弱虫ペダル
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『いや、全然意味分かんねえんだけど』
私が事の経緯を説明していると、話しの途中から段々と不機嫌になり 冷ややかな視線が送られてくる。そうして、いつもの陽気で余裕のある声は知らぬ間に消えていて 代わりに低い棘のある声が響いた。
『名前の彼氏は俺じゃねえのかよ』
「……だ、だって純太。昨日 お休みしてたから……」
『好きで休んでんじゃねえよ、合宿だっていったろ。何で俺が居ねえ間に勝手に決めてんだよ』
語尾に掛る声が大きくなると、思わず肩を竦 めてしまう。今まで何回か喧嘩をした事はあったが、それは本当に些細な事。例えば 電話で約束した数字の聞き間違いで、デートの時間が噛み合わなかったとか。漫画の貸し借りを約束した日に 違う巻数の本を持って来られたとか…そんな物ばかり。どれもこれも 結局笑い話になり、最後は何事もなかったかのように時間が進んで。しかし、今日の事は どうしても笑い話だけでは終わらないような気がした。すぐにでもこの場を立ち去ってしまいたくなるような険悪な雰囲気や、分かり易い程の苛立ちを見せる彼の鋭い瞳。
――怖い。
いつものように、“気にすんな”、“俺も悪かったよ” と眉を八の字にしながら優しく頭を撫でてくれる手嶋純太は ここには居ない。初めて目にする 険しい表情の彼に動揺した私は、謝るよりも先に言い返えすような話言葉になってしまって。
「…わっ、私だって 何度も連絡したよ…。けど、電話に出てくれなかったのは純太の方でしょ」
『あ? なんだよ、それ。合宿中に緊急以外で電話出れるわけねえじゃん、そうやって分かりきった事言うのやめてくんねえ。…つうか、だったら…なに。結局、全部俺の所為 にしたいわけ?』
「…っ…そんな風に言ってない…!…」
『言ってるようなもんだろ!』
「まっ、待って…!純太どこに行っ……」
背を向けて その場を去ろうとした彼の制服を掴むと、乱暴に振り払われた。普段、優しく 壊れ物を扱うように抱いてくれる手が 私を拒絶する。無意識に瞳から涙が溢れそうになった。
『……部活』
そうして一度も振り返る事なく 彼は私と反対方向へ、つま先を向けて歩いて行った。鼻の奥に、つんと痛みが走る。
何故 こんな喧嘩に発展したのか。それは、丁度昨日の出来後。文化祭で行う クラスごとの出し物を決める時間。以前より、私達のクラスでは「眠れる森の美女」の劇をする事に決まっていて。この日、重要な配役を決める事になっていた。不公平にならないよう、くじ引きで配役を決めたのだが。
「それで私が、オーロラ姫の役に決まっちゃってね…相手のフィリップ王子が…クラスの男子になったの…」
「そうか」
短く返事をする電話の向こうに居るのは、彼の一番の友人である 青八木一。あのあと、結局 喧嘩してそれっきりになってしまった私達。適当に寄り道をして帰宅するや否や 青八木から一本の着信があった。恐る恐る電話に出ると、部活中の手嶋の様子が変だったと 心配をする電話で。思い切って、青八木に事の経緯を説明している所だ。
「それで、純太の配役は?」
「…………木なの」
「配役に…木は必要なのか」
「分かんない……」
電話の向こうで、深いため息が聞こえた気がした。当たり前だ。こんな面倒な話し、誰が聞いたって面白くも楽しくもないのだから。
「名前。多分 純太は、木の役に怒った訳じゃない。名前が演じるオーロラ姫の相手を どうして彼氏の自分以外が演じるんだ…って。それで怒ってるんだと思う」
「…うん。お姫様が王子のキスで目覚める話だもんね。嘘でもキスシーンがあるから…。でもね、私も 配役が決まった時 相手が純太じゃなきゃ嫌だなって思って…役を降りようと申し出たんだけど…」
くじ引きで決まった事に文句を言わない、と担任の教師に ぴしゃりと言われてしまい、それ以降 何かを言える雰囲気ではなくなってしまっていたのだ。決まってしまった事は仕方がない。合宿中で電話に出られないと分ってはいたが、彼には一言伝えて置かなければと何度か電話を架けた。
「なるほどな」
「どうしよう、青八木くん…。純太、凄い怒ってた……凄い、怖かった……」
あの時の 振りほどかれた手。苛立ちを顕 にする彼の瞳。思い出すだけで涙が溢れて来た。
「名前、泣くな。純太も そんな態度取って、後悔してる。現に、今日の部活だって全然 身が入ってなかった」
「…でもっ…。こんなに険悪になったの初めてなの…。どうしていいか分からないよ…あれから電話もメールもしたんだけど、全部返って来なくて…。どうしよう…、どうしよう、純太に嫌われちゃう…っ…」
涙声で話すと、青八木は被せるように言い切った。
「純太は、そんな事で名前を嫌いにならない。それは俺が保証する」
「……っ…」
「話は分かった。………俺に任せろ」
「え?……青八木くんに…」
どう言う事なのだろう。聞き返すも、また同じように“任せろ”としか言われず。青八木との電話は終話した。携帯を覗いて見るも、彼からの折り返しの着信も、メールへの返信もない。私は涙で熱くなった瞳を冷やしに洗面所へ向かった。
________________
結局、あのあとも 手嶋とはすれ違いが続いてしまい 気付けば早くも文化祭当日になってしまっていて。主役の私は特に台詞量が多く、放課後は全て 役の練習に費 やしていた為、彼と仲直りする機会を完全に見失っていた。
アナウンスが鳴り、私達のクラスで演じる 眠れる森の美女の劇が開幕された。序盤は台詞量が多いが、あとは“眠れる森の美女”。王子のキスまで眠っているだけ。練習した全ての台詞を噛まず口にしたあと、安堵した私は予定通りに 手作りのベッドで横になる。
――あとは キスだけ。
嘘でもクラスの男子とキスするふりなんてしたら、今度こそ本当に二人の関係が駄目になってしまうかもしれない。青八木は“任せろ”と言ってくれたのだが、意図が分からず不安だけが募 っていく。そうして、劇の終盤。眠る私に王子役の男子がキスを落とすシーンが近づく。罪悪感で心が潰されそうだ。瞬間、ふわり。目を瞑っていても分かる…いつも私の隣に居てくれる、私の好きな香りに包まれた。
「……っ」
薄く瞳を開けると、目の前には。
「…純太…どうして」
理解が追いつかない。いつの間に配役が交代していたのだろう。そっと木の役に目を配れば、私とキスをする予定だった男子がそこに居て。
『青八木がさ、なんか色々 裏で手え回してくれたみたいで』
苦笑する彼は、いつもの彼そのものだ。瞳の奥からは苛立ちは消えていて 代わりに私を大事そうに見つめてくれている。
『キスシーンだけ、代わって貰ったんだ』
静かで優しい声が耳に響くと、途端に目頭が熱くなる。
「純太…、ごめっ…ごめんなさい…私、ちゃんと断れなくて」
『いや、俺の方こそごめん。くじ引きで決めたって事、知らなくてさ…名前が立候補したんじゃねえかって、勝手に勘違いしてたわ』
「そんな事しない……私っ……純太以外に触られたくないし、純太以外とキスしたくないよ………全部、全部…純太じゃないと嫌……」
久しく見る 優しい表情の彼に、熱くなった瞳からは思わず涙が溢れる。やっと目を見て会話が出来た。すると、彼は私の瞳の端から流れる涙を ごつごつした指でそっと掬 い上げた。
『………泣かせてごめんな。強く当たっちまった事も…。すげえ反省してる』
「…っ…純太、私の事。嫌いになってない?」
『なる訳ねえじゃん。つうかそれはこっちの台詞。……そういう名前は? 俺の事、まだ好きで居てくれるか』
少し不安そうに問う彼は、手を滑らせ 私の頬に触れる。大きくて、なんて気持ち良い。
「……好き。…………純太が好き」
すれ違いの間 何度も伝えたかった言葉を今、目の前にいる彼へ向ける。
「私、純太が好き……っ…。もう、どこにも行かないで……」
『……どこも行かねえよ』
「手も、この前みたいに 振りほどいちゃ嫌…」
『ああ、もう絶対あんな事しねえ……』
「あと。怖い顔、するのも、一生禁止…っ…」
『…それは………善処します』
そうした やり取りにおかしくなり、気付けば額を触れ合わせ笑い合う。
『そんじゃ、劇も最後だ。…王子様のキスで締めようぜ』
「…え、顔を近づけるだけじゃないの…」
確かに、台本には“顔を近づける”と書いてあったのだが。
『…バカ。何の為に王子役を代わって貰ったと思ってんだよ』
「…純……太」
『…しようぜ、“仲直りのキス”』
こんなにも愛おしそうに見つめてくれ、宝物を扱うように頬を撫でてくれる。重なった瞳が、触れられた頬が。全てが私の胸を熱くした。
「ほ、本当にするの」
『……嫌んなっちまった?』
少し意地の悪い視線を送られる。それでも、瞳の奥は、いつもの優しさで溢れていて。
「嫌な訳、ない」
そうして、唇が触れた瞬間。また目尻から温かな雫が流れて落ちる。会場からの声援や拍手なんて、今の私達には届かない程。二人きり、熱く甘いキスを交わした。
「…ね、じゅ、純太、キス…長いってば…っ…」
『すれ違ってた分、取り戻さねえとだろ』
「――んっ……でも待って…さすがに……」
劇上では やり過ぎなくらいに貪 るようなキス。頭がクラクラしてしまう。ふいに唇が離れると、彼の指が、私の濡れた唇をなぞった。
『お姫様も起きた事だし、続きは帰ってやりますか』
そう、いつもの調子になった彼に向かって 私は熱くなった顔を縦に振る。そうして台本には無い、二度目のキスを交わした。
私が事の経緯を説明していると、話しの途中から段々と不機嫌になり 冷ややかな視線が送られてくる。そうして、いつもの陽気で余裕のある声は知らぬ間に消えていて 代わりに低い棘のある声が響いた。
『名前の彼氏は俺じゃねえのかよ』
「……だ、だって純太。昨日 お休みしてたから……」
『好きで休んでんじゃねえよ、合宿だっていったろ。何で俺が居ねえ間に勝手に決めてんだよ』
語尾に掛る声が大きくなると、思わず肩を
――怖い。
いつものように、“気にすんな”、“俺も悪かったよ” と眉を八の字にしながら優しく頭を撫でてくれる手嶋純太は ここには居ない。初めて目にする 険しい表情の彼に動揺した私は、謝るよりも先に言い返えすような話言葉になってしまって。
「…わっ、私だって 何度も連絡したよ…。けど、電話に出てくれなかったのは純太の方でしょ」
『あ? なんだよ、それ。合宿中に緊急以外で電話出れるわけねえじゃん、そうやって分かりきった事言うのやめてくんねえ。…つうか、だったら…なに。結局、全部俺の
「…っ…そんな風に言ってない…!…」
『言ってるようなもんだろ!』
「まっ、待って…!純太どこに行っ……」
背を向けて その場を去ろうとした彼の制服を掴むと、乱暴に振り払われた。普段、優しく 壊れ物を扱うように抱いてくれる手が 私を拒絶する。無意識に瞳から涙が溢れそうになった。
『……部活』
そうして一度も振り返る事なく 彼は私と反対方向へ、つま先を向けて歩いて行った。鼻の奥に、つんと痛みが走る。
何故 こんな喧嘩に発展したのか。それは、丁度昨日の出来後。文化祭で行う クラスごとの出し物を決める時間。以前より、私達のクラスでは「眠れる森の美女」の劇をする事に決まっていて。この日、重要な配役を決める事になっていた。不公平にならないよう、くじ引きで配役を決めたのだが。
「それで私が、オーロラ姫の役に決まっちゃってね…相手のフィリップ王子が…クラスの男子になったの…」
「そうか」
短く返事をする電話の向こうに居るのは、彼の一番の友人である 青八木一。あのあと、結局 喧嘩してそれっきりになってしまった私達。適当に寄り道をして帰宅するや否や 青八木から一本の着信があった。恐る恐る電話に出ると、部活中の手嶋の様子が変だったと 心配をする電話で。思い切って、青八木に事の経緯を説明している所だ。
「それで、純太の配役は?」
「…………木なの」
「配役に…木は必要なのか」
「分かんない……」
電話の向こうで、深いため息が聞こえた気がした。当たり前だ。こんな面倒な話し、誰が聞いたって面白くも楽しくもないのだから。
「名前。多分 純太は、木の役に怒った訳じゃない。名前が演じるオーロラ姫の相手を どうして彼氏の自分以外が演じるんだ…って。それで怒ってるんだと思う」
「…うん。お姫様が王子のキスで目覚める話だもんね。嘘でもキスシーンがあるから…。でもね、私も 配役が決まった時 相手が純太じゃなきゃ嫌だなって思って…役を降りようと申し出たんだけど…」
くじ引きで決まった事に文句を言わない、と担任の教師に ぴしゃりと言われてしまい、それ以降 何かを言える雰囲気ではなくなってしまっていたのだ。決まってしまった事は仕方がない。合宿中で電話に出られないと分ってはいたが、彼には一言伝えて置かなければと何度か電話を架けた。
「なるほどな」
「どうしよう、青八木くん…。純太、凄い怒ってた……凄い、怖かった……」
あの時の 振りほどかれた手。苛立ちを
「名前、泣くな。純太も そんな態度取って、後悔してる。現に、今日の部活だって全然 身が入ってなかった」
「…でもっ…。こんなに険悪になったの初めてなの…。どうしていいか分からないよ…あれから電話もメールもしたんだけど、全部返って来なくて…。どうしよう…、どうしよう、純太に嫌われちゃう…っ…」
涙声で話すと、青八木は被せるように言い切った。
「純太は、そんな事で名前を嫌いにならない。それは俺が保証する」
「……っ…」
「話は分かった。………俺に任せろ」
「え?……青八木くんに…」
どう言う事なのだろう。聞き返すも、また同じように“任せろ”としか言われず。青八木との電話は終話した。携帯を覗いて見るも、彼からの折り返しの着信も、メールへの返信もない。私は涙で熱くなった瞳を冷やしに洗面所へ向かった。
________________
結局、あのあとも 手嶋とはすれ違いが続いてしまい 気付けば早くも文化祭当日になってしまっていて。主役の私は特に台詞量が多く、放課後は全て 役の練習に
アナウンスが鳴り、私達のクラスで演じる 眠れる森の美女の劇が開幕された。序盤は台詞量が多いが、あとは“眠れる森の美女”。王子のキスまで眠っているだけ。練習した全ての台詞を噛まず口にしたあと、安堵した私は予定通りに 手作りのベッドで横になる。
――あとは キスだけ。
嘘でもクラスの男子とキスするふりなんてしたら、今度こそ本当に二人の関係が駄目になってしまうかもしれない。青八木は“任せろ”と言ってくれたのだが、意図が分からず不安だけが
「……っ」
薄く瞳を開けると、目の前には。
「…純太…どうして」
理解が追いつかない。いつの間に配役が交代していたのだろう。そっと木の役に目を配れば、私とキスをする予定だった男子がそこに居て。
『青八木がさ、なんか色々 裏で手え回してくれたみたいで』
苦笑する彼は、いつもの彼そのものだ。瞳の奥からは苛立ちは消えていて 代わりに私を大事そうに見つめてくれている。
『キスシーンだけ、代わって貰ったんだ』
静かで優しい声が耳に響くと、途端に目頭が熱くなる。
「純太…、ごめっ…ごめんなさい…私、ちゃんと断れなくて」
『いや、俺の方こそごめん。くじ引きで決めたって事、知らなくてさ…名前が立候補したんじゃねえかって、勝手に勘違いしてたわ』
「そんな事しない……私っ……純太以外に触られたくないし、純太以外とキスしたくないよ………全部、全部…純太じゃないと嫌……」
久しく見る 優しい表情の彼に、熱くなった瞳からは思わず涙が溢れる。やっと目を見て会話が出来た。すると、彼は私の瞳の端から流れる涙を ごつごつした指でそっと
『………泣かせてごめんな。強く当たっちまった事も…。すげえ反省してる』
「…っ…純太、私の事。嫌いになってない?」
『なる訳ねえじゃん。つうかそれはこっちの台詞。……そういう名前は? 俺の事、まだ好きで居てくれるか』
少し不安そうに問う彼は、手を滑らせ 私の頬に触れる。大きくて、なんて気持ち良い。
「……好き。…………純太が好き」
すれ違いの間 何度も伝えたかった言葉を今、目の前にいる彼へ向ける。
「私、純太が好き……っ…。もう、どこにも行かないで……」
『……どこも行かねえよ』
「手も、この前みたいに 振りほどいちゃ嫌…」
『ああ、もう絶対あんな事しねえ……』
「あと。怖い顔、するのも、一生禁止…っ…」
『…それは………善処します』
そうした やり取りにおかしくなり、気付けば額を触れ合わせ笑い合う。
『そんじゃ、劇も最後だ。…王子様のキスで締めようぜ』
「…え、顔を近づけるだけじゃないの…」
確かに、台本には“顔を近づける”と書いてあったのだが。
『…バカ。何の為に王子役を代わって貰ったと思ってんだよ』
「…純……太」
『…しようぜ、“仲直りのキス”』
こんなにも愛おしそうに見つめてくれ、宝物を扱うように頬を撫でてくれる。重なった瞳が、触れられた頬が。全てが私の胸を熱くした。
「ほ、本当にするの」
『……嫌んなっちまった?』
少し意地の悪い視線を送られる。それでも、瞳の奥は、いつもの優しさで溢れていて。
「嫌な訳、ない」
そうして、唇が触れた瞬間。また目尻から温かな雫が流れて落ちる。会場からの声援や拍手なんて、今の私達には届かない程。二人きり、熱く甘いキスを交わした。
「…ね、じゅ、純太、キス…長いってば…っ…」
『すれ違ってた分、取り戻さねえとだろ』
「――んっ……でも待って…さすがに……」
劇上では やり過ぎなくらいに
『お姫様も起きた事だし、続きは帰ってやりますか』
そう、いつもの調子になった彼に向かって 私は熱くなった顔を縦に振る。そうして台本には無い、二度目のキスを交わした。