弱虫ペダル
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……山岳、私たち。……別れよう」
相変わらず、過酷な部活終え帰路に着く。いつものように彼女を家まで送って行く途中 陽が沈みかけた寂しい細道で、ぽつり呟かれたその言葉は 俺の頭を簡単に停止させた。ぴたと足を止め、彼女に目を配れば 繋がれた手とは反対の指先で瞳から溢れる雫を拭っている。疲労が溜まった脳内は 緊急的にシナプスを繕 い合わせ、より最適な言葉を厳選させた。
『ああ、ここからは 二手に分かれるって事? そっかあ、たまには別々に帰りたい時もあるよね』
少しわざとらしい位の明るい声色で話し掛けると、先程まで二人を繋いでいた手と手がするりと離れる。――嫌な予感がする。瞬間に流れた風が そう教えてくれた気がした。風の声は的確で、彼女は首を横に振ったかと思えば 小さく震えた声を響かせるのだ。
「………恋人を…やめたいの、ごめんなさい…」
________________
一方的に別れを告げられ一週間程が経った。何事も無かったかのように世界は周り、何事も無かったかのように 皆生きていく。時に締め付けられる、ちくりと刺すような胸の痛みも きっとそのうち消えてなくなり、いつかは何も感じなくなるのだろうか。
「調子良いみてえだな、真波」
この日、部室で同じく掃除当番の銅橋にふいにそんな言葉を掛けられた。
『…どうかな、普通だよ』
「タイム伸びてるって、泉田さんが言ってたぜ」
あれから極力何も考えないよう 気付けばペダルだけを回していた。いつもは楽しい山でさえ、この所 特に気分は上がらず。ただ自分に言い聞かせるように義務的に走った結果が タイムに繋がるとは、少し複雑でもあるが。
『そっか、期待に応えられてるみたいで嬉しいよ』
「期待、か。……俺の目には、“余計な物 を削ぎ落とす”ような…なんつうか 危ねえ走りに見えたが」
心臓が ぴくりと跳ねる。一見 大柄でがさつに見えるが、人並み以上に繊細で鋭い。
「………何かあったのか」
持っていた掃除用ブラシの手を止め、真剣な表情で覗かれると なんだか彼に見透かされそうな気がして怖くなった。心のモヤモヤを解消するには、きっと人に話すのが得策だと分かる。しかし、彼女との関係は部内の誰にも話していない。普段からピリピリと緊張感のある部内だ、それに夏のインターハイへ向けた過酷な練習で 皆神経を研ぎ澄ませている。恋愛話しなんて 必然的に話題にならないのだ。
『ありがとう、バシくん。インハイ、凄く楽しみでさ。…なんだろう、知らず知らず 気合入っちゃってるのかも』
「………ふうん」
腑に落ちない返事をすると、銅橋はまた 真面目にブラシで床を擦り始めた。暫くすると、部室のドアが細く空いて。
「お疲れ様、備品補充しに来たよ」
そこには、一週間ぶりにまともに顔を合わせる彼女の姿。腕には言う通り備品を抱いていて。ふいに目が合えば 瞬時に避けられ、胸の締め付けが強くなった。――痛い。
「ああ、ありがとうございます。名前さん、それ持ちますよ」
銅橋は手にしているブラシを壁に立て掛け、彼女の元へと掛け寄った。彼の声色が高くなる様子に、何故か心が落ち着かない。
「平気だよ、今日はボトルとサイコンだけなの」
「いや、それでも俺 持ちます」
銅橋の太い腕が伸び、備品を抱く彼女の手に触れそうになった瞬間。身体の芯からマグマが湧き出るような感覚に襲われる。締め付けるような頭痛がし、今にも沸騰して零れてしまいそうだった。自分でも止められない衝動が無意識に身体を動かし、咄嗟に 今にも彼女に触れそうな銅橋の手首をきつく掴んでいて。
「………――っ…、真波……」
隆々とし、躍動する血管が浮き彫りになる銅橋の腕。喧嘩したら絶対に勝てる訳がない。それでも、彼女に触れるのだけはどうしても許せなかった。自分より十五センチ以上大きい彼に冷たい視線を向けると、銅橋の眉間のシワがより一層きつくなる。
「痛てえな 離せよ、真波……」
大切なチームメイト対する態度ではない、と頭では理解している……今、自分がどれだけ最低な表情を向けているのかも。しかし、どうしたって彼女の身体に指先一本でも触れられるのは嫌なのだ。抱きしめた時の柔らかなな感触も、熱いキスの途中で漏らす短い吐息も、暗がりで肌を重ねた時に揺れる瞳も。全部、俺だけの物だ。
『――…離れろよ、バシくん』
「…あ?」
『…名前先輩に 近づいて良いのは俺だけなんだよ…………絶対…誰にも触らせない…!…』
自分でも驚く程低い声で呟くと、銅橋はごくり 喉仏を鳴らした。静かにひりつく空気の中、俺は何か言いた気にする彼女の手首を取った。
『…先輩、ちょっと話そう』
「…きゃ……ちょっと…!…」
沸々 と湧き上がる怒りのあまり、乱暴に触れてしまった事を謝る余裕なんてどこにもなかった。
__________________
部室の外へ出ると、先日別れを告げられた時のように寂しく陽が沈みかけていて。
「…さ…山岳…ねえ、手。…痛いってば…」
一週間ぶりに触れた彼女の肌は 変わらず滑らかで、温かかった。こんな風に乱暴に触れたい訳じゃないのに、どうしても身体が言う事を効かない。堪 らず俺は、一週間 頭を悩ませていた解答を彼女に投げかける。
『…名前先輩…。俺やっぱり嫌だよ、別れたくない』
「……――っ」
『理由もなく別れるなんて出来ないよ…どうして? 俺が何かしたなら謝るし、直して欲しい所があったらすぐ直すから…!』
思わず言葉の語尾に力が入ると 彼女の肩はびくりと震え、今にも泣き出しそうな瞳を覗かせた。
『……っ…デートや部活にだってもう遅刻しないし、昼寝だってやめろって言われたらやめるよ、死ぬまで起きてる…!…掃除当番も忘れないでやるし、先輩が望む事、全部叶えられるように頑張るから…』
「…山岳…」
『……だから……別れるなんて言わないでよ。…俺、名前先輩が他の人の物になるって考えただけで、頭がおかしくなりそうなんだ……。さっきバシくんに触られそうになった時も、我慢出来なくて…つい。…………無理矢理引っ張って、ごめん』
掴んでいた手首を離すと、彼女は目尻から溢れた雫を拭った。瞳が真っ赤になっている。
「……ご…ごめんね、山岳。…山岳に直して欲しい所なんてない…」
『なら、どうして……』
理解が及ばず、問いただすように聞き返すと 彼女は震える声で静かに呟いた。
「…わ…私、あなたの一つ年上で、来年から大学へ行くでしょう……。こうして山岳に毎日会えなくなるのが、堪 らなく………怖いの…」
伝えられた言葉。それは、わざと気付かないふりをして来た現実だった。来年から箱学に彼女は居ない。当たり前だ、年の差が埋まる事などあり得ないのだから。
「山岳、二年に上がってから ファンの子も増えて………。やっぱり中には可愛い子も沢山いて…」
『…そんなの、俺は…誰も見てないよ…!…先輩しか見てないし、この先だって、先輩しか要らない…』
「分かってる……山岳を信じてない訳じゃない。けど、こんな事で不安になっちゃう自分が嫌なの…。輝いてるあなたの隣に居る自信が……………私にはないの…ごめんなさい…」
両手で顔を覆うように泣き出した彼女の切ない しゃくり声が心を刺した。互いに同じく想う気持ちがあって、彼女の心がまだ俺に向けられている。なら、今 目の前で苦しそうにしている彼女を 安心させるには何が出来るだろう。俺は考えた末、恐る恐る手を伸ばし 彼女の薄い肩に指先を触れた。
『――抱きしめても、いい?』
こんな風に聞くのは きっと付き合った初めくらいだ。初めて彼女を抱きしめた感覚は今でも鮮明覚えていて。すっぽり腕に納まる彼女…この人を絶対離すもんか、そう誓った気持ちは 今も熱く続いている。
俺の問いに、彼女は控えめに首を縦に振った。そうして 一週間ぶりに彼女を思い切り抱きしめると 鼻の奥につんと 優しい痛みが走る。――この感触だ。と、胸に触れる温もりを噛み締めた。
『…先輩。俺、先輩に安心して貰えるよう、毎日抱き締めに行くよ。誰にも見向きしてないって…。今日も変わらず 先輩の事が一番好きなんだって。そう伝えに行きたいから』
「……私、来年は大学へ行っちゃうのよ…」
『来年も、再来年も。ずっと抱き締めに行くから。大学の終わりの時間伝えてくれたら自転車ですぐ向かうし、講義がない日は、部活帰りに名前先輩の家に行くよ。…バイトを始めるって言うなら、終わるまで近くで待つし、とにかく……毎日。』
「……………山、岳……」
『だから、毎日 俺が馬鹿みたいに会いに来る様子を見てさ、“山岳って、本当に私の事好きなんだな”って 笑って飽きれてよ。そしたら、それって。いつか自信にならないかな』
抱き締めていた胸の中で、彼女がゆっくりと顔を上げる。涙でくしゃくしゃになったその顔は 笑ってしまうくらい愛おしくて。
「…………ごめんね、私…本当に。……まだ、山岳の彼女で居てもいいのかな…」
拭っても溢れる彼女の瞼に そっとキスを落とす。
『…うん、俺だって。先輩じゃなきゃ 駄目だから』
視線が重なると、どちらかともなく 触れるだけの軽い口付をした。ふわり流れる香りは 俺が一番好きな匂い。唇を離すと、彼女は恥ずかしそうに笑っていて。その笑顔を見れるくらいなら、毎日、毎日、どんなに疲れた時だって必ず会いに行ける。
――…毎日。
『あ、そうだ 先輩。“毎日”って言ったけど。ごめん、やっぱり362日かも…』
首を傾げた彼女をもう一度抱きしめる。触れた所から伝わる熱が なんて心地良い。
『残りの3日はさ、先輩に会いに来て欲しいから。……インターハイ』
――毎日って言ったのに。
『頂上で待ってて。必ず 一番にゴールするよ。それで』
――早速 約束破ってごめんね。
『この人が俺の。“真波山岳の彼女”なんだって。大声で叫んでやるんだ』
相変わらず、過酷な部活終え帰路に着く。いつものように彼女を家まで送って行く途中 陽が沈みかけた寂しい細道で、ぽつり呟かれたその言葉は 俺の頭を簡単に停止させた。ぴたと足を止め、彼女に目を配れば 繋がれた手とは反対の指先で瞳から溢れる雫を拭っている。疲労が溜まった脳内は 緊急的にシナプスを
『ああ、ここからは 二手に分かれるって事? そっかあ、たまには別々に帰りたい時もあるよね』
少しわざとらしい位の明るい声色で話し掛けると、先程まで二人を繋いでいた手と手がするりと離れる。――嫌な予感がする。瞬間に流れた風が そう教えてくれた気がした。風の声は的確で、彼女は首を横に振ったかと思えば 小さく震えた声を響かせるのだ。
「………恋人を…やめたいの、ごめんなさい…」
________________
一方的に別れを告げられ一週間程が経った。何事も無かったかのように世界は周り、何事も無かったかのように 皆生きていく。時に締め付けられる、ちくりと刺すような胸の痛みも きっとそのうち消えてなくなり、いつかは何も感じなくなるのだろうか。
「調子良いみてえだな、真波」
この日、部室で同じく掃除当番の銅橋にふいにそんな言葉を掛けられた。
『…どうかな、普通だよ』
「タイム伸びてるって、泉田さんが言ってたぜ」
あれから極力何も考えないよう 気付けばペダルだけを回していた。いつもは楽しい山でさえ、この所 特に気分は上がらず。ただ自分に言い聞かせるように義務的に走った結果が タイムに繋がるとは、少し複雑でもあるが。
『そっか、期待に応えられてるみたいで嬉しいよ』
「期待、か。……俺の目には、“余計な
心臓が ぴくりと跳ねる。一見 大柄でがさつに見えるが、人並み以上に繊細で鋭い。
「………何かあったのか」
持っていた掃除用ブラシの手を止め、真剣な表情で覗かれると なんだか彼に見透かされそうな気がして怖くなった。心のモヤモヤを解消するには、きっと人に話すのが得策だと分かる。しかし、彼女との関係は部内の誰にも話していない。普段からピリピリと緊張感のある部内だ、それに夏のインターハイへ向けた過酷な練習で 皆神経を研ぎ澄ませている。恋愛話しなんて 必然的に話題にならないのだ。
『ありがとう、バシくん。インハイ、凄く楽しみでさ。…なんだろう、知らず知らず 気合入っちゃってるのかも』
「………ふうん」
腑に落ちない返事をすると、銅橋はまた 真面目にブラシで床を擦り始めた。暫くすると、部室のドアが細く空いて。
「お疲れ様、備品補充しに来たよ」
そこには、一週間ぶりにまともに顔を合わせる彼女の姿。腕には言う通り備品を抱いていて。ふいに目が合えば 瞬時に避けられ、胸の締め付けが強くなった。――痛い。
「ああ、ありがとうございます。名前さん、それ持ちますよ」
銅橋は手にしているブラシを壁に立て掛け、彼女の元へと掛け寄った。彼の声色が高くなる様子に、何故か心が落ち着かない。
「平気だよ、今日はボトルとサイコンだけなの」
「いや、それでも俺 持ちます」
銅橋の太い腕が伸び、備品を抱く彼女の手に触れそうになった瞬間。身体の芯からマグマが湧き出るような感覚に襲われる。締め付けるような頭痛がし、今にも沸騰して零れてしまいそうだった。自分でも止められない衝動が無意識に身体を動かし、咄嗟に 今にも彼女に触れそうな銅橋の手首をきつく掴んでいて。
「………――っ…、真波……」
隆々とし、躍動する血管が浮き彫りになる銅橋の腕。喧嘩したら絶対に勝てる訳がない。それでも、彼女に触れるのだけはどうしても許せなかった。自分より十五センチ以上大きい彼に冷たい視線を向けると、銅橋の眉間のシワがより一層きつくなる。
「痛てえな 離せよ、真波……」
大切なチームメイト対する態度ではない、と頭では理解している……今、自分がどれだけ最低な表情を向けているのかも。しかし、どうしたって彼女の身体に指先一本でも触れられるのは嫌なのだ。抱きしめた時の柔らかなな感触も、熱いキスの途中で漏らす短い吐息も、暗がりで肌を重ねた時に揺れる瞳も。全部、俺だけの物だ。
『――…離れろよ、バシくん』
「…あ?」
『…名前先輩に 近づいて良いのは俺だけなんだよ…………絶対…誰にも触らせない…!…』
自分でも驚く程低い声で呟くと、銅橋はごくり 喉仏を鳴らした。静かにひりつく空気の中、俺は何か言いた気にする彼女の手首を取った。
『…先輩、ちょっと話そう』
「…きゃ……ちょっと…!…」
__________________
部室の外へ出ると、先日別れを告げられた時のように寂しく陽が沈みかけていて。
「…さ…山岳…ねえ、手。…痛いってば…」
一週間ぶりに触れた彼女の肌は 変わらず滑らかで、温かかった。こんな風に乱暴に触れたい訳じゃないのに、どうしても身体が言う事を効かない。
『…名前先輩…。俺やっぱり嫌だよ、別れたくない』
「……――っ」
『理由もなく別れるなんて出来ないよ…どうして? 俺が何かしたなら謝るし、直して欲しい所があったらすぐ直すから…!』
思わず言葉の語尾に力が入ると 彼女の肩はびくりと震え、今にも泣き出しそうな瞳を覗かせた。
『……っ…デートや部活にだってもう遅刻しないし、昼寝だってやめろって言われたらやめるよ、死ぬまで起きてる…!…掃除当番も忘れないでやるし、先輩が望む事、全部叶えられるように頑張るから…』
「…山岳…」
『……だから……別れるなんて言わないでよ。…俺、名前先輩が他の人の物になるって考えただけで、頭がおかしくなりそうなんだ……。さっきバシくんに触られそうになった時も、我慢出来なくて…つい。…………無理矢理引っ張って、ごめん』
掴んでいた手首を離すと、彼女は目尻から溢れた雫を拭った。瞳が真っ赤になっている。
「……ご…ごめんね、山岳。…山岳に直して欲しい所なんてない…」
『なら、どうして……』
理解が及ばず、問いただすように聞き返すと 彼女は震える声で静かに呟いた。
「…わ…私、あなたの一つ年上で、来年から大学へ行くでしょう……。こうして山岳に毎日会えなくなるのが、
伝えられた言葉。それは、わざと気付かないふりをして来た現実だった。来年から箱学に彼女は居ない。当たり前だ、年の差が埋まる事などあり得ないのだから。
「山岳、二年に上がってから ファンの子も増えて………。やっぱり中には可愛い子も沢山いて…」
『…そんなの、俺は…誰も見てないよ…!…先輩しか見てないし、この先だって、先輩しか要らない…』
「分かってる……山岳を信じてない訳じゃない。けど、こんな事で不安になっちゃう自分が嫌なの…。輝いてるあなたの隣に居る自信が……………私にはないの…ごめんなさい…」
両手で顔を覆うように泣き出した彼女の切ない しゃくり声が心を刺した。互いに同じく想う気持ちがあって、彼女の心がまだ俺に向けられている。なら、今 目の前で苦しそうにしている彼女を 安心させるには何が出来るだろう。俺は考えた末、恐る恐る手を伸ばし 彼女の薄い肩に指先を触れた。
『――抱きしめても、いい?』
こんな風に聞くのは きっと付き合った初めくらいだ。初めて彼女を抱きしめた感覚は今でも鮮明覚えていて。すっぽり腕に納まる彼女…この人を絶対離すもんか、そう誓った気持ちは 今も熱く続いている。
俺の問いに、彼女は控えめに首を縦に振った。そうして 一週間ぶりに彼女を思い切り抱きしめると 鼻の奥につんと 優しい痛みが走る。――この感触だ。と、胸に触れる温もりを噛み締めた。
『…先輩。俺、先輩に安心して貰えるよう、毎日抱き締めに行くよ。誰にも見向きしてないって…。今日も変わらず 先輩の事が一番好きなんだって。そう伝えに行きたいから』
「……私、来年は大学へ行っちゃうのよ…」
『来年も、再来年も。ずっと抱き締めに行くから。大学の終わりの時間伝えてくれたら自転車ですぐ向かうし、講義がない日は、部活帰りに名前先輩の家に行くよ。…バイトを始めるって言うなら、終わるまで近くで待つし、とにかく……毎日。』
「……………山、岳……」
『だから、毎日 俺が馬鹿みたいに会いに来る様子を見てさ、“山岳って、本当に私の事好きなんだな”って 笑って飽きれてよ。そしたら、それって。いつか自信にならないかな』
抱き締めていた胸の中で、彼女がゆっくりと顔を上げる。涙でくしゃくしゃになったその顔は 笑ってしまうくらい愛おしくて。
「…………ごめんね、私…本当に。……まだ、山岳の彼女で居てもいいのかな…」
拭っても溢れる彼女の瞼に そっとキスを落とす。
『…うん、俺だって。先輩じゃなきゃ 駄目だから』
視線が重なると、どちらかともなく 触れるだけの軽い口付をした。ふわり流れる香りは 俺が一番好きな匂い。唇を離すと、彼女は恥ずかしそうに笑っていて。その笑顔を見れるくらいなら、毎日、毎日、どんなに疲れた時だって必ず会いに行ける。
――…毎日。
『あ、そうだ 先輩。“毎日”って言ったけど。ごめん、やっぱり362日かも…』
首を傾げた彼女をもう一度抱きしめる。触れた所から伝わる熱が なんて心地良い。
『残りの3日はさ、先輩に会いに来て欲しいから。……インターハイ』
――毎日って言ったのに。
『頂上で待ってて。必ず 一番にゴールするよ。それで』
――早速 約束破ってごめんね。
『この人が俺の。“真波山岳の彼女”なんだって。大声で叫んでやるんだ』