弱虫ペダル
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携帯が鳴り、荒北さんと東堂さんから ほぼ同時刻に、同じような連絡が入った。
この日、部室の掃除当番の俺は そろそろ雪の降りそうな窓の外を見ながらブラシを手に 床を擦っていた。
『脅迫かよ…』
二人の先輩からの連絡は、顔や声が聞こえなくとも何故か 文字だけで圧を感じる物がある。携帯をポケットにしまい、ふと窓の外に目を向けると やはり、ちらちらと雪が降っていた。初雪…通りで寒いわけだ。
両手を擦り合わせ 息を吹きかけ、かじかみそうな指先を温めた。すると、部室のドアが 静かに開く。
『名前さん』
「黒田くん、掃除お疲れ様。ごめんね、雨宿りさせてもらっていいかな。降ってきちゃって。あ、雪宿りかな……」
一つ上のマネージャー 名前さんが、まるでトナカイのように鼻を真っ赤にし、身体を震わせながら部室へ入ってきた。
『いいですよ、寒いですもんね』
「部室も寒いけど、風がないだけ良いね。ちょっとだけ待たせてね」
彼女は肩に付いた小さな雪の粒を かじかんだ手で払う。先程から気付いていた。窓の外、校門の前で名前さんがキョロキョロ辺りを見回し、誰かを待っているのを。
そしてそれが、彼女の恋人である、真波山岳だと言う事も。
『真波はまた 名前さんを置いて山ですか』
「うん、そうみたい。待ち合わせしてるのに、困ったよね」
眉を八の字にして笑う彼女は、本当に困っているようには見えなくて。好きな人なら いくらでも待てる、そんな顔をしていた。その表情が、俺の胸の辺りをチクリとさせる。
『あ、名前さん。さっき荒北さんと 東堂さんから連絡貰いました』
「え、なんて?」
説明するのが億劫なので、俺は名前さんに携帯の画面を見せた。
――真波が来なかったら、名前チャンの事絶 ッ対 送ってけよ!一人で帰らせたら明日どうなるか分かってんだろォな!?
――冬で陽が暮れるのが早い。真波が来なければ名前を家まで送って行くのだぞ、いいな。
「…わ、気を遣わせてごめんね…、というか。荒北くんのは完全に脅迫なんだけど…」
『ですよね。つう事で、もう少しして真波が来なければ、俺が名前さんを家まで送るんで』
「もう…二人とも いつからそんなに過保護になったんだろう。私なら大丈夫なのに」
『大丈夫じゃないです。俺だって、女を一人で帰らせられる訳ないでしょ。それに見ましたよね、荒北さんからの連絡。これ俺が送り届けないと 明日の命の保証がないんですよ、分かります?』
「わ、分かった、分かったから」
俺の焦りを受け止めるように、名前さんは苦笑して頷いた。すると、彼女の鞄に入っていた携帯が鳴る。おもむろに取り出すと、彼女は大きなため息を付いた。
『どうしたんですか?』
「山岳。時間が掛かりそうだから、今日はもう学校に戻らないって」
『……ったく』
綺麗な彼女をこんなに寒がらせて 待たせたあげく すっぽかし。あり得ないだろ…と呆れつつ、俺は内心 浮足立った。
誰にも打ち明けて居ない為 当然だが、俺は名前さんが好きだ。真波が入学、入部するより先に、俺の方が先に彼女に恋をし、目で追っていた。しかし、タイミングはあったはずなのに 俺はそれを逃し続け、気付けば真波と名前さんは付き合い始めていたのだった。
『名前さん。せっかく部室に暖とりに来た所 悪いけど。外、出れます?送るんで』
彼女は 申し訳なさそうに苦笑して、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
雪はそれ程降ってないが、肌を刺すような冷たい風が吹いている。隣を見ると、名前さんが両手を自分の吐息で暖めていた。ついさっきまで外にいたのだ。暖房も着いていない部室で身体が暖まる訳がない。
『名前さん、手』
「え?」
俺は彼女の小さな手を取り、自分のアウターのポケットに入れた。
『片方しか無理ですけど。少しはマシになるんじゃないですか』
「…ありがとう黒田くん。暖かい」
『どういたしまして』
付き合ってたら、きっとこんな感じなんだろうな…と、ふと思いを巡らせる。彼女が隣にいて、甘えてくれて、俺にだけ笑いかけてくれる。しかし、今彼女の隣にいるべきなのは俺じゃなく真波で。そんな事を考えていると、抑えていた感情が くすぶり、ぐるぐるとかき乱れていく。
『名前さん。…こういうの、俺じゃダメですか』
「…え?」
唐突な話の流れに、何の事か理解出来ない様子で、彼女は俺を見上げてくる。
真波と名前さんが付き合い始めた時は、出遅れたと思いつつ、彼女が幸せならそれでいいと思っていた。現に、彼女には幸せでいてほしい、それは今でも変わらないはず。しかし、気付けば諦めきれず目で追って、早く別れないか、なんて最低な事を考えている自分を 心の中から追い出す事は出来なかった。
『俺、自分が 真波みたいに可愛気がねえって事は知ってます。けど俺は、真波みたいに名前さんを置いてどこかへ行ったりしねえ』
「黒…田くん?」
『…いつだって名前さんの一番近くに居るし、呼ばれたんなら、夜中だろうが何だろうが駆けつけてやる』
「…あの…」
戸惑う彼女の、ポケットに入れられた手をキツく握る。
『俺の方が、絶対。名前さんを好きだ』
“彼女が幸せならそれでいい”
結局 偽り続けて嘘ばかりな自分に腹が立つ。本当は、自分が幸せになりたいだけだ。先を越され、格好付けて身を引いたフリをして、それでいて未だに引きずって。苛立ちで頭がおかしくなりそうだ。しかし、嘘を吐くのだけは、もうやめだ。俺はポケットの中の彼女の手を引っ張り、勢いよくその身を抱きしめた。
「きゃ…く、黒田くん…」
慌てた彼女を腕に抱く。細くて、柔らかくて、良い匂いがした。寒さで鼻の頭が真っ赤になっていた名前さんが、次第に頬も赤く染めていく様子が伺える。
『暖かい?』
彼女は硬直しながら、小さく首だけ縦に振った。
『困らせてんのは分かってます。けど、俺もう決めたんで』
「…き、決めたって…何を…?」
『名前さんの隣にいる権利、真波になんか やらねえって』
「……!…」
ポケットの中で繋いだ手から、熱を感じる。寒さで かじかんでいた彼女の手が暖まっているのを感じた。ただ単に暖まったのか、俺からの告白で熱くなったのか、今は分からない。けど。
『名前さんも。俺に惚れる準備、しといてください』
それが後者であることを すぐに証明してやる。
※同時系列で、真波がちゃんと迎えに来るver.→いつかのヒルクライムで
この日、部室の掃除当番の俺は そろそろ雪の降りそうな窓の外を見ながらブラシを手に 床を擦っていた。
『脅迫かよ…』
二人の先輩からの連絡は、顔や声が聞こえなくとも何故か 文字だけで圧を感じる物がある。携帯をポケットにしまい、ふと窓の外に目を向けると やはり、ちらちらと雪が降っていた。初雪…通りで寒いわけだ。
両手を擦り合わせ 息を吹きかけ、かじかみそうな指先を温めた。すると、部室のドアが 静かに開く。
『名前さん』
「黒田くん、掃除お疲れ様。ごめんね、雨宿りさせてもらっていいかな。降ってきちゃって。あ、雪宿りかな……」
一つ上のマネージャー 名前さんが、まるでトナカイのように鼻を真っ赤にし、身体を震わせながら部室へ入ってきた。
『いいですよ、寒いですもんね』
「部室も寒いけど、風がないだけ良いね。ちょっとだけ待たせてね」
彼女は肩に付いた小さな雪の粒を かじかんだ手で払う。先程から気付いていた。窓の外、校門の前で名前さんがキョロキョロ辺りを見回し、誰かを待っているのを。
そしてそれが、彼女の恋人である、真波山岳だと言う事も。
『真波はまた 名前さんを置いて山ですか』
「うん、そうみたい。待ち合わせしてるのに、困ったよね」
眉を八の字にして笑う彼女は、本当に困っているようには見えなくて。好きな人なら いくらでも待てる、そんな顔をしていた。その表情が、俺の胸の辺りをチクリとさせる。
『あ、名前さん。さっき荒北さんと 東堂さんから連絡貰いました』
「え、なんて?」
説明するのが億劫なので、俺は名前さんに携帯の画面を見せた。
――真波が来なかったら、名前チャンの事
――冬で陽が暮れるのが早い。真波が来なければ名前を家まで送って行くのだぞ、いいな。
「…わ、気を遣わせてごめんね…、というか。荒北くんのは完全に脅迫なんだけど…」
『ですよね。つう事で、もう少しして真波が来なければ、俺が名前さんを家まで送るんで』
「もう…二人とも いつからそんなに過保護になったんだろう。私なら大丈夫なのに」
『大丈夫じゃないです。俺だって、女を一人で帰らせられる訳ないでしょ。それに見ましたよね、荒北さんからの連絡。これ俺が送り届けないと 明日の命の保証がないんですよ、分かります?』
「わ、分かった、分かったから」
俺の焦りを受け止めるように、名前さんは苦笑して頷いた。すると、彼女の鞄に入っていた携帯が鳴る。おもむろに取り出すと、彼女は大きなため息を付いた。
『どうしたんですか?』
「山岳。時間が掛かりそうだから、今日はもう学校に戻らないって」
『……ったく』
綺麗な彼女をこんなに寒がらせて 待たせたあげく すっぽかし。あり得ないだろ…と呆れつつ、俺は内心 浮足立った。
誰にも打ち明けて居ない為 当然だが、俺は名前さんが好きだ。真波が入学、入部するより先に、俺の方が先に彼女に恋をし、目で追っていた。しかし、タイミングはあったはずなのに 俺はそれを逃し続け、気付けば真波と名前さんは付き合い始めていたのだった。
『名前さん。せっかく部室に暖とりに来た所 悪いけど。外、出れます?送るんで』
彼女は 申し訳なさそうに苦笑して、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
雪はそれ程降ってないが、肌を刺すような冷たい風が吹いている。隣を見ると、名前さんが両手を自分の吐息で暖めていた。ついさっきまで外にいたのだ。暖房も着いていない部室で身体が暖まる訳がない。
『名前さん、手』
「え?」
俺は彼女の小さな手を取り、自分のアウターのポケットに入れた。
『片方しか無理ですけど。少しはマシになるんじゃないですか』
「…ありがとう黒田くん。暖かい」
『どういたしまして』
付き合ってたら、きっとこんな感じなんだろうな…と、ふと思いを巡らせる。彼女が隣にいて、甘えてくれて、俺にだけ笑いかけてくれる。しかし、今彼女の隣にいるべきなのは俺じゃなく真波で。そんな事を考えていると、抑えていた感情が くすぶり、ぐるぐるとかき乱れていく。
『名前さん。…こういうの、俺じゃダメですか』
「…え?」
唐突な話の流れに、何の事か理解出来ない様子で、彼女は俺を見上げてくる。
真波と名前さんが付き合い始めた時は、出遅れたと思いつつ、彼女が幸せならそれでいいと思っていた。現に、彼女には幸せでいてほしい、それは今でも変わらないはず。しかし、気付けば諦めきれず目で追って、早く別れないか、なんて最低な事を考えている自分を 心の中から追い出す事は出来なかった。
『俺、自分が 真波みたいに可愛気がねえって事は知ってます。けど俺は、真波みたいに名前さんを置いてどこかへ行ったりしねえ』
「黒…田くん?」
『…いつだって名前さんの一番近くに居るし、呼ばれたんなら、夜中だろうが何だろうが駆けつけてやる』
「…あの…」
戸惑う彼女の、ポケットに入れられた手をキツく握る。
『俺の方が、絶対。名前さんを好きだ』
“彼女が幸せならそれでいい”
結局 偽り続けて嘘ばかりな自分に腹が立つ。本当は、自分が幸せになりたいだけだ。先を越され、格好付けて身を引いたフリをして、それでいて未だに引きずって。苛立ちで頭がおかしくなりそうだ。しかし、嘘を吐くのだけは、もうやめだ。俺はポケットの中の彼女の手を引っ張り、勢いよくその身を抱きしめた。
「きゃ…く、黒田くん…」
慌てた彼女を腕に抱く。細くて、柔らかくて、良い匂いがした。寒さで鼻の頭が真っ赤になっていた名前さんが、次第に頬も赤く染めていく様子が伺える。
『暖かい?』
彼女は硬直しながら、小さく首だけ縦に振った。
『困らせてんのは分かってます。けど、俺もう決めたんで』
「…き、決めたって…何を…?」
『名前さんの隣にいる権利、真波になんか やらねえって』
「……!…」
ポケットの中で繋いだ手から、熱を感じる。寒さで かじかんでいた彼女の手が暖まっているのを感じた。ただ単に暖まったのか、俺からの告白で熱くなったのか、今は分からない。けど。
『名前さんも。俺に惚れる準備、しといてください』
それが後者であることを すぐに証明してやる。
※同時系列で、真波がちゃんと迎えに来るver.→いつかのヒルクライムで