弱虫ペダル
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ふいに鼻先にぽつ、と冷たい感触を覚えた。空を見上げると、分厚い雲。その鉛色の空から 小粒の雪降り始めていた。
この日、恋人の真波に “校門で待ってて”と言われた私は 部活帰りの彼をただ待っていた。
「降ってきちゃった…」
元々雪の予報ではなかった為、傘を持ち合わせていない。徐々に かじかんでいく指先を私は、自分の吐息で温めた。すると。
「あれェ? 名前チャンじゃなァい 」
そう声を掛けられ、聞き覚えの声の方へ振り返る。
「あ、荒北くんと東堂くん。お疲れ様」
「む。名前…まるでトナカイの鼻のようになっているぞ」
東堂の言葉にハッと、自分の鼻先へ触れると、きんきんに冷えていて。鏡を見たわけではないが、きっと赤くなっているに違いない。帰ったら入念に保湿をしなければ、乾燥ですぐカサカサになってしまう。
「つうか。何待ちィ?」
私が何を…。誰を待っているかなんて、最初から分かっているくせに、荒北は悪戯に目を細めて笑った。私は 厶、と口を尖らせる。
「んな可愛い顔すンなよォ。不思議チャン待ちね」
「…そうなんだけど」
「まーだ 来ねえのォ?アイツ」
「うん。山岳、この前もなの。部活終わる頃に校門で待っててって言われたから待ってたのに…結局すっぽかされて。どこ行ってたか聞いたら山に登ってた〜って、ヘラヘラしちゃってるんだから 頭きちゃう」
大きいため息を着くと、東堂は少し考えたあと思い出したかのように
「うむ、名前 。残念だが今日も、そのようになるかもな」
「え、嘘…」
「奴なら、先程、部活終わってから猛ダッシュで山に行ってしまったのだ。こんな可愛く、いじらしい恋人を一人にするなど…。困った奴め」
「はあ……。私、付き合ってからずっと山岳に振り回されてる気がする」
眉を八の字にした私を見兼ねた荒北は、頭をガシガシと掻いた。
「…ったく。しょうがねェな。名前チャン、もう今日は寒ィし。時間も遅せェから 送ってやンぞ?」
「荒北の言う通りだ。この寒さ、女子には堪える。身体を冷やしてはならんよ」
二人の優しさに甘えたい気持ちでいっぱいだったが、手首に付けた腕時計をちらと見る。
――もう少しだけ、待とうかな。
今日は金曜日。土日を挟んでしまえば、真波と顔を合わせるのは次の月曜日になってしまう。ただでさえハードな練習で会える時間も限られているのだ。放課後くらいは顔を合わせておきたかった。
「二人とも ありがとう。……でも、もう少し待ってみる」
「厶……そうなのか。ではあまり暗くならないうちに時間を見て ちゃんと帰るのだぞ?」
「最悪、真っ暗ンなったら、今日、掃除当番の黒田にでも送ってもらえ。絶 ッ対 、一人で帰んなヨ!」
なにかと心配性な二人に 有り難いが、少し笑いが溢れてしまう。
「ふふ。ん、そうするね」
そう返すと、二人は心配そうに、何度もこちらを振り返りながら 学校の校門を後にした。
暫くすると、やはり冬の寒さなのか、冷たい風が身に染みる。軽い雪が、パラパラと降り続け、気付けば鼻の頭もヒリヒリして来た。
再び、腕時計に目を落とす。
「……やっぱり、帰ろうかな」
校門に向かおうとした、その時。聞き慣れた車輪の音がした。目を向けると、まるで冬の寒さを感じさせないような、しっとり汗をかいた真波が愛車のLOOKを走らせ こちらへ近づいて来る。
『ごめん、名前先輩!』
「……山岳…よかった、来てくれた」
真波は慌てて愛車から降り、額の汗を拭った。そうして、真っ赤になった私の鼻先を温かい手で触れる。
『冷た。こんなになるまで 待たせてごめんね』
「もう山岳に待たされるの、慣れちゃったから平気」
『…ス…スミマセン』
「嘘うそ。遅いから事故に遭ってないか心配だったのよ」
真波は苦笑したあと、私のキンキンに冷えたきった両手を包み込んだ。温かい。
『先輩、俺。今日まで 何度か先輩に放課後、ここで待っててって言ったよね』
「すっぽかされてるけどね」
『うっ…えへへ…。それなんだけど、実は渡したい物があって』
「渡したいもの?」
『うん。山にある物だから、部活が終わったあと探しに行ってたんだけど、なかなか見つからなくて。待っててって言ったは俺の方なのに、毎回待たせて ごめんね』
その言い方だと、今回はその“山にある物”が見つかったようだ。真波はポケットからゴソゴソと おもむろに、小さな花を取り出した。それは、後ろのポケットに入れていたせいで、既にしおれている。
『これ、名前先輩に渡したくて。綺麗でしょ』
「紫色で、綺麗だね。これを私に?」
『うん。いつかの部活のヒルクライムで 一瞬 目に止まったんだ。綺麗だから先輩に渡そうと思ったんだけど。一瞬見かけただけだったから、場所が曖昧で……探すのに毎回 時間かかっちゃった』
ハードな部活終わりに、私にただ一輪の花を渡す為だけに 自転車を走らせている彼を想像しただけで 胸が締め付けられた。
きっと何度も同じ道を登っては下って、左右を見渡しながら探したに違いない。
「山岳、ありがとう。大切にするね」
嬉しさに自然に笑みが溢れる。すると真波は、優しい目で私を見つめる。
『名前先輩って。そうやって、いつも俺に笑いかけてくれるよね』
「…?…だって、嬉しいから…」
不思議に思い首を傾げると、真波は先程 私に渡した紫色の花を手に取り、くるくると小さな輪を作った。
「あ、山岳だめよ。家に帰って、そのお花 生けないと。くしゃくしゃにしたら飾れないじゃない」
咄嗟に止めるも、真波は聞く様子もなく。そうして出来上がった小さな花輪を、真波はそっと私の左手を取り その薬指にはめた。
「…山、岳?」
左手の薬指。意味は誰もが知っている特別な場所。そこに紫色で、不器用に丸められた花輪が飾られる。
『今はバイトもしてないし、ちゃんとした物は買ってあげられないんだけど』
そう言うと、真波は片膝を着くように私の前へと跪 いた。真波が私を見上げ、熱い視線が重なる。
『いつか名前先輩のこの指に。俺から本物を渡すから、待ってて』
真剣な目。冗談で言っている訳じゃない事は はっきり伝わる。
「ん…。私、山岳に待たされるの慣れてるから、平気」
『…なんだか格好つかないや』
涙目で笑いながらが答えると、真波もつられて苦笑した。そうして、彼は私の手を取り、花輪の飾られた薬指に軽くキスを落とす。
寒空の中、肩を並べて歩き始めた。
真波は自転車を押し、私を家まで送っていく途中、ふと思い出したかのように口を開いた。
『ねえ、先輩。その花、なんて花か知ってる?』
私は、薬指に目を向け まじまじと見るが、既に くしゃくしゃで丸まっている為 何の花か見当がつかない。
「…ちょっと分からないかな…。広げて ネットで調べれば分かると思う。…けど、どうして?」
聞き返すと、真波は気恥ずかしそうに頭を掻いた。
『――時間の問題、か』
「え?」
『何でもないよ』
首を傾げる私に真波は少し困り顔で笑った。それが何を意味しているのか、この時の私はまだ知らない。
_____________
先輩。きっと、この花が何か 気になって調べるんだろうな。
出来れば本物の指輪を渡す時に教えて、名前先輩を驚かせたかったけど………まあいいや。
――先輩。その花、“カタクリ”って云うんだ。
花言葉は 初恋。
まだ知らないと思うけど。
名前先輩は、俺にとって初恋の人なんだよ。
待っててね、絶対 迎えにいくから。
※同時系列で、真波が迎えに来ず黒田に送ってもらうver.→いつかの別ルートで
この日、恋人の真波に “校門で待ってて”と言われた私は 部活帰りの彼をただ待っていた。
「降ってきちゃった…」
元々雪の予報ではなかった為、傘を持ち合わせていない。徐々に かじかんでいく指先を私は、自分の吐息で温めた。すると。
「あれェ? 名前チャンじゃなァい 」
そう声を掛けられ、聞き覚えの声の方へ振り返る。
「あ、荒北くんと東堂くん。お疲れ様」
「む。名前…まるでトナカイの鼻のようになっているぞ」
東堂の言葉にハッと、自分の鼻先へ触れると、きんきんに冷えていて。鏡を見たわけではないが、きっと赤くなっているに違いない。帰ったら入念に保湿をしなければ、乾燥ですぐカサカサになってしまう。
「つうか。何待ちィ?」
私が何を…。誰を待っているかなんて、最初から分かっているくせに、荒北は悪戯に目を細めて笑った。私は 厶、と口を尖らせる。
「んな可愛い顔すンなよォ。不思議チャン待ちね」
「…そうなんだけど」
「まーだ 来ねえのォ?アイツ」
「うん。山岳、この前もなの。部活終わる頃に校門で待っててって言われたから待ってたのに…結局すっぽかされて。どこ行ってたか聞いたら山に登ってた〜って、ヘラヘラしちゃってるんだから 頭きちゃう」
大きいため息を着くと、東堂は少し考えたあと思い出したかのように
「うむ、名前 。残念だが今日も、そのようになるかもな」
「え、嘘…」
「奴なら、先程、部活終わってから猛ダッシュで山に行ってしまったのだ。こんな可愛く、いじらしい恋人を一人にするなど…。困った奴め」
「はあ……。私、付き合ってからずっと山岳に振り回されてる気がする」
眉を八の字にした私を見兼ねた荒北は、頭をガシガシと掻いた。
「…ったく。しょうがねェな。名前チャン、もう今日は寒ィし。時間も遅せェから 送ってやンぞ?」
「荒北の言う通りだ。この寒さ、女子には堪える。身体を冷やしてはならんよ」
二人の優しさに甘えたい気持ちでいっぱいだったが、手首に付けた腕時計をちらと見る。
――もう少しだけ、待とうかな。
今日は金曜日。土日を挟んでしまえば、真波と顔を合わせるのは次の月曜日になってしまう。ただでさえハードな練習で会える時間も限られているのだ。放課後くらいは顔を合わせておきたかった。
「二人とも ありがとう。……でも、もう少し待ってみる」
「厶……そうなのか。ではあまり暗くならないうちに時間を見て ちゃんと帰るのだぞ?」
「最悪、真っ暗ンなったら、今日、掃除当番の黒田にでも送ってもらえ。
なにかと心配性な二人に 有り難いが、少し笑いが溢れてしまう。
「ふふ。ん、そうするね」
そう返すと、二人は心配そうに、何度もこちらを振り返りながら 学校の校門を後にした。
暫くすると、やはり冬の寒さなのか、冷たい風が身に染みる。軽い雪が、パラパラと降り続け、気付けば鼻の頭もヒリヒリして来た。
再び、腕時計に目を落とす。
「……やっぱり、帰ろうかな」
校門に向かおうとした、その時。聞き慣れた車輪の音がした。目を向けると、まるで冬の寒さを感じさせないような、しっとり汗をかいた真波が愛車のLOOKを走らせ こちらへ近づいて来る。
『ごめん、名前先輩!』
「……山岳…よかった、来てくれた」
真波は慌てて愛車から降り、額の汗を拭った。そうして、真っ赤になった私の鼻先を温かい手で触れる。
『冷た。こんなになるまで 待たせてごめんね』
「もう山岳に待たされるの、慣れちゃったから平気」
『…ス…スミマセン』
「嘘うそ。遅いから事故に遭ってないか心配だったのよ」
真波は苦笑したあと、私のキンキンに冷えたきった両手を包み込んだ。温かい。
『先輩、俺。今日まで 何度か先輩に放課後、ここで待っててって言ったよね』
「すっぽかされてるけどね」
『うっ…えへへ…。それなんだけど、実は渡したい物があって』
「渡したいもの?」
『うん。山にある物だから、部活が終わったあと探しに行ってたんだけど、なかなか見つからなくて。待っててって言ったは俺の方なのに、毎回待たせて ごめんね』
その言い方だと、今回はその“山にある物”が見つかったようだ。真波はポケットからゴソゴソと おもむろに、小さな花を取り出した。それは、後ろのポケットに入れていたせいで、既にしおれている。
『これ、名前先輩に渡したくて。綺麗でしょ』
「紫色で、綺麗だね。これを私に?」
『うん。いつかの部活のヒルクライムで 一瞬 目に止まったんだ。綺麗だから先輩に渡そうと思ったんだけど。一瞬見かけただけだったから、場所が曖昧で……探すのに毎回 時間かかっちゃった』
ハードな部活終わりに、私にただ一輪の花を渡す為だけに 自転車を走らせている彼を想像しただけで 胸が締め付けられた。
きっと何度も同じ道を登っては下って、左右を見渡しながら探したに違いない。
「山岳、ありがとう。大切にするね」
嬉しさに自然に笑みが溢れる。すると真波は、優しい目で私を見つめる。
『名前先輩って。そうやって、いつも俺に笑いかけてくれるよね』
「…?…だって、嬉しいから…」
不思議に思い首を傾げると、真波は先程 私に渡した紫色の花を手に取り、くるくると小さな輪を作った。
「あ、山岳だめよ。家に帰って、そのお花 生けないと。くしゃくしゃにしたら飾れないじゃない」
咄嗟に止めるも、真波は聞く様子もなく。そうして出来上がった小さな花輪を、真波はそっと私の左手を取り その薬指にはめた。
「…山、岳?」
左手の薬指。意味は誰もが知っている特別な場所。そこに紫色で、不器用に丸められた花輪が飾られる。
『今はバイトもしてないし、ちゃんとした物は買ってあげられないんだけど』
そう言うと、真波は片膝を着くように私の前へと
『いつか名前先輩のこの指に。俺から本物を渡すから、待ってて』
真剣な目。冗談で言っている訳じゃない事は はっきり伝わる。
「ん…。私、山岳に待たされるの慣れてるから、平気」
『…なんだか格好つかないや』
涙目で笑いながらが答えると、真波もつられて苦笑した。そうして、彼は私の手を取り、花輪の飾られた薬指に軽くキスを落とす。
寒空の中、肩を並べて歩き始めた。
真波は自転車を押し、私を家まで送っていく途中、ふと思い出したかのように口を開いた。
『ねえ、先輩。その花、なんて花か知ってる?』
私は、薬指に目を向け まじまじと見るが、既に くしゃくしゃで丸まっている為 何の花か見当がつかない。
「…ちょっと分からないかな…。広げて ネットで調べれば分かると思う。…けど、どうして?」
聞き返すと、真波は気恥ずかしそうに頭を掻いた。
『――時間の問題、か』
「え?」
『何でもないよ』
首を傾げる私に真波は少し困り顔で笑った。それが何を意味しているのか、この時の私はまだ知らない。
_____________
先輩。きっと、この花が何か 気になって調べるんだろうな。
出来れば本物の指輪を渡す時に教えて、名前先輩を驚かせたかったけど………まあいいや。
――先輩。その花、“カタクリ”って云うんだ。
花言葉は 初恋。
まだ知らないと思うけど。
名前先輩は、俺にとって初恋の人なんだよ。
待っててね、絶対 迎えにいくから。
※同時系列で、真波が迎えに来ず黒田に送ってもらうver.→いつかの別ルートで