弱虫ペダル
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『連れに何かようスか』
「ああ?…何だお前。だいたい、お前みたいなガキが彼氏な訳」
ふと目に映ったその光景に 身体が勝手に動いていて。気付いたら自分より十センチは大きな男の胸ぐらを掴んでいた。ただの一歩も後ろに退かない俺に 相手は一瞬たじろぐ素振りを見せる。瞬間 男が怯んだ際、胸ぐらを掴む腕に力を入れた。
『おい、聞いた事にだけ答えろ。俺は“連れに何かようか”って聞いてんだ。用がないなら名前さんを触ってる その汚え手を離せ!張っ倒すぞ豚野郎!』
自分より遥かに大きい大男へ 鋭い視線を送る。強く服を掴んだ腕には太い血管が這って浮き、今にも外へ飛び出そうとしている。大にした声と、想像以上の俺の力に 大男はのけ反り、彼女に触れている手をおずおずと離す。同時に背後から 巡回していたのであろう警官がパトカーから降り、こちらに向かってくる声が聞こえて来た。
「こら、君たち、何をしてるんだ!」
警官の姿に顔を青くした大男は、一目散にその場から立ち去って行く。
「一体、何の騒ぎだ」
『…あっ、クソ 逃げんなコラァ!ちょ、アンタも俺じゃなくてアイツを追っ掛けてくれよ』
「君、さっき胸ぐらを掴んでいたろう、暴行する気か。学校はどこ?」
声を掛けるのは俺じゃなくて あの豚野郎の方だろう。怒りでこめかみが ぴくりと痙攣した。言い返してやろうと大きく息を吸った時、彼女の声がそれを制した。
「すいません、わざわざパトカーから降りて貰って。私がさっきの大きな男の人に絡まれていた所を 助けてくれたんです。彼は暴行なんてしてません」
「……なんだ、そうでしたか。それで、怪我は?」
「彼のお陰で 何ともありません」
彼女の言葉に ふっ、と肩を下ろした警官は短い敬礼のあと 停めていたパトカーへと向って行った。
『名前さん、大丈夫スか。掴まれたとこ』
「うん、平気。鏑木くん、ありがとう」
『ああ、いえ。…にしてもあの豚野郎も、豚野郎を逃がした警官も…マジで腹立つんすけど』
「まあまあ、何ともなかったから…」
怒りが収まらない俺を彼女は、どうどうと宥 めた。今日は、日曜日。たまたま部活もない ただの休日、サイクルショップを覗きに行った帰り道だった。買い物帰りなのか、両手にビニール袋を抱えた彼女が、大きな男に絡まれている所を偶然目撃し、思わず“連れ”だと言って割って入ったのだ。
「本当に助かったよ、ありがとね」
『全然す。偶然 通りかかってよかったです。…というかその袋、何ですか?結構重そうすけど』
腕に抱かれたビニール袋を指さすと、彼女は苦笑するも、嬉しそうに教えてくれた。
「ああ、うん。お菓子を作ろうと思ったんだけど、案外 色々買い込んじゃって……こんなになっちゃった」
『へえ。やっぱ女子っすね名前さん』
「ううん、本当はお菓子作り苦手なんだ。でも、苦手だからこそチャレンジしたくて」
『そういうのいいッスね、前向きな感じ、俺、好きっす!』
「ふふ、ありがとう」
すると、彼女は何かを思い出したかのように、口を開いた。
「そうだ。鏑木くん、良かったらお菓子作りの試作品に付き合ってくれないかな?」
『えっ』
「助けて貰ったお礼もしたいんだけど、ダメかな……」
買い物の用事はないし、サイクルショップも一通り見て回った為 特にこの後予定という予定はない。しかし女子の家か…正直行きづらい……。そんな事を考え混んでいると ふと、今泉さんと鳴子さんの顔が頭に浮かんだ。
――イキリ、お前 本当に女子への耐性ないな。小学生か。
――カッカッカ!今どき小学生でも 帰り道くらいお手て繋いで帰っとるわ!
幻聴のそれに近い、頭の中の二人に無性に腹が立ってくる。
「鏑木くん? 無理にとは言わないんだけど…」
暫く黙り込んでいる俺に、彼女は心配した様子で顔を覗いて来た。
『いえ、行くっす。お菓子、ご馳走になります』
「そっか、良かったあ」
しまった、思わずムキになってしまった。しかし彼女は俺の返事に ぱっ、と明るい笑顔を見せる。喜ぶ彼女を目の前に、もう断る事など出来なかった。そうして俺は、遠慮する彼女から荷物を受け取り、気まずくも隣を歩き出したのだが。……荷物は“案外”というか相当重かった。
__________________
「鏑木くん ごめんね、荷物ありがとう。キッチンの近くに置いてもらえる?」
『うす』
手のひらに ビニール袋の取っ手が食い込み、ジンジンと熱くなっていた。言われた通りにキッチンの隅に袋を置き、気付かれないよう 熱を持った手を 開いて閉じる。
「作り終わるまで 私の部屋でくつろいでてね」
『ありざす。…今日、親御さんは…?』
「両親は今日、夜までいないの。だから、変に気を遣わなくても大丈夫だからね」
通されたドアの向こうは 初めて入る女子の部家。何の香りかは分からないが、ふわりと甘い匂いがして 心臓がぴくりと跳ねる。しかし、次の瞬間 目に入った光景に“心臓がぴくり”どころじゃない、確かな動悸を覚えた。
『名前さん、ちょっ!まだキッチン戻らないで下さい!』
「え、なにっ…」
『あ、あ…あれを…!先にどうにかして貰わないとっ…!…全然くつろげないんスけど!』
俺が目を反らしながら指さした先は、クローゼットにしまい忘れたのであろう 彼女の下着類。
「…っ…きゃ!ご、ごめんなさいっ…!」
赤面した彼女は慌ててそれを腕に隠し、勢いよくクローゼットへ詰め込んだ。
「…………み、見た?」
――見た。完全に見た…! ピンクの花柄の なんかヒラヒラが付いたヤツだった。
顔を真っ赤にし、今にも泣き出しそうな彼女へ 正直に答える事は酷という物だ。
『なんも…見て、ないす…』
「…よかったあ…。じゃあ、暫く ここでくつろいでて。サイクル雑誌や 少年漫画とかもあるから、良ければ読んでね」
『ざす』
ドアが静かに閉められたあと、俺は深いため息を付いた。女子の部屋でくつろげるはずなどない。偶然に偶然が重なって、妙な休日になってしまった。
『…あ。“凡ペダ”あるじゃん…』
とにかく、試作のお菓子を食べたらすぐに帰ろう。俺は心が落ち着かず、上手く内容が入ってこない少年漫画に ただ目を通した。
暫くすると、ドアの向こうからチョコレート系の甘い匂いが漂って来る事に気付いた。
『スゲえ いい匂い。あー、腹減ってきたかも』
匂いに釣られ、腹の虫が鳴る。するとタイミング良く部屋のドアが開き、彼女が可愛らしいプレートに なにやらチョコレートのお菓子を乗せやって来た。
「鏑木くん、お待たせ。もしかしてお腹空いてる?」
『えっ、腹の音 聞こえてました。はっず』
「ふふ、待たせてごめんね。はい、これ」
テーブルに乗せられたのは、熱々のチョコレート菓子。鼻を優しく刺激する甘い香りに 喉がゴクリと鳴った。
『旨そう!…ケーキか何かですか』
「フォンダンショコラだよ。中からチョコレートが出てくる あれ」
『ああ、なんか見た事あるかも。食ってもいいすか』
「召し上がれ」
木製のスプーンを手に取り、菓子を突 くと 途端に生地からトロトロとしたチョコレートが溢れ出てきた。
『すげえ、うわ。うま、あまっ…!アツっ』
「ゆっくり食べてね」
『…す』
熱々のチョコレートは一向に冷める様子はなく、結局 食べ終わるまで ずっと熱を持ったままだった。甘いチョコレートの香りと、良い香りがする彼女の部屋。しばし見つめられながら食べるフォンダンなんとか。旨いとは言ったものの緊張が勝り、味は良く分からず 舌には熱さだけが残った。
『ご馳走様した』
「よかった、成功したみたいで」
安堵の表情を浮かべる彼女に、俺は一つ気になっていた事を聞いた。
『そういや、さっき名前さんが買い物した 袋の中。ラッピングの袋とか リボンとか入ってませんでした?』
誰かにプレゼントとして渡す為に 苦手なお菓子作りをし、それの試作をしたかったのだろうと思った。俺の問いに、彼女は何故か赤面し 少々言いづらそうに答えた。
「……あ、うん……そう、なんだけど。もう、ラッピングの必要は なくなったみたい」
『どういう事すか?』
訳が分からず 首を傾げる俺に、彼女は控えめな声で 小さく呟いた。
「鏑木くんに………渡したかったんだ…これ」
『えっ…!…』
唐突なその言葉に 思わず息を飲んでしまう。
「さっき、私が男の人に絡まれてた時、“連れ”って言ってくれたでしょう?」
顔を両手で隠しながら 彼女は続けた。
「………あれ。本当なら良いのになって……思っちゃった」
二人しか居ない静かな部屋は、ただ時計の秒針が 小さな音で響いていて。彼女につられて 俺の顔も熱くなっていくのを感じる。
『名前さん…すいません』
「…ん?」
俺は既に食べ終わった フォンダンショコラを指さして言った。
『旨い、とか言っちゃいましたけど、緊張して、味。全然分からなかったんで……。もっかい作って貰って、いいスか』
彼女は 目を丸くしたあと、眉を八の字にして「美味しくなかったかもしれないんじゃない」と、おかしそうに笑った。
「なら、次はちゃんと ラッピングもするね。今度は 本当の感想聞けるといいな」
『……袋に入ってた ピンクのリボンとかは、ハズいんで。あれはナシでお願いします』
「え〜?せっかく買ったのに」
俺は そうクスクスと笑う彼女の瞳と、真っ直ぐに視線を合わせる。
『なんで。また、部屋に上げて貰っていいすか』
その言葉に 彼女は小さな声で「ズルい」と呟き また顔を両手で隠すのだった。
続きのお話→ショコラティエな君
「ああ?…何だお前。だいたい、お前みたいなガキが彼氏な訳」
ふと目に映ったその光景に 身体が勝手に動いていて。気付いたら自分より十センチは大きな男の胸ぐらを掴んでいた。ただの一歩も後ろに退かない俺に 相手は一瞬たじろぐ素振りを見せる。瞬間 男が怯んだ際、胸ぐらを掴む腕に力を入れた。
『おい、聞いた事にだけ答えろ。俺は“連れに何かようか”って聞いてんだ。用がないなら名前さんを触ってる その汚え手を離せ!張っ倒すぞ豚野郎!』
自分より遥かに大きい大男へ 鋭い視線を送る。強く服を掴んだ腕には太い血管が這って浮き、今にも外へ飛び出そうとしている。大にした声と、想像以上の俺の力に 大男はのけ反り、彼女に触れている手をおずおずと離す。同時に背後から 巡回していたのであろう警官がパトカーから降り、こちらに向かってくる声が聞こえて来た。
「こら、君たち、何をしてるんだ!」
警官の姿に顔を青くした大男は、一目散にその場から立ち去って行く。
「一体、何の騒ぎだ」
『…あっ、クソ 逃げんなコラァ!ちょ、アンタも俺じゃなくてアイツを追っ掛けてくれよ』
「君、さっき胸ぐらを掴んでいたろう、暴行する気か。学校はどこ?」
声を掛けるのは俺じゃなくて あの豚野郎の方だろう。怒りでこめかみが ぴくりと痙攣した。言い返してやろうと大きく息を吸った時、彼女の声がそれを制した。
「すいません、わざわざパトカーから降りて貰って。私がさっきの大きな男の人に絡まれていた所を 助けてくれたんです。彼は暴行なんてしてません」
「……なんだ、そうでしたか。それで、怪我は?」
「彼のお陰で 何ともありません」
彼女の言葉に ふっ、と肩を下ろした警官は短い敬礼のあと 停めていたパトカーへと向って行った。
『名前さん、大丈夫スか。掴まれたとこ』
「うん、平気。鏑木くん、ありがとう」
『ああ、いえ。…にしてもあの豚野郎も、豚野郎を逃がした警官も…マジで腹立つんすけど』
「まあまあ、何ともなかったから…」
怒りが収まらない俺を彼女は、どうどうと
「本当に助かったよ、ありがとね」
『全然す。偶然 通りかかってよかったです。…というかその袋、何ですか?結構重そうすけど』
腕に抱かれたビニール袋を指さすと、彼女は苦笑するも、嬉しそうに教えてくれた。
「ああ、うん。お菓子を作ろうと思ったんだけど、案外 色々買い込んじゃって……こんなになっちゃった」
『へえ。やっぱ女子っすね名前さん』
「ううん、本当はお菓子作り苦手なんだ。でも、苦手だからこそチャレンジしたくて」
『そういうのいいッスね、前向きな感じ、俺、好きっす!』
「ふふ、ありがとう」
すると、彼女は何かを思い出したかのように、口を開いた。
「そうだ。鏑木くん、良かったらお菓子作りの試作品に付き合ってくれないかな?」
『えっ』
「助けて貰ったお礼もしたいんだけど、ダメかな……」
買い物の用事はないし、サイクルショップも一通り見て回った為 特にこの後予定という予定はない。しかし女子の家か…正直行きづらい……。そんな事を考え混んでいると ふと、今泉さんと鳴子さんの顔が頭に浮かんだ。
――イキリ、お前 本当に女子への耐性ないな。小学生か。
――カッカッカ!今どき小学生でも 帰り道くらいお手て繋いで帰っとるわ!
幻聴のそれに近い、頭の中の二人に無性に腹が立ってくる。
「鏑木くん? 無理にとは言わないんだけど…」
暫く黙り込んでいる俺に、彼女は心配した様子で顔を覗いて来た。
『いえ、行くっす。お菓子、ご馳走になります』
「そっか、良かったあ」
しまった、思わずムキになってしまった。しかし彼女は俺の返事に ぱっ、と明るい笑顔を見せる。喜ぶ彼女を目の前に、もう断る事など出来なかった。そうして俺は、遠慮する彼女から荷物を受け取り、気まずくも隣を歩き出したのだが。……荷物は“案外”というか相当重かった。
__________________
「鏑木くん ごめんね、荷物ありがとう。キッチンの近くに置いてもらえる?」
『うす』
手のひらに ビニール袋の取っ手が食い込み、ジンジンと熱くなっていた。言われた通りにキッチンの隅に袋を置き、気付かれないよう 熱を持った手を 開いて閉じる。
「作り終わるまで 私の部屋でくつろいでてね」
『ありざす。…今日、親御さんは…?』
「両親は今日、夜までいないの。だから、変に気を遣わなくても大丈夫だからね」
通されたドアの向こうは 初めて入る女子の部家。何の香りかは分からないが、ふわりと甘い匂いがして 心臓がぴくりと跳ねる。しかし、次の瞬間 目に入った光景に“心臓がぴくり”どころじゃない、確かな動悸を覚えた。
『名前さん、ちょっ!まだキッチン戻らないで下さい!』
「え、なにっ…」
『あ、あ…あれを…!先にどうにかして貰わないとっ…!…全然くつろげないんスけど!』
俺が目を反らしながら指さした先は、クローゼットにしまい忘れたのであろう 彼女の下着類。
「…っ…きゃ!ご、ごめんなさいっ…!」
赤面した彼女は慌ててそれを腕に隠し、勢いよくクローゼットへ詰め込んだ。
「…………み、見た?」
――見た。完全に見た…! ピンクの花柄の なんかヒラヒラが付いたヤツだった。
顔を真っ赤にし、今にも泣き出しそうな彼女へ 正直に答える事は酷という物だ。
『なんも…見て、ないす…』
「…よかったあ…。じゃあ、暫く ここでくつろいでて。サイクル雑誌や 少年漫画とかもあるから、良ければ読んでね」
『ざす』
ドアが静かに閉められたあと、俺は深いため息を付いた。女子の部屋でくつろげるはずなどない。偶然に偶然が重なって、妙な休日になってしまった。
『…あ。“凡ペダ”あるじゃん…』
とにかく、試作のお菓子を食べたらすぐに帰ろう。俺は心が落ち着かず、上手く内容が入ってこない少年漫画に ただ目を通した。
暫くすると、ドアの向こうからチョコレート系の甘い匂いが漂って来る事に気付いた。
『スゲえ いい匂い。あー、腹減ってきたかも』
匂いに釣られ、腹の虫が鳴る。するとタイミング良く部屋のドアが開き、彼女が可愛らしいプレートに なにやらチョコレートのお菓子を乗せやって来た。
「鏑木くん、お待たせ。もしかしてお腹空いてる?」
『えっ、腹の音 聞こえてました。はっず』
「ふふ、待たせてごめんね。はい、これ」
テーブルに乗せられたのは、熱々のチョコレート菓子。鼻を優しく刺激する甘い香りに 喉がゴクリと鳴った。
『旨そう!…ケーキか何かですか』
「フォンダンショコラだよ。中からチョコレートが出てくる あれ」
『ああ、なんか見た事あるかも。食ってもいいすか』
「召し上がれ」
木製のスプーンを手に取り、菓子を
『すげえ、うわ。うま、あまっ…!アツっ』
「ゆっくり食べてね」
『…す』
熱々のチョコレートは一向に冷める様子はなく、結局 食べ終わるまで ずっと熱を持ったままだった。甘いチョコレートの香りと、良い香りがする彼女の部屋。しばし見つめられながら食べるフォンダンなんとか。旨いとは言ったものの緊張が勝り、味は良く分からず 舌には熱さだけが残った。
『ご馳走様した』
「よかった、成功したみたいで」
安堵の表情を浮かべる彼女に、俺は一つ気になっていた事を聞いた。
『そういや、さっき名前さんが買い物した 袋の中。ラッピングの袋とか リボンとか入ってませんでした?』
誰かにプレゼントとして渡す為に 苦手なお菓子作りをし、それの試作をしたかったのだろうと思った。俺の問いに、彼女は何故か赤面し 少々言いづらそうに答えた。
「……あ、うん……そう、なんだけど。もう、ラッピングの必要は なくなったみたい」
『どういう事すか?』
訳が分からず 首を傾げる俺に、彼女は控えめな声で 小さく呟いた。
「鏑木くんに………渡したかったんだ…これ」
『えっ…!…』
唐突なその言葉に 思わず息を飲んでしまう。
「さっき、私が男の人に絡まれてた時、“連れ”って言ってくれたでしょう?」
顔を両手で隠しながら 彼女は続けた。
「………あれ。本当なら良いのになって……思っちゃった」
二人しか居ない静かな部屋は、ただ時計の秒針が 小さな音で響いていて。彼女につられて 俺の顔も熱くなっていくのを感じる。
『名前さん…すいません』
「…ん?」
俺は既に食べ終わった フォンダンショコラを指さして言った。
『旨い、とか言っちゃいましたけど、緊張して、味。全然分からなかったんで……。もっかい作って貰って、いいスか』
彼女は 目を丸くしたあと、眉を八の字にして「美味しくなかったかもしれないんじゃない」と、おかしそうに笑った。
「なら、次はちゃんと ラッピングもするね。今度は 本当の感想聞けるといいな」
『……袋に入ってた ピンクのリボンとかは、ハズいんで。あれはナシでお願いします』
「え〜?せっかく買ったのに」
俺は そうクスクスと笑う彼女の瞳と、真っ直ぐに視線を合わせる。
『なんで。また、部屋に上げて貰っていいすか』
その言葉に 彼女は小さな声で「ズルい」と呟き また顔を両手で隠すのだった。
続きのお話→ショコラティエな君