弱虫ペダル
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大変だ、ついに目の前が霞み始めてきた。今日は朝から微熱があったが、解熱剤を飲んで様子を見ながら授業を受けていた。急な授業の変更があり、出席単位に厳しい事で有名な教師の授業が、一限目から六限目に移ってしまった。一限目だけを受け あとは早退する予定だったのだが、まさかこんな事になるなんて。
友人に顔色を心配されながら、結局六限目まで耐えてしまった結果がこれだ。授業が終わり、大体の生徒が はけてから、鞄を持って昇降口へ向かう途中 いよいよ身体が震えて足に力が入らなくなっている。ポーチを漁るが、解熱剤はとっくに売り切れで ため息をついていると。
『名前ちゃん? そんなとこで何してんねん』
皆 とっくに下校したり、部活に向って私以外はもう誰も居ないと思っていた。背後から響いた声に、ぴくりと身体が跳ねる。
「鳴子くん…」
そこには 同じクラスで、自転車競技部の 鳴子章吉が目を丸くして立っていた。
『なんや、どないしたん』
彼に似合う 派手なユニフォームを着ている所を見ると きっと一度、部室へ行ったのだろう。しかし、なぜここに彼が。
「あ、えっとね…」
言いかけてから ふと考える。ここで私が具合の悪い様子を見せれば、情に厚い鳴子の事だ。恐らく私を保健室まで連れていくだろう。そうなれば、貴重な練習時間の妨げになってしまう。自転車部は 去年優勝した事により、今年は連覇を目指して 過酷な練習をしていると聞いた。自分の体調管理がなっていないせいで、そんな事に 彼を巻き込むのは心が痛む。私は働かなくなってきている頭をどうにかフル回転させ、なるべく心配かけないよう 笑ってみせた。
「ちょっと、フラついちゃって。でも平気だよ。私、帰るから、鳴子くんは部活頑張ってね。応援してるよ」
小刻みに震えだした両足に力を入れ 歩き始めるが、瞬間。自分の意思ではどうにもならず、身体の力が抜け、途端に膝から崩れてしまった。
『名前ちゃん!』
駆け寄る鳴子が、私の身体を支えると すぐに異変に気付いたようで。
『フラついてるどころ ちゃうやん! ……熱 っ…。相当 熱あんで』
ひんやりと冷たい手が、額に触れると 気持ちよくてそのまま眠ってしまいそうになる。
「ごめんね……。朝からずっと熱あったんだけど、どうしても六限目の出席単位…取りたくて」
『そういう時は、単位なんか気にせんと まずは身体 休めなあかんて』
「本当だね……。鳴子くんにこうして迷惑かけるくらいなら、早めに早退しておけば良かった…」
熱が上がって来ているせいで、自然に涙が出てきてしまう。彼は今 こんな所にいるべきではないのに。一分、一秒でも練習に時間を費やさないといけない、そんな所を足止めしてしまっている罪悪感で 涙はさらに止まらなくなっていた。
『とりあえず、今からワイと一緒に保健室行こ』
「でも、鳴子くんは部活が…」
『アホ!好きな奴 ほっといて部活なんか行ける訳ないやろ!』
その言葉は、ぼうっとした頭にでも十分クリアに響いた。聞き返す必要もないくらい はっきりと。
「…え…えっと………」
どうしよう、熱い。熱のせいだけじゃない。彼に支えられている肩や腕が じわじわと熱くなるのを感じる。突然の告白に似たそれに、私は言葉を詰らせてしまった。
「…な、鳴子くん、あの…っ…私、」
『…あ………か……カーッカッカッカ!じ、冗談や、冗談!』
「え…冗…談…?」
『せ、せや!名前ちゃん、そこはな、うっわあ、鳴子くん サッブ!冗談キッツイわあ〜って突っ込むとこやで』
「………!…そ、そっか…そう、だよね。ごめん…全然乗れてなかったみたい…」
そうだ。彼が私なんかを好きになってくれるはずないのに、何で一瞬でも期待してしまったのだろう。自分の思考回路が恥ずかしい。
彼は、男女問わず人気者だ。元気で明るくて いつも皆の中心にいて。そんな人が、私に目を向けてくれる訳ないのに。
『こうビシイッ!と、キレのある突っ込み頼むわ』
「勉強しておくね」
身体は熱いのに 胸が冷えるのは何故だろう。口角を上げても、上手く笑えないのは何故だろう。冗談なんかじゃなければいいのに…胸が苦しくて仕方がない。
『……クソ…。どんだけヘタレやねん……格好悪過ぎやろ、ワイ…』
「…え?」
鳴子は、赤い髪をガシガシ掻きながら、細い声で呟いたが、上手く聞き取る事が出来なかった。聞き返すも、はぐらかすように 手を振られる。
『…い、いやいや!独り言や!…よし、ほんなら行こか、よいっしょ!』
「…ちょっ、…きゃ!」
瞬間、ふわりと身体が宙に浮いた。何が起こったのか理解するのに さほど時間は要さなかった。彼の力強い腕が、私をしっかり支え、お姫様抱っこしている。
「えっ、鳴子くん…待って待って…私…!重いから…!」
『名前ちゃんの一人や二人、何も重ないわ。もう 歩けへんのやろ』
「………うん」
『だったら、黙って掴まっとけ。保健室、行くで』
「………うん、ありがとう」
不思議だ。私より少し背が大きいくらいで、他の男子と比べると 小さく見えてしまう彼が、今はとても大きく見える。近づいて初めて分かる、彼の力強い腕、身体。私を担いでも よろける事も動ずる事なく歩くていく様子は 今まで見てきた男の人の中で、一番格好良くて。彼の恋人になる女性が、羨ましく思えた。
「…冗談、か……」
『ん、何か言うた?』
「ううん…。何でもない」
保健室に着くと、保健室の先生は留守なようで。ドアに立て掛けられたプレートに“すぐ戻ります”とだけ書いてあった。鳴子は お姫様抱っこのまま、私をベッドに寝かせ、冷蔵庫をガサガサ漁ると「見つけた!」と言って額に冷たいシートを乗せてくれる。
『しっかり寝とき、ええな』
「本当にありがとう…。練習の時間、削っちゃってごめんね。今度 ちゃんとお礼するから」
『いらん、いらん。そうや、部活終わったあと もっかい顔見に来るわ』
「え、いいよ、悪いから…!」
反射的に起き上がろうとすると、頭がくらくらし、目眩を起こす。私は大人しく 頭を枕戻した。
『とにかく寝とき。あ、名前ちゃんが寝んと、ワイ部活行かへんで』
「…!…分かった、す、すぐ寝るね…」
これ以上、練習時間を削らせる訳には行かない。鳴子が側に居ることで 緊張して寝れないと思いきや、熱で体力を消耗したのか 急激な眠気に襲われた。ふわふわと意識が夢の中に向かう途中、頭の側で 鳴子の声が聞こえる気がした。何を言ってくれたのだろう…眠気の中、声が遠くなり 上手く良く聞き取れない。けれど、不思議に心地良さを覚える。頬に彼の手が触れた気がした。
_______________
寝なければ部活に行かない、と半ば脅迫のような台詞で、彼女は眠りについてくれた。すうすうと 細い寝息を立て寝る彼女の頬に触れる。
『なんやねん、あそこまで言うといて“冗談”て。ワイのアホ…』
思わず告白めいた事を口走ってしまったものの、答えを知るのが急に怖くなり、冗談だと言ってしまった。沈黙し、言葉を詰まらせていた彼女を見た途端、つい そんな風に言ってしまったのだ。
『名前ちゃん。あのな、ワイ、名前ちゃんの事、めっちゃ好きねん…』
今日一日、彼女の様子がおかしかった事に 朝から気が付いていた。放課後、部活の為 一度部室へ向かったが、ユニフォームに着替えたあと、急に胸騒ぎを覚え 教室へ戻った。すると今にも倒れそうな彼女が そこにいて、居ても立っても居られなくなったのだ。
『部活終わったら また来るわ』
その時は、勇気を出して もう一度告白し直そう。彼女の頬から するりと手を離し、保健室を出ようとドアに指を掛けた時、彼女の声が背中に響いた。
「…冗談じゃ…ないって事で、いいんだよね…?」
振り返ると、笑っているようにも 泣いてるようにも見える彼女が 少し辛そうに身体を起こしていた。
瞬間に駆け寄り、熱で火照った彼女の身体を抱きしめる。
『冗談やない…。冗談にしてたまるか…!』
抱き締めたあと フラフラな彼女の頭を枕に落とす。そうして気付かれないよう、額に貼られた冷たいシートの上に そっと短いキスをした。
友人に顔色を心配されながら、結局六限目まで耐えてしまった結果がこれだ。授業が終わり、大体の生徒が はけてから、鞄を持って昇降口へ向かう途中 いよいよ身体が震えて足に力が入らなくなっている。ポーチを漁るが、解熱剤はとっくに売り切れで ため息をついていると。
『名前ちゃん? そんなとこで何してんねん』
皆 とっくに下校したり、部活に向って私以外はもう誰も居ないと思っていた。背後から響いた声に、ぴくりと身体が跳ねる。
「鳴子くん…」
そこには 同じクラスで、自転車競技部の 鳴子章吉が目を丸くして立っていた。
『なんや、どないしたん』
彼に似合う 派手なユニフォームを着ている所を見ると きっと一度、部室へ行ったのだろう。しかし、なぜここに彼が。
「あ、えっとね…」
言いかけてから ふと考える。ここで私が具合の悪い様子を見せれば、情に厚い鳴子の事だ。恐らく私を保健室まで連れていくだろう。そうなれば、貴重な練習時間の妨げになってしまう。自転車部は 去年優勝した事により、今年は連覇を目指して 過酷な練習をしていると聞いた。自分の体調管理がなっていないせいで、そんな事に 彼を巻き込むのは心が痛む。私は働かなくなってきている頭をどうにかフル回転させ、なるべく心配かけないよう 笑ってみせた。
「ちょっと、フラついちゃって。でも平気だよ。私、帰るから、鳴子くんは部活頑張ってね。応援してるよ」
小刻みに震えだした両足に力を入れ 歩き始めるが、瞬間。自分の意思ではどうにもならず、身体の力が抜け、途端に膝から崩れてしまった。
『名前ちゃん!』
駆け寄る鳴子が、私の身体を支えると すぐに異変に気付いたようで。
『フラついてるどころ ちゃうやん! ……
ひんやりと冷たい手が、額に触れると 気持ちよくてそのまま眠ってしまいそうになる。
「ごめんね……。朝からずっと熱あったんだけど、どうしても六限目の出席単位…取りたくて」
『そういう時は、単位なんか気にせんと まずは身体 休めなあかんて』
「本当だね……。鳴子くんにこうして迷惑かけるくらいなら、早めに早退しておけば良かった…」
熱が上がって来ているせいで、自然に涙が出てきてしまう。彼は今 こんな所にいるべきではないのに。一分、一秒でも練習に時間を費やさないといけない、そんな所を足止めしてしまっている罪悪感で 涙はさらに止まらなくなっていた。
『とりあえず、今からワイと一緒に保健室行こ』
「でも、鳴子くんは部活が…」
『アホ!好きな奴 ほっといて部活なんか行ける訳ないやろ!』
その言葉は、ぼうっとした頭にでも十分クリアに響いた。聞き返す必要もないくらい はっきりと。
「…え…えっと………」
どうしよう、熱い。熱のせいだけじゃない。彼に支えられている肩や腕が じわじわと熱くなるのを感じる。突然の告白に似たそれに、私は言葉を詰らせてしまった。
「…な、鳴子くん、あの…っ…私、」
『…あ………か……カーッカッカッカ!じ、冗談や、冗談!』
「え…冗…談…?」
『せ、せや!名前ちゃん、そこはな、うっわあ、鳴子くん サッブ!冗談キッツイわあ〜って突っ込むとこやで』
「………!…そ、そっか…そう、だよね。ごめん…全然乗れてなかったみたい…」
そうだ。彼が私なんかを好きになってくれるはずないのに、何で一瞬でも期待してしまったのだろう。自分の思考回路が恥ずかしい。
彼は、男女問わず人気者だ。元気で明るくて いつも皆の中心にいて。そんな人が、私に目を向けてくれる訳ないのに。
『こうビシイッ!と、キレのある突っ込み頼むわ』
「勉強しておくね」
身体は熱いのに 胸が冷えるのは何故だろう。口角を上げても、上手く笑えないのは何故だろう。冗談なんかじゃなければいいのに…胸が苦しくて仕方がない。
『……クソ…。どんだけヘタレやねん……格好悪過ぎやろ、ワイ…』
「…え?」
鳴子は、赤い髪をガシガシ掻きながら、細い声で呟いたが、上手く聞き取る事が出来なかった。聞き返すも、はぐらかすように 手を振られる。
『…い、いやいや!独り言や!…よし、ほんなら行こか、よいっしょ!』
「…ちょっ、…きゃ!」
瞬間、ふわりと身体が宙に浮いた。何が起こったのか理解するのに さほど時間は要さなかった。彼の力強い腕が、私をしっかり支え、お姫様抱っこしている。
「えっ、鳴子くん…待って待って…私…!重いから…!」
『名前ちゃんの一人や二人、何も重ないわ。もう 歩けへんのやろ』
「………うん」
『だったら、黙って掴まっとけ。保健室、行くで』
「………うん、ありがとう」
不思議だ。私より少し背が大きいくらいで、他の男子と比べると 小さく見えてしまう彼が、今はとても大きく見える。近づいて初めて分かる、彼の力強い腕、身体。私を担いでも よろける事も動ずる事なく歩くていく様子は 今まで見てきた男の人の中で、一番格好良くて。彼の恋人になる女性が、羨ましく思えた。
「…冗談、か……」
『ん、何か言うた?』
「ううん…。何でもない」
保健室に着くと、保健室の先生は留守なようで。ドアに立て掛けられたプレートに“すぐ戻ります”とだけ書いてあった。鳴子は お姫様抱っこのまま、私をベッドに寝かせ、冷蔵庫をガサガサ漁ると「見つけた!」と言って額に冷たいシートを乗せてくれる。
『しっかり寝とき、ええな』
「本当にありがとう…。練習の時間、削っちゃってごめんね。今度 ちゃんとお礼するから」
『いらん、いらん。そうや、部活終わったあと もっかい顔見に来るわ』
「え、いいよ、悪いから…!」
反射的に起き上がろうとすると、頭がくらくらし、目眩を起こす。私は大人しく 頭を枕戻した。
『とにかく寝とき。あ、名前ちゃんが寝んと、ワイ部活行かへんで』
「…!…分かった、す、すぐ寝るね…」
これ以上、練習時間を削らせる訳には行かない。鳴子が側に居ることで 緊張して寝れないと思いきや、熱で体力を消耗したのか 急激な眠気に襲われた。ふわふわと意識が夢の中に向かう途中、頭の側で 鳴子の声が聞こえる気がした。何を言ってくれたのだろう…眠気の中、声が遠くなり 上手く良く聞き取れない。けれど、不思議に心地良さを覚える。頬に彼の手が触れた気がした。
_______________
寝なければ部活に行かない、と半ば脅迫のような台詞で、彼女は眠りについてくれた。すうすうと 細い寝息を立て寝る彼女の頬に触れる。
『なんやねん、あそこまで言うといて“冗談”て。ワイのアホ…』
思わず告白めいた事を口走ってしまったものの、答えを知るのが急に怖くなり、冗談だと言ってしまった。沈黙し、言葉を詰まらせていた彼女を見た途端、つい そんな風に言ってしまったのだ。
『名前ちゃん。あのな、ワイ、名前ちゃんの事、めっちゃ好きねん…』
今日一日、彼女の様子がおかしかった事に 朝から気が付いていた。放課後、部活の為 一度部室へ向かったが、ユニフォームに着替えたあと、急に胸騒ぎを覚え 教室へ戻った。すると今にも倒れそうな彼女が そこにいて、居ても立っても居られなくなったのだ。
『部活終わったら また来るわ』
その時は、勇気を出して もう一度告白し直そう。彼女の頬から するりと手を離し、保健室を出ようとドアに指を掛けた時、彼女の声が背中に響いた。
「…冗談じゃ…ないって事で、いいんだよね…?」
振り返ると、笑っているようにも 泣いてるようにも見える彼女が 少し辛そうに身体を起こしていた。
瞬間に駆け寄り、熱で火照った彼女の身体を抱きしめる。
『冗談やない…。冗談にしてたまるか…!』
抱き締めたあと フラフラな彼女の頭を枕に落とす。そうして気付かれないよう、額に貼られた冷たいシートの上に そっと短いキスをした。