弱虫ペダル
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八月八日、立秋。季節の指標である「二十四節気」の十三番目の節気だ。「 秋の兆しが見え始める頃」と言われている事もあり、空を見上げれば確かに秋特有の うろこ雲が気持ちよさそうに泳いでいる。しかし、あくまでも秋というのは暦上の話。現実は夏真盛りだ。少し歩いただけで吹き出す額からの玉汗を拭い、一応 制服の半袖シャツをパタパタと仰いみる。
『…臭くは……ないな、うむ。大丈夫だ』
来る前に いつも使っている制汗剤スプレーと迷った末、デオドラントスティックという塗るタイプの 匂いを抑えるクリームを施して来た。部室で新開が塗っているのを見て、気になって聞いてみた所 今はそんな
『せっかく買ったのだ。こうして使ってやらんとな』
再度 体臭を確認したあと、呼ばれていた部室のドアを開ける。
『名前、居るか?』
昼休み、静かな部室内。そっと足を踏み入れると、突然に彼女が胸へと飛び込んで来て。
「尽八っ」
『…!…おおっと…、驚いた。ドアのすぐそばに居るとは』
胸に顔を埋め、両手を背中に回される。ふと、デオドラントスティックを塗った所が脇だけだった事を思い出した。彼女が嬉しそうに顔を埋める胸には塗っていない。
『すまない、外が暑くてな。ここへ来るまでに汗をかいてしまったよ。……臭くはないか』
恐る恐る問うと、彼女は瞳を上げて笑ってみせた。
「私、尽八の香り好き。……今日は何か付けてるみたい…?…だけど。何にも付けてなくても いつも良い匂いするから」
そうして 格好の付かない汗だくのシャツに再び顔を寄せ、匂いを嗅ぐ素振りをする。
『そう言ってくれるのは有り難いのだが…。やはり汗をかいている。あまり嗅いでくれるな』
苦笑しながら優しく彼女の肩に触れ、胸に寄せていた顔を離した。
『…そういえば。今日、こうして呼んでくれた理由を聞きたいのだが。渡したい物があるという事だったな。午後の授業が終われば 部活もある。必然的にここで会えるではないか』
首を傾げて見せると、彼女は少し頬を染め 細く白い指を 俺の手と絡ませた。
「ね、尽八」
『どうしたのだ?』
「誕生日、おめでとう」
『…!…』
……すっかり忘れていた。名前と部員と巻ちゃんの誕生日には毎年欠かさず 日付が変わったと同時にメールを送っているのだが。まさか自分の誕生日を忘れていたなんて。
「まさか、忘れてた?」
『恥ずかしいが、図星だ。思い出させてくれて、ありがとう』
眉を八の字にして頭を掻くと、彼女はおかしそうに笑っていて。それが何とも愛らしくて仕方がない。
「それでね、こうしてお昼休みに呼んだのは 二人っきりの時じゃなきゃ渡せない物なの」
『…む。想像が及ばん…』
頭を
「尽八 毎年、誕生日は何も要らないって言うでしょ」
『当たり前だ。お前が 隣に居てくれる事自体がプレゼントなのだ。他は何も望まんよ』
「今年も そう言われると思った。……だから、ね。……背。少し
『……こうか』
言われた通りに 膝を曲げて腰を
『……―っ』
背伸びをした彼女が 俺の胸のシャツを控えめに掴み 引っ張るように唇を寄せた。最近 部活が多忙を極めていた為 久しぶりの感触に思わず飛んでしまいそうな理性を 直ぐ様呼び覚ます。
『…んっ……名前、これは一体…』
唇を離すと、赤面するも 嬉しそうな表情を浮かべる彼女が まだ胸元のシャツに手を添えたまま 静かな声で呟いた。
「…えっと、ね。…今年のプレゼントは これにしようと思って」
『……キスをか?』
「…うん。…でもただのキスじゃないよ。尽八の誕生日の 月と日を掛けた数だけのキス。有効期限は日付が変わるまで」
月と日を掛けた数。と、言うことは 俺の誕生日は八月八日。……八×八=六十四。
『一日……ろ、六十四回も…キスが出来るという事かっ…!…』
目を丸くし咄嗟に彼女の瞳を覗くと 頬を染めながら可愛い顔で 笑みを返された。
「そう。でも、日付が変わるまでだから、隙を見つけて 沢山しないと間に合わないからね」
『ふっ。あまり舐めて貰っては困るな。俺は東堂尽八、森をも眠らせる 箱学のエースクライマーだ。誰にも気付かれずに キスをするなど
堂々と胸を張って見せると、彼女は思い出したかのように 口を開いた。
「あっ、昼休み明け、移動教室だから もう行かなきゃ」
『何!?』
「ちなみに、さっきのキスはカウントするから、残りは六十三回ね。期限が過ぎたら無効だから。じゃあ また部活で」
『なっ!おい名前、待ってくれ!』
せっかく沢山キスが出来る券を貰えたのだ。この昼休み時間で 彼女の唇を堪能しようと思ったのだが、まさか移動教室だったなんて。部室のドアを開け 少し悪戯な笑みを一つ見せた彼女は 先にその場を後にした。背中が見えなくなると、無意識にため息が出る。しかし それは、肩を落とすような落胆のため息等ではない。
『――絶対、六十三回…!……死んでもキスしてやるぞ……』
腹の底から燃え
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「ねえ、東堂様。昼休み明けからどうしたのかしら」
「私も今 言おうと思ったの。凄い難しい表情で、頬杖を付きながら外を眺めているんですもの」
「いつもの 眩しい笑顔の東堂様も素敵だけど、真剣な瞳をされる東堂様も…たまらなく美しいわ…」
「まるで彫刻のよう。はあ……。美し過ぎて ため息が出ちゃう」
昼休み明けの授業中。そう、女子が口々に 甘いため息を漏らしていた。
「なア、新開」
「どうした、靖友。数学、教えてやろうか?」
「要らっねえヨ、お前 この前の数学のテスト、間違いだらけだったじゃねえか。……そんな事よりだ。おら、見てみろ、窓際の東堂をヨ」
「……頬杖を付きながら 仕切りに外を眺めているな」
「………あの顔。…何考えてっと思う?」
「あれは 十中八九。とんでもなくエロい事考えてる顔だな」
「だよなア。…その顔ヤメロってメール打っとくわ。…気持ち悪くて 授業に集中出来ねエ」
「おいおい授業中だぞ、靖友。携帯没収されるなよ」
「…ッせえ。これ以上、あんな