弱虫ペダル
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照りつける太陽に焼かれる肌。試しに初日と二日目に冷やしてみるも、皮膚から熱が消える事はなかった。三日目に至っては とっくに熱だの傷みだの、そんな物はすっかり感じなくなっていて。目の前が霞み、足の感覚が消え。気が付けば、ジリジリと熱い炎天下のバトルから 俺の存在は消えていた。
「…やだ、靖友…っ、靖友、大丈夫…っ」
大して涼しくもない救護テントへ 担架で運ばれると、すぐ耳に響くのは彼女の緊迫した声。震えている。簡易ベッドに乗せられると、三日間 無茶苦茶な走りをした身体の節々に痛みが走り、思わず眉が動いた。
「…靖友っ、痛いよね…っ…どの辺が痛むの?」
顔を青くし 慌てる彼女を横目に、俺はいつもの調子で答えてみせる。
『だあ、もう…!…痛てえのなんざ全身だヨ。…横んなりゃ治っから………。いちいち騒ぐな』
「…でも…」
『マジで大丈夫だっつの。骨折れてもなきゃ 頭打ってる訳でもネエ……ただちょっと…疲れただけだ』
「……本当?」
『ん』
短く返事をすると、ようやく安堵したようで 彼女は大袈裟に胸を撫で下ろした。最初で最後のインターハイ。呉南の集団から 真波と小野田チャンと協調し、何とか自チームまで追いつく事が出来た。その後もギリギリまで先頭を引いたが、既に棒になっていたその足は、ペダルを回すのに 殆ど使い物にはならなくて。
「“箱学の二番が落ちた”って、大きなアナウンスが聞こえたから…救護テントに来るかもしれないって思って、慌てて来たの…」
『…ッゼエよなァ、アレ。んなの俺が一番分かってんヨ』
安っぽい簡易ベッドから身を起こし、蒸れて気分が悪いシューズを脱ごうとすると すぐに彼女が足元へ回った。
「だめ、起きないで」
『汗かいてるし、多分相当くせえぞ』
「いいから、横になってて」
『へいへい。匂い嗅いで自滅すんなよ』
最後に道の上で見た光景は、とても絶景なんて物じゃなかった。ハンドルを握る手に力が無くなり、ふと前に視線を向ければ 瞬間に俺を引っ張ろうと手を伸ばすも、間に合わないと悟った新開の顔。歯を食いしばり、いつもの余裕ある笑みを無くした東堂の顔。あ然と間抜けな顔をして 口を開いていた泉田と真波の顔。俺自身、こんな所でリタイヤとは情けない話だ。それでも、最後に瞳に映った福チャンの背中だけは、これまで走って来たどんなレースにも及ばないくらい、最高な景色だった。
『こうしてリタイヤしちまったけどよオ…。最後のインターハイ。全力で福チャンを引いて送り出せた…。……ゴールまで辿り着かなかったけど…あの背中が。俺にとっての頂き、特別な景色だ』
仰向けのベッドから、低いテントの天井へと手を伸ばす。すると、ふわり。柔らかな手のひらで、それは優しく包まれた。
「…靖友は、チームの為に、凄い走りをしたよ。…本当、格好良いい」
『……ハッ…。リタイヤして寝そべってンのに? これが格好良いかヨ』
意地の悪い視線を送るも、彼女から向けられる瞳はとても温かで。
「うん。…靖友が見た、福富くんの背中が“特別な景色”なら。靖友は私に、いつもそんな景色を見せてくれてるよ」
『…』
「一瞬、一瞬。目が離せないくらい格好良いの。追走の時なんて特に。落車しちゃうんじゃないかって、ギリギリの荒いライディングなんて見せられたら ドキドキで夜も眠れないよね」
『いや、さすがに夜は眠れンだろ』
汚れたグローブを外し、細く柔らかな指に 自分の手を絡ませると 彼女はそれは嬉しそうに微笑んだ。嘘偽り、屈託のないその笑顔に つられて思わず苦笑してしまう。
『本当、名前チャンて趣味悪いよナア。…俺なんか選んじまってる時点で終わってる』
「そういう酷い事言うなら、もう戻っちゃうよ、まだレース終わってないんだから」
頬を膨らませ、眉をひそめた彼女が愛らしくて仕方がない。ベッドに横たわったまま するりと手を伸ばし、目の前に立つ彼女の腰を抱き寄せた。
『なあ』
「…きゃ…靖友、いきなり危ないってば」
『…まだ行くなって』
腰に当てた手を下に滑らせ、彼女の尻に触れると 瞬間に小さく身体が動いた。
『もうちょっとだけ、そばに居てヨ』
「―っ…」
ベッドから見上げ、視線が重なると 途端に赤面させ慌てる様子を見せる。そうしてしばらくの沈黙のあと、二人きりしか居ない救護テント内にも関わらず、それは小さな声で呟いた。
「分かった……けど…。お、お尻触るのやめてよ…」
『リタイヤしてから、手に力入らなくてよオ。ちゃんと握力戻ってっか、確認』
「とっくに戻ってるでしょ。…そんなに むにむに触れるんなら」
そう呆れた表情でため息をつくも、すぐに口角をあげて笑ってみせた。ふいに 彼女が腰を屈 ませ、俺の顔に近づく。前髪同士が触れ合うと、くすぐったいが それが妙に心地よくて。汗で汚れた手を伸ばし、彼女の垂れて流れた髪をそっと耳に掛けてやる。互いの息遣いを感じる距離に、心臓がぴくりと跳ねた。
『…くれんの?』
顔を覗けば、澄んだ瞳の中に俺自身が映っていて。改めて彼女を見つめる自分の表情に、思わず苦笑しまう程。いつの間に こんな情けない顔が出来るようになっていたのだろう。そうして非常に短い問いへ、彼女は頬を染めながら一つ頷き、そのまま静かに唇を落とした。
「…靖友…好き」
『ん』
触れ合う唇が、熱い。柔らかく、甘い彼女のそれに 日焼けした肌の感覚が戻ってくるような気がした。ジリジリと全身が焼けるように火照り出す。唇が離れても、互いに顔を離そうとはせず、瞳の奥を見つめ合った。
『なあ、名前チャン』
「なに?」
『……インハイはこれで終わりだ。名前チャンが言ってくれた、俺が見せてやれる“景色”はよ、もうしばらく見せてやれねエ…』
「ん」
耳に掛けていた髪が、また流れて俺の頬をくすぐる。
『大学行ったらまたチャリ部入ろうとは思うけど、いきなり活躍出来る訳じゃネエしさ……』
「そうだね」
『なんも見せれねエ、こんな格好悪い俺でもヨ……まだこうして一緒に居てくれんの?』
彼女は流れた髪を 細い指で掬 い、小さな耳へ掛けた。そうして、視線を逸らさぬまま、瞳の奥へ語りかける。
「さっきの、言葉足らずだったかもしれないけどね。……私にとって。靖友の存在自体が 一番で、てっぺんで、特別なの」
『……』
「だから、明日も明後日も。ずっと、ずっと、私は靖友から“特別”を見せて貰えるよ」
ね?と首を傾げ、微笑む彼女に俺は大きなため息をついた。ほとほと呆れちまう。
『……惚れ過ぎだろ、いくらなんでもよオ…バアカチャンが。………本っ当、見る目ねえ』
ベッドから身体を起こすと、自分で思った以上に節々は悲鳴を上げ、今にも痙攣を起こしそうになっている。それでも、力の入らなくなった情けない両手を伸ばし、彼女を思い切り胸に抱きしめた。ふわり香るのは 近づかなけば分からない、俺だけが知る彼女の匂い。俺だけの特別。
『…なあ。続き』
「え?」
『さっき の続き。もっと欲しいって言ったら……どこまでくれるヨ』
抱きしめる腕に力を込める。するりと、彼女の細く白い腕が俺の背中に回されて、同じようにきつく抱きしめ返された。
「そうだな。…全部あげるっていったら……どこまで貰ってくれるの?」
質問に質問返し。吹き出しそうになるのを我慢する。なんせ答えは単純明快。惚れた女に“特別”扱いされてんだ。
『残りの時間 、全部に決まってる』
馬鹿みたいに嬉しそうな表情を浮かべる彼女へ、もう一度。今度は俺からキスをした。
「…やだ、靖友…っ、靖友、大丈夫…っ」
大して涼しくもない救護テントへ 担架で運ばれると、すぐ耳に響くのは彼女の緊迫した声。震えている。簡易ベッドに乗せられると、三日間 無茶苦茶な走りをした身体の節々に痛みが走り、思わず眉が動いた。
「…靖友っ、痛いよね…っ…どの辺が痛むの?」
顔を青くし 慌てる彼女を横目に、俺はいつもの調子で答えてみせる。
『だあ、もう…!…痛てえのなんざ全身だヨ。…横んなりゃ治っから………。いちいち騒ぐな』
「…でも…」
『マジで大丈夫だっつの。骨折れてもなきゃ 頭打ってる訳でもネエ……ただちょっと…疲れただけだ』
「……本当?」
『ん』
短く返事をすると、ようやく安堵したようで 彼女は大袈裟に胸を撫で下ろした。最初で最後のインターハイ。呉南の集団から 真波と小野田チャンと協調し、何とか自チームまで追いつく事が出来た。その後もギリギリまで先頭を引いたが、既に棒になっていたその足は、ペダルを回すのに 殆ど使い物にはならなくて。
「“箱学の二番が落ちた”って、大きなアナウンスが聞こえたから…救護テントに来るかもしれないって思って、慌てて来たの…」
『…ッゼエよなァ、アレ。んなの俺が一番分かってんヨ』
安っぽい簡易ベッドから身を起こし、蒸れて気分が悪いシューズを脱ごうとすると すぐに彼女が足元へ回った。
「だめ、起きないで」
『汗かいてるし、多分相当くせえぞ』
「いいから、横になってて」
『へいへい。匂い嗅いで自滅すんなよ』
最後に道の上で見た光景は、とても絶景なんて物じゃなかった。ハンドルを握る手に力が無くなり、ふと前に視線を向ければ 瞬間に俺を引っ張ろうと手を伸ばすも、間に合わないと悟った新開の顔。歯を食いしばり、いつもの余裕ある笑みを無くした東堂の顔。あ然と間抜けな顔をして 口を開いていた泉田と真波の顔。俺自身、こんな所でリタイヤとは情けない話だ。それでも、最後に瞳に映った福チャンの背中だけは、これまで走って来たどんなレースにも及ばないくらい、最高な景色だった。
『こうしてリタイヤしちまったけどよオ…。最後のインターハイ。全力で福チャンを引いて送り出せた…。……ゴールまで辿り着かなかったけど…あの背中が。俺にとっての頂き、特別な景色だ』
仰向けのベッドから、低いテントの天井へと手を伸ばす。すると、ふわり。柔らかな手のひらで、それは優しく包まれた。
「…靖友は、チームの為に、凄い走りをしたよ。…本当、格好良いい」
『……ハッ…。リタイヤして寝そべってンのに? これが格好良いかヨ』
意地の悪い視線を送るも、彼女から向けられる瞳はとても温かで。
「うん。…靖友が見た、福富くんの背中が“特別な景色”なら。靖友は私に、いつもそんな景色を見せてくれてるよ」
『…』
「一瞬、一瞬。目が離せないくらい格好良いの。追走の時なんて特に。落車しちゃうんじゃないかって、ギリギリの荒いライディングなんて見せられたら ドキドキで夜も眠れないよね」
『いや、さすがに夜は眠れンだろ』
汚れたグローブを外し、細く柔らかな指に 自分の手を絡ませると 彼女はそれは嬉しそうに微笑んだ。嘘偽り、屈託のないその笑顔に つられて思わず苦笑してしまう。
『本当、名前チャンて趣味悪いよナア。…俺なんか選んじまってる時点で終わってる』
「そういう酷い事言うなら、もう戻っちゃうよ、まだレース終わってないんだから」
頬を膨らませ、眉をひそめた彼女が愛らしくて仕方がない。ベッドに横たわったまま するりと手を伸ばし、目の前に立つ彼女の腰を抱き寄せた。
『なあ』
「…きゃ…靖友、いきなり危ないってば」
『…まだ行くなって』
腰に当てた手を下に滑らせ、彼女の尻に触れると 瞬間に小さく身体が動いた。
『もうちょっとだけ、そばに居てヨ』
「―っ…」
ベッドから見上げ、視線が重なると 途端に赤面させ慌てる様子を見せる。そうしてしばらくの沈黙のあと、二人きりしか居ない救護テント内にも関わらず、それは小さな声で呟いた。
「分かった……けど…。お、お尻触るのやめてよ…」
『リタイヤしてから、手に力入らなくてよオ。ちゃんと握力戻ってっか、確認』
「とっくに戻ってるでしょ。…そんなに むにむに触れるんなら」
そう呆れた表情でため息をつくも、すぐに口角をあげて笑ってみせた。ふいに 彼女が腰を
『…くれんの?』
顔を覗けば、澄んだ瞳の中に俺自身が映っていて。改めて彼女を見つめる自分の表情に、思わず苦笑しまう程。いつの間に こんな情けない顔が出来るようになっていたのだろう。そうして非常に短い問いへ、彼女は頬を染めながら一つ頷き、そのまま静かに唇を落とした。
「…靖友…好き」
『ん』
触れ合う唇が、熱い。柔らかく、甘い彼女のそれに 日焼けした肌の感覚が戻ってくるような気がした。ジリジリと全身が焼けるように火照り出す。唇が離れても、互いに顔を離そうとはせず、瞳の奥を見つめ合った。
『なあ、名前チャン』
「なに?」
『……インハイはこれで終わりだ。名前チャンが言ってくれた、俺が見せてやれる“景色”はよ、もうしばらく見せてやれねエ…』
「ん」
耳に掛けていた髪が、また流れて俺の頬をくすぐる。
『大学行ったらまたチャリ部入ろうとは思うけど、いきなり活躍出来る訳じゃネエしさ……』
「そうだね」
『なんも見せれねエ、こんな格好悪い俺でもヨ……まだこうして一緒に居てくれんの?』
彼女は流れた髪を 細い指で
「さっきの、言葉足らずだったかもしれないけどね。……私にとって。靖友の存在自体が 一番で、てっぺんで、特別なの」
『……』
「だから、明日も明後日も。ずっと、ずっと、私は靖友から“特別”を見せて貰えるよ」
ね?と首を傾げ、微笑む彼女に俺は大きなため息をついた。ほとほと呆れちまう。
『……惚れ過ぎだろ、いくらなんでもよオ…バアカチャンが。………本っ当、見る目ねえ』
ベッドから身体を起こすと、自分で思った以上に節々は悲鳴を上げ、今にも痙攣を起こしそうになっている。それでも、力の入らなくなった情けない両手を伸ばし、彼女を思い切り胸に抱きしめた。ふわり香るのは 近づかなけば分からない、俺だけが知る彼女の匂い。俺だけの特別。
『…なあ。続き』
「え?」
『
抱きしめる腕に力を込める。するりと、彼女の細く白い腕が俺の背中に回されて、同じようにきつく抱きしめ返された。
「そうだな。…全部あげるっていったら……どこまで貰ってくれるの?」
質問に質問返し。吹き出しそうになるのを我慢する。なんせ答えは単純明快。惚れた女に“特別”扱いされてんだ。
『残りの
馬鹿みたいに嬉しそうな表情を浮かべる彼女へ、もう一度。今度は俺からキスをした。