼女からプレゼントされたタオルの色違い。去年も 貰った時はこんな風に厚地でふわふわしていたような気がする。大切に扱っては来たものの、やはり一年も使えば消耗する物だ。
「二枚目、ね」
少し意味深な彼女の言葉を思わず復唱した。
『二枚目?』
それはまるで、今後 二枚目の次は三枚目、四枚目…そう増えて行く事を無意識に連想させる。とすれば必然的に来年、再来年も九月五日は彼女と共に居れる事になるが。真意が読み取れず顔を覗くも、また悪戯な瞳で見つめられてしまい。別にこれからの関係性を明確にしておきたい訳ではない。彼女を縛り付ける権利など俺にはないのだ。しかし、考える間にどうしようもなく気になってしまい、ごくり。生唾を飲んだ喉奥から 声を絞り出す。
『…名前さん』
「ん?」
『俺、これ。あと何枚貰えるんすか』
その問いに、彼女は少し考えたあと ふわり俺の手を取った。温かくて柔らかい。そうして聞き取れるか否か、そんな小さな声で囁くのだった。
「銅橋くんが欲しいだけ」
『――っ……』
「ね、いくつ欲しい?」
耳に響く声は なんて甘く心地良い。しかし、気を抜いてしまえばすぐにでも身体が熱を持ってしまう程。答えを待つ彼女へ 俺は口籠もりながら答えた。
『…控えめに見積もって。……十、とか』
ちらり。反応を確かめるよう彼女に視線を移せば、少し驚いたあと 可笑しそうにくすくす笑い始めて。やはりからかわれているのだと 思わず肩を
「ねえ、思ったんだけど。十だと少ない気がしない?」
『…え?』
慌てて彼女と顔を突き合わせれば、ピンク色の濡れた口元が薄く開き、くすぐるような声で「どう思う?」と投げかけられた。からかわれているのか、本心で聞かれているのか てんで分からない。しかし、一つだけ確かなのは そんな彼女の事が
「そう言えばね、この前。シャンプーとリップ、香り変えたんだ」
『……そう、すか』
「……嗅ぐ?」
『――っ…。人を変態扱いしないでください…!』
本当にどこまでバレているのだろう。咄嗟に否定してしまったものの。先程 額の汗を拭ったタオルは 俺独自の配合で彼女の匂いを再現した物。新しくプレゼントして貰ったタオルも、いつでも彼女を感じられるよう 出来れば“今の彼女”と同じような香りにしておきたい。
『……でも、少しだけ。その…匂い嗅ぐ、とかじゃなくて…。普通に抱き締めたいです』
「ん」
そうして彼女の広げた腕ごと抱きしめる。いつも抱き締める腕の力加減が及ばず、笑われながら「痛い、痛い」と言われるのだが、今日は 珍しく成功したようだ。胸筋に顔を埋める彼女の髪へ おずおずと手を伸ばし
『名前さん』
「なあに?」
『やっぱり、タオル。百枚は下さい』
「……ふふ、いいよ」
――これは……近々。柔軟剤とアロマボールの、配合のし直しが必要だ…。