弱虫ペダル
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昼休みの校舎裏。呼び出され、目の前に差し出されたのは 三十はある色とりどりの封筒。どの封筒も可愛げな柄や、シールが貼られていた。気持ちを無下にしてしまうのは心が痛むが 仕方がない。私は誠意を込めて、目の前の女子生徒三人に深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。受け取れません」
そう言うと、今の今まで目を輝かせていた女子たちの表情は途端に曇り、今度は敵意を持った眼差しを向けられる。
「アンタに渡そうって訳じゃないのよ。これを アンタがマネージャーやってる自転車部の東堂様たちに渡して欲しいって言ってるの」
彼女たちはきっと、それを書いた女子生徒らを代表して渡しに来たのだろう。どんな温かい気持ちで、どんなに心を込めて書いたのか。それが想い人へ届かないなんて、想像するだけで胸が締め付けられた。それでも、自転車部の部員たちもまた、生半可な精神でペダルを回している訳じゃない。日々過酷な練習に熱を燃やし、迫るインターハイへと爪先を向け進んでいる。そんな部員にとって異性交遊は二の次で。ラブレターの類等も部全体で受け取らない決まりになっているのだ。マネージャーであっても、部の一員である事に変わりはない。私はもう一度頭を下げた。
「本当にごめんなさい。部内で受け取らない決まりになっていて。皆が応援している事は、責任を持って伝えます、だから」
「何よ、その決まり。どうせ自分が、独占したいから そんな事言ってるんでしょ」
「そ、そんな訳ない…!」
「たかがマネージャーでしょ、大した仕事もしてないんだから、手紙くらい渡しなさいよ!」
顔を真っ赤にし、怒りに満ちた一人の女子生徒の手が上がる。反射的に目を瞑った。その時。
『うちの可愛い“部員”に何か用かア?』
恐る恐る目を開けると、振り下ろされた女子の腕を掴み、ゆらり、私の目の前に立ちはだかる荒北がいた。振り返る彼と ちらと視線が重なるり 低い声で呟かれる。
『どういう状況か知らねェけど、面倒事起こすなヨ。福チャンに怒られンぞ』
「…荒北くん」
『名前チャンも部員なんだ。問題起こしたら連帯責任なんて真っ平だからな』
「…ん…ごめん」
はっきりと“部員”と言い切られ、こんな状況でも 嬉しさで胸が温かくなってしまった。荒北は、女子生徒に目を配ると 彼女たちが手にしている手紙の山を見て合致が行ったらしい。そうして、大量の手紙を少々 乱暴な手付きで奪ってみせる。
「え…荒北…!ありがとう、もしかして、東堂様たちに渡してくれるの? 良かった、話が分かるじゃない」
目の輝きを取り戻した女子生徒に対し、彼は手紙類を それはもうグシャグシャに丸め、地に落とした。
『ハッ!誰が あんな野郎に渡すかヨ!いいか、チャリ部はこれからも こういうモンは受け取らねェ。女にかまけてる時間すら惜しいのに こんなんに目ェ通す暇なんざねえんだよ!』
「――ッ…さ、サイテー」
『何とでも言いやがれ! それと、今度また名前チャンに近づいてみろ。…その後ろに俺が居る事も、忘れんじゃねェぞ』
ギラリと光るきつい眼差しは、まさに獲物を狩る狼。睨まれたら一溜まりもない。殆どの者は十中八九 萎縮してしまう。女子生徒も同様なようで、びくり、肩を震わせると一歩ずつ後退りして行った。
「な…なによ…!ファンサービスの一つ出来ない癖に!」
「女の敵よ!…皆の気持ち踏みにじって!この事、一生忘れてやらないんだから!」
「荒北のバーカ!獣 臭いんだよ!」
捨て台詞を吐き、顔を赤くさせ 頭から湯気を出した女子生徒たちは足早にその場を去って行った。残されたのは、荒北の手で丸められ、ぐったりと地に横たわる何通もの手紙たち。そして彼。
『…たくっ…。女っつうのはこれだから怖え。目キラキラさせてると思ったら 途端に手のひら返してこうだもんヨ』
「最後のは、ほぼ悪口だったけどね」
なんとも言えず苦笑していると、彼は 大きなため息をつき 地に落ちた手紙を拾い始めた。
『懲りずに良く書くぜ、こんなんよォ』
そうして ふと、可愛らしい封筒に記された宛先を読み上げる。
『へいへい、東堂な。こっちも東堂。……東堂、真波、東堂、真波、真波、新開、東堂、新開、東堂、真波、真波、真波、真波、真波ッ!だあ!……クソッ!ねェじゃん!俺には一通もォ!ま、まあ、気にしちゃいねえけど? 真波が一番多いっつうのが、何か無性に腹立つ!』
「荒北くんも、欲しかった…? ラブレター」
『ハッ、欲かねェよ!寝言は寝て言えバアカ』
「まあ、手紙を貰う三人は、ファンサービスも上手だから…好きになる人も多いかもね」
『そんなんする暇あったら、ペダル回してらあ』
「荒北くんは、ファンサービスが無い事が、ファンサービス、みたいな所あるもんね」
フォローになっているか分からないが、これで落ち着いてくれるといいのだが。すると、荒北は 少し考えたあと、思い付いたかのように口を開いた。
『………まあ、名前チャンになら? ファンサービス、してやってもいいんだぜ』
「……え…」
先程とは違う、瞳の奥に少しの優しさが見えた。瞬間に恥ずかしくなり、目を背ける。
「う…ううん、大丈夫。やりたくない事、無理してやらなくていいと思うし…ね?」
『…………………あ、ソウ』
「ん……」
素直になれない自分が情けない。これは帰ったら一人反省会が必要だ。ファンサービスはしても、部内で色恋にかまける部員は一人も居ない。その為、密かに想いを寄せている彼に“ファンサービスをしてやる”そう言われても、どうしたって素直に頷けなかったのだ。そんな事をされれば きっと気持ちのダムが崩壊して、抑え込んでいる“好き”が簡単に溢れてしまう。大事なインターハイ前だ。邪魔になりたくはなかった。
『なら。これ俺が預かっておく』
彼は三十はある手紙を腕に集めた。
「どうするの?」
『………。部室の空いてるロッカーにでも入れとくわ。誰も使ってねえ所あるし』
「…優しいんだね」
『…ウッセ。捨てたら呪われそうだしな。 しまっとくだけだ』
口を尖らせ そう言うものの、根は本当に優しくて。喉まで出掛かり、伝えたくなってしまいそうになる気持ちを ぐっと抑えて飲み込んだ。
「じゃあ、ごめんね。手紙は荒北くんにお願いしようかな」
『おう。次、絡まれたらすぐ携帯鳴らせよな』
「ありがとう、また放課後。部活でね」
控えめに片手を振って、私は彼の元を後にした。午後の授業が始まる為、教室へ向かう途中 何度ため息が出たか分からない。
「はあ…荒北くん…。格好良かったあ…。あんなに近づけたの初めてだから…心臓壊れちゃうかと思った…」
赤面した顔を早く冷まさねば。彼との距離を意識したせいで、無意識に体温が上がっていた。
「獣臭いなんて…嘘言わないで欲しいのに…。…す…凄い良い匂いしたし……大人が付ける、香水、みたいな……っ…」
思い出しただけで 変な汗をかき、途端に手で顔を扇いだ。それでも吹き出す額の汗を拭う為 ポケットからハンカチを取り出そうとした その時。ある物が ない事に気付く。
「あれ…嘘…ない…」
ポケットへ入れていたのは、休み時間に友人が 私をからかって書いた ただの紙切れ。からかわないで、と赤面しながら取り上げたが 内心は満更でもなく どうしてもそれを捨てる事が出来なかった。そうして大事に制服のポケットに入れておいたはずなのに。
「落とした……?」
ただの紙切れなら どうって事はないのだが、内容が内容だ。ノートを破って書かれたのは、想い人の名字と私の名前を並べた落書き。
「さっきまであったのに…。まさか…荒北くんと一緒にいる時に落としたとか…?」
午後の授業まで時間がある。私は急いで 来た道を全速力で走った。息を切らし 校舎裏へたどり着くと、当然だが彼と 大量の手紙たちは消えていて。整わない息遣いと共に 辺りを見渡すと、破れた紙切れが ぽつり、地面に落ちているのを発見した。
「よ、良かった…あった…!」
誰にも拾われて居ないようで 胸を撫で下ろし安堵した。私は紙切れを拾い上げ、そっと中を開く。そこには。
「――ッ…!…」
________________
あれから 午後の授業はまともに耳に入らず。混乱する頭を抱えていたら、時間はあっという間に過ぎ、とうとう放課後 部活動の時間になってしまっていて。
ぴりつく空気が漂う自転車競技部の部室近くには、相変わらず女子生徒が道なりに並んでいる。今か今かと ざわつく彼女たちの目の前に それぞれの愛車に乗った部員たちが姿を表すと 途端に悲鳴のような声援が沸いた。
「きゃー!東堂様、指さすやつやってー!」
「新開くん、こっち向いてー!」
「…せーの、真波くーん!きゃー!可愛いー!」
熱い声援の中、洗礼された車輪の音を響かせ 道に並ぶ女子生徒の前を駆け抜けて行く部員たち。その中には、勿論 私の想い人の彼が居て。目の前を 瞬間的スピードで駈ける彼と ほんの一瞬 視線が重なった。身体が熱く燃え、赤面している事が自分でも分かる程。そうして彼は、ハンドルから片手を離すと、誰にも気付かれないよう 控えめに私の心臓を指差し、撃ち抜く素振りを見せた。
『――BANG』
車輪の音が遠く離れて行き、あっという間に背中すら見えくなった。しかし、私の心臓は未だ 貫かれたまま、絶えず早い躍動を繰り返していて。ふと 思い出したかのようにポケットを漁り 例の紙の切れ端を取り出した。何度開いても、夢なんじゃないかと頬をつねりたくなってしまう。それでも、これが本当なら、こんなファンサービス他にない。
――「荒北名前」そう友人によって書かれた文字の横には。お世辞にも綺麗とは言えない文字。堂々と書き殴られた たった三文字は、一生 私を熱から解放する気はないらしい。
“予約済!”
「ごめんなさい。受け取れません」
そう言うと、今の今まで目を輝かせていた女子たちの表情は途端に曇り、今度は敵意を持った眼差しを向けられる。
「アンタに渡そうって訳じゃないのよ。これを アンタがマネージャーやってる自転車部の東堂様たちに渡して欲しいって言ってるの」
彼女たちはきっと、それを書いた女子生徒らを代表して渡しに来たのだろう。どんな温かい気持ちで、どんなに心を込めて書いたのか。それが想い人へ届かないなんて、想像するだけで胸が締め付けられた。それでも、自転車部の部員たちもまた、生半可な精神でペダルを回している訳じゃない。日々過酷な練習に熱を燃やし、迫るインターハイへと爪先を向け進んでいる。そんな部員にとって異性交遊は二の次で。ラブレターの類等も部全体で受け取らない決まりになっているのだ。マネージャーであっても、部の一員である事に変わりはない。私はもう一度頭を下げた。
「本当にごめんなさい。部内で受け取らない決まりになっていて。皆が応援している事は、責任を持って伝えます、だから」
「何よ、その決まり。どうせ自分が、独占したいから そんな事言ってるんでしょ」
「そ、そんな訳ない…!」
「たかがマネージャーでしょ、大した仕事もしてないんだから、手紙くらい渡しなさいよ!」
顔を真っ赤にし、怒りに満ちた一人の女子生徒の手が上がる。反射的に目を瞑った。その時。
『うちの可愛い“部員”に何か用かア?』
恐る恐る目を開けると、振り下ろされた女子の腕を掴み、ゆらり、私の目の前に立ちはだかる荒北がいた。振り返る彼と ちらと視線が重なるり 低い声で呟かれる。
『どういう状況か知らねェけど、面倒事起こすなヨ。福チャンに怒られンぞ』
「…荒北くん」
『名前チャンも部員なんだ。問題起こしたら連帯責任なんて真っ平だからな』
「…ん…ごめん」
はっきりと“部員”と言い切られ、こんな状況でも 嬉しさで胸が温かくなってしまった。荒北は、女子生徒に目を配ると 彼女たちが手にしている手紙の山を見て合致が行ったらしい。そうして、大量の手紙を少々 乱暴な手付きで奪ってみせる。
「え…荒北…!ありがとう、もしかして、東堂様たちに渡してくれるの? 良かった、話が分かるじゃない」
目の輝きを取り戻した女子生徒に対し、彼は手紙類を それはもうグシャグシャに丸め、地に落とした。
『ハッ!誰が あんな野郎に渡すかヨ!いいか、チャリ部はこれからも こういうモンは受け取らねェ。女にかまけてる時間すら惜しいのに こんなんに目ェ通す暇なんざねえんだよ!』
「――ッ…さ、サイテー」
『何とでも言いやがれ! それと、今度また名前チャンに近づいてみろ。…その後ろに俺が居る事も、忘れんじゃねェぞ』
ギラリと光るきつい眼差しは、まさに獲物を狩る狼。睨まれたら一溜まりもない。殆どの者は十中八九 萎縮してしまう。女子生徒も同様なようで、びくり、肩を震わせると一歩ずつ後退りして行った。
「な…なによ…!ファンサービスの一つ出来ない癖に!」
「女の敵よ!…皆の気持ち踏みにじって!この事、一生忘れてやらないんだから!」
「荒北のバーカ!
捨て台詞を吐き、顔を赤くさせ 頭から湯気を出した女子生徒たちは足早にその場を去って行った。残されたのは、荒北の手で丸められ、ぐったりと地に横たわる何通もの手紙たち。そして彼。
『…たくっ…。女っつうのはこれだから怖え。目キラキラさせてると思ったら 途端に手のひら返してこうだもんヨ』
「最後のは、ほぼ悪口だったけどね」
なんとも言えず苦笑していると、彼は 大きなため息をつき 地に落ちた手紙を拾い始めた。
『懲りずに良く書くぜ、こんなんよォ』
そうして ふと、可愛らしい封筒に記された宛先を読み上げる。
『へいへい、東堂な。こっちも東堂。……東堂、真波、東堂、真波、真波、新開、東堂、新開、東堂、真波、真波、真波、真波、真波ッ!だあ!……クソッ!ねェじゃん!俺には一通もォ!ま、まあ、気にしちゃいねえけど? 真波が一番多いっつうのが、何か無性に腹立つ!』
「荒北くんも、欲しかった…? ラブレター」
『ハッ、欲かねェよ!寝言は寝て言えバアカ』
「まあ、手紙を貰う三人は、ファンサービスも上手だから…好きになる人も多いかもね」
『そんなんする暇あったら、ペダル回してらあ』
「荒北くんは、ファンサービスが無い事が、ファンサービス、みたいな所あるもんね」
フォローになっているか分からないが、これで落ち着いてくれるといいのだが。すると、荒北は 少し考えたあと、思い付いたかのように口を開いた。
『………まあ、名前チャンになら? ファンサービス、してやってもいいんだぜ』
「……え…」
先程とは違う、瞳の奥に少しの優しさが見えた。瞬間に恥ずかしくなり、目を背ける。
「う…ううん、大丈夫。やりたくない事、無理してやらなくていいと思うし…ね?」
『…………………あ、ソウ』
「ん……」
素直になれない自分が情けない。これは帰ったら一人反省会が必要だ。ファンサービスはしても、部内で色恋にかまける部員は一人も居ない。その為、密かに想いを寄せている彼に“ファンサービスをしてやる”そう言われても、どうしたって素直に頷けなかったのだ。そんな事をされれば きっと気持ちのダムが崩壊して、抑え込んでいる“好き”が簡単に溢れてしまう。大事なインターハイ前だ。邪魔になりたくはなかった。
『なら。これ俺が預かっておく』
彼は三十はある手紙を腕に集めた。
「どうするの?」
『………。部室の空いてるロッカーにでも入れとくわ。誰も使ってねえ所あるし』
「…優しいんだね」
『…ウッセ。捨てたら呪われそうだしな。 しまっとくだけだ』
口を尖らせ そう言うものの、根は本当に優しくて。喉まで出掛かり、伝えたくなってしまいそうになる気持ちを ぐっと抑えて飲み込んだ。
「じゃあ、ごめんね。手紙は荒北くんにお願いしようかな」
『おう。次、絡まれたらすぐ携帯鳴らせよな』
「ありがとう、また放課後。部活でね」
控えめに片手を振って、私は彼の元を後にした。午後の授業が始まる為、教室へ向かう途中 何度ため息が出たか分からない。
「はあ…荒北くん…。格好良かったあ…。あんなに近づけたの初めてだから…心臓壊れちゃうかと思った…」
赤面した顔を早く冷まさねば。彼との距離を意識したせいで、無意識に体温が上がっていた。
「獣臭いなんて…嘘言わないで欲しいのに…。…す…凄い良い匂いしたし……大人が付ける、香水、みたいな……っ…」
思い出しただけで 変な汗をかき、途端に手で顔を扇いだ。それでも吹き出す額の汗を拭う為 ポケットからハンカチを取り出そうとした その時。ある物が ない事に気付く。
「あれ…嘘…ない…」
ポケットへ入れていたのは、休み時間に友人が 私をからかって書いた ただの紙切れ。からかわないで、と赤面しながら取り上げたが 内心は満更でもなく どうしてもそれを捨てる事が出来なかった。そうして大事に制服のポケットに入れておいたはずなのに。
「落とした……?」
ただの紙切れなら どうって事はないのだが、内容が内容だ。ノートを破って書かれたのは、想い人の名字と私の名前を並べた落書き。
「さっきまであったのに…。まさか…荒北くんと一緒にいる時に落としたとか…?」
午後の授業まで時間がある。私は急いで 来た道を全速力で走った。息を切らし 校舎裏へたどり着くと、当然だが彼と 大量の手紙たちは消えていて。整わない息遣いと共に 辺りを見渡すと、破れた紙切れが ぽつり、地面に落ちているのを発見した。
「よ、良かった…あった…!」
誰にも拾われて居ないようで 胸を撫で下ろし安堵した。私は紙切れを拾い上げ、そっと中を開く。そこには。
「――ッ…!…」
________________
あれから 午後の授業はまともに耳に入らず。混乱する頭を抱えていたら、時間はあっという間に過ぎ、とうとう放課後 部活動の時間になってしまっていて。
ぴりつく空気が漂う自転車競技部の部室近くには、相変わらず女子生徒が道なりに並んでいる。今か今かと ざわつく彼女たちの目の前に それぞれの愛車に乗った部員たちが姿を表すと 途端に悲鳴のような声援が沸いた。
「きゃー!東堂様、指さすやつやってー!」
「新開くん、こっち向いてー!」
「…せーの、真波くーん!きゃー!可愛いー!」
熱い声援の中、洗礼された車輪の音を響かせ 道に並ぶ女子生徒の前を駆け抜けて行く部員たち。その中には、勿論 私の想い人の彼が居て。目の前を 瞬間的スピードで駈ける彼と ほんの一瞬 視線が重なった。身体が熱く燃え、赤面している事が自分でも分かる程。そうして彼は、ハンドルから片手を離すと、誰にも気付かれないよう 控えめに私の心臓を指差し、撃ち抜く素振りを見せた。
『――BANG』
車輪の音が遠く離れて行き、あっという間に背中すら見えくなった。しかし、私の心臓は未だ 貫かれたまま、絶えず早い躍動を繰り返していて。ふと 思い出したかのようにポケットを漁り 例の紙の切れ端を取り出した。何度開いても、夢なんじゃないかと頬をつねりたくなってしまう。それでも、これが本当なら、こんなファンサービス他にない。
――「荒北名前」そう友人によって書かれた文字の横には。お世辞にも綺麗とは言えない文字。堂々と書き殴られた たった三文字は、一生 私を熱から解放する気はないらしい。
“予約済!”