弱虫ペダル
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あべのハルカス、海遊館、ひらかたパーク。目が回るような 多彩な観光名所が並ぶ「食いだおれの街」大阪。ド派手な道頓堀の看板に、思わず口が ぽかんと開いてしまったのが昼間の出来事。あっという間に日が暮れたこの日、夏の連休を利用して 恋人の鳴子と遠出の弾丸デートをしに大阪へ足を運んでいた。部活ばかりで、普段どこにも出掛けられない分、空いた休日でデートをしようと持ち掛けられたのが つい昨日の事。
「まさか、本当に弾丸で大阪に行くとは思わなかったよ」
『カッカッカ! こういうのは勢いが大事やからな』
いつもの軽い口調でデートへ誘われた為、半ば冗談かと思っていたのだが、千葉駅で 大阪行きの新幹線切符を手渡された時に それが冗談ではなかったのだと、驚きを隠せなかった。
「新幹線代、ごめんね。あとでちゃんと渡すから」
予め用意されていた切符を受け取った為、自分の財布を開けぬまま大阪まで来てしまった。大阪行きを冗談だと思っていた私は、勿論 そんな持ち合わせ等なく。二人分の新幹線代という大金を いっぺんに支払わせてしまった事に、少々気が引けてしまう。すると、鳴子は目の前で 手を振る素振りを見せた。
『構へんて。こういう時の為に ガキの頃からお年玉貯めてん。どうせサイクルショップと雑誌くらいにしか使い所あらへんし』
そうして にこり、小さな八重歯を見せて笑う。
『名前と思い出作れるんなら、最高の使い道やん』
「鳴子くん、ありがとう」
『まあ、ちいとばかし足が出てもうて。オカンに借金したんは格好付かへんけどな!』
「え、そうなの。ごめんね、やっぱりちゃんと払うから……きゃ…」
言いかけると、途端に手を握られた。歩き出した鳴子に引っ張られるように後ろへ続く。
『ほな行くで、祭や!』
_________________
夏のせいか。陽も長なくなり、もう十九時だというのにまだ薄っすらと 空は明るさを残していた。手を引かれながら訪れた先は、人々で賑わいを見せる 大阪天満宮で行われる星愛七夕まつり。毎年多くの観光客が足を運ぶ祭だそうだ。突然決まった弾丸デートの日 たまたまこの祭があった為、本来 梅田スカイビルで夜景を眺めるはずだったのだが、急遽予定を変更したのだ。
『夜景はいつでも見れるしな。それより、一年に一回の祭の方が、なんか特別感あるやろ』
「そうだね。それにしても凄い人」
境内を歩く人々と すれ違う度に肩がぶつかってしまう。目を丸くして辺りを見渡す私の手を 彼は強く握りしめた。
『名前、手。離さんとき』
「……ん」
力強く握られた手は、互いにじんわりと汗をかいていく。しばらく歩いていくと、大きな茅 の輪 が見えてきた。きっと、皆あれを潜りに来て居るのだろう。茅 の輪 の周りには沢山の列が出来ている。
「凄い…あれを潜 るんだ…」
『せやで、ほら。少し先に、茅の輪が七つ見えるやろ』
「うん」
『ちゃんと 一つ一つに意味があるねんで』
「へえ」
聞けば、七つの茅の輪は手前から順番に潜って行くようで。全ての茅の輪にそれぞれ意味があるらしい。
「諸願成就」「学徳向上」「心身健康」「家内安全」「商売繁昌」「厄除」そして最後に。「恋愛成就」
『ま、ワイらはもう成就しとるし。潜らんでもええか』
「ええっ、何でそうなるの!ちゃんと潜ろうよ」
慌てて彼の服を引っ張ると、逞しい腕が伸びて来て 私の頭をふわりと撫でる。
『冗談やて。ほんま可愛えな、名前は』
向けられた笑顔に胸が温かくなる。最初は驚いた弾丸デートも、こうして二人で思い出を作れるなら、移動時間ですら なんら苦もない。しかしながら、茅の輪潜りに足が届くまで なかなか時間が掛るらしい。先程から列があまり進まず その場で留まってしまっていた。二人で居れる時間に変わりはないが、ただ立って居るだけでは勿体ない気がしてならない。すると、それは彼も同じだったようで。
『名前、茅の輪潜りは 時間遅うまでやっとる。人が捌けるまで別なとこ回ろか』
「賛成」
手を繋ぎ直し、列から離れる。人が密集していたせいで暑く感じたが、人混みから離れてみれば案外涼しい。湿り気はあるが、心地よい夜風が頬を撫でる。瞬間、風に乗って一枚の細長い紙切れが目の前を通り過ぎた。
「……短冊?」
ひらひらと風に舞うオレンジ色の紙切れは、気持ちの良い柔らかな風に吹かれ、境内へと吸い込まれて行くように見えた。私のその言葉に、彼は思い出したかのように口を開く。
『せや。七夕の短冊書くイベントがあるんやった』
「いいね、それ。鳴子くん、一緒にお願い事書かない?」
『勿論や』
そうして私達は足早に短冊のイベント場所へと向かった。走れば足元の砂利で何度か滑りそうになり、それすら楽しくて顔を向かい合わせて笑ったりした。ふと繋がれた手に目を落とす。普段 自転車のハンドルしか握る時間の無い彼の手が、今日は一日 私の手を握ってくれていて。それが堪らなく嬉しくて、何故か泣きそうになった。
『名前…どうしたん。泣いてる?』
私はショルダーバッグからハンカチを取り出し、目元を軽く拭った。
「ううん、砂が。…入っちゃったみたい」
『あかんやん。どれ、ちゃんと見せてみい』
「へ、平気だよ、本当に……」
顔の覗かれ、反射的に視線を反らしてしまったが ぐい、と彼の両手に頬を挟まれた。
「……な、鳴子くん。本当、大丈夫だから」
『本当の理由は?』
「え、何の…」
『泣いてる 本当の理由は何や』
嘘は既にお見通しで、真っ直ぐ 大きな瞳に見つめられる。これ以上見つめられたら 身体に穴が開いてしまいそうだ。私は素直にその問いに答えた。
「……一緒に居れる事が…。鳴子くんと居れる事が、嬉しくて。なんか、涙出ちゃったみたい…変だよね」
そんな理由で涙が出るなんて、本当に変だ。苦笑する私の唇に、瞬間、彼の柔らかなそれが触れた。
「…んっ…」
突然のキスに目を丸くすると、真剣な眼差しが送らていた事に気付く。
『何も変やない』
「……鳴子くん」
『いつも寂しい思いばっかさせて、すまん』
「う、ううん。違うよ…私、自転車に乗って…頑張ってる鳴子くんが好きなの…だから…だから」
どうしよう。伝えたい気持ちは沢山あるはずなのに、上手く言葉が出て来ない。そんな自分に飽きれ、今度は本当に涙が溢れてしまった。すると、その雫をゴツゴツした指が 不器用に掬う。
『ありがとう。でもな多分、この高校三年間、ワイは名前にめっちゃ寂しい思いばっかさせると思う』
「……」
『けど、三年後。三六五日、二十四時間。名前がもう嫌や言うまで ずっと一緒におったる。だから待っとけ』
「………え…待って…。そ、それってどういう…」
早くなる鼓動が耳に響き、次第に身体を緊張させた。顔も熱を持ち始め、喉の乾きを感じる。固まる私に、彼は はにかみながら答えた。
『しまった。短冊に書こう思た事、バレてしもたわ』
「………ふふ…。じゃあ、聞かなかった事にするね」
彼が掬ってくれた涙の拭き残しを 自分のハンカチで拭う。弾丸デートが、こんなにも特別な日になるなんて 思っても見なかった。ショルダーバッグへハンカチをしまうと、彼はまた私の手を取る。
『さて、気い取り直して。短冊と茅の輪潜りに行きましょか』
「……うん…!…」
歩き出したその時。彼のポケットの携帯の震える音がした。
『誰や、こんな時にい。…うわオカンや』
無意識に口を曲げる彼に 思わず笑ってしまう。
「お母さん、何だって?」
『……マジか…。千葉帰ったら、名前連れて来いて。オカン、会いたがってるけど。どないする?』
不安気な表情でそう聞かれたが、私は何だか嬉しくて、迷わす二つ返事で応えた。それに安心した様子で返信を打つ彼に ふと、何気ない質問を問いかけてみる。
「ちなみに、私の事。お母さんに何て紹介してくれるの?」
『そらお前』
――“彼女”
そう言って貰えたら、どんなに嬉しいだろう。そんな事を考えていると、まるでその言葉は当たりかのように。私の瞳から反らす事なく、ただ真っ直ぐに向けられた。
『“未来の嫁さん”に決まっとるやろ』
「まさか、本当に弾丸で大阪に行くとは思わなかったよ」
『カッカッカ! こういうのは勢いが大事やからな』
いつもの軽い口調でデートへ誘われた為、半ば冗談かと思っていたのだが、千葉駅で 大阪行きの新幹線切符を手渡された時に それが冗談ではなかったのだと、驚きを隠せなかった。
「新幹線代、ごめんね。あとでちゃんと渡すから」
予め用意されていた切符を受け取った為、自分の財布を開けぬまま大阪まで来てしまった。大阪行きを冗談だと思っていた私は、勿論 そんな持ち合わせ等なく。二人分の新幹線代という大金を いっぺんに支払わせてしまった事に、少々気が引けてしまう。すると、鳴子は目の前で 手を振る素振りを見せた。
『構へんて。こういう時の為に ガキの頃からお年玉貯めてん。どうせサイクルショップと雑誌くらいにしか使い所あらへんし』
そうして にこり、小さな八重歯を見せて笑う。
『名前と思い出作れるんなら、最高の使い道やん』
「鳴子くん、ありがとう」
『まあ、ちいとばかし足が出てもうて。オカンに借金したんは格好付かへんけどな!』
「え、そうなの。ごめんね、やっぱりちゃんと払うから……きゃ…」
言いかけると、途端に手を握られた。歩き出した鳴子に引っ張られるように後ろへ続く。
『ほな行くで、祭や!』
_________________
夏のせいか。陽も長なくなり、もう十九時だというのにまだ薄っすらと 空は明るさを残していた。手を引かれながら訪れた先は、人々で賑わいを見せる 大阪天満宮で行われる星愛七夕まつり。毎年多くの観光客が足を運ぶ祭だそうだ。突然決まった弾丸デートの日 たまたまこの祭があった為、本来 梅田スカイビルで夜景を眺めるはずだったのだが、急遽予定を変更したのだ。
『夜景はいつでも見れるしな。それより、一年に一回の祭の方が、なんか特別感あるやろ』
「そうだね。それにしても凄い人」
境内を歩く人々と すれ違う度に肩がぶつかってしまう。目を丸くして辺りを見渡す私の手を 彼は強く握りしめた。
『名前、手。離さんとき』
「……ん」
力強く握られた手は、互いにじんわりと汗をかいていく。しばらく歩いていくと、大きな
「凄い…あれを
『せやで、ほら。少し先に、茅の輪が七つ見えるやろ』
「うん」
『ちゃんと 一つ一つに意味があるねんで』
「へえ」
聞けば、七つの茅の輪は手前から順番に潜って行くようで。全ての茅の輪にそれぞれ意味があるらしい。
「諸願成就」「学徳向上」「心身健康」「家内安全」「商売繁昌」「厄除」そして最後に。「恋愛成就」
『ま、ワイらはもう成就しとるし。潜らんでもええか』
「ええっ、何でそうなるの!ちゃんと潜ろうよ」
慌てて彼の服を引っ張ると、逞しい腕が伸びて来て 私の頭をふわりと撫でる。
『冗談やて。ほんま可愛えな、名前は』
向けられた笑顔に胸が温かくなる。最初は驚いた弾丸デートも、こうして二人で思い出を作れるなら、移動時間ですら なんら苦もない。しかしながら、茅の輪潜りに足が届くまで なかなか時間が掛るらしい。先程から列があまり進まず その場で留まってしまっていた。二人で居れる時間に変わりはないが、ただ立って居るだけでは勿体ない気がしてならない。すると、それは彼も同じだったようで。
『名前、茅の輪潜りは 時間遅うまでやっとる。人が捌けるまで別なとこ回ろか』
「賛成」
手を繋ぎ直し、列から離れる。人が密集していたせいで暑く感じたが、人混みから離れてみれば案外涼しい。湿り気はあるが、心地よい夜風が頬を撫でる。瞬間、風に乗って一枚の細長い紙切れが目の前を通り過ぎた。
「……短冊?」
ひらひらと風に舞うオレンジ色の紙切れは、気持ちの良い柔らかな風に吹かれ、境内へと吸い込まれて行くように見えた。私のその言葉に、彼は思い出したかのように口を開く。
『せや。七夕の短冊書くイベントがあるんやった』
「いいね、それ。鳴子くん、一緒にお願い事書かない?」
『勿論や』
そうして私達は足早に短冊のイベント場所へと向かった。走れば足元の砂利で何度か滑りそうになり、それすら楽しくて顔を向かい合わせて笑ったりした。ふと繋がれた手に目を落とす。普段 自転車のハンドルしか握る時間の無い彼の手が、今日は一日 私の手を握ってくれていて。それが堪らなく嬉しくて、何故か泣きそうになった。
『名前…どうしたん。泣いてる?』
私はショルダーバッグからハンカチを取り出し、目元を軽く拭った。
「ううん、砂が。…入っちゃったみたい」
『あかんやん。どれ、ちゃんと見せてみい』
「へ、平気だよ、本当に……」
顔の覗かれ、反射的に視線を反らしてしまったが ぐい、と彼の両手に頬を挟まれた。
「……な、鳴子くん。本当、大丈夫だから」
『本当の理由は?』
「え、何の…」
『泣いてる 本当の理由は何や』
嘘は既にお見通しで、真っ直ぐ 大きな瞳に見つめられる。これ以上見つめられたら 身体に穴が開いてしまいそうだ。私は素直にその問いに答えた。
「……一緒に居れる事が…。鳴子くんと居れる事が、嬉しくて。なんか、涙出ちゃったみたい…変だよね」
そんな理由で涙が出るなんて、本当に変だ。苦笑する私の唇に、瞬間、彼の柔らかなそれが触れた。
「…んっ…」
突然のキスに目を丸くすると、真剣な眼差しが送らていた事に気付く。
『何も変やない』
「……鳴子くん」
『いつも寂しい思いばっかさせて、すまん』
「う、ううん。違うよ…私、自転車に乗って…頑張ってる鳴子くんが好きなの…だから…だから」
どうしよう。伝えたい気持ちは沢山あるはずなのに、上手く言葉が出て来ない。そんな自分に飽きれ、今度は本当に涙が溢れてしまった。すると、その雫をゴツゴツした指が 不器用に掬う。
『ありがとう。でもな多分、この高校三年間、ワイは名前にめっちゃ寂しい思いばっかさせると思う』
「……」
『けど、三年後。三六五日、二十四時間。名前がもう嫌や言うまで ずっと一緒におったる。だから待っとけ』
「………え…待って…。そ、それってどういう…」
早くなる鼓動が耳に響き、次第に身体を緊張させた。顔も熱を持ち始め、喉の乾きを感じる。固まる私に、彼は はにかみながら答えた。
『しまった。短冊に書こう思た事、バレてしもたわ』
「………ふふ…。じゃあ、聞かなかった事にするね」
彼が掬ってくれた涙の拭き残しを 自分のハンカチで拭う。弾丸デートが、こんなにも特別な日になるなんて 思っても見なかった。ショルダーバッグへハンカチをしまうと、彼はまた私の手を取る。
『さて、気い取り直して。短冊と茅の輪潜りに行きましょか』
「……うん…!…」
歩き出したその時。彼のポケットの携帯の震える音がした。
『誰や、こんな時にい。…うわオカンや』
無意識に口を曲げる彼に 思わず笑ってしまう。
「お母さん、何だって?」
『……マジか…。千葉帰ったら、名前連れて来いて。オカン、会いたがってるけど。どないする?』
不安気な表情でそう聞かれたが、私は何だか嬉しくて、迷わす二つ返事で応えた。それに安心した様子で返信を打つ彼に ふと、何気ない質問を問いかけてみる。
「ちなみに、私の事。お母さんに何て紹介してくれるの?」
『そらお前』
――“彼女”
そう言って貰えたら、どんなに嬉しいだろう。そんな事を考えていると、まるでその言葉は当たりかのように。私の瞳から反らす事なく、ただ真っ直ぐに向けられた。
『“未来の嫁さん”に決まっとるやろ』