弱虫ペダル
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王者箱学を破って 総合優勝をした二年目のインターハイ。身体の小さな小野田が、大きく両手を空に掲げ 誰よりも早くゴールに辿り着いたその姿を 俺は一生忘れないだろう。
熱いインターハイは幕を閉じた。しかし、次の夏までの戦いはもう始まっている。これまで部をまとめいた主将の金城さん、俺に自転車の全てを教えてくれた田所さん、そして…俺に山を登れと言ってくれた巻島さん。どうしたって追いつけない、大きな背中を必死に追いかけてきた二年間。偉大な三年生が部を引退し、気付けば今度は 俺が後輩に背中を見せる番になっていて。正直な話、結構堪 える。
『…練習メニューに合宿の日程調整、部員と自分のマネジメント。俺自身の個人練……マジでやる事多すぎだろ。無理、ゲロ吐きそう…』
この日、友人に 主将になったお祝いにカラオケへ行こう、と持ちかけられたのだが 少し考えたあと、その誘いを断った。友人の気持ちは嬉しいし、俺だってカラオケに行きたい。それでも 頭に浮かぶのはいつだって あの時の小野田の姿だ。俺はもう とっくに次のインターハイへ心を持って行かれている事に気付く。
『本当、涼しい顔して これやってた金城さん。化けモンだよ、あの人』
苦笑しながら、練習メニューを書き出していたノートから目を離す。ふと、同じクラスの名前が 俺の席を通り過ぎた。瞬間、彼女の鞄から本が落ちる。
『名前、何か落としたぞ』
「手嶋くん。あっ、ごめんね、拾ってくれてありがとう…!」
彼女はまるで宝物が見つかったかのよう、それは少し 大げさ過ぎるくらいに目を丸くしていた。手渡すついでに ちらりと表紙を覗くと。
『漫画? へえ。名前も漫画読むんだな』
大人しくて固そうな印象だった彼女が漫画を読むなんて、なんとなく親近感を覚えた。彼女は大事そうに受け取ると、はにかみながら答える。
「うん、今ハマってるの。スポーツ漫画だよ」
それもまた親近感。彼女は嬉しそうに目を細めた。
「今日 発売でね。放課後まで待てなくて、早朝から開いてる本屋さんで買ってから学校に来たんだ」
『ああ、だから 一限目ギリギリだったのか』
「ええ 手嶋くんにバレてたんだ…恥ずかしいな」
「あちゃー」と言いながら苦笑する彼女。そんな彼女が夢中になる漫画が気になり、大事そうに胸に抱く漫画を指差した。
『スポーツ漫画って言ってたよな、どんな?』
すると瞬間に目をキラキラ輝かせ、表紙が見えるよう 俺の目の前に差し出した。
「これ!」
『…なになに…………“凡人ペダル”……?』
「凄い面白いんだよ、知ってる?」
『…………喧嘩売られてんのかな、俺』
「え?」
『いや、こっちの話。で、どんな話?』
各部員の練習メニューを考えている途中だが あまりにも彼女が嬉しそうにしている為、俺は握っていたペンを手放し、椅子に背を預けた。
聞くと、漫画ではなかなか珍しいロードレースの話だそうで 少し恋愛色が強いらしいが、今や大変な盛り上がりを見せているらしく 次の秋アニメで放送が決まっているそうだ。
「手嶋くんも自転車やってるから、もうとっくに読んでると思ってたのに」
『いやあ 最近忙しくて、全然 漫画とか読めてなくてさ。詳しくなくて悪いな』
「ううん。私こそ熱く語っちゃってごめんね。そういえば、手嶋くん。自転車部の主将になったんだもんね。凄いなあ、それなら忙しいに決まってるよね」
俺は首を横に振り、凄いと言ってくれた彼女に申し訳ない気持ちで眉を八の字にし否定した。
『いや、俺は凄くねえよ。うちは一年が化け物揃いで 手え付けらんねえんだ』
分が悪そうにする俺に、彼女はふと何かを思い出したようで。慌てて自分のロッカーへと駈けて行く。しばらくすると パタパタと駆け足で俺の元に向かって来た彼女が手にしていた物は。
『…え、名前。これ…』
「うん、凡人ペダルの 一から二十四巻!」
何でロッカーに入れているのだろう。単行本一冊自体は それ程の厚さはないが、二十四巻となると 相当な迫力だ。
『ちょっと待て、これ……俺が読むのか?』
「そうだよ。最新巻が四十八巻だから、まだ半分だけど」
『四十八!? いや、俺さっきも言ったけど 主将になったばっかで 四苦八苦してんだ。悪いけど漫画読んでる時間なんて』
机に積み重ねられた漫画を押し返そうとすると、次の言葉は彼女に遮られた。
「だからだよ」
『え?』
「主将になって、やる事一杯で大変だけど、息抜きもちゃんとしないと。今から根詰め過ぎて、本当に大切な所で主将がヘタっちゃったら、部の皆の指針が無くなっちゃう」
『………名前…』
どきりとした。今まで部を率いてきた三年生たちは いつも大事な所で俺たちを支えて引っ張ってくれていた。俺はそんな大きな背中を見て、指針にして来たのだ。そんな彼女の言葉は まるで確信を突いているかのようで。
「なんて。この漫画の台詞の受け売りなんだけど」
と、照れくさそうに笑う彼女に 俺も肩の力が抜け つられて笑った。そうして押し返そうとしていた漫画を二十四巻分 自分の元に引き寄せる。
『名前、ありがとな。ちょっと読んで見るわ』
「………!……うん!」
_________________
『名前、名前!やべえ、すげえよ!凡ペダ!何だよこれ、激熱だろ!』
俺は借りていた二十四巻分の漫画を 彼女の机に勢い良く乗せた。
「え、早いね!…もう読んでくれたんだ」
『ああ、面白過ぎてページをめくる手が止まんなくてさ! 特に十四巻の 八十ページ目なんて 手に汗握っちまったよ。なあ、続き借りれねえかな』
「ふふ、ページ数までは ちょっと分からないかな。いいよ、今度家から持ってくね」
興奮冷めやらぬ俺に、彼女は驚いたあと クスクスと笑い始める。
『……それにしても、あの主人公すげえよなあ。全然凡人じゃねえの』
「え?」
俺は肩を落としながら、大きなため息をつく。
『何でもかんでも平均値な癖に、ここぞっつう時にはちゃんと力発揮して、皆を引っ張っててさ。…凡人っつうから ちょっとシンパシー感じてたけど。俺はあの主人公みたいな凡人の皮 被った天才じゃねえや』
「手嶋くん…」
『真の凡人っつうのは、俺みたいな事言うんだぜ。だろ?』
俺こそ、あの漫画の本当の主人公にして欲しいくらいだ。そんな肩を落とした俺に 彼女は震えた声を響かせた。
「手嶋くんは、凡人なんかじゃない」
『…え?』
彼女が俺を見る目は どこか怒りにも似ていて、思わず息を飲んでしまう。
「聞いたよ。この前の合宿、五日間で凄い距離を走ったんでしょう。そんな…そんな事 出来る人が、凡人な訳ない」
『……』
「手嶋くんは ちゃんと部員を引っ張って、後輩に背中を見せて、皆の指針になってる。もう立派な主将だよ。そんな人が、凡人だなんて………。撤回してよ」
『……撤回って』
彼女の目には薄い涙の膜が張られていて、鼻声になっている。何故、俺なんかの為に泣いてくれるのだろう。
「私、手嶋くんが凄い努力出来る人だって知ってる。部活の練習ハードなのに、休み時間削って皆の練習メニュー考えたり…。それでも疲れた姿見せないで努力し続けて、それって才能なんだよ。だから、撤回して…。手嶋くんは凡人じゃない。頑張る手嶋くんを卑下するなんて………怒るよ…。それが手嶋くん自身でも。私……っ…私は怒る…」
目からは ついに我慢していた涙が溢れ落ちていて。俺は締め付けられる胸の痛みとは裏腹に どことなく心地良さを感じていた。
『悪い。撤回するわ』
「……っ…うん……」
『……ああもう、泣くなって。…まあ 泣してんのは俺なんだけど』
彼女が流す光る涙が、頬を 唇を伝っていく。俺はふと あるシーンを思い出した。
『そういやさ。二十四巻の最後、恋人のヒロインが、主人公にキスするシーンあったろ?』
「……え、うん……」
突然の話に彼女は少し困惑するも 流れる涙を拭 いながら返事をする。
『そのヒロインのキスで、遅れ取り戻した主人公がレースで優勝するってやつ』
「…?……うん」
俺は彼女の頬へと手を伸ばし、まだ拭いきれていない雫を指にした。柔らかい肌の感触が伝わる。頬に触れた指先を そっと彼女の薄い唇へと近づけた。
「……て、手嶋…くん…」
『なあ、名前。俺もさ、名前の唇 があったら、次のレース。絶対勝てる気すんだけど』
――もしも、主人公になれるなら。
唇の感触を確かめるように、指先で撫でると、彼女は慌てて赤面する。二十四巻の続きを借りようと思った、けど。
『俺のヒロインになってくんねえ?』
続きはリアルで見てみたい。
熱いインターハイは幕を閉じた。しかし、次の夏までの戦いはもう始まっている。これまで部をまとめいた主将の金城さん、俺に自転車の全てを教えてくれた田所さん、そして…俺に山を登れと言ってくれた巻島さん。どうしたって追いつけない、大きな背中を必死に追いかけてきた二年間。偉大な三年生が部を引退し、気付けば今度は 俺が後輩に背中を見せる番になっていて。正直な話、結構
『…練習メニューに合宿の日程調整、部員と自分のマネジメント。俺自身の個人練……マジでやる事多すぎだろ。無理、ゲロ吐きそう…』
この日、友人に 主将になったお祝いにカラオケへ行こう、と持ちかけられたのだが 少し考えたあと、その誘いを断った。友人の気持ちは嬉しいし、俺だってカラオケに行きたい。それでも 頭に浮かぶのはいつだって あの時の小野田の姿だ。俺はもう とっくに次のインターハイへ心を持って行かれている事に気付く。
『本当、涼しい顔して これやってた金城さん。化けモンだよ、あの人』
苦笑しながら、練習メニューを書き出していたノートから目を離す。ふと、同じクラスの名前が 俺の席を通り過ぎた。瞬間、彼女の鞄から本が落ちる。
『名前、何か落としたぞ』
「手嶋くん。あっ、ごめんね、拾ってくれてありがとう…!」
彼女はまるで宝物が見つかったかのよう、それは少し 大げさ過ぎるくらいに目を丸くしていた。手渡すついでに ちらりと表紙を覗くと。
『漫画? へえ。名前も漫画読むんだな』
大人しくて固そうな印象だった彼女が漫画を読むなんて、なんとなく親近感を覚えた。彼女は大事そうに受け取ると、はにかみながら答える。
「うん、今ハマってるの。スポーツ漫画だよ」
それもまた親近感。彼女は嬉しそうに目を細めた。
「今日 発売でね。放課後まで待てなくて、早朝から開いてる本屋さんで買ってから学校に来たんだ」
『ああ、だから 一限目ギリギリだったのか』
「ええ 手嶋くんにバレてたんだ…恥ずかしいな」
「あちゃー」と言いながら苦笑する彼女。そんな彼女が夢中になる漫画が気になり、大事そうに胸に抱く漫画を指差した。
『スポーツ漫画って言ってたよな、どんな?』
すると瞬間に目をキラキラ輝かせ、表紙が見えるよう 俺の目の前に差し出した。
「これ!」
『…なになに…………“凡人ペダル”……?』
「凄い面白いんだよ、知ってる?」
『…………喧嘩売られてんのかな、俺』
「え?」
『いや、こっちの話。で、どんな話?』
各部員の練習メニューを考えている途中だが あまりにも彼女が嬉しそうにしている為、俺は握っていたペンを手放し、椅子に背を預けた。
聞くと、漫画ではなかなか珍しいロードレースの話だそうで 少し恋愛色が強いらしいが、今や大変な盛り上がりを見せているらしく 次の秋アニメで放送が決まっているそうだ。
「手嶋くんも自転車やってるから、もうとっくに読んでると思ってたのに」
『いやあ 最近忙しくて、全然 漫画とか読めてなくてさ。詳しくなくて悪いな』
「ううん。私こそ熱く語っちゃってごめんね。そういえば、手嶋くん。自転車部の主将になったんだもんね。凄いなあ、それなら忙しいに決まってるよね」
俺は首を横に振り、凄いと言ってくれた彼女に申し訳ない気持ちで眉を八の字にし否定した。
『いや、俺は凄くねえよ。うちは一年が化け物揃いで 手え付けらんねえんだ』
分が悪そうにする俺に、彼女はふと何かを思い出したようで。慌てて自分のロッカーへと駈けて行く。しばらくすると パタパタと駆け足で俺の元に向かって来た彼女が手にしていた物は。
『…え、名前。これ…』
「うん、凡人ペダルの 一から二十四巻!」
何でロッカーに入れているのだろう。単行本一冊自体は それ程の厚さはないが、二十四巻となると 相当な迫力だ。
『ちょっと待て、これ……俺が読むのか?』
「そうだよ。最新巻が四十八巻だから、まだ半分だけど」
『四十八!? いや、俺さっきも言ったけど 主将になったばっかで 四苦八苦してんだ。悪いけど漫画読んでる時間なんて』
机に積み重ねられた漫画を押し返そうとすると、次の言葉は彼女に遮られた。
「だからだよ」
『え?』
「主将になって、やる事一杯で大変だけど、息抜きもちゃんとしないと。今から根詰め過ぎて、本当に大切な所で主将がヘタっちゃったら、部の皆の指針が無くなっちゃう」
『………名前…』
どきりとした。今まで部を率いてきた三年生たちは いつも大事な所で俺たちを支えて引っ張ってくれていた。俺はそんな大きな背中を見て、指針にして来たのだ。そんな彼女の言葉は まるで確信を突いているかのようで。
「なんて。この漫画の台詞の受け売りなんだけど」
と、照れくさそうに笑う彼女に 俺も肩の力が抜け つられて笑った。そうして押し返そうとしていた漫画を二十四巻分 自分の元に引き寄せる。
『名前、ありがとな。ちょっと読んで見るわ』
「………!……うん!」
_________________
『名前、名前!やべえ、すげえよ!凡ペダ!何だよこれ、激熱だろ!』
俺は借りていた二十四巻分の漫画を 彼女の机に勢い良く乗せた。
「え、早いね!…もう読んでくれたんだ」
『ああ、面白過ぎてページをめくる手が止まんなくてさ! 特に十四巻の 八十ページ目なんて 手に汗握っちまったよ。なあ、続き借りれねえかな』
「ふふ、ページ数までは ちょっと分からないかな。いいよ、今度家から持ってくね」
興奮冷めやらぬ俺に、彼女は驚いたあと クスクスと笑い始める。
『……それにしても、あの主人公すげえよなあ。全然凡人じゃねえの』
「え?」
俺は肩を落としながら、大きなため息をつく。
『何でもかんでも平均値な癖に、ここぞっつう時にはちゃんと力発揮して、皆を引っ張っててさ。…凡人っつうから ちょっとシンパシー感じてたけど。俺はあの主人公みたいな凡人の皮 被った天才じゃねえや』
「手嶋くん…」
『真の凡人っつうのは、俺みたいな事言うんだぜ。だろ?』
俺こそ、あの漫画の本当の主人公にして欲しいくらいだ。そんな肩を落とした俺に 彼女は震えた声を響かせた。
「手嶋くんは、凡人なんかじゃない」
『…え?』
彼女が俺を見る目は どこか怒りにも似ていて、思わず息を飲んでしまう。
「聞いたよ。この前の合宿、五日間で凄い距離を走ったんでしょう。そんな…そんな事 出来る人が、凡人な訳ない」
『……』
「手嶋くんは ちゃんと部員を引っ張って、後輩に背中を見せて、皆の指針になってる。もう立派な主将だよ。そんな人が、凡人だなんて………。撤回してよ」
『……撤回って』
彼女の目には薄い涙の膜が張られていて、鼻声になっている。何故、俺なんかの為に泣いてくれるのだろう。
「私、手嶋くんが凄い努力出来る人だって知ってる。部活の練習ハードなのに、休み時間削って皆の練習メニュー考えたり…。それでも疲れた姿見せないで努力し続けて、それって才能なんだよ。だから、撤回して…。手嶋くんは凡人じゃない。頑張る手嶋くんを卑下するなんて………怒るよ…。それが手嶋くん自身でも。私……っ…私は怒る…」
目からは ついに我慢していた涙が溢れ落ちていて。俺は締め付けられる胸の痛みとは裏腹に どことなく心地良さを感じていた。
『悪い。撤回するわ』
「……っ…うん……」
『……ああもう、泣くなって。…まあ 泣してんのは俺なんだけど』
彼女が流す光る涙が、頬を 唇を伝っていく。俺はふと あるシーンを思い出した。
『そういやさ。二十四巻の最後、恋人のヒロインが、主人公にキスするシーンあったろ?』
「……え、うん……」
突然の話に彼女は少し困惑するも 流れる涙を
『そのヒロインのキスで、遅れ取り戻した主人公がレースで優勝するってやつ』
「…?……うん」
俺は彼女の頬へと手を伸ばし、まだ拭いきれていない雫を指にした。柔らかい肌の感触が伝わる。頬に触れた指先を そっと彼女の薄い唇へと近づけた。
「……て、手嶋…くん…」
『なあ、名前。俺もさ、名前の
――もしも、主人公になれるなら。
唇の感触を確かめるように、指先で撫でると、彼女は慌てて赤面する。二十四巻の続きを借りようと思った、けど。
『俺のヒロインになってくんねえ?』
続きはリアルで見てみたい。