弱虫ペダル
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『…ん、何か良い匂いがする気が…』
移動教室、二限目後の休み時間。既に空腹の為か、食欲をそそるような匂いに 僕の身体は敏感に反応した。
「ああ。確か隣のクラスが家庭科実習じゃなかったか?」
ユキにそう言われ、唾液腺から唾が溢れ、喉がゴクリと鳴った。どことなくソースの匂いがして、好物のたこ焼きが頭に浮かぶ。
『隣のクラス……か』
「どうかしたか?」
『いや、なんでもない』
今日はチートデイだ。ソース繋がりで、昼食は焼きそばを特盛りにでもしよう。
『あ…。筆箱、科学室に置いてきてしまった』
「らしくねえな、腹でも減ってんのか?」
『恥ずかしいけど、図星だ。ユキ、先に行ってくれ』
「早く来いよ」
短く「ああ」と返し、僕は今歩いて来た廊下をもう一往復する。科学室へ向かう途中、また例の匂いがして 恥ずかしくも腹の虫が鳴ってしまった。昼休みまで持たない気がして、筆箱を取りに戻った足で 購買で何か買おうと考える。ふと、科学室の付近で 一人の女子がうろうろとしている姿を発見した。
『…名前さん?』
声をかけると そこには隣のクラスの名前さんが居た。二年の時、初めて同じクラスになった彼女は 素直で皆に分け隔てなく優しくて。あとは とにかく……その……可愛いらしい。例えるなら そう、ウサ吉のような どことなく小動物さのある女性だ。三年に上がってからは 別のクラスになり、必然的に会話をする機会は減っていたが、まさかこんな所で 会えるなんて。
「あ、泉田くん。良かったあ、会えた」
僕と視線が重なると、彼女は安堵した表情で胸を撫で下ろしている。
『やあ。次の授業、名前さんのクラスは 科学なのかな?』
「ううん。泉田くんのクラス、二限目 科学だったでしょう? まだ居るかなって思って覗きに来たんだけど、皆居ないんだもん」
『ああ、誰か探してた?』
友達か誰かを探していると思ったが、次の言葉は予想に反したもので。
「泉田くんを 探してたの」
『えっ、僕?』
驚きで声がひっくり返ってしまい、思わず咳をした。ふと、先程 嗅いだソースの匂いが強くなっている事に気付く。家庭科室はとっくに通り過ぎて来たはずなのに。すると。
「じゃん、たこ焼き。二限目の家庭科実習で 焼いたんだ、泉田くんに渡したくて」
『それで科学室の前に』
「そう。もう皆 移動しちゃった後みたいだけど、たまたま泉田くんが戻って来てくれて ラッキーだったよ」
差し出されのは、出来立て熱々の湯気のあがる たこ焼き。鰹節がひらひらと優雅に踊っていた。
『ありがとう、実は 恥ずかしながら 丁度空腹で』
「本当? 良かった。どうぞ召し上がれ」
『頂くよ、でも何故 僕に?』
爪楊枝を手にするも、やはり気になり 一番の疑問を問う。
「泉田くん、たこ焼きが好きって、前に聞いたから」
『そんな事いつ言ったかな…自分でも覚えてないや』
いつかの記憶を蘇らせるも、どの場面だったのかがすぐに思い出せない。遡る想い出に心当たりがなく 首を捻った。
「ふふ、二年の時、同じクラスだったでしょう? 文化祭でクラスで出し物をする時、泉田くんが“たこ焼き屋をやりたい”って挙手してて」
『…!………そうだ、満場一致で却下されたんだ!』
「そうそう、隣のクラスが お好み焼き屋をやる事が決まってたから、被っちゃうよねって。だから、今日 実習でたこ焼き焼いた時、真っ先に泉田くんに食べさせてあげたいなって思ったの」
『そうか、ありがとう、凄く嬉しいよ!実は今日、偶然にもチートデイでね』
彼女は少し考えたあとに「一杯食べても許される日?」と聞いてきた。合ってはいるが、その例えが面白くてつい笑ってしまった。
「冷めないうちに食べて」
そう言われ、爪楊枝を持ったまま止まっていた事を思い出し、僕は未だ 熱々のたこ焼きを口いっぱいに頬張った。
『あっつ、あつ…アブっ……』
「どう 美味しい?」
『ちょ、ちょっと待って…』
熱すぎて味が良く分からないので、少し冷ましてから もう一口。
『ああ、うん!凄く美味しい! 外はカリカリ、中は出汁が利いててトロトロ、プリプリのタコ…!絶品だよ』
「良かった。やっぱり 好きな人に食べてもらわないとね」
彼女の言葉に瞬間、手が止まってしまった。“好きな人”……。
『名前さん…その…。コホン、好きな人とは…?』
顔が熱い、きっと赤面してしまっているに違いない。僕は聞き間違いかと思い彼女に問いかけた。
「ああ、うん。たこ焼きも、せっかくなら たこ焼きが“好きな人に”食べてもらった方が 幸せでしょ」
『………そっちか』
「え、どっち?」
『いやいや、何でも!』
僕は残りの たこ焼きも素早く口へ運ぶ。動揺のせいで、残りのたこ焼きの味は良く分からなかった。
『名前さん、ご馳走さま。とても美味しかったよ』
「どういたしまして」
彼女の笑顔を見ると、何だか胸が 締め付けられる。何故だろう。彼女の言った“好きな人”が 僕なのでは、と一瞬でも勘違いしたせいか、まともに目が合わせられない。
「…泉田くん、どうかした?」
つい 心の声が漏れてしまう。
『いや。………幸せ者だなと思っただけだよ』
高校を卒業して、進学か就職をして、結婚して家庭を築いていく彼女を想像する。食卓には 彼女の温かい手料理が並べられ、それを幸せそうに食べる誰かがいて。
『……これから 君の手料理を食べる男性は、幸せ者だなって』
僕は科学室に忘れた筆箱を手に取り、彼女に礼を言ったあと 次の授業の為、教室へ向かう。
「泉田くん」
ふと背中に声が響く。振り返ると、少し照れた表情の彼女と視線が重なった。
「次のチートデイっていつ?」
『え…どうして』
唐突な質問に一瞬、身体が固まってしまう。すると彼女は はにかみながら口を開いた。
「それに合わせて、また。作ってあげたいから」
『……えっと……』
言葉に詰まらせていると、彼女は眉を八の字にして、わざとらしく大きなため息を付いてみせる。
「もう、鈍いなあ」
『………』
「“私の手料理を食べれる 幸せな男性”になりたくないの?」
『…!………ッ…アブ……』
意地が悪くも、可愛気のある じと目で顔を覗かれ、僕の体温は急上昇した。
「……か…固まらないでよ…こっちが照れちゃう。ねえ………返事、待ってるんだけどな……」
頬を染め、そわそわしながら返事を待つ彼女に、僕は今日一番の大声を廊下へ響かせた。
『末永く、よろしくお願いしますッ…!』
移動教室、二限目後の休み時間。既に空腹の為か、食欲をそそるような匂いに 僕の身体は敏感に反応した。
「ああ。確か隣のクラスが家庭科実習じゃなかったか?」
ユキにそう言われ、唾液腺から唾が溢れ、喉がゴクリと鳴った。どことなくソースの匂いがして、好物のたこ焼きが頭に浮かぶ。
『隣のクラス……か』
「どうかしたか?」
『いや、なんでもない』
今日はチートデイだ。ソース繋がりで、昼食は焼きそばを特盛りにでもしよう。
『あ…。筆箱、科学室に置いてきてしまった』
「らしくねえな、腹でも減ってんのか?」
『恥ずかしいけど、図星だ。ユキ、先に行ってくれ』
「早く来いよ」
短く「ああ」と返し、僕は今歩いて来た廊下をもう一往復する。科学室へ向かう途中、また例の匂いがして 恥ずかしくも腹の虫が鳴ってしまった。昼休みまで持たない気がして、筆箱を取りに戻った足で 購買で何か買おうと考える。ふと、科学室の付近で 一人の女子がうろうろとしている姿を発見した。
『…名前さん?』
声をかけると そこには隣のクラスの名前さんが居た。二年の時、初めて同じクラスになった彼女は 素直で皆に分け隔てなく優しくて。あとは とにかく……その……可愛いらしい。例えるなら そう、ウサ吉のような どことなく小動物さのある女性だ。三年に上がってからは 別のクラスになり、必然的に会話をする機会は減っていたが、まさかこんな所で 会えるなんて。
「あ、泉田くん。良かったあ、会えた」
僕と視線が重なると、彼女は安堵した表情で胸を撫で下ろしている。
『やあ。次の授業、名前さんのクラスは 科学なのかな?』
「ううん。泉田くんのクラス、二限目 科学だったでしょう? まだ居るかなって思って覗きに来たんだけど、皆居ないんだもん」
『ああ、誰か探してた?』
友達か誰かを探していると思ったが、次の言葉は予想に反したもので。
「泉田くんを 探してたの」
『えっ、僕?』
驚きで声がひっくり返ってしまい、思わず咳をした。ふと、先程 嗅いだソースの匂いが強くなっている事に気付く。家庭科室はとっくに通り過ぎて来たはずなのに。すると。
「じゃん、たこ焼き。二限目の家庭科実習で 焼いたんだ、泉田くんに渡したくて」
『それで科学室の前に』
「そう。もう皆 移動しちゃった後みたいだけど、たまたま泉田くんが戻って来てくれて ラッキーだったよ」
差し出されのは、出来立て熱々の湯気のあがる たこ焼き。鰹節がひらひらと優雅に踊っていた。
『ありがとう、実は 恥ずかしながら 丁度空腹で』
「本当? 良かった。どうぞ召し上がれ」
『頂くよ、でも何故 僕に?』
爪楊枝を手にするも、やはり気になり 一番の疑問を問う。
「泉田くん、たこ焼きが好きって、前に聞いたから」
『そんな事いつ言ったかな…自分でも覚えてないや』
いつかの記憶を蘇らせるも、どの場面だったのかがすぐに思い出せない。遡る想い出に心当たりがなく 首を捻った。
「ふふ、二年の時、同じクラスだったでしょう? 文化祭でクラスで出し物をする時、泉田くんが“たこ焼き屋をやりたい”って挙手してて」
『…!………そうだ、満場一致で却下されたんだ!』
「そうそう、隣のクラスが お好み焼き屋をやる事が決まってたから、被っちゃうよねって。だから、今日 実習でたこ焼き焼いた時、真っ先に泉田くんに食べさせてあげたいなって思ったの」
『そうか、ありがとう、凄く嬉しいよ!実は今日、偶然にもチートデイでね』
彼女は少し考えたあとに「一杯食べても許される日?」と聞いてきた。合ってはいるが、その例えが面白くてつい笑ってしまった。
「冷めないうちに食べて」
そう言われ、爪楊枝を持ったまま止まっていた事を思い出し、僕は未だ 熱々のたこ焼きを口いっぱいに頬張った。
『あっつ、あつ…アブっ……』
「どう 美味しい?」
『ちょ、ちょっと待って…』
熱すぎて味が良く分からないので、少し冷ましてから もう一口。
『ああ、うん!凄く美味しい! 外はカリカリ、中は出汁が利いててトロトロ、プリプリのタコ…!絶品だよ』
「良かった。やっぱり 好きな人に食べてもらわないとね」
彼女の言葉に瞬間、手が止まってしまった。“好きな人”……。
『名前さん…その…。コホン、好きな人とは…?』
顔が熱い、きっと赤面してしまっているに違いない。僕は聞き間違いかと思い彼女に問いかけた。
「ああ、うん。たこ焼きも、せっかくなら たこ焼きが“好きな人に”食べてもらった方が 幸せでしょ」
『………そっちか』
「え、どっち?」
『いやいや、何でも!』
僕は残りの たこ焼きも素早く口へ運ぶ。動揺のせいで、残りのたこ焼きの味は良く分からなかった。
『名前さん、ご馳走さま。とても美味しかったよ』
「どういたしまして」
彼女の笑顔を見ると、何だか胸が 締め付けられる。何故だろう。彼女の言った“好きな人”が 僕なのでは、と一瞬でも勘違いしたせいか、まともに目が合わせられない。
「…泉田くん、どうかした?」
つい 心の声が漏れてしまう。
『いや。………幸せ者だなと思っただけだよ』
高校を卒業して、進学か就職をして、結婚して家庭を築いていく彼女を想像する。食卓には 彼女の温かい手料理が並べられ、それを幸せそうに食べる誰かがいて。
『……これから 君の手料理を食べる男性は、幸せ者だなって』
僕は科学室に忘れた筆箱を手に取り、彼女に礼を言ったあと 次の授業の為、教室へ向かう。
「泉田くん」
ふと背中に声が響く。振り返ると、少し照れた表情の彼女と視線が重なった。
「次のチートデイっていつ?」
『え…どうして』
唐突な質問に一瞬、身体が固まってしまう。すると彼女は はにかみながら口を開いた。
「それに合わせて、また。作ってあげたいから」
『……えっと……』
言葉に詰まらせていると、彼女は眉を八の字にして、わざとらしく大きなため息を付いてみせる。
「もう、鈍いなあ」
『………』
「“私の手料理を食べれる 幸せな男性”になりたくないの?」
『…!………ッ…アブ……』
意地が悪くも、可愛気のある じと目で顔を覗かれ、僕の体温は急上昇した。
「……か…固まらないでよ…こっちが照れちゃう。ねえ………返事、待ってるんだけどな……」
頬を染め、そわそわしながら返事を待つ彼女に、僕は今日一番の大声を廊下へ響かせた。
『末永く、よろしくお願いしますッ…!』