弱虫ペダル
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「晴れてよかった」
『ですね。荷物、俺持ちます』
「本当? ありがとう」
そう言って彼女が持つ ピクニックバスケットを受け取り歩き始めた。初夏の爽やかな天気の下、俺は一つ上で恋人の名前さんと休日を利用して強羅公園へと薔薇を観に向かっていた。毎年 五、六月になると綺麗に薔薇が咲くらしい。花を見て何が楽しいのか俺には分からないが、彼女が手作りの弁当を作って来るとの事で…正直それに釣られてしまったとは言えない。それに、彼女が隣でこんなに嬉しそうにしているのだ。花の楽しさなんて良く分からずとも、それだけで十分なデートと言える。
『名前さん、ちなみにこれ、中身は何ですか』
俺は 受け取ったばかりのバスケットを指差し彼女に問う。
「お弁当の中身はね、カスクート」
『…カス?』
彼女は、ふふと笑うと風に髪をなびかせた。
「ハード系のパンに……あ!今日はフランスパンなんだけど。それにハムとチーズが入ってる サンドイッチ」
想像するだけで腹が減ってきた。しかしパンは何となく腹持ちが悪い。個人的には米も食いたい、そんな事を考えていると。
「あと、雪成くん お腹空いちゃうと思ったから、おにぎりも。おかずに 唐揚げとタコさんウインナーと卵焼きを焼いたの」
『…!…マジすか、ありがとうございます。でもそんなに沢山作って…今日早起きすよね、休みなのに なんか悪いな…』
「そんな事ない、私が雪成くんを誘ったの!雪成くんと二人でお弁当食べたかったから 早起きなんて 何も苦じゃないよ。雪成くんが美味しく食べてくれる姿想像しながら作ったから、凄く楽しかったし」
彼女の屈託のない笑顔に 思わずつられて口角が上がる。正直で、包み隠さず気持ちを伝えてくれる そんな彼女が好きだ。だからこそ、自分も彼女には 正直でいたい。
『名前さん、可愛い』
手を伸ばし、彼女のさらさらの髪を
ふと、曲がり角のすぐそばで 子供の足音が聞こえた。それは勢いよく俺たちの目の前に飛び出す。
「あっ…!」
瞬間、彼女とぶつかり 前方からやって来た小さな女の子が尻もちを着いてしまった。
「…や、やだ…ごめんね…!…お姉さんとぶつかって 怪我してないかな?」
彼女は青ざめながら膝を着き、子供に手を差し出す。
「うん、へいき。ケガしてないよ」
「はあ、良かった……」
安堵する彼女は胸を撫で下ろした。しかし、子供の方は曇った表情のままで。
「でも、ごめんなさい。わたしが持ってたアイスで おねえさんのお洋服が…」
その言葉に目を向けると 先程 ぶつかった時だろうか。子供が手にしていたのであろう チョコレート系のソフトクリームが彼女の淡い色のワンピースを汚していた。しかし 彼女は驚く事もせず、子供に笑顔で答える。
「ううん、全然大丈夫だから 気にしないで。お姉さんこそアイス駄目にして ごめんね。お母さんやお父さんは?」
「いるよ、あっち」
「じゃあ お手て汚れてるから、お母さんからハンカチ借りて拭いておいで」
「うん!」
そう言うと 子供はパタパタとまた駆け足で両親の元に向かって行った。彼女のワンピースの裾には、目立つ茶色い染みが出来ていて。すると子供の姿が見えなくなるや否や、彼女は眉を八の字にして 俺を振り返る。
「ゆ、雪成くん…どうしよう…これはさすがに へこんじゃうよ…!…せっかく雪成くんとデートだから 新作の可愛い服買ったのに〜…!」
子供相手には「全然気にしていない」と安心させる為にそう伝えていたのだろう。彼女は今にも泣き出しそうな表情で 俺の服を引っ張って離さない。正直な彼女が好きだと言ったが、こうした感情も包み隠さず表現し 素直に甘えて来てくれる所も たまらなく好きで。
『…可愛い………いや、じゃなくて…!…ちょっと名前さん、服伸びるんで引っ張らないでください』
「だって……」
俺は細いため息のあと、肩を落とす。ふと、目線の先に彼女が着そうな服屋を発見した。
『分かった……!……名前さん、着替えましょう』
___________
『おお、すげえ………めっちゃ良い』
カーテンが開く音と共に、彼女はフィッティングルームから 恥ずかし気な表情で顔を覗かせた。
「変じゃないかな」
先程 子供とぶつかった時、彼女のワンピースが染みになってしまったので 偶然目に止まった服屋へ着替えを買いに来ていたのだが。
『…ボディラインが強調されてて…これはもう…控えめに言って、全国優勝です』
「〜〜ッ……!べ、別なのにするね」
赤面した彼女は勢いよくカーテンを掴み、フィッティングルームの奥へ消えていく。アイスで服が汚れるというトラブルがあったが、それにより まさか彼女の生着替に立ち会えるとは思いもよらず。少しこの状況にワクワクしてしまっている自分がいる。
『名前さん、着替え終わりました?』
「…うん、これは?」
『オフショルすか』
「ちょっと肌、出しすぎかな」
『いや、可愛いが世界制覇してます。キスマークも付けやすそうで俺的に最高な』
「…ね…ねえ、雪成くん!さっきから頭の中 えっちな事でいっぱになってない?」
もう、と顔を赤くして怒り出す。唇を尖らせる彼女が可愛くて仕方がない。フィッティングルームの周りに 誰も居ない事を確認したあと、俺は着替えたばかりの彼女を抱き締め 晒された白い肌に唇を落とした。
「ゆ、雪成くん…、待って誰か来ちゃうから」
『それって、誰も居なけりゃ、OKって事ですよね』
その言葉に 彼女は黙り込む。そうして 少ししたあと俺にしか聞こえない小さな声で「そうだけど」と恥ずかしそうに口にした。
――ああ、駄目だ。この人、本当に可愛い過ぎる。
俺は思い立ったかのように 抱き締めていた腕を緩め、着替える為にハンガーに掛けてあった 染みの付いたワンピースを彼女に差し出した。
「…雪成くん、どうしたの」
『やっぱ着替え買うのは無しにして、その汚れたワンピース、帰って洗濯しましょう』
「…え…えっ…?」
『俺とのデートの為に買ってくれたんですよね、それ。だったらすぐ洗濯して、次のデートでまた着て下さい。今日は、このままお家デートにします。そんで抱きます』
「……!……」
半ば強引に彼女を着替え終わらせ 細い腕を掴み店を出た。先程 着た道を彼女が付いて来れる程度の早歩きで進んで行く。手を引かれる彼女はふと、今日の目的である強羅公園がある方向を指差した。
「ね、ねえ!雪成くん、お弁当は」
『帰って家で 食いましょ』
「薔薇は……」
『…!』
――やっべ。花の事なんか すっかり…。
彼女の前では素直で居たい。が、さすがにデートの目的を忘れていたとは言えなかった。彼女には申し訳ないが、頭の中は既にいけない事でいっぱいになっていて。俺はふと立ち止まり、近くの花屋へ爪先を向けた。
『二本くらいなら買えます。薔薇、結構高いんで』
彼女は俺の言葉に驚いたあと、なぜか「ロマンチックなんだね」と目を細め嬉しそうに笑った。
意味が分からず あとになって調べると、薔薇には本数ごとに意味があるらしい。何も知らずに手渡した薔薇、それは無意識にも俺が望む 熱い想いなのかも知れない。
二本の薔薇の花言葉。
“この世界には二人だけ”