弱虫ペダル
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ポツリ、と小さな雫が触れる音がした。視線を窓の外へ向ければ 空は曇天。そうして一つ 触れた雨の雫は、ものの数秒で地面を刺すような土砂降りになり。
『駄目だ、降ってきちまった…』
無意識に頭を掻くと、湿気の所為 か 長い髪がいくつか絡まり 指先に引っ掛かる。これが堪 らなく不快で。しかし、これから来る彼女はきっと 俺が感じる不快指数を遥かに超えるような 全身びしょ濡れでやってくるに違いない。洗面所に向かい、ふわふわのタオルを手に取ると思わず ふ、と口角が上がる。これはいつかの部活中、彼女が汗だくになった俺にくれた物だ。しかし貰ったのは良いものの、なんだか使うのが勿体なく思え 一度洗濯してからは使い所を見失っていた。こうしてやっと手が伸びたと思えば、貰った本人へ使う事となるとは…これまた少しおかしな話しで。タオルを片手に玄関へ向かうと同時に 低いチャイムが鳴った。
『……クハッ、タイミング。良いんだが、悪いんだか』
重いドアを開けると、予想通り。頭からバケツで水を被ったかのような姿の彼女が現れた。俺と視線が重なると、恥ずかしそうに苦笑する。
「プール帰りみたいになっちゃった」
『着衣水泳なんて 負荷トレーニング。マニアック過ぎッショ』
「確かに。…えっと、お邪魔します。……で、大丈夫かな」
『びしょ濡れのまま、外に放る訳ねえだろ』
堪らず吹き出し、俺は手にしていたタオルで彼女の頭を拭いてやる。
________________
「ごめんね、服。わざわざ乾燥機に掛けて貰っちゃって。あと、替えのお洋服もありがとう」
ドライヤーで髪を乾かし、いつものさらさらは髪になった彼女。自室へ足を踏み入れるも、申し訳なさそうな顔でこちらを覗いている。
『んな事ねえよ。天気予報は晴れだったんだ。誰も予想出来ねえ。……俺の方こそ、びしょ濡れにさせちまって 悪かった』
「ううん。…会いたかったから」
三年間の最高に熱いインターハイが幕を閉じ、ペラペラだがやけに重みのある退部届を提出したのが つい先日。俺のイギリス行きが目前となった手前。以前、小野田に“お世話になった”という理由から 謎のキャラクターマスコットを貰ったのだが。普段からアニメを見ない所為で、貰ったそれが何なのかがさっぱり分からないでいた。蜘蛛なんとか…と言っていた気がする。日課の夜の電話で そんな話を彼女にすれば「せっかく貰ったんだから、一話くらい見てあげたら」と提案されたのが昨日の事。そうしてこの日、偶然にも彼女の下の兄弟が持っていたという“くも太郎”が出てくるDVDを家に持ってやって来たのだが。
「そうだ、DVD。濡れてないかな」
『俺はお前が 風邪引かなきゃ何でもいいよ』
手を伸ばし、彼女がバックを漁る細い手首をそっと掴んだ。見上げられると、ふいに視線が重なる。雨で びしょ濡れの彼女に貸したのは 少し独特な俺の服。いつも着ていて 見飽きた服も、彼女が着れば随分と新鮮に感じる物で。
「…裕、介」
『……替えのシャツもパンツも ゆるゆるだな』
「当たり前でしょ。どっちも裕介のだもん…あ…」
すると彼女は、指先まで隠れた ゆるいシャツの袖を鼻先へと触れさせる。
「…裕介の匂いがする…嬉しい」
こうして無自覚にも可愛らしい事をする。これには付き合い初めから何度 心臓を突かれた事か。数えるだけ無駄な事と思ってはいるが、正直、あといくつ俺の心臓が必要なのか知りたい所ではある。
「……見ないの。DVD」
視線を合わせ、手を離さずに居ると 不思議に思ったのか、首を傾げた彼女に顔を覗かれた。耳に掛けていたさらさらの髪が するりと落ちて、長いまつ毛が瞳を揺らしている。俺は掴んでいた手を離し、彼女の髪を指先で梳 いて 後頭部へと回した。
「……ねえ、DVD…」
言葉の最後を千切るように 言いかけたその唇に自分のそれを重ねる。近づくも、彼女が言っていた“俺の匂い”なんて物は全然分からなかった。鼻を優しく刺激するのは、いつも抱きしめる時だけに感じる 彼女の甘い香り。
「…っんう……裕、介…」
触れた唇を離せば、眉を八の字にし赤面する彼女。その頬に優しく触れれば、滑らかで温かい。心地良くて、離れるのが惜しい。
『DVDは焼きましして、返す…。もう 毎日二人きりで居れる時間も限られてんだ』
彼女を置いて 遠くへ行く…。もうすぐ現実となるそれを考えただけで、狂おしい程 胸が締め付けられた。
『……二人の時しか出来ない事、しときてえ』
両手を伸ばし 細い身体を全身で抱きしめる。この感触を忘れないよう 隅々まで刻んで置きたい。どこに居ても、すぐに彼女の熱を思い出せるようこの胸に しつこく焼付けて置きたいのだ。しばらくの沈黙のあと、おずおずと彼女も手を伸ばし 俺の背中へと回してくれて。しかし、それは寂し気に ぽつりと呟かれる。
「…もしも私が良い彼女だったら。…“イギリスで頑張ってね”って、素直に言えたかな」
『……名前…』
胸元に熱い雫の感触を覚える。それは、俺の胸に顔を埋めた 彼女の瞳から溢れ出した物。
「…駄目な彼女だね。…“離れるのが怖い”だなんて、裕介が聞いたら不安になるだけなのに。自分が辛いからっていう理由で、こうして口にしちゃうなんて……」
そしてもう一度、小さな声で「ごめんね」と漏らした彼女の声は涙で震えていた。当たり前だ。置いていく方だけが辛い訳じゃない、置いて行かれる方が 何倍も何十倍も辛いに決まっている。抱きしめる腕に力を込めると、彼女の短い吐息が聞こえた。
『駄目な物 かよ。…そもそも、お前をそんな気持ちにさせちまってる時点で、俺の方が駄目ッショ』
胸で彼女が勢い良く首を横に振る。そのついでに涙も拭いてるんじゃないかと思うと、おかしくなってしまい苦笑が漏れた。
『……なあ、名前。多分よ、俺の方が 相当怖えよ。離れんの』
「どうして?」
『……どうしてって。そりゃ、俺と違ってお前は…その……ビジン、だろ。離れた隙に変な虫に寄って集 られたら たまったもんじゃねえ…』
胸元に埋めていた顔が上がれば、濡れた瞳と視線が重なる。熱い。
『…その点 お前の方は安心しとけ。俺あ、どこ行っても お前以外に好かれる自信なんざ からっきしだ』
「…ふふ……内容が格好悪いのに。格好良い風に言うから、なんだか笑っちゃう」
『…言っとけ』
笑みを覗かせる彼女の流れた髪を 耳に掛けてやる。
『そうやって、笑ってろ』
「裕介……」
『俺は 笑ってるお前が一番。……い、一番…その、なんだ……』
喉奥まで出掛けた言葉に 途端に詰まってしまう。昔からそうだ。優しい言葉や、気の利いた台詞を掛けてやるのが苦手な性格は 今後も到底直る気がしない。オーバーサイズになっている袖で、彼女が目元の涙を拭うと 次に期待したような眼差しで見つめられた。
「…続きは?」
瞬間に 顔が熱くなっていくのを感じる。抱きしめている この至近距離では、顔を反らす事など出来なくて。
『――……言わせてえの?…』
静かに呟き 彼女に問いかける。すると控えめに首を横に振り「ただ聞きたいの」と言われてしまった。恋人の上目遣いに勝てる男は一体 この世に何人いるのだろう。これに関しては負ける人間の方が多数派だと信じたい自分がいる。
伝え方が下手なら下手なりに、言葉以上に伝わる物で証明するしかないのだ。俺は細いため息のあと、彼女の後頭部に手のひらを当て、自分の胸へと触れさせた。
「裕介……」
『聞こえるか』
胸元に当てられた彼女の耳には、きっと届いているはず。
「……凄く、早い」
心臓の躍動。言葉の代わりに伝えるなら、これが一番手っ取り早い。すると彼女はそれは嬉しそうに笑った。さっきの言葉の続きは十分。
『……言ってるような物 ショ』
そうしてそっと彼女の顎を指で触れると、どちらかともなく二度目のキスを交わした。触れ合うようなキスは徐々に互いの舌を絡ませる 濃厚な物になっていて、熱く身体がほだされると それは簡単に反応する。時折 唇を離した際に漏れ出す彼女の甘い吐息で頭が沸きそうになった。
「…あ………っ……ゆ、裕、介」
『ん』
「………好き……んっ…」
――だから、本当に。俺の心臓はあといくつあれば足りんだ…。
火照った身体の我慢が利かなくなり、首襟を掴んで着ていた服を脱ぎ捨てた。
「……―っ…」
この薄っぺらい身体に赤面してくれる奴は きっとこの先、どこを探したって彼女くらいしか居ない。
『…本当、大切にしねえとな』
「……なんの話?…」
不思議そうにする彼女の服に手を掛ける。ぴくりと肩を震わせたが、抵抗する素振りは微塵も感じさせなくて。それがまた堪らなく嬉しい、なんて事は これも……到底言えそうにない。
『何でもねえよ。……ほら、すんだろ。二人で居る時しか出来ねえ事』
彼女の細く白い腕が、ふわり。俺の首に回される。ふと窓の外に目を配ると、いつの間にか雨は止んでいた。
『駄目だ、降ってきちまった…』
無意識に頭を掻くと、湿気の
『……クハッ、タイミング。良いんだが、悪いんだか』
重いドアを開けると、予想通り。頭からバケツで水を被ったかのような姿の彼女が現れた。俺と視線が重なると、恥ずかしそうに苦笑する。
「プール帰りみたいになっちゃった」
『着衣水泳なんて 負荷トレーニング。マニアック過ぎッショ』
「確かに。…えっと、お邪魔します。……で、大丈夫かな」
『びしょ濡れのまま、外に放る訳ねえだろ』
堪らず吹き出し、俺は手にしていたタオルで彼女の頭を拭いてやる。
________________
「ごめんね、服。わざわざ乾燥機に掛けて貰っちゃって。あと、替えのお洋服もありがとう」
ドライヤーで髪を乾かし、いつものさらさらは髪になった彼女。自室へ足を踏み入れるも、申し訳なさそうな顔でこちらを覗いている。
『んな事ねえよ。天気予報は晴れだったんだ。誰も予想出来ねえ。……俺の方こそ、びしょ濡れにさせちまって 悪かった』
「ううん。…会いたかったから」
三年間の最高に熱いインターハイが幕を閉じ、ペラペラだがやけに重みのある退部届を提出したのが つい先日。俺のイギリス行きが目前となった手前。以前、小野田に“お世話になった”という理由から 謎のキャラクターマスコットを貰ったのだが。普段からアニメを見ない所為で、貰ったそれが何なのかがさっぱり分からないでいた。蜘蛛なんとか…と言っていた気がする。日課の夜の電話で そんな話を彼女にすれば「せっかく貰ったんだから、一話くらい見てあげたら」と提案されたのが昨日の事。そうしてこの日、偶然にも彼女の下の兄弟が持っていたという“くも太郎”が出てくるDVDを家に持ってやって来たのだが。
「そうだ、DVD。濡れてないかな」
『俺はお前が 風邪引かなきゃ何でもいいよ』
手を伸ばし、彼女がバックを漁る細い手首をそっと掴んだ。見上げられると、ふいに視線が重なる。雨で びしょ濡れの彼女に貸したのは 少し独特な俺の服。いつも着ていて 見飽きた服も、彼女が着れば随分と新鮮に感じる物で。
「…裕、介」
『……替えのシャツもパンツも ゆるゆるだな』
「当たり前でしょ。どっちも裕介のだもん…あ…」
すると彼女は、指先まで隠れた ゆるいシャツの袖を鼻先へと触れさせる。
「…裕介の匂いがする…嬉しい」
こうして無自覚にも可愛らしい事をする。これには付き合い初めから何度 心臓を突かれた事か。数えるだけ無駄な事と思ってはいるが、正直、あといくつ俺の心臓が必要なのか知りたい所ではある。
「……見ないの。DVD」
視線を合わせ、手を離さずに居ると 不思議に思ったのか、首を傾げた彼女に顔を覗かれた。耳に掛けていたさらさらの髪が するりと落ちて、長いまつ毛が瞳を揺らしている。俺は掴んでいた手を離し、彼女の髪を指先で
「……ねえ、DVD…」
言葉の最後を千切るように 言いかけたその唇に自分のそれを重ねる。近づくも、彼女が言っていた“俺の匂い”なんて物は全然分からなかった。鼻を優しく刺激するのは、いつも抱きしめる時だけに感じる 彼女の甘い香り。
「…っんう……裕、介…」
触れた唇を離せば、眉を八の字にし赤面する彼女。その頬に優しく触れれば、滑らかで温かい。心地良くて、離れるのが惜しい。
『DVDは焼きましして、返す…。もう 毎日二人きりで居れる時間も限られてんだ』
彼女を置いて 遠くへ行く…。もうすぐ現実となるそれを考えただけで、狂おしい程 胸が締め付けられた。
『……二人の時しか出来ない事、しときてえ』
両手を伸ばし 細い身体を全身で抱きしめる。この感触を忘れないよう 隅々まで刻んで置きたい。どこに居ても、すぐに彼女の熱を思い出せるようこの胸に しつこく焼付けて置きたいのだ。しばらくの沈黙のあと、おずおずと彼女も手を伸ばし 俺の背中へと回してくれて。しかし、それは寂し気に ぽつりと呟かれる。
「…もしも私が良い彼女だったら。…“イギリスで頑張ってね”って、素直に言えたかな」
『……名前…』
胸元に熱い雫の感触を覚える。それは、俺の胸に顔を埋めた 彼女の瞳から溢れ出した物。
「…駄目な彼女だね。…“離れるのが怖い”だなんて、裕介が聞いたら不安になるだけなのに。自分が辛いからっていう理由で、こうして口にしちゃうなんて……」
そしてもう一度、小さな声で「ごめんね」と漏らした彼女の声は涙で震えていた。当たり前だ。置いていく方だけが辛い訳じゃない、置いて行かれる方が 何倍も何十倍も辛いに決まっている。抱きしめる腕に力を込めると、彼女の短い吐息が聞こえた。
『駄目な
胸で彼女が勢い良く首を横に振る。そのついでに涙も拭いてるんじゃないかと思うと、おかしくなってしまい苦笑が漏れた。
『……なあ、名前。多分よ、俺の方が 相当怖えよ。離れんの』
「どうして?」
『……どうしてって。そりゃ、俺と違ってお前は…その……ビジン、だろ。離れた隙に変な虫に寄って
胸元に埋めていた顔が上がれば、濡れた瞳と視線が重なる。熱い。
『…その点 お前の方は安心しとけ。俺あ、どこ行っても お前以外に好かれる自信なんざ からっきしだ』
「…ふふ……内容が格好悪いのに。格好良い風に言うから、なんだか笑っちゃう」
『…言っとけ』
笑みを覗かせる彼女の流れた髪を 耳に掛けてやる。
『そうやって、笑ってろ』
「裕介……」
『俺は 笑ってるお前が一番。……い、一番…その、なんだ……』
喉奥まで出掛けた言葉に 途端に詰まってしまう。昔からそうだ。優しい言葉や、気の利いた台詞を掛けてやるのが苦手な性格は 今後も到底直る気がしない。オーバーサイズになっている袖で、彼女が目元の涙を拭うと 次に期待したような眼差しで見つめられた。
「…続きは?」
瞬間に 顔が熱くなっていくのを感じる。抱きしめている この至近距離では、顔を反らす事など出来なくて。
『――……言わせてえの?…』
静かに呟き 彼女に問いかける。すると控えめに首を横に振り「ただ聞きたいの」と言われてしまった。恋人の上目遣いに勝てる男は一体 この世に何人いるのだろう。これに関しては負ける人間の方が多数派だと信じたい自分がいる。
伝え方が下手なら下手なりに、言葉以上に伝わる物で証明するしかないのだ。俺は細いため息のあと、彼女の後頭部に手のひらを当て、自分の胸へと触れさせた。
「裕介……」
『聞こえるか』
胸元に当てられた彼女の耳には、きっと届いているはず。
「……凄く、早い」
心臓の躍動。言葉の代わりに伝えるなら、これが一番手っ取り早い。すると彼女はそれは嬉しそうに笑った。さっきの言葉の続きは十分。
『……言ってるような
そうしてそっと彼女の顎を指で触れると、どちらかともなく二度目のキスを交わした。触れ合うようなキスは徐々に互いの舌を絡ませる 濃厚な物になっていて、熱く身体がほだされると それは簡単に反応する。時折 唇を離した際に漏れ出す彼女の甘い吐息で頭が沸きそうになった。
「…あ………っ……ゆ、裕、介」
『ん』
「………好き……んっ…」
――だから、本当に。俺の心臓はあといくつあれば足りんだ…。
火照った身体の我慢が利かなくなり、首襟を掴んで着ていた服を脱ぎ捨てた。
「……―っ…」
この薄っぺらい身体に赤面してくれる奴は きっとこの先、どこを探したって彼女くらいしか居ない。
『…本当、大切にしねえとな』
「……なんの話?…」
不思議そうにする彼女の服に手を掛ける。ぴくりと肩を震わせたが、抵抗する素振りは微塵も感じさせなくて。それがまた堪らなく嬉しい、なんて事は これも……到底言えそうにない。
『何でもねえよ。……ほら、すんだろ。二人で居る時しか出来ねえ事』
彼女の細く白い腕が、ふわり。俺の首に回される。ふと窓の外に目を配ると、いつの間にか雨は止んでいた。