弱虫ペダル
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『………何なのだ…これは』
風呂上がり、新調仕立てのボクサーパンツを履いたあと 事前に持って来ていたパジャマへ手を伸ばしたはずなのに。確かにバスルームへ入る前はそこにあったはずの自分のパジャマが消えていて。代わりに丁寧に畳まれた 女性用のもこもこしている部屋着のような物が すり替わるように置かれていた。新調したボクサーパンツは きっとこの後の流れで見せる情事になるだろうが、風呂上がり…。さすがに下着一枚で彼女の前に立つ事は
「わあ、凄い似合ってる」
『……む………いつもは嬉しい言葉だが、何故か今日は全く喜べん。…そもそも、パジャマパーティと言っていたではないか』
始めは 聞き慣れないイベントに、ほんの少し興味を抱いただけだった。聞けば、「浴衣で寝る人には 縁がないパーティだよ」と言われてしまい。大学生となった今、皆 経験があるのかという単純な驚きと、彼女と距離を感じてしまうような一言に 子供っぽくもムキになってしまったのがつい先日の出来後。早速着慣れないパジャマを持ち寄り、一人暮らしを始めた彼女の部屋で 未知なるパーティを楽しもうと思っていたのだが。
『これでは “パジャマパーティ”ではなく、パジャマ“交換”パーティになってしまう』
上下、パステルカラーにストライプの柄が入った部屋着。百歩譲って 上はまだ長袖だから良い。しかし、下はどうだ。ふわふわで可愛らしいショート丈のパンツは、筋肉質な俺の太ももで今にも破けそうになっているではないか。しかも元は女性用の丈だ、彼女より背の高い俺が着れば 幾分短くなる訳で。もはやボクサーパンツと変わらない丈程のもこもこのパンツは 履いている意味があるのかどうかも分からなくなってしまう。
「ええ、パジャマパーティは 元からこういう物なのよ」
…それを早く言ってくれ。知っていたなら好奇心だけで このイベントをしようとはならなかっただろう。しかし、始まってしまった事は仕方がない。幸いにも喜ぶ彼女が目の前にいるのだ、ハロウィンやクリスマス同様。この珍妙なイベントさえ 経験を重ねる事が大切と言える。ふと、先程自分でも発した“交換”という言葉を思い出し。
『そういえば、パジャマを交換すると言っていたな。という事は、名前が俺のパジャマに袖を通すと言う事なのか』
首を傾いで問えば、彼女はまた楽しそうに笑って。
「そう。今から私もお風呂に入ってくるから。上がったら尽八のパジャマを借りるね」
『…な……何と言う事だ……!…』
「え?」
『いや、何でもない。さ……さあ、お前も風呂場で汗を流してくるといい』
「うん、そうするね」
ぎごちなく促せば 彼女は いつの間にかすり替えていた俺のパジャマを手に取とると、浮足だって風呂場へ向かっていった。
そうして彼女の姿が見えなくなり、風呂場からシャワーの音が聞こえるや否や 俺は直ぐ様携帯を取り出し、ウェブで検索を試みる。何と言ったか…。彼氏の服を着る事を…確か。ポチポチと文字を打ち、一番上にヒットした言葉に思わず頷いた。
『――…そうだ…!…“彼シャツ”……彼シャツと言う物だ』
どこかで聞いた事のある言葉だが、きっと高校時代 新開辺りがテンション高々にそんな事を言っていたなと思い出す。しかし、シャツではないのだから 厳密に言えば“彼パジャマ”となるのだろうか。どちらにせよ、自分の服を身に着ける彼女の姿を想像すると…こう…………クるものがある。
『…しかし、肝心の美形なる俺が これではなあ…』
改めて自分が袖を通したもこもこの部屋着。これもついでに調べて見れば、ジェラートピケという名の物らしい。せっかく彼女の部屋でロマンチックな時を過ごそうと考えていたのだが、こんなにもキュートな服を着ていては少々格好が着かない。そんな事を思っていた矢先 なんとなく耳を澄ませば、風呂場から彼女の陽気な鼻歌が聴こえて来て。
『……本当に。何て可愛らしいんだ』
流行りの曲など知らないが、聴いていて心地が良いのは きっと彼女の声だからだろう。いつもそうだ。綺麗な花を見つけた時に呼び止めてくれる優しい声、手を繋ごうと、誘ってくれる時の愛らしい声。キスをした時に漏れる甘い声、肌を重ね 果てる寸前に俺を名を呼ぶ切ない声。響く声はどれも心地良く、俺の心を満たしてくれて。そんな事を頭で巡らせていると、無意識に夜の情景が目に浮かび 途端に身体が熱を持ち始めた。もこもこのジェラートピケの生地が柔らか過ぎるせいで 一部分が不自然に変形して行く。まずい、非常にまずい。これでは まるでテントだ。
『――…まずいぞ』
先程 風呂場から聞こえていた水音は ぴたと止み 暫くしない間に彼女は俺のパジャマへと着替えて部屋に戻って来てしまうだろう。こんな明るい場所で盛り上がった布を晒してみろ、この上ない恥ずかしさだ。
焦燥する頭で考えるも、何一つ良い案が思い浮かばない。自分の部屋ならば 何も考えずして物を取り出し処理してしまえるが、仮にもここは彼女の部屋だ。もしも こっそり処理に成功したとして、万一バレてしまった時 “私の身体に不満でもあったの”などと
『…ならんぞ…これ以上大きくなっては…!』
自分の身体の一部だが、言う事を利かない当たり 全くの別物と捉えた方が良さそうだ。納まる事を知らない下半身のそれは 今にもジェラートピケを破って飛び出してしまいそうな程。慌てる俺を
「尽八、見て。尽八のパジャマね、こんなにぶかぶかで………――っ…」
彼女の瞳の動きは実に単純で、俺の顔を見たあとすぐ 下腹部に
「――……尽、八……えと…ど…どうしちゃったの」
みるみるうちに赤面していく彼女は、捉えた下半身の膨らみから咄嗟に目を背ける。――…間に合わなかった。言い訳らしい言い訳も思い浮かばず、俺は深いため息を一つ着いて。
『…名前、すまない。…これはだな…』
素直に伝えてしまおう。自分のパジャマに袖を通す姿を想像し 胸が熱くなった事、夜の情事を思い出して 思わず反応してしまった事。嘘をついても仕方がない事だ、次の言葉を繋ごうとした矢先。何故か彼女はおもむろに携帯を取り出し始めた。
『…何をしている…』
「…えと……写真、撮ってもいいかな」
『む…。何故、そうなるのだ』
「…さ……“最近の尽八です”って、箱学OBに知らせてあげようと思って」
『…ば、馬鹿者っ!……お前は俺を世間的に抹消する気か!』
高校を卒業してから 離れた仲間に近況を報告してくれるのは有り難い。しかし…そもそも、女性用のジェラートピケを着用しながら 下半身を膨らませているなど変態以外の何者でもないではないか。慌てて声を大にした俺に 彼女は「冗談だよ」と可笑しそうに笑って見せた。
『…全く』
苦笑し 手を伸ばせば、彼女の柔らかい頬に触れ。風呂上がりの温かく、保湿された肌は触れた指先に吸い付き。その感触がより一層 体温を上昇させる。
『こんな格好で……格好付かず、すまない…』
彼女が袖を通したパジャマに目を配ると、予想通りにぶかぶかで、予想通りに…クる物があった。頬に触れていた手を離し、代わりにそっと 彼女の薄い肩を抱く。
『見ての通り、限界なのだ…。脱がせたあと………もう一度。パジャマパーティとやらを仕切り直しては いけないだろうか』
ユニフォームも着ていなければ、カチューシャもない。代わりに身に着けている物とすれば、この もこもこのジェラートピケ。カチューシャだって外した前髪は無造作に垂れて来ていて。こんなにも格好付かない自分自身に、ほとほと飽きれてしまう。しかし、そんな事などお構い無しに 彼女は頬を染め、潤んだ瞳を向けてくれる。そうして彼女は、控えめに微笑むと、「次は靴下交換パーティだね」と小さく呟いた。
『お前のしたい事なら、なんでも付き合うよ』
もう こんなに恥ずかしい格好をさせられているのだ。次の珍妙なイベントだって、いくらでも付き合えるだろう。俺はキスをせがむ彼女の唇へ 自分のそれを重ねた。